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「からくり人形を出すよ!見たい人は早くおいで!


 これを見逃すと、次はいつになるか分からないよ!


 からくり人形を出すよ!」



店の外で、食堂の店員が大声で叫びはじめた。


別の店員は、客達をテーブルから追い立てている。


「お客さん、申し訳ないですけど、からくり人形を出すんで」


追い立てられた客は、怒りもせずに


「しかたないなあ」


と立ち上がり、何故か嬉しそうな顔をして店の隅に集まっている。



不思議に思い、食事をしながらイチが見ていると、


「お客さん、申し訳ないですけど」


店員がやってきた。



エームが険しい顔で店員に言った。


「このテーブルはまだ片付けないでちょうだい」



「ああ、お嬢さん。すいません。でも、なるべく早く」


「分かってるわ」


エームがそっけなく言うと、店員は別のテーブルの客を追い立てに行った。



「何が始まるんですか?」


イチは辺りを見回しながら聞いた。


テーブルが次々に壁際に寄せられていく。


エームは飴色の目で、呆れたようにイチを見た。



「だから、さっきから言ってるじゃないの。


 からくり人形が店に出されるのよ。


 父さんはあの人形を、大切にしてるから、たまにしか出さないの。


 でもね、からくり人形っていうのは、一度見ると、虜になるのよ。


 もうすぐ、町中から人が押し寄せてくるわ。


 テーブルは邪魔にならないように隅にどけとくのよ。


 あなたも、さっさと食べないと、人に囲まれて身動き取れなくなるわよ」



イチは慌ててまだ熱い料理を食べてしまうと、立ち上がろうとするエームを押しとどめた。


鞄から例の香料入りのオイルを取り出し、


「私の国では獣の肉を食べた後は、必ずこうしなければいけないしきたりがあるんです」


と、説明しながら皿の上にオイルを垂らした。


「意味が分からないわ」


エームはいらだたしげに、そう言うと、立ち上がり店員に言った。


「終わったわ。このテーブルも片付けてちょうだい」


店員が素早くやってきて、あっという間にテーブルがどけられた。


もうすでに、店の中は身動きがとりづらいほど人でいっぱいになっている。



「さあ、ついてきて。前の方で見ましょう」


エームは人をかきわけて、広い店の奥に一つだけ残されたテーブルに向かった。



イチもそれに続こうとしたが、


「おい。おまえ押すなよ。後ろで見てろよ」


すぐ隣にいた若い男にこづかれた。



途端にエームが振り返り、男に向かって怒鳴りはじめた。


「ちょっと!なにすんのよ!


 この人はね、すごい絵師なのよ!すごい絵を描くんだから!天才なんだからね!


 この人に見せる為に、父さんは今日、からくり人形を出す事にしたのよ!


 前の方で見せてあげたっていいでしょ!」



イチは驚いてエームを見た。


自分の絵を、そんなふうに思ってくれていたとは、考えてもいなかった。


さっき、描き上げた絵を見せた時には、エームは口を尖らせて、


一言も感想を言わないまま、店の奥にひっこんでしまったのに。


 

怒鳴られた若い男は、エームの剣幕に驚いて、降参したように両手を上げた。


「分かったよ。エーム。だからそんなに怒るなよ」



その騒ぎのおかげで、エームとイチの前に自然に道があけられた。


「あなたもさっさとついてきなさいよ」


エームが不機嫌そうに言った。


「あの、ありがとう。絵の事を褒めてくれて」


イチがお礼を言うと、エームは顔を赤くして口を尖らせ、


また何も言わないまま、緑色のスカートをひるがえし、


テーブルに向かって歩き出した。

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