第22話 | 臨時作家

第22話

 このまま逃げることもできた。だがそれでは、今後二度と室士一刀流に出入りすることができなくなる。興信所の調書では外郭しか見えてこない。周一郎が欲しいのは、室士家の地中深く埋まっている未だ日の目をみない情報なのだ。
 かといって、いまさらお友達になりましょうとも言えないな……。
「ところで君は、ここにはなにしにきたの? 入門希望?」 
 仁志に肩をかしながら男がたずねてきた。
「ああ、挨拶がまだだった。私はここの師範で一堂というんだ。よろしくね」
 一堂……。どういうつもりだ、この男。
 周一郎は口辺に笑みを浮かべると、つとめて明るい声をだした。
「わたしはフリーで広告デザインをやっておりまして、こちらは室士グループ会長、室士弥隅氏の運営される道場ですよね?」
「営業?」
「はい。そうだ、名刺を」
 名刺を取り出そうとして、周一郎の手がとまった。ここは、もと忍壁流の道場である。神坂の名を知っている門弟がいないとも限らない。
「どうしたの」
「今日は道場を拝見するつもりだけでしたので、あいにく忘れてしまったようで……」
「若先生」
 それまで二人の会話に聞きいっていた建が、「は……はい!」と、頓狂な声をあげた。
「悪いけど僕の携帯電話、持ってきてくれる? 休憩室の僕の上着の内ポケットに入っているから」
 建が小走りでとりにいく。一堂は周一郎に微笑みかけると、肩をかしている仁志に「ちょっと、待ってて」と、声をかけた。周一郎が眉間のあたりに、じわりと警戒心をにじませる。
 なにを考えてる……?
 建が戻ってきて携帯電話を受け取ると、一堂は周一郎に「携帯持ってるよね?」と、たずねてきた。
「は?」
「今からいう番号にかけてくれる?」
「あの……」
「営業でしょう? 君、気に入ったから宗家にとりついであげるよ」
「………」
「どうしたの」
 こいつ……!
 とんだくわせものだった。一堂が欲しいのは周一郎の情報だ。一堂が室士弥隅の側近だとして、先刻の仁志との会話をすべて聞いていたとしたらどうだ。事は室士一刀流という武道の一流派だけの問題ではない、室士グループ全体のスキャンダルにもつながる大事として考えてもおかしくはない。しかしそれは、一堂が河勝仁志の出生の秘密を知っていればの話だ。
「先生は、もう、ずいぶんと長く室士一刀流をやってらっしゃるんでしょうね」
「そうだね。この北鎌倉に看板をかかげた時からだからね」
 二十七年前から……。ようするに室士弥隅の子飼いってわけだ。
 周一郎は喉の奥で笑うと、上着のポケットから携帯電話を取りだした。
「どうぞ、番号をおっしゃってください」


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