映画「海は燃えている」 平成29年2月10日公開 ★★☆☆☆

 

 

イタリアのランペドゥーサ島で暮らすサムエレ少年は、友人と遊んだり、祖母やおじさんと過ごしたりして平和な日々を送っている。

だが、彼が暮らす地中海に浮かぶ島には、ここ数十年の間アフリカや中東からの移民や難民たちが押し寄せていた。

彼らはみな平穏で自由な暮らしを望むごく普通の人々で……。(シネマ・トゥデイ)

 

数少ないアカデミー賞ノミネート作、しかも外国語映画賞なので、打ち切りになる前に急いで観に行きました。

 

あれ?外国語映画ではなくて長編ドキュメンタリーでしたっけ?

と思うくらい、台本もなにもない、島の少年の日常とこの島に保護される難民たちの映像が

かわるがわる延々と流されるだけ。

劇場のあちこちからいびきが聞こえるような映画でした。←これが現実

 

少し前にみた「胸騒ぎのシチリア」の舞台となったバンテッレリーア島もシロッコが吹くチュニジア寄りの島でしたが

ランぺトゥーサ島はさらに南に位置していて、5000人の人口に対して毎年5万人もの難民が押し寄せ

シチリア海峡で命を落とす難民は1万5000人に及ぶといいます。

 

船からの救助要請の無線が入るとヘリコプターや巡視艇で捜索し、ライフジャケットとかアルミの防寒着を配り

弱っている人から救助し、健康な人、そして最後に遺体を回収します。

疫病予防?の防護服を着た職員が粛々と任務をこなし、ルーティンワークのように手際よく仕事をしているのに驚きました。

 

 

難民というとシリアなど中東を連想してしまうけれど、場所柄、アフリカからの難民が多く、

ナイジェリア、チュニジア、マリ、チャド、エリトリアなど・・・

彼らは写真を撮られ聞き取り調査?をして施設のようなところに収容されます。

お祈りをしたり、サッカーに興じたり・・・

 

5000人の島に毎年5万人やってきたら、島の生活はどうにかなってしまうと思いきや

こんな小さい島なのに、島民との接触はまったくないのです。

 

主人公の12歳の少年はY字の形の松の枝をさがし、それで作ったパチンコで小鳥やサボテンを撃って遊んでいます。

立派な猟師になれるように(パチンコなんかで遊んでないで)船酔いを克服しろと言っている同居の男性は

父親なのか?祖父なのか?

日常を淡々と映してるだけなので、想像するしかありません。

父(祖父?)が釣ってきたイカを母(祖母?)が煮て作ったパスタをひたすら食べ続ける三人。

少年はすごい音をたててすすってるんだけど、これって注意しなくていいのかな?と思ったりして・・・

 

少年が海辺に出るたびに、難民と遭遇するんじゃないかとか、漂流物を発見するんじゃないかとか

予想していたんですけど、結局何もなし。

少年の弱視の治療でメガネを処方する医師と、遺体検分の話をする医師が同じ人物のようで

彼が唯一の島民と難民との「接点」となっています。

 

島民のもうひとりの登場人物は、地元ラジオに日常的に電話でリクエストをしているマリアおばさん。

電話するとすぐにかけてくれるのはローカル局ならではですね。

同じDJが難民の乗ったボートのニュースも伝えるのですが、

「まあひどい話ね」とつぶやくだけなので、大した関心事にもなっていないようです。

マリアおばさんのリクエストは「御者の恋」とかこの映画のタイトルにもなっている「海の炎」

ほかにもたくさんの曲がかかって、私たちは「カンツォーネ」とひとくくりにしているけれど、

曲調は様々でそれぞれに味のある曲ですね。

 

島民パートはひたすらカメラをまわしつづけているような映像ばかりで、極端に情報量少なく

(イタリア語がわかればともかく)字幕だけでは何もわからず。

少年の名前がサムエレだというのも、予告編をみて初めて知りました。

2分の予告編のなかに、ほぼすべての情報がある、というか、

「2分の予告編に大量の水をいれて2時間まで薄めた映画」という印象です。

 

記憶に残った言葉は、まず、遺体検分をした医師の話。

「一番運賃の安い船底でも800ドル。ここでは酸欠になって死ぬ人が多くて悲惨」

「彼らを救うのは人間の努め。手助けできた時は嬉しい」

「死体検分での悲惨な光景は見慣れるだろうといわれるが、とんでもない。怒りが溜まり悪夢が蘇り胃に穴が開く」

 

そして収容された英語を話すナイジェリア青年の話

「サハラ砂漠では食べ物と水がつき、仲間がたくさん死んだ」

「リビアに逃げたが監獄にいれられ大勢が死んだ」

「そこを逃げ出し今度は海に逃げ、なんとか生き延びた」

 

彼らは「死ぬリスク」に対しては心配する余裕がなく、ただただわずかな可能性でも

「生き延びる可能性」にかけていることを生の言葉で聴くと、平常心ではいられなくなりますね

 

ただ、これはあくまでも「ドキュメンタリー」ではないので、この二人については脚本があったかもしれず

そうだとすると、ちょっとがっかりです。

 

それよりも、

①なぜこの島ばかりで、こんなに難民が救助されるのか?(多分それなりの設備があるからかな?)

②ようやく生き延びたと喜んでいる彼らはこれから先どこへ送られるのか?

③施設が島の日常からは隔離されているとしても、1年に5万人もやってきてたら、何かの形で島民たちにも影響がでそうですが

なぜ彼らはあんなに無関心なのか?

 

もう頭のなかが??でいっぱいで、モヤモヤ感しか残っていません。

 

もう一度予告編をみたら、少年が弱視を克服したように「見えないものを見えるようにする努力をしろ」

少年が鳥を撃ったり機関銃を撃つマネをするように「人やモノを攻撃するのは人間の本性」

といっているように感じましたが、説得力なさすぎです。

 

監督は「ローマ環状線、めぐりゆく人生たち」の人だときいて、納得はしましたが、

その時のブログ(→こちら)を見たら、今日と同じようなことを書いていたので、我ながらちょっと笑ってしまいました。