第14話 | 臨時作家

第14話

 周一郎の祖父にあたる神坂英世(かみさかひでよ)は、桂介の祖父である忍壁流宗家・忍壁与一(おさかべよいち)の弟子であり、忍壁流相伝印可を許された、ただひとりの高弟である。忍壁与一は桂介が六歳の時に他界しており、忍壁流は事実上、二十七年前にとだえている。
 与一には、桂介の父親である一人息子の勝也がいたが、勝也は流派相続を嫌い東京の大学へ進学した。それ以降、勝也が鎌倉に戻ることはなかった。
 勝也の流派継承をあきらめた与一は、高弟である神坂英世に相伝印可状を残しこの世を去った。流派の根絶を忍びないと考えた神坂英世は、与一の孫である桂介に忍壁流を継がせようと考え勝也を説得した。勝也は父親に対する謝罪の気持ちもあったのだろう、中学生になったばかりの桂介を英世のもとに通わせることを約束した。
 英世は勝也の了解を得ると住んでいた鎌倉の家をひきはらい、ここ、東京の代々木上原に家を購入した。その後、息子夫婦の家族を呼び同居することにしたのである。周一郎がこの家に越してきたのは八歳の時だった。
 稽古は週に一度、近くの公共施設をかりて行われた。
 忍壁流はもともと柔術の流派だが英世は刀の稽古もつけた。桂介と周一郎は、それが何流なのか知らなかったが別に知ろうとも思わなかった。二人だけの稽古において流派自体、あまり意味をもたなかったのだ。
 稽古をはじめたころ周一郎はあまり身が入らないようだったが、桂介の性格にはあっていた。もともと空手を習っていたこともあり、天性の素質もあったのだろう。上達が早く英世を大いに喜ばせた。
 その英世も、半年前、急性肺炎でこの世を去った。
 正月もあけきらぬ一月五日、桂介は、その日、懇意にしている制作プロダクションの新年パーティーに参加していて英世危篤の連絡を受けた。
 パーティを抜けだし病院に駆けつけると周一郎を含む親族が数人、英世のベッドを囲んでいた。
「桂介さん、どうぞこちらへ」
 周一郎が道をあける。
 桂介は親族に軽く会釈して英世の傍らに立った。
「……神坂先生、わかりますか? 桂介です」
 すると、英世は待っていたかのように桂介に手をさしのべた。
 桂介がその手をにぎると英世はかすかにうなずいたようだった。
 英世がなにか言いたげに口を動かしている。医師が酸素マスクをはずした。
 英世が荒い呼吸の中で、すがるような視線を桂介にむけてきた。桂介は英世の口元に耳をちかづけた。
「桂介さん、鎌倉へ……、室士弥隅に……」
 それが、上坂英世の最後のことばだった。

 神坂先生の臨終の席で、室士弥隅の名を聞くことになるとは……。
 桂介はもの心ついた時から父親である勝也に、忍壁流の道場と屋敷は室士弥隅にだましとられたのだと聞かされて育った。いつだったか、それは勝也の一方的な言い分でしかない、実際はどうだったんだと訊ねたことがある。すると勝也はこう言った。
「葬式の後、室士弥隅がたずねてきたんだ。やつが言うには忍壁宗家のたつての頼みで、土地と道場は室士一刀流があずかることになったって……」
「あずかる? それは、いつか返すってことなのか」
「返すわけないだろう。口からでまかせだ」
「どうして、つっこんで聞かなかったんだよ。で、権利書なんかは」
「もちろん確かめたさ」
「で」
「しっかり室士の名前になってた。病気で弱ってたじいさんに、うまく取り入ったんだろうが……。金持ちっていうのは汚いやつが多いからな」
「………」
 桂介は英世にもさりげなく訊ねたことがあったが、そのとき英世は「時がくればお話します」とだけ言った。結局、話をきく機会を永遠に逸してしまったが、英世がなんらかの事情を知っていたことは確かだ。
 おやじの言うことにも一理あるが……。
 与一が所有していた北鎌倉の土地は当時でもかなりの値がついただろう。とはいえ、室士家は代々金沢に広大な土地を所有してきた、地元でも有数の資産家だ。北鎌倉に固執するような、なんらかの理由があったのだろうか……。当時すでに室士弥隅は室士一刀流十六代宗家襲名をおこなっており、家督も継いでいた。拠点である金沢の本部道場を他人にまかせてまで北鎌倉に道場を開いたというところが、どうにも腑に落ちない。
 金持ちの気まぐれだと言うのなら納得できる。
 与一の遺言に従い室士弥隅に会いにいくことは厭わない。だが、その前に二十七年前の真相を自分なりに知っておきたかった。そのために興信所をつかって室士弥隅の周辺を調べさせたのだが……。

 見ると、周一郎は頬杖つき、長年つかっている赤皮のシステム手帳になにやら書き込んでいる。なにごとにも冷めた反応しか示さない周一郎が、今回、まれにみる「ご執心ぶり」である。




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