映画「暮れ逢い」 平成26年12月20日公開 ★★★★☆
原作本 「過去への旅」   シュテファン・ツヴァイク 邦訳なし

 
1912年。ロット(レベッカ・ホール)の屋敷に、夫ホフマイスター(アラン・リックマン)の個人秘書として、
頭が切れる青年(リチャード・マッデン)がやって来る。
若妻のロットは青年と惹(ひ)かれ合うも、触れ合うことも甘い言葉を交わすこともなかった。
そんな中、青年が南米へ転勤することに。
二人は思いを確かめ合い再び会おうと誓うも、間もなく第1次世界大戦が始まり……。 (シネマ・トゥデイ)

パトリス・ルコント監督の作品は「ぼくの大切なともだち」とか「スーサイド・ショップ」とか
最近のは大好きですが、もともとは恋愛映画の巨匠なんですよね。
最近原作者Pモディアノがノーベル文学賞をとったことで「イヴォンヌの香り」を見ましたが、
本作も予告編を見る限り、いかにも文芸作品の映画化、という感じ。
シュテファン・ツヴァイクという1881年生まれのオーストリアの作家の短編ですが、
残念ながら、現在邦訳は手に入らないようです。

舞台は1912年ドイツ。(フランスじゃなくてドイツです!)
赤々と燃える溶鉱炉の火。
カール・ホフマイスターの経営する製鉄所で働くフリドリック・ザイツは冶金金属学を修めた有能な社員で
カール直々に個人秘書に迎え入れられます。
彼は両親を失って州の後見人に育てられながらも、優秀な成績で大学を出た苦労人。
狭い下宿屋を引き払い、交際していた下宿の娘に別れを告げ、屋敷の中に立派な部屋をあてがわれて、
妻のシャーロット、息子のオットーたちとも家族のように暮らすことになります。
夫と歳の離れた若い妻も、勉強を教えてもらったり遊んでもらったりで息子も大喜び。
重い病で死期も間近のカールは若くて有能なフリドリックのような後継者を望んでいたのですが、
次第に妻と秘書との仲に嫉妬するようになり・・・・・

夫とは歳の離れた若妻と個人秘書が一つ屋根の下で暮らしていて、美人とイケメンだったら
それはもう「不倫」の方向へ一目散!というのは今の感覚でしょうか。
二人は互いを憎からず思いながら、それでも自分の立場をわきまえて、
いっしょにジグソーパズルしても(↑)ぎりぎりで体が触れないように気を遣います。
もう視線で物腰で「好きだ!」「私も!」とアピールしているのに、それ以上進展しないもどかしさ。
「昼顔」なんかが好きな人にはちょっとじりじりしてしまうでしょうね。
いやいや、昭和の「よろめきドラマ」以上の待たせっぷりです。

三人の中でもおそらくは一番複雑な想いなのはカールで、
フリドリックの経営手腕は誰よりも信頼しているし、同居を言い出したのは自分だし、
妻の幸せそうな顔をみるのは嬉しいけれど、でも、あんまり仲良くされるのも悔しい。
アラン・リックマンの役柄からすると
「自分から餌をまいて二人が飛びついたらひどい目にあわせる」という卑劣な男を予想しましたが、
むしろ彼は自分の嫉妬心に「苦悩する」男でしたね。

シャーロットもオットーをダシに使って、フリドリックに近づくことができてもそれ以上は望めない。
押し殺した感情が何とも切ないです。
でも7時半に夕食で8時45分に寝るような爺さん夫と毎日過ごすよりは
若い秘書に毎日ときめいていたら、なんか若さを保つホルモンみたいなのがすごく出そうですね・・・

フリドリックは、下宿屋の娘はすぐに押し倒してしまうような血気盛んな青年ですが
社長の妻と間違いを起こすなんて無理無理・・・の我慢の毎日。

やがて、カールはメキシコに立ち上げた現地オペレーションの責任者にフリドリックを指名します。
自分の嫉妬心をどうにも抑えきれなかったとフリドリックに告白するカール。
10日後に出発ときいてシャーロットは急に取り乱します。
今まで抑えていた感情が噴き出す瞬間です。
2年後に必ず戻るという約束をして彼は旅立つのですが、
ハンブルグまで陸路で、そして航路で3週間の遠い異国とを結ぶのは
郵便局留めで交わされる書簡のみ。

2年がたとうとした1914年、第一次世界大戦がはじまり、海上が封鎖され、連絡がとれなくなり、
やがて、夫の死、ドイツの敗戦・・・・
そして、ついに、彼が帰ってくるのです!


いやはや、古典的な純愛ドラマでして、登場人物はみんな感情を押し殺して理性的にふるまいます。
ちょうど「ダウントンアビー」のドラマと同じ時代なので、国は違えど屋敷内の雰囲気は似ていますが、
多分「ダウントン・・」だったら、噂好きな使用人が奥様と秘書の怪しい動きを旦那様に告げ口したりするのかな?
あと、フリドリックに捨てられた下宿の娘が乗り込んで来たり、とかね。
とにかく、最近の不倫ドラマにありがちなベタな展開がひとつもなく、
ついつい下世話な想像をしてしまう自分が恥ずかしくなるくらいです。

結局二人は戦争で裂かれたのですが、再会もドラマティックには訪れず。
なんのひねりもない実話っぽい、フィクションとしてちょっともやもやするラストですが
二人の境遇差、というか
フリドリックに取りついていた劣等感を戦争が取り払ったような形になるのは皮肉ですね。

全編英語で、ハリウッド俳優が演じているので、(オットーがいかにもドイツ人のお坊ちゃまだった以外は)
ドイツらしさはほとんどなく、イギリスでもフランスでも良かった気もしますが、
100年前の話とはいえ、ここまで貞節な国民はドイツ人くらいなのかな?

じりじりする分、ときめき度は半端ないので、古典的な恋愛劇と覚悟してみる分には
とてもおススメできると思います。