【本編】L.S.A.G.S.F. その9 | 魔人の記

【本編】L.S.A.G.S.F. その9

L.S.A.G.S.F. その9

「おいおい…」

口を開きながら征司の方を向くヴァージャ。
その顔はあきれている。

征司は征司で、そんな彼の顔を見て若干カチンときている。

「なんだよヴァージャ、その顔は」

「こういう顔にもなろうってもんだろーが」

ヴァージャは、机の上に置かれたノートを何度か叩く。
人の手が紙に叩きつけられる音がするが、ノートは全く動かない。

そして、ノートのそばにあるシャープペンシルも全く動かない。
わずかに震えもしない。

しかし、それをわざわざ気にする者は、この部屋にはいなかった。
学校から帰ってきた征司は、一度しっかり眠った後でノートをヴァージャに見せていた。

ヴァージャは、そのノートに記された内容を見てあきれ顔になっている。
つまりそれはどういうことかというと…

「Y.N.からのヒントが、こんなチンケなもんだったってのかよ!」

「うるさいな…怒鳴るなよヴァージャ。まだY.N.から『夢がヒントだ』ってメールは来てないけど、やけにはっきりした夢だったんだ。だったらそれがヒントだって思ってもおかしくないだろ?」

「Y.N.からメールが来てねーんなら、なんでお前はこれをヒントだって思うんだよ! はっきり見ようが見まいが夢は夢だ! 勝手に決めるんじゃねぇ!」

「…だけどさ、ヴァージャ」

怒鳴りつづけるヴァージャに、征司はやけに神妙な表情を浮かべる。
そしてノートのある部分を指差した。

「オレがただ単に夢に見ただけだったら、3番目…カバンを盗んだヤツがいきなり出てきたのはおかしくないか? オレはこの夢を見るまで、カバンを引っ張られたことは忘れてたんだぞ」

「だからなんだっつーんだよ。無意識に憶えてることが夢に出ただけの話だろうが」

「でも無意識に憶えてることより、背中を刺されたことの方がショックがでかいんだから、夢に見るんだったらオレの背中を刺したヤツが出てこないとおかしいじゃないか」

「夢におかしいもクソもあるか! 夢ってのはなんでもアリじゃねーかよ。空を飛ぶ夢だって見れるが、本来は空なんか飛べねーだろうが」

「それはそうだけど、オレが感じた感覚はちょっと違う…」

「あーあーあー、もういい!」

ヴァージャは腹立たしそうにそう言いながら、征司の眼前に素早く手を突き出す。
それに驚かされた征司は、思わず口ごもった。

そこにヴァージャは、自分の言葉を強引にねじ込む。

「Y.N.から、『セェジの夢がヒントだ』ってメールが来たんなら、俺もこの夢をヒントだって認めてやる! だがな、それがないうちはこの夢についていちいち考えるつもりはねぇ!」

「…なんでだよ」

「なんでだと? もしこれが単なる夢だったらどうすんだよ? 無駄かもしれないことに、時間かけてる余裕なんて俺らにあるのか?」

「そりゃ、余裕はないけど…だからこそ、先回りするっていう手も」

「バカ言ってんじゃねぇ。何の手がかりもねーのに先回りしようとするってのはな、『今からボクは迷子になりまーす!』って言ってるのと同じなんだよ! そんな時間があるんなら、お前はもうちょっと寝ろ!」

「いや、もう眠くないし…」

「だったら『手』のトレーニングでもしてろ! ヒントだって確定したわけでもねーこと考えて、無駄なエネルギー使ってんじゃねぇ!」

「なんだよヴァージャ、今日はやけにカリカリしてるな」

「うるせえ! お前が変なとこでのんき過ぎるんだよ!」

「…わかったよ。でも、Y.N.からメールが来たら…」

「その夢がヒントだ、ってメールが来たら、俺もきっちり向き合ってやるよ。だがそれまでは、『ただの夢』だ。わかったな!」

「あ、ああ」

征司がうなずくと、ヴァージャは怒ったままベッドの方へと飛んでいった。
そんな彼を見送りつつ、征司は椅子に座る。

自分が見た夢を書いたノートを見つつ、首を傾げた。
ぶつぶつと「あんなに怒らなくても…」とつぶやいている。

「…」

征司のそんな言葉を背後に聞きつつ、ヴァージャはしかめっつらのままベッドの上に寝転んだ。

そして彼も、征司と同じように、しかし征司には聞こえないように小さな声でつぶやく。

「嫌な予感がする…次のリアライザは、もしかしたらやべぇヤツなんじゃねーのか…」

彼はそれについて、ずっと考えていたのかもしれない。
だからこそ、あんなふうに征司に対して怒りをぶつけたのかもしれない。

夢について、確証もないまま「これがヒントだ」と考える征司。
確証がないことを嫌い、自らの中に巻き起こる不安を敏感に感じ取っているヴァージャ。

ふたりはそれからしばらく、一言も口を利かなかった。
静寂が解除されるのには、Y.N.からのメールを待つ必要があった。

「…ん……」

その時間は午後11時すぎ。
机に突っ伏して寝てしまっていた征司は、机の上で振動音とともに動き回る携帯電話に気付く。

それを開き、着信がなんだったのかを調べた。
すると眠気がすぐに吹き飛ぶ。

「ヴァージャ!」

「…!」

征司の口調に、ただならぬものを感じたヴァージャは、ベッドからすぐに飛んでくる。
そしてふたりはメールを見た。

送信者はY.N.。
内容はこうだった。


『夢がヒント。共通点が能力』


「ほらみろヴァージャ! やっぱりオレが見た夢がヒントだったんじゃないか!」

「…」

喜ぶ征司に、ヴァージャは苦い顔をする。
そしてもう一度、征司が記したノートをふたりで確認することとなった。

「ヴァージャ、そういうことだからもう一度確認してみよう。夢の中の共通点が、ルサグスフの能力らしい」

「ああ、わかったよ。俺も素直に認めてやる、が…ルサグスフの能力は、大体俺らでアタリをつけてなかったか? 『人を操る能力』だろ、ヤツの場合」

「でも、Y.N.が『共通点が能力』って言ってるんだから、それだけじゃないのかもしれない。今回はオレの方が正しかったんだから、反論はお断りだぞヴァージャ」

「チッ…わーってるよ! んじゃ共通点出してみるか」

征司が見た夢は、3つのシーンで構成されている。
どれも登場人物はふたりで、役柄は同じだった。

「共通点は、3つとも『おまわりさんと犯人が話してる』ってこと…」

「つまり、全員捕まってるってことだな。言い訳してるのも共通っぽいが、おちゃらけた感じもあるからな…これはどう考えるんだ? セェジ大先生よォ」

「うーむ、そうだなあ…おちゃらけてるのはとりあえず置いといて、まずこの3人が『おまわりさんに捕まった人たち』っていうのが重要なんじゃないかな」

「なるほどな。全員そろいもそろって盗みで捕まったってわけか」

「盗み…」

征司はふと、そう言ってもう一度ノートを確認する。
その後で、自分が見た夢を思い返してみる。

「…どーした?」

急な行動に、ヴァージャが不思議そうに尋ねてきた。
それには答えず、征司はしばらく考え込む。

(全員が盗みで捕まった…3人目はオレを刺したヤツじゃなくて、カバンを引っ張ったヤツがわざわざ出てきた…)

そのカバンは、征司がルサグスフに負けた後で回収されているのか、元通り彼のもとへ戻っている。

「…セェジ?」

「ヴァージャ、さっきお前は『確証がないことでいろいろ考えるな』って言ってたよな」

「あ? ああ」

「で、ここに書いたオレの夢が、ヒントっていうのもわかったよな」

「ああ…なんだよセェジ、なんかわかったんならさっさと言えよ」

「ルサグスフの能力っていうのは、もしかして…人をただ操れるんじゃなくて『盗みをした人間を操れる』ってことなんじゃないのか?」

「…? どういうことだよ?」

征司の回答は、ヴァージャにとってはどうも要領を得ない。
だが征司自身も探りさぐりなのか、少しまた考える。

その後でまた口を開いた。

「2人目の時だ…ルサグスフの『手』を見たよな、オレたち」

「ああ、見たぜ。お前のと全く同じような『手』だった」

「それに掴まれたよな、オレは」

「…そうだな…!」

ヴァージャも何かに気付いたようだ。
征司が言う前に、今度は彼が言葉を続ける。

「そうだ、お前はヤツの『手』に触れてる…なのに操られてねぇ」

「あまりにシンプルなことだったから忘れてたけど、どうしてルサグスフはオレを操ろうとしなかったんだろう? いや、もしかしたら『操れる』と思ったからさっさと家を出たのかもしれない」

「俺はてっきり、家がわかれば四六時中セェジを狙える、だからもう家にいる必要はないって思って帰った、と思ってたが…そうだな、『人を操れる』んならセェジを操った方が早いよな」

「ああ。もしオレを操れれば、あとはオレを自殺させるだけでいい。だけどオレには『人を操る能力』は効かなかった…」

「だから3人目の時は、満員電車の中で襲いかかってきた。だが…」

「そうだよ、ヴァージャ」

征司とヴァージャは顔を見合わせる。
そして「共通の答え」を口にした。

「人を操れるはずなのに」

「敵はあそこにいる全員じゃなかった」

満員電車の中で襲われた時。
いわゆる「3人目」との戦いでは、征司のカバンを引っ張った者、そして征司の背中を刺した者が敵となった。

満員電車なのに、である。
「手」の力は現代科学では説明できないため、警察が証拠にできないにも関わらず、である。

「ルサグスフは1億かかってるってことで、そりゃー気合い入れてただろうなァ…やれることは全部やって、必ず金を手に入れるつもりでいただろう」

「ああ。そしてルサグスフも、オレが何らかの力を持っているのを知っているはず。だったら、あれだけたくさんいる人たちを利用しないわけがない」

「だが、ルサグスフの野郎はあそこにいる全員を操ることはできなかった…それはヤツの能力に人数制限があるってよりも」

ヴァージャはノートを指差す。
その指先は、盗みをはたらいて捕まった犯人を指している。

「ヤツの能力が『盗みをしたことがあるヤツだけを操れる』ってことだからだ!」

「ああ」

ヴァージャの言葉に、征司もうなずく。
そして現実と征司が見た夢の違いを口にする。

「セェジが夢で見た全員が警察に捕まってるが、3人目の時はセェジの傷とともに『なかったことにされた』んだぜ…セェジのカバンを引っ張ったヤツも、背中を刺したヤツも捕まってるわけがねえ!」

「なのにオレが見た夢では捕まってる。これは要するに、『以前捕まったことがある』っていうのを示しているんだ…それにおちゃらけた口調なのは、盗みをしてもそれほど悪いと思っていないってことで」

「そうか、つまり常習犯ってことだな? 盗みの回数が多いヤツほど、ルサグスフの思い通りに操れる…つまり『言いたいことも言わせられる』!」

「ああ。だから別の人間に同じことを言わせることだってできるんだ。1人目が言いたいことの前半を言って、3人目に後半を言わせることだってできる…重要なのは『盗みの常習犯であるかどうか』なんだ!」

「なるほどな…! まさかおちゃらけた感じってのにも意味があるとは思わなかったが、これでいろいろつじつまが合ってきた気がするぜ」

ヴァージャはそう言いながら、あらためて征司のノートを読み返してみる。
そしてうんうんとうなずいた。

「警官と犯人がやけに親しげなのもこれで説明がつくな…犯人が盗みの常習犯で警官と顔見知りってことになりゃ、捕まえた後でこんな話しててもおかしくねぇ気がする」

「ああ…Y.N.はオレの夢がヒントだと言った。それは『確証』だし、そこに無駄があるとは思えなかったんだ。だから、3人目が捕まっていること、やけにおちゃらけていることも気にしていったら、そういう結論になった」

「よぉっし」

ヴァージャはノートを強く叩く。
その音の強さは、彼らの確信の強さを示してもいた。

「ヤツの能力はこれではっきりしたわけだな」

「うん。ルサグスフは『盗みをした人間を操れる能力』を持っている。常習犯であればあるほど、強力に操れるみたいだ。ただ…」

ここで突然、征司の表情が曇った。
その理由を尋ねようとしたヴァージャだが、彼もまたそれに気付く。

「そうだな、このヒントじゃ…ルサグスフ本人にはたどり着けねぇ」

「そうなんだ、それが問題なんだ」

ルサグスフの能力は、「盗みをした人間を操れる」というもの。
であるならば、この3人がルサグスフ本人と親しい必要はない。

ルサグスフも「手」を持っているのだから、街中で適当に人々に触れていけばいいのである。
窃盗は軽犯罪なので、警察にバレていないのを含めればこの罪を犯した人間は相当な数になる可能性が高い。

その中で「より強力に操れる人間」を厳選すれば、あとはその者たちを操ればいいだけである。
つまり、ヒントの夢に出た3人は、ルサグスフ本人には直結しないのだ。

「…能力に関しては確かに大発見だった。でも、本人にたどり着くにはもうひとつのヒントを待たなきゃいけない…」

「いやセェジ、大発見は大発見だって喜んでおいた方がいいと思うぜ。俺は」

「えっ?」

「だってそーだろ、能力によっちゃ居場所を特定できるかもしれなかったが、ルサグスフの能力はそういう類のもんじゃなかった。それがしっかりわかったってのは収穫なんじゃねーのか」

「それは…そうかもしれないけど」

「だったらそう思っていようぜ。それよりもな、俺が気になってるのは次のリアライザなんだよ」

言った後で、ヴァージャはなぜか唇を噛む。
その仕草に征司は首を傾げた。

「どうしたんだ、ヴァージャ。次のリアライザが気になるって…ずいぶんといきなりじゃないか?」

「そうか? お前にはいきなりに思えるのかよ?」

「いや、リアライザなんてどうでもいいってわけじゃないけど、ルサグスフに比べたらリアライザは『倒せばヒントをくれる敵』って感じじゃないか。能力がわからないわけじゃないし…」

「まあ、そうだな。確かにそうなんだが…」

「それに、気になるって何が気になるんだよ?」

「そこがわかんねーんだよ、俺にもな。だからちょっとイライラしてる」

「わからない?」

征司はきょとんとした顔でヴァージャを見つめる。
見つめられたヴァージャは、思わず征司から顔を逸らした。

「…確証がねえことでいろいろ考えんなっつった手前、なかなか言い出せなかったがよ…言わなきゃいけねぇと思ったんだ。次のリアライザはやべぇんじゃねーかって。それをビンビン感じてるってな」

「なんだよ、ヴァージャだっていろいろ考えちゃってるんじゃないか」

「そう言われたくねーから今まで黙ってたんだよ! だが、ルサグスフの能力もわかったし、あとはヒントその2だなって思ったら、お前にちゃんと伝えるべきだなって思ったんだ!」

「…いや、別に責めてるわけじゃないぞ、ヴァージャ」

「じゃあ、なんだよ」

「オレと同じだなっていうか、似てるな…って」

「あァ?」

ヴァージャは思わず征司の顔を見る。
だが、真正面から彼の顔を見て気まずくなり、またそっぽを向いた。

そんな彼に征司は言う。

「やっぱりお前もいろいろ考えるよな、って。虎のリアライザの時はさ、ホームの高さを利用するとかすごい作戦を思いつくお前でも、イライラとかモヤモヤはあるんだなって思ったんだよ」

「…い、一応俺だって生きてるからな…死ぬ可能性があることに関しては、やっぱりいろいろ考えちまう。だが、今度のはそれとはちょっと違うんだ」

「うん、わかってる。だからわざわざ教えてくれたんだろ? だからオレも注意しておくよ。で、そのヤバいリアライザにも一緒に勝とう」

「あ、ああ…(なんだよおい、セェジらしからぬ大物っぷり見せつけやがって…)」

「ん?」

「なんだよ、なんでもねーよ!」

ヴァージャはいら立った口調でそう言いながら、またベッドへと戻っていった。
なぜかまたぷりぷりし始めたヴァージャに、征司もまたきょとんとした視線を送るのだった。


それから5日後。
ついに、Y.N.から「2つ目のヒント」を持つリアライザに関するメールが来た。

「さて、今度の時間と場所は…」

「今回はあまり遅くならねーといいんだがな。また家族会議なんてゾッとするぜ」

「ああ…」

時間の心配をしつつ、メールの確認をする。
内容はこうだった。


『時間、場所、ともに同じ。注意せよ』


「…注意せよ?」

「ヴァージャもそんなこと言ってたな。なんだろう、注意って」

「俺のはまだハッキリとはわかんねーんだが…Y.N.の野郎が言ってるってことは、かなり注意しなきゃならねぇってことかもな」

「でも、何に注意したらいいのかわかんないぞ」

「ああ。だが、『それを注意しろ』ってことなのかもな」

「なぞなぞか?」

「いや、どっちかといえば『とんち』っぽいな」

結局、何に注意すればいいのか、どう注意すべきなのかふたりにはわからない。
そして今回、それに輪をかけた問題もある。

「また朝4時からの戦いか…」

「家族会議はマズいな」

「ああ、ヒジョーにマズい。今度こそケータイ取り上げられる気がする」

「だが、最悪そうなっても、ルサグスフへのヒントさえわかればしばらくケータイは必要ねぇだろ」

「それはそれ、これはこれだろ…ケータイを取り上げられること自体がマズいし、イヤなんだよオレは!」

「だったら、さっさとぶちのめすしかねーな」

「そうだな…場所と時間が同じってことは、リアライザも同じタイプかもしれないし」

「……」

「だとしたら、多分同じ作戦でいけるはず…タイミングはヴァージャが見てくれないか」

「ああ…いいぜ」

征司の言葉にそう答えるヴァージャ。
しかし、その表情は浮かない。

「同じタイプか…そうだったらいいけどな…」


場所と時間が同じだったため、戦う舞台:JR椎葉駅までの道のりも同じですんだ。
学校に侵入した時も警備員に見つかることはなく、無事に駅への出発時間まで待つことができた。

そして午前4時前。
征司は金網を上り、JR椎葉駅の線路へ侵入する。

「…」

「特に見張りがいる、っていうわけでもねーな…」

「…ああ」

影の中へ急ぎながら、ふたりはそんな会話を交わす。
やがて、ホームが作り出す影に入り込み、時間になるのを待った。

「…」

線路上にしゃがみ込み、ホームを壁にして携帯電話を取り出す。
すると午前3時58分だった。

「……」

戦いが開始される予定時間まで2分。
待つということになると、この時間は案外長い。

「…」

「……」

息を殺し、ふたりはその時を待つ。
ヴァージャはしゃべっていても声が征司にしか聞こえないので問題ないのだが、彼の集中力に影響するのを嫌って黙り込んでいる。

そして…

その時が来た。
午前4時ちょうど。

「…?」

征司は電話をしまい、すっと立ち上がる。
線路の先から、電車の音が聞こえてきた。

「こんな時間に電車だと…?」

思わずヴァージャも声を漏らす。
やがて、一台の電車が隣の線路を通ってやってくるのがわかった。

その線路は、駅出入口から見て最も外側。
どのホームにも隣接していない線路だった。

「…」

征司はできるだけ後退し、5番ホームが作り出す影ギリギリのところに陣取る。
隣の線路には、貨物列車がやってきた。

それはやけに旧式であり、コンテナも配送会社のロゴが入った立方体に近いものではなく、直方体の古いもので横にドアがついている。

昭和時代にはよく使われていたタイプのコンテナなのだが、ふたりはそのようなタイプのコンテナを見たことがなかったので、思わずそれに見入ってしまった。

「なんだ、あれ…」

「古いコンテナ、みてーだが…あんなのあるのか?」

驚いているふたりの前で、貨物列車は止まる。
そしてコンテナのドアが開かれた。

「グル、ウル、グルゥゥ…」

その中から聞こえてきたのは、奇妙な鳴き声。
小さく足音が聞こえ、鳴き声をあげた張本人の姿が見えてくる。

「…!」

その頭部を見た時。
ヴァージャは愕然とした表情を見せた。

「これだ…」

「ヴァージャ?」

「俺がビビってたのは、これだった…!」

「何を言ってる…?」

征司には意味がわからない。
首を傾げながら、彼もまた鳴き声の主を見る。

ゆったりとコンテナから出てきたそれは、薄暗い照明の下に全身をさらしていた。

「…!」

その姿を見た征司も息を飲む。
そこにすかさずヴァージャの言葉が入り込んできた。

「前にここで戦ったのが、虎のリアライザだった…そのことを思い出すたびに『なんかやべぇ、次のリアライザはやべぇ』ってなぜか思ってた。その理由はコイツだった。コイツが理由だったんだ」

「あ、あ…」

「考えてもみろよ、セェジ。虎の頭を持った人間、なんて体のヤツがいたんだぜ…その逆ってのがいても、おかしくはねーんじゃねぇのか…?」

「頭が…頭だけが!」

征司は、現れたリアライザを指差す。
その指は小刻みに震えている。

「グルゥ…!」

うなりをあげる口は、人間の口。
征司をにらむ目は、人間の目。

それだけでなく、頭部は全て人間のもの。
首から下だけが、虎のもの。

「頭だけが人間の…リアライザ、なのか!」

征司たちの前に四つん這いで現れたのは、まさしく人間の頭部を持つ虎だった。
人間の首と虎の首が何らかの方法で接合されており、問題なく生きている。

「う、ぬ、ぐァ…」

そしてその口は、ただうなるばかりではない。

「殺す…殺して、食う!」

「!」

「しゃべった、だと…!」

このリアライザは、言葉を口にした。
それは今までにはないことだった。

そして人間の頭部を持つということは、別の問題も生まれることになる。

「な、なあ、ヴァージャ…」

「…なんだよ」

「あのリアライザ、『人と獣の境界線』って…」

「見りゃわかるだろ、首だ! 虎野郎と同じ…いや、コイツもある意味、虎野郎だがな…!」

「じゃ、じゃあ、オレはもしかして…」

「そうだぜ、そうだ…俺がビビってたのもそういうことだ!」

リアライザを倒すには、「人と獣の境界線」を征司の「第3の手」で掴む必要がある。
その場所を掴まれたリアライザは、その箇所を切断されて動かなくなり、謎の集団によって回収される。

虎の頭を持つリアライザは、首を「手」で掴むことで倒した。
ということは、人の頭を持つこのリアライザを倒すには…

「オレが首をつかんで…頭を落とさないといけないのか……!」

虎の頭が落ちたのを見ても、後味の悪さを感じたふたりである。
もしそれが人のものとなれば、その後味の悪さは何倍にも膨れ上がるだろう。

「俺の予感は、もしかしたらこんなヤツが出てくんじゃねーかなって不安だった! 首を落とすんだぜ…口で言うほど簡単なもんじゃねぇ! 今回はただでさえ時間がねぇってのに…」

「でも、でもやるしかない。やるしか…! 早くコイツを仕留めないと、本当に大変なことになる! どうにかして早く勝たなきゃいけない!」

「だがセェジ、お前ビビりすぎてひざが大爆笑してんじゃねーかよ! さっさと気持ち切り替えろ…やるしかねぇのは決まりきったことだ! 俺たちが生きるには、やるしかねぇんだ!」

どうにか征司を鼓舞しようとするヴァージャだが、それがどこか空回りしているのを彼自身も感じている。

「フフ…グエァ……」

人の頭を持ち虎の体を持つリアライザは、征司の様子を見ながら笑っていた。
習性は肉食獣のものを持っているのか、舌なめずりをしつつ彼の隙をじっくりと観察し始めるのだった。


>L.S.A.G.S.F. その10へ続く