同じくらい優しいのに。
ウソコク【10】
さよならの場面を何度も頭でリピートしながら電車を降りた。電車の中で流れていく景色と同じように私の中から圭吾さんが居なくなればいいと祈っていた。だけどそんなに上手くはいかない。
下車した駅傍のコンビニで手当たり次第にお菓子を買った。コンビニでこんなに買い物をしたのは初めてだ。レジでアルバイトの青年が機械的にコンビニ袋にお菓子を収めていくのを眺めながら、泣いていない自分が不思議に思えた。
圭吾さんとの最後を何度も想像しては、その度に馬鹿みたいに涙が止まらなかったのに現実は想像とは違うと身をもって知る。
お菓子で詰まった袋をぶらぶらとさせながら横断した公園で見慣れた男子に目が留まった。子供に混じってブランコに乗っている。黙って通りすぎようかなと思ったのに足は真直ぐブランコへと向かった。
「何してるの」
小さな公園の遊具はこの二つ並んだブランコと滑り台だけで、そのひとつを占領している彼はまるで子供だ。
「ブランコ、乗ってる」
私を見上げる二つの黒い目は思ったよりも睫が長い。そんなことを観察してしまった自分に戸惑ってしまう。顔を背けて公園の時計を見るふりをした。もう、お昼はとうに過ぎている。
「子供だなぁ。というか子供に謝れ」
見るからに順番待ちの少年がふくれっつらで上谷君を見上げている。
「そうだぞ! もう百数えたんだからかわれよなぁ」
隣のブランコに座る子は少年の友達だろう。同じように、「かわれ」 を連呼していた。
「俺が先に座ってたのに」
がしゃんと音を立ててチェーンから手をはずすと、すかさず待ちぼうけの少年が座り込んだ。
「子供」
もう一度言うと、「子供ですが」 と笑い返された。それはどことなく嫌な笑いで、そのまま手を差し出してきた。
滑り台の小さなのぼり階段に座り込んで、競い合うようにブランコをこぐ二人の少年を見ていた。何が面白いのか、良く分からない単語を大声で叫んでは笑いあっている。
上谷君は私のとなりで滑り台に寄りかかりながら同じように二人を見ていた。私から強奪したうまい棒を口に含んで。
「小波さんもこういうの食べるんだ」
「こういうの?」
「スナック系」
意味が分からなくて首を傾げる。上谷君はまだ二人を見たままだ。
「私、お菓子好きだけど」
「あ、知ってる。でもなんかこういうのより甘いのかなって思ってた」
小さく笑ってた彼のことはやっぱりよく分からない。
「甘いの、好きだよ。チョコとか。でも普通にに食べるよ、うまい棒」
残りのめんたい味を口に入れ込こみ言うと、「そうそう、なんかチョコレートのイメージ」 と上谷君はこちらにようやく振り向いた。そのまま、「だった」 と付け加えてにやりと笑う。
「どういう意味なの、それ?」
チョコレートのような甘い、女の子らしいイメージ、「だった」 と言うことだろうか。今は、「うまい棒」 のイメージだろうか。
「いやいや。いいと思います。うまい棒」 そう言っては、すかさずもう片方の手を差し出してくる。
「やだよ。もう、自分で買えば」
上谷君はよく分からない。私のことを好きだと言って、私を慰めて、笑わせて、今はよいお友達なのだろうか。
チョコレートのイメージからうまい棒に変わったように。圭吾さんが先生に変わったように。
そんな考えに引っ張られるように急に目がしみて、さっきの圭吾さんの顔が浮かんだ。心配そうな顔。それはどっちの顔だったのだろう。
私の、圭吾さん? それとも、先生?
「私、帰る」
「え? 怒った?」
立ち上がって膝に零れていたスナックのカスをぱんと飛ばす。つられるように上谷君も寄りかかるのをやめ、こちらを探るような視線を向けた。
「怒った?」
覗き込んできた上谷君の顔に慌てて、お菓子の入ったコンビニの袋を押し当てて、「怒った」 と呟く。目頭が熱かった。
――怒っているから涙が出るんだ。
そうであって欲しかった。涙はぼろぼろ落ちていく。感情なんてコントロールできない。やっぱり、私は子供だ。子供だった。
自分から手を離した。聞くのが怖かった。考えるのも怖かった。だから私は逃げた。自分から手を離したら、何故だか救われる気がした。
それなのに勝手に泣いている。圭吾さんの顔を思い出している。
少年が二人、大きな声を張り上げた。
「女泣かしてるぞー!」
「いーけないんだぁ、いけないんだぁ!」
「うるせぇよ!」
上谷君はそう言い返すのと同時にぽんと手のひらを私の頭に置いた。しゃくりあげながら少しだけ彼を盗み見た。その顔はいつかと同じようにそっぽを向いている。
上谷君は優しい人だと思う。圭吾さんと同じくらい優しい。だけど、上谷君は圭吾さんじゃないんだね。
そんな風に思う自分がとてもずるくて汚くて、また涙が零れて落ちた。
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