調停が終わって訴状を出すまでの10ヶ月
ミニラ先生は、とても細やかに接してくれた
毎日のグチに近いメールに、とことん付き合ってくれた
時には厳しくアドバイスをくれたり、暖かく優しかった
ほんと心から頼りにしてた
ミニラ先生がいなかったら、離婚は乗り越えられなかったかもしれない
ミニラ先生のほうがずっと年下だったけど
奇遇な事に誕生日が同じで、この偶然は出会うべきして出会った気がした
そんなミニラ先生が訴状を提出したら
産
休
そう、途中から日に日にお腹が出てきていたのだった
月日が過ぎている事を実感した
ほんと、この激務の中、心身ともに大変だったろうに
私の事を心配してくれて、訴状を出すまではと、予定日のギリギリまで動いてくれたのだった
働くという事の意味を少し知った気がした
男の子が2人、3人目は女の子を欲しがっていた
忙しいのにやる時はやってるのね
壁||∇≦)))ノ彡☆ キャハハ!!バンバンッ!!
そうして、ミニラ先生は年内に決着がつく事を祈ってますと
出産体制に入っていった
八兵エ先生の久しぶりの登場
ミニラ先生みたいにメールは出来なかったけど、その存在感だけでとても頼りになった
ここまで来たら、愚痴なんて言っててもしょうがない
ミニラ先生が訴状を提出してくれてから
裁判所から出廷の期日指定があったのは、提出してから2ヵ月経っていた
第1回の口頭弁論期日は、八兵エ先生のみの出廷で済んだ
そして、
その1ヵ月後の次回期日の午後3時、双方両名出頭で、話し合うこと(弁論準備)になった
さあ!!ついに決戦の時じゃあああ
ふぁいとぉー!!
┗(  ̄◇ ̄)乂( ̄皿 ̄ )b
いっぷぁーつ!!