「あなたに絵を見せたいけれど、もう少し待たないと無理みたいですね」
イチは優しくエームに言った。
「後で見るわ。一人で見たいもの。
誰にも邪魔されない場所で」
「そうですか」
エームはにっこりと微笑んだイチを見て、
顔を赤らめ、手を引っ込めた。
モデルをしている時は、イチの顔を真っ直ぐ見られたのに、
近くでイチの笑顔を見ると、すごく胸がドキドキする。
「あたし、今から姉さんを呼んで来る」
エームはイチが持っている絵筆に向かって言った。
「どうしてですか?」
「次の絵のモデルにする為よ。
ほら、昨日話し合ったじゃない。
雑貨屋のおじさんが来た時、イチは絵を描いてた方がいいわ。
きっとその方がおじさんは、感動すると思うの。
感動したおじさんは、すごく良く喋るようになるのよ。
そしたらあたしはおじさんに近づいていって、
うまく秘密の店の場所を聞き出してみせる」
イチはにっこり笑ってうなずいた。
「そうでしたね。分かりました」
エームはきゅっと唇を引き締め、外に向かって走っていこうとした。
けれど、思い切ったようにイチを見つめ聞いた。
「ねえ、イチ。絵を描いてる時、何を考えての?
イチから見て、あたしはどんなふうだった?」
エームの目は真剣だった。
モデルとしてイチを見つめている間、ずっと考えていた事だった。
イチは編み上げ靴を描く時も、顔を描く時も、同じ表情をしていた。
それがとても、せつなかった。