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「もう少し後ろに下がってください!そこはもう少し詰めてください!


 ああ、お嬢さん、こちらにどうぞ。絵師さんも一緒に」


テーブルのまわりに立ち、押し寄せる人たちに向かって


しきりに支持を出していた店員が、エームとイチを呼び寄せた。



「しゃがんで下さい。後ろの人もよく見えるように」


店員はそう言いながら、エームとイチをテーブルの一番前に押し込んだ。


「分かってるわ」


エームはそっけなく言うと、しゃがみこんだ。



イチもそれに続きしゃがみこむと、そっと後ろを振り返った。


店内は、信じられないほど人がぎっしりつまっている。


皆、目を輝かせてこのテーブルを見つめている。



「いつもこうなのよ」


エームは、うんざりした口調で言うと、


イチの肩にぴったりとくっついた自分の肩を、ちらっと見た。



食堂の主人が、店の奥から木箱を抱えて戻ってきた。


テーブルの上に木箱を置き、エームとイチに目を止め軽くうなずいた。


そして店中をぐるっと見渡し、大声で言った。



「よく見てくれ。うちの家宝なんだ」



食堂の主人は、そっと木箱の蓋を開け、


その中に太い両手を、おそるおそるといった感じで入れると、


厚手の布に包まれたものを取り出した。



布を外し、テーブルに置かれたのは、少女の姿をした木製の人形だった。



緑色のワンピースを着て、両足を前に伸ばし座っている。


肩の上までふんわりと広がる髪は、エームのように茶色く縮れていた。


少しうつむき、目は閉じている。


黒く長いまつげが、木目の浮き出た頬に影をつくっている。


朱色に塗られた唇は、色がいくらか剥げかけている。



人形が姿を見せた途端、騒がしかった店内は、静まりかえった。


イチはその静寂に圧倒されながらも、少しがっかりしていた。


目の前にあるからくり人形は、可愛らしいが、普通の人形にしか見えなかった。


これが動いたといっても、どうということもない気がした。




「動かすぞ」


食堂の主人の呟きが、しんとした店内に響いた。


人形の背中に手をやり何かを、カタカタと動かすと、そっと人形から手を離した。



それは突然始まった。



気がつくと、人形が目を開けていた。

緑色の目をしていた。


人形は顔を上げ、何度か瞬きをしながら、戸惑ったように辺りを見回した。


不安そうにうつむき、両手を胸に当てた。


首をかしげ、また辺りを見回す人形は、震えているように見えた。



ふいに、人形の顔が止まった。


まるで、誰かを見つけたように。



人形は顔を上げ、その誰かに向かって、両手を差し出した。


木製の顔に笑みが浮かんでいるような気がした。


やがて人形は嬉しそうに両手を胸に当て、軽くうなずいた。


そして両手を下ろし、幸せそうに目を閉じた。




それだけだ。



からくり人形の動きはたったそれだけだった。



しかし、イチは、もうそれがただの木製の人形には見えなくなっていた。


たった今見たのは、生きている少女の戸惑いや、喜びだった。


イチは閉じられた少女がもう一度目を開き、微笑むような気がして、


息をつめて待ち続けた。


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