もう呼びかけることもできないね。
ウソコク【9】
呼び出したのは私だった。
気持ちは定まることを嫌うように、浮かぼうとしては沈む。こんな状態で期末試験は無理だろうなと思っていたのに予想外によい結果で何なんだろうと笑いたくなる。
まぁ、それもそうかもしれない。
何も考えたくないし、何を考えていいのかも分からない。そんな自分から逃げ出したい一心でひたすら勉強をした。もともと勉強は嫌いじゃないから、何もないよりずっと楽だったように思う。
いつも試験中は会えないから、試験が終わった週末に会いたいと言っても圭吾さんはいつもと変わらず、「わかった」 と言ってくれた。
心地よい風が中庭を満たしている。それを目で、体で感じながら自分でもどうして最後がここなんだろうと思う。
呼び出したのはあの図書館。
目があって、声をかけた。気が付いたら傍にいて、困ったことに毎日顔を合わせることになった。全てのきっかけが詰まった場所。
圭吾さんのことを好きになってからここで会うときはいつも二人で中庭に出た。室内から見るだけの素敵な場所は入り込むともっと素敵で、どうして私は眺めているのが一番だなんて思っていたのか、本当に不思議だ。
そよぐ風と心地よい光は肌に優しく触れた。春の匂いがする。何の花だろうか。こげ茶色のレンガで不器用に囲まれた円の中、黄色やオレンジの小花がほころんでいた。もしかしたら今が一番素敵な季節だろうか。
――それでも最後なんだね。
わざと繋いだ手は気がつくと離れていた。放したのはどちらだろう。空になった手のひらをもう一方の手で包んだ。
いつものベンチには中庭中央を陣取る大樹が、ちょうどよい日陰を作っている。前を行く彼が、「おいで」 というようにこちらを見た。
行ってもいいだろうか。
いつもは隅っこで小さく蹲っているだけの幼い私が涙目で執拗に首を振る。
何も聞かなかったことにして、何も見なかったことにして、そうしたらまだ一緒にいられるのかな。
そんな提案に小さな私は首を振る。振り続ける。
うん、思ってみただけだよ。
せめて微笑みたいなと思った。
「圭吾さん」
もう呼びかけるなんてできないだろう。
「優貴」
笑ったと思う。私は笑えたと思う。
なのに彼はちょっとだけ不思議そうな顔をした。心配そうな顔、だろうか。この顔をずっと見ていた気がする。目を逸らしていたけど、本当はずっと知っていた。
「ようやく気づいたの?」 と問う私。 「嫌だ、怖い」 と泣く私。
――うん。
今日のこの日まで、ずっと考えてきたじゃない。私は答えを出したんだよね。決めたんだよね。
さり気なく深呼吸をして、そのまま真直ぐ彼を見つめた。
「私ね。好きな人、できちゃった」
笑っている、私。私を見ている、好きな人。
あの日みたい。
コスモスと同じようにそよいだ髪。今も同じように風に靡いている。私の髪も同じように流れている。
「だから、バイバイ」
微笑みたいから泣かなかった。かわりに小さく、「さよなら」 と零してゆっくり背を向けた。走らなかった。
もしかしたらって思ったのは本当。もしかしたら引き止めてくれるかなって願ったのは本当。でも、分かってたとおり、私の手を掴んではくれなかった。
風が吹いて、あの大きな木の枝がその手に抱える葉を鳴らした。まるでさよならと告げているようで、泣いてもいいよと囁くようで。
もう一度、小さく彼の名前を呟いた。
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