イチは何処から持ってきたらしい三本脚の台の上に
キャンパスを立てかけ、黙々と絵を描き続けている。
エームは向かいに座り、モデルを務めている。
向かい合った二人は真剣だった。
取り囲んだ見物人達は圧倒されたように黙り込み、
じっと二人に見入っている。
(まるでからくり人形を出した時みたいじゃないか)
『緑の乙女亭』の主人は戸惑ったように人々を眺め、
やがて娘のエームに目を止めた。
その日のエームはやけに大人びて見え、美しかった。
茶色く縮れた髪が店の外から入ってくる太陽の光をうけ
艶やかに輝きながら、
イチを見つめるエームの顔を優しく縁取り、
白いブラウスに包まれた
柔らかな胸の曲線へと流れていった。
ひだがたっぷりついた濃い緑のスカートは
ほっそりとした腰を際立たせ、
膝の上に重ねて置かれたエームの手を
白く優雅に見せていた。
足首の辺りを締め付けた編み上げ靴は、
エームをやけに可憐に見せていた。
『緑の乙女亭』の主人は
自分の娘の美しさに、落ち着かない気分になった。
それで思わず客達をかきわけて、娘の側にかけより、
「エームや」
と、優しげな声をかけたのだ。
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