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「やっぱり、昨日からくり人形を動かしたんだ?


 いいなあ。見たかったなあ」


サラはため息をつくと、7枚目のビスケットを、ばりばりとかじり、


白いカップに入ったお茶を飲んだ。



三人は木箱や棚に囲まれた狭い場所に椅子を並べ、


緑の乙女亭のビスケットを食べながら話していた。



サラは痩せた女の子だった。


大きな肘掛椅子に座り、ぶかぶかの白いブラウスと、茶色いスカート、


そして男物の古い靴を履いていたから、なおさら痩せて見えた。


「突然だったのよ。


 父さんが、イチの描いた絵を見て感激して、


 イチに見せたいから、からくり人形を出すって急に決めたの」



エームは最後に一枚残ったビスケットを、サラに差し出した。


「ありがと、エーム。


 さっき来たお客さんが、その絵の事を褒めてたわ。


 昨日、緑の乙女亭に行った時、絵を描いているのを見てたんだって。


 絵の中でエームが生きてるみたいに笑ってたって言ってた」



サラはイチの方を向いて、にいっと笑った。


そばかすだらけの顔に、大きな白い歯がずらりと並んでいた。



「ありがとうございます」


にっこり笑ったイチを、サラは何故かまじまじと見つめた。



「どうかしましたか?」


イチはサラの顔を不思議そうに見返した。



サラは、しばらくの間、首を伸ばし、いろんな角度からイチを見つめ、


やっと何かに納得したようにうなずいた。



「今朝来たそのお客さんがね、絵師はすごく綺麗な男だって言ってたの。


 でも、さっき入り口にいるのを、見た時は、そうでもないと思ったのよね。


 ほら、服とか、顔とかが異国風だから、ちょっと綺麗に見えるだけかなって。


 でも、近くでよく見ると、角度によっては、すごく綺麗に見えるのね」


サラは、自分の考えに賛成するように、何度もうなずき、


爆発したような茶色く縮れた髪を、椅子の背もたれにぎゅっと押し付け、


ぼりぼりと最後のビスケットをかじった。



イチはこの率直な感想に少し笑い、


「あなたも絵を描くんですね」


と言った。


そんな気がしたのだ。



「サラが絵を?まさか」


エームが笑おうとすると、


「描くわよ。下手だけどね」


とサラが言った。



「本当に?今まで一度も絵を描くなんて言ったことないじゃない」


「最近はじめたのよ。ほら、あれが私の絵」


サラは壁に貼られた絵を指差した。


一輪の赤い花が、小さな紙からはみ出すような勢いで描かれている。



「下手ね」


エームはきっぱりと言うと、イチを見た。


「イチはどう思う」


イチは絵を眺めながら、ゆっくりと言った。


「サラさんらしい、楽しくて、力強い、雰囲気の、絵ですね」



サラは、にいっと笑った。


「いい事言うわね。それ、今度、生徒さんに言ってあげるわ。


 父さんが絵画教室をはじめてね、私は助手をしてるの。


 授業料ももらってるから、生徒さんの絵は、どんな絵も褒めろって


 父さんは言うんだけど、それが難しいのよ。


 芋虫に見える花なんて、どうやって褒めればいいっていうのよ。


 でも、今度から楽しくて力強い雰囲気の絵ですね、って言うことにする」



エームは驚いたように言った。


「おじさんが、絵画教室?おじさんが教えてるの?


 絵を描けるの?」


サラは、あっさり首をふった。



「描けないわよ。描き方を知ってるだけ。


 あと、絵を描く為の道具を売ってるだけ。


 それで褒めて、授業料をもらうだけよ」



「ひどいわね」


エームは呆れたように言った。


「でも、それなら、絵の具も売ってるんでしょ。


 私達、絵の具を買いに来たんだけど」



「売ってるわよ。


 ちょっと待って。確か、この辺りにしまってあったはずなんだけど」


サラは側にある棚を見上げ、椅子から立ち上がった。


「あれ?全部なくなってる」


サラは不思議そうに言った。


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