映画やテレビの題字を担当して半世紀…という赤松陽構造(ひこぞうと読むそうな)さん、
職人中の職人といえるような人であろうかと思いますが、その人のことがしばらく前の新聞に載っていて、
東京国立近代美術館フィルムセンターで「赤松陽構造と映画タイトルデザインの世界」なる展覧会が
開かれていると知り、ずっと気になっていたのでありますよ。
もはや会期終了という段になって、ようやっと覗いてくることができました。
映画の題字、タイトルデザインは、およそ「明朝体」とか「ゴシック体」とか
事務作業でありきたいりなフォントを使っていることはまずないですよね。
敢えて、そういう事務的な文字を使うことはあるのかもしれませんけれど、
基本的には「名は体を表す」ごとくに、映画のイメージを反映させて作り出すもののようです。
小津安二郎 が自分でタイトル文字を書いていたというのも、こだわりの証左でありましょう。
で、展示の始めにはまず、
そうしたタイトル文字の作り方というか、付け方というかが解説されていましたけれど、
どうやら単にタイトルとしてズバっと出てくる文字だけではなくして、映画の中にやおら
「一年後」とか「東京都○○市」とか、字幕とは違って画面そのものに出てくることがありますが、
ああした文字にも時にはタイトル文字との関連性を持たせたりもするようですね。
そして、タイトルそのものもそうですが、どのような表示のさせ方をするのか、
何秒間表示させておくのか、どのように消えていくようにするのか、
あたかもパワーポイントでプレゼン資料を作る際に凝り始めるきりがないようなことを
映画の一本、一本で考えられている。
まあ、思いがそこまで至っていなかっただけで、
考えてみれば、作品の一部としてどう見せるかのこだわりは
この辺にも当然行きわたらせるのでしょうなあ。
そして、実際に題字として使われた作品例の展示が続くのですけれど、
改めて見てみると、実にそれぞれ個性的な文字であることかと感心もするわけです。
その中で特にクローズアップされていたのが、赤松陽構造作品でありまして、
半世紀近くにわたって手掛けた作品400本以上とか。
そのそれぞれが、似ているような気がするものもあるけれど、やっぱり違うという
一点ものの書体を編み出しているのですから、こりゃあこれですごいことでありますよね。
ちなみに上のフライヤーに配された映画タイトルは全て赤松作品なのですから。
例えばこの「菊次郎の夏」の題字ですけれど、
黒板に白墨で、ちと乱暴に(というより子供が書いたように?)かすれて不揃いな書体。
当然にわざわざこうした文字を作り出したわけですが、
子供目線で映画の内容を思い出させるのに、相当ぴたりくるものではなかろうかと。
そしてTVの方で手がけた中では、
昨年の大河ドラマ「八重の桜」 の題字も赤松作品であったそうな。
女性が主人公で「桜」とくれば、単純な発想では「美しい花」というイメージになりましょうけれど、
ここでの鋭く切り裂いていくような文字はあたかも桜の散り際の印象から
「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」といったイメージに通じ、
山本八重という(当時にあっては)特殊な女性像ならではものにもなっていようかと。
こうした題字に取り組む赤松さんですが、
昔はいざ知らず今はPCのそれ用ソフトかなんかを使うといろんな書体がみるみる出来て…
とも思うところながら、基本的には手書きだそうで、イメージ通りの文字を書くには
筆記具そのものを自作したりもするという。
PCに関しては、間違えてもすぐ消して書き直せるという普通は便利に思える機能が
よろしくないとのことでもあるようです。
簡単に書き直せるなどという安易な気持ちでは駄目なのであって、
絶対に間違えないとの崖っぷちに自らを追い込んで、背水の陣に挑むがごとく一気に書きあげる!
のだそうでありますよ。
これだけ気合の入った映画のタイトル文字、仇やおろそかに見流してはなりませんなぁ。
むしろ、この映画にはどんなのが?と楽しみにしていなくては。