ちょっと前に佃島界隈 から門前仲町あたり までぶらりとしたときに、
映画監督の小津安二郎に関する展示コーナーのある施設に立ち寄るも
折悪しく展示替えで見られずしまいだったと言いました。


その後は、未だその同じ施設に足を向けてはいないのですが、
東京国立近代美術館フィルムセンターでやっている「小津安二郎の図像学」という展示の
会期終了が迫ってまして、取り敢えずこちらのことを記しておこうかと。


「小津安二郎の図像学」展@東京国立近代美術館フィルムセンター

小津安二郎の手になる映画作品が醸す独特の世界には、
まだまだ僅かしか触れてはいないものの、何かしら惹かれるものがあるのですよね。
どこがどうとはなかなか言葉にしにくいのですけれど、もしかしたら笠智衆さんの、
ワンテンポ溜めの入ったような語り口なんかも含めてでしょうか。


ただ改めてフィルモグラフィーに接してみると、
個人的に小津安の世界としてイメージするところとは

必ずしも一致していなさそうな作品もあるやに。


ですから、作品を云々するのは

もそっといろいろ見てからの方がよさそうだなという気がするわけですが、
ここでは作品云々にあまり深入りせず、もっぱら展示内容の話をいたそうかと思います。


「小津安二郎の図像学」と銘打たれた今回展のバックグラウンドにあるのは
会場で見かけた次のような一文に現れているところかと。

作品を支えてきた視覚的な要素、監督の美的嗜好をはぐくんだ諸芸術、
そして自身による巧みなアートワークが強い関心の多少になることはありませんでした。

この美的嗜好の発露としては、
元より親交を深めていた橋本明治、山口蓬春、東山魁夷 といった画家たちの作品を
自分の映画に「さりげなくもふんだんに使用」したのだそうでありますよ。


例えば映画「秋日和」の中には、梅原龍三郎作「バラ」他2点、

そして山口蓬春の「椿」、速水御舟の「千住大橋」、東山魁夷の「門 赤坂離宮」、

さらに洋物からもルオー の「パッション」などが見てとれるのだとか。


展示されていた同作のプレスシートの記事を見れば、
「さながら日本美術展、名画二十数点」とあるのもむべなるかなでありますね。


しかも、それらしく模造品を飾るのでは気の済まない小津安だけに、
同様のプレスシートに曰く、「秋刀魚の味」では「本ものづくめの豪華なセット」、
「彼岸花」では「贋物はオフリミット」と書かれていますから、
映画のためだけに大物作家たちの作品を借り出していたのでしょう。


一方で、先に引用した一文の「自身による巧みなアートワーク」とある部分に関しては、
「ああ、この人は小さいときからデザインに興味があったのだな」という展示が見られました。


昔の子どもの趣味というか、コレクションに「切手収集」があって、

小津安も集めていたようですが、普通は集めた切手を子どもながらも大事に大事に扱うところを、
小津安の場合はどうやら切手のデザインに目を付けていたようで、
デザイン・色彩によって切手の配列を考えて貼り込み、自ら額装した少年自体の「作品」が
展示されていたのでありますよ。


浮世絵にも興味のあった小津安の、特に後期のカラー作品を見る時に
「浮世絵独自の構図と配色の妙」は「重要なヒントを与えてくれる」のだそうですが、
構図、配色、こういったものへの関心は幼い時からのものなのですなあ。


そして、映画制作に活かされたという点では

、戦後作品に多く見られるという麻の布の上に書かれた題名、
あれも「ああいうふうにしよう」というのは小津安の考えであり、
文字自体、自らが筆を揮っているのだと言います。


デザイナーとしては、自らの映画ばかりか、1936年の日本映画監督協会設立にあたり、
協会のロゴマーク(映写機のフィルム部分と「無限大」を掛けたもの)を作っているとなりますと、
小津安のデザインには誰もが一目おいていたのかもしれませんですね。


会場で見かけた表現によれば「永遠のウルトラモダン」とも評される小津安作品。
ついついそののんびりした調子に釣られて、

ぼんやりと雰囲気で見てしまうところがありましたけれど、
あちこち見逃すまじの意気込みが必要かも。


そういうつもりで、またそのうちに見てみるとしますですかね。