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2017-05-22 12:00:02

【本編】episode93 答え合わせと衝撃波

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode93 答え合わせと衝撃波


エレベーター内部は、白と銀が混ざった色で塗りつぶされている。
一方で、底面は黒い。

「……」

玲央菜は、まだあっけにとられたままだった。
バルディルスの声に従ってここへ飛び込んだものの、何が起きたのかの詳細は、まだわかっていない。

ただわかるのは、自分を下から上へ押し上げる力がはたらいている、ということだけだった。
もしそれがなければ、この場所がエレベーター内部であることにも、まだ気づけなかっただろう。

それほど、先ほど起こったことは突発的で瞬発的であり、この場所はただの箱のようにしか見えなかった。

”…答え合わせをした方がよさそうですね”

(う、うん…できれば…)

バルディルスからの声が聞こえ、玲央菜は一も二もなく教えを乞うた。
道はひらけたようだが、そして自分は正解したようだが、何がどう正解だったのかわからないのは気持ちが悪い。

そんな彼女に、バルディルスは望みどおり回答を与えていく。

”まず、あなたが見つけたもの…それは、レーダーだったのです”

(天井にあった監視カメラのこと?)

玲央菜は、秘密があるにちがいないと踏んだ場所で、天馬とその父である天宗の『天』という文字から、ふと天井に目をやった。
その時に見つけたのが、小さな丸い穴だった。

丸い穴には、レンズのようなガラス状の物体がはめ込まれているのが見えたので、玲央菜はそれを監視カメラだと考えた。

ただ、バルディルスはそうではないと彼女に言う。

”私があの時、『少しちがう』と言ったのはそれですね。あれは監視カメラではなく、天宗さんを見分けるためのレーダーだったのです”

(あ、監視カメラじゃ…なかったんだ)

”はい。監視カメラだとその映像を見守る人が必要になりますが、レーダーの場合はそうではありません。天宗さんの姿や生体データ…脈拍だとか血圧だとか、血管の形などもそうでしょうか…そこらへんを見分けるための装置だったのです”

(…あ、そっか…誰かがずっと監視カメラを見てなくてもいい、ってことなんだ)

”そういうことですね。レーダーで自動判断することで、24時間体制で監視するという手間を省けます。しかも天宗さんの部屋へ向かう入口を開けるわけですから、普通のメイドさんや黒服さんに監視させるわけにもいかない…”

(ああ…!)

玲央菜はここで、深く納得した。
少しばかり目を輝かせながら、興奮ぎみにその発見を心に思い浮かべる。

(そっか! あれが監視カメラだったら、メイド部隊の誰かを使わなきゃいけなくなるんだ…!)

”そうです。しかもメイド部隊は無敵とはいえ人間ですから、何日間も眠らずにいることはできません。必ず交代要員が必要になります。高い集中力を維持して監視にあたるためには、24時間体制だと最低でも3人は必要になるでしょう”

(なるほど…メイド部隊は強いけど、何十人もいるわけじゃないもんね。その中から3人減るっていうのは、きっと効率的じゃない…)

”そういうことですね。しかも、生体データを冷徹に判断できるレーダーであれば、変装の名人だとか…あなたには少し言いづらいですが…天宗さんの遺体を使って監視の目をあざむく、ということも防ぐことができます”

(え…)

”まあ、このあたりはあまり聞かない方がいいでしょう。重要なのは、それだけ厳しいセキュリティの仕組みを、あなたが見破ったということなのですから”

(う、うん…)

バルディルスの言葉から出た不穏な響きに、玲央菜は心の奥が冷えるのを感じた。
ただ、気になることもある。

(で、でもさ、遺体って…天宗さんがやられちゃったら、意味ないんじゃないのかな)

”もちろん、現当主である天宗さんがそんな目に遭うことは、絶対に防がなくてはならないでしょう。しかし万が一ということもあります”

(うん…?)

”最後の手段として、でしょうが…自分の命と引き換えに、後継者を自身の部屋へ隠すということも考えているのではないでしょうか”

(あ…!)

玲央菜の中で、これまで見てきたものがつながっていく。
その感覚は、初めてのことではない。

バルディルスの推理を聞いていくうちに、何度か起こったことである。
それは、彼の言葉が平易であると同時に、玲央菜の能力が高まっているということでもあった。

決死の覚悟で行動しているさなかに、人の話を冷静に聞けるというのは並大抵のことではない。

(そっか、もしもの時には天馬さまに全部託すつもりで…)

玲央菜はそう思ったところでふと、自分が飛び込んできた右方向を見た。
普通のエレベーターとはちがい、内壁はつるつるとしている。

扉らしい接目は消えてしまっており、見た目はなめらかな絹のようだった。

「……」

彼女はそれを見つめながら、何事かを考えている。
ただ、それを言葉としてバルディルスに投げかけるということはしない。

それを疑問に思ったバルディルスが、彼女に尋ねた。

”どうかしましたか?”

(え? あ、いや…)

玲央菜は、声をかけられて初めて、自分が何も反応せずにいることに気づいた。
それをごまかすように、彼にこんなことを尋ねる。

(て、天宗さんを見分けるレーダーなのに、どうしてボクがここに入れたのかなー…って、ちょっと思ってさ)

”ああ、そのことですか”

バルディルスは、少しばかり素っ気ない口調になる。

”簡単な話ですよ。ちょっとしたイタズラ心で、あなたを一瞬だけ『天宗さんみたいにしてみた』んです。そうしたらレーダーが勝手に勘違いをして、ここへ続く扉を開けてしまった…というところですね”

(…それってだいじょうぶ…なの?)

”能力を制限する『警告』はありませんでしたからねぇ…まあ、単なるイタズラですし”

(ボク、あんまり言葉を知らないからよくわかんないけど…それってさ、ヘリクツっていうんじゃないの?)

”あっはは、どうなんでしょうねぇ? この国の言葉は、私にとっても難しいですから~”

間延びした口調を久しぶりに織り交ぜつつ、彼は軽く言った。
ただそのすぐあとに、こう付け加える。

”重要なのは、あなたが『この装置が天宗さんを認識できればそれでいいと認識できた』ことです。そうでなければ、私がイタズラ心を出すこともできませんでした”

(…なんかよくわかんないけど…とりあえず、ボクがある程度わかったから進めた、ってことでいいんだよね)

”そんな感じですね”

(そっか)

”それよりも…”

バルディルスがそう言うと、玲央菜の左側でポンという音と小さな煙があがる。
彼女は驚いてそちらを見た。

「え」

見た直後に、さらに驚いた。
そこには、姿を消していたはずのバルディルスが立っている。

「そろそろ、時間のようです…天宗さんの部屋は、もうすぐですよ」

「え…あ」

バルディルスの言葉で、玲央菜は気づいた。
彼は、『悪魔』に直接手を下すことができず、それに近づくほどに強力な制限を受けるのだという。

つまり、今姿を現してしまったのも、その制限のひとつなのではないか…彼女はそう思った。

「…うん」

そう思うと同時に、彼女の表情があらためて引き締まる。
バルディルスは、そんな彼女に向かって満足げに微笑んだ。

「いい顔です。戦いに赴く者の顔としては、100点満点ですね」

「ありがとう」

玲央菜は真剣な表情のまま、そう返した。
その返答を受けて、バルディルスは彼女に説明する。

「『悪魔』を所持する天宗さんとの位置関係で、私はここから動くことができません。あなたに力を貸せるのは、『完全な目くらまし』という力だけです」

「うん…直径2メートル、時間は2秒だったよね」

「ご名答です。天宗さんの部屋へ直接向かう形になってしまいましたから、メイド部隊に見つかるのは間違いありません。ただ…」

「…ただ?」

「私はここで、しばらく好き勝手に暴れます」

バルディルスはそう言って、一度両手を握り、そして開く。
玲央菜はその手を見てぎょっとした。

彼の手、その周囲には、映画でしか見たことのない銃火器の類が浮いている。

「暴れる、って…?」

玲央菜は、銃火器とバルディルスの顔を交互に見ながら尋ねる。
彼がやろうとしていることの意図がわからないようだ。

バルディルスは、そんな彼女に向かってにこやかにこう言った。

「私がここで暴れれば、メイド部隊はまちがいなくこちらにも来るでしょう。天宗さんを直接守る人数が、少しは減るものと思われます」

「あ、あー…なるほど」

「私は変な人なので、メイド部隊が全員来てもやられることはありません。ただ、何人おびき出せるかまでは、正直なところわかりません」

「……」

「おびき出した分は、必ず私が足止めしますが…恐らくそれほど多くはないと思います。私の予想では、10人中3人がいいところでしょう」

「…あと、7人か…」

玲央菜の表情が厳しいものになる。
特殊部隊以上の強さを持つメイド部隊7人の目をかいくぐり、天宗のそばに行かなければならない。

それだけではなく、『素手で天宗の手に触れる』ことまでしなければ、この戦いに勝利することはできない。

ただ、玲央菜には忘れていることがあった。
それをバルディルスが補足する。

「いえ、あと…少なくとも、という言い方になりますが5人ですね」

「えっ? だって、メイド部隊は全部で10人だよね?」

「メイド部隊のうち、約2名は私の力によって記憶を失っています。いずれ任務や身体能力などを思い出すでしょうが、今日のうちに元に戻ることはありません」

「あ、そうか…そういえばそうだった、ね…」

玲央菜は、紫苑に化けたメイド部隊のひとりと、そのひとりがいる部屋に行くように彼女に指示したもうひとりの記憶を、バルディルスが奪ったことを思い出した。

これまで忘れていたのは、このエレベーターに侵入できたことがそれだけ驚異的だったからである。
バルディルスもそれをわかっているのか、彼女が忘れていたことを責めることなく、説明を続けた。

「ここにおびき寄せた分も、同じ要領で無力化します。そこそこ派手に暴れるつもりですから、ひとりしか来ないということはないでしょう、が…それでも3人おびき寄せられればいい方でしょう」

「ってことは…多くて6人、少なくて5人、って感じ…かな」

「そうですね。6人だと考えておけば、『予測より多い!』とあわてることは少なくなるだろうと思います」

「…わかった」

メイド部隊の全体数が2名減ったのは喜ばしいことだったが、玲央菜の表情は厳しいままだった。

普通の運動能力しか持たない玲央菜にとって、メイド部隊は一騎当千である。
たったひとりでも充分すぎるほどの脅威であり、残りが7名だろうと6名だろうと、その脅威がとてつもないことに大したちがいはなかった。

だがそれでも、自分の中で大したちがいはないとは思わないようにしよう、と彼女は思った。

(少し有利になった、と考えた方がいい…ボクの気持ちが、いざって時にちぢこまらないように)

冷静な判断が必要とは理解している。
ただそれとは別に、少しでも有利な方に傾いたのだと思った方が、肩の力を抜けるような気がした。

天馬にとりついていた『悪魔』との戦い、そして生来の才覚に加え、これまで偽の親によって抑えつけられてきた精神が、数々の出会いによって解放されていくことにより、彼女は頭脳と精神とを明確に分離するという技能に目覚めている。

それは、10代で目覚めるようなものではない。
人によっては、老人になってもそのことに気づけないままということも多い。

彼女にはまだ自覚がないが、それは人の上に立つ者が持つべき技能のひとつであった。

「……」

バルディルスは、そんな彼女を微笑みながら見つめる。
数秒の間そうしていたが、やがてすっと前を向いた。

その直後、エレベーターが止まる。
ただ、そもそも駆動音がなく、止まった時も音を立てて止まったわけではないので、玲央菜は瞬時に気づくということができなかった。

バルディルスは、彼女にそっと告げる。

「そろそろ扉が開きます」

「…? あ」

「扉が開いたら、右前方へ走ってください。その先に、天宗さんの部屋があります」

「…わかっ…」

玲央菜がそう言いかけた時、前にある壁に縦線が入る。
何もない壁だと思っていたその場所が扉になり、左右に開かれた。

「さあ、行ってください!」

「…!」

バルディルスの声とほぼ同時に、玲央菜は全速力で駆け出した。
彼に言われた通り、右前方へと向かう。

エレベーターの出口からは、左前方、前方、右前方の3方向に通路が伸びていた。
バルディルスが最短距離である前方を行くように指示しなかったのは、まさにその通路が最短距離であるためである。

天宗の部屋からエレベーターまでの最短距離ということは、メイド部隊がエレベーターへ向かうにも最短距離であるということだった。
つまり、鉢合わせの危険を回避するために、あえて最短距離を玲央菜に指示しなかった。

加えて左前方を指示しなかったのは、『左を選びがちな心理』を逆手にとられないようにしたためである。

文字は左から右へ流れ、車も車道の左側を走るなど、この国における生活の中で左方向というのは意識せずとも重視される傾向にある。

それに加えて玲央菜は、バルディルスが姿を消している際にも、そして彼の声がそちら側から聞こえたわけでもないのに左側を向いたことがあった。

左方向を重視するのは人と場合による部分も大きいが、『玲央菜が何気なく左側を向いた』ことをバルディルスは重要だと考えた。
彼が指示しなければ、恐らく玲央菜は左方向へ向かっただろう。

メイド部隊が、左方向を重視する心理を絶対に利用するという保証はなかったが、その可能性は高いと彼は考えたようだ。
そのため、玲央菜にはその逆である右前方へ向かうように指示を出した。

そしてそのバルディルスは、手の周囲に浮かせた銃火器を、ゆっくりとエレベーターの内壁へと向ける。

「硝煙の香りはあまり好きではないんですが…この際、仕方がありませんね」

そんなことをつぶやいたかと思うと、浮いていた銃火器のひとつ…
バズーカ砲が火を吹いた。

エレベーター内部は幅が3メートル以上あり、ちょっとした搬送用エレベーターほどの広さがある。
だがそれでも、バズーカ砲が炸裂すれば至近距離での爆発となって、普通の人間はそれだけで重傷を免れない。

「…おや?」

だがバルディルスは、きょとんとした顔でバズーカ砲を撃った方向を見ていた。

音だけで鼓膜が破れてもおかしくないのだが、彼は玲央菜と話していた時よりも穏やかな様子で、エレベーターの壁を見ながらつぶやく。

「これほどの衝撃を受けても壊れないとは…大したものですね」

きょとんとしていた表情が、少しだけいたずらなものへと変化する。
手の周囲に浮かせていた銃火器たちが、左右だけでなく上下と背後にもその銃口を向けた。

「では、もう少しだけ暴れてもよさそうですね」

そう言いながら微笑むと、彼は10以上の銃火器から同時に銃弾と砲弾を放った。
当然ながらエレベーターは激しく揺れるのだが、彼は底面から浮いているせいで揺れに足を取られることがない。

ダイナマイト何発分かわからないほどの爆発がエレベーター内で起こるのだが、内壁は壊れず、どこかに火がつくということもなく、警報音が鳴り響くということもなかった。

「おやおや…まさかこれほど静かだとは思いませんでしたね。なるほど、このエレベーターから警報を出してしまえば、存在自体が明るみになる…というわけですか」

バルディルスはそう言いながら、一度両手を胸の前で交差させた。
すると、10以上あった銃火器の量が倍増する。

そこで彼は両手を開き、すべての武器から同時に弾を発射する。
戦車の一撃をはるかに超える衝撃が、せまいエレベーターの中にこだました。

開口部から衝撃波が吹き出し、右前方通路を走っていた玲央菜の背中を強く押す。

「うわぁ!?」

足がほとんど浮くような格好になりながらも、彼女はメイド服のスカートを押さえつつどうにか走り続けた。
バルディルスの方を振り返りたい気持ちをどうにか振り払い、道なりに走っていく。

やがて衝撃波が止むと、通路の先から扉が勢いよく開く音が聞こえた。
玲央菜がいる場所からは死角になって見えないが、メイド部隊が出てきたであろうことは容易に想像がついた。

その直後、玲央菜の背後からまた衝撃波がやってくる。

「うっ…!」

今度はスカートだけでなく、口も押さえた。
考えなしに叫んでは、メイド部隊をこちらの通路に呼び込む形になってしまう。

それだけは避けなければならないと、玲央菜はとっさに思った。
そして通路が左前方へ向かい始めたあたりで、彼女は一度足を止めてしゃがみ込む。

「……!」

背中と頭上を、衝撃波が通り過ぎる。
だがそれをどうにか耐えて、彼女は陰に身を隠していた。

この通路は、全体的に縦長のひし形になっており、斜め前方に向かった通路は中央部分でその逆方向へと向かい、エレベーターもしくは大扉に向かって収束する形になっている。

つまり、玲央菜が陰に隠れられたということは、彼女は通路の半分を進んできたということだった。
通路に調度品の類はなく、隠れられる場所は左右の通路が収束し始める内壁の陰しかない。

(ボクの体が飛びそうになったくらいだし、今はまだメイド部隊もエレベーターに行くどころじゃないはず…)

衝撃波が止んだところで、玲央菜はそっと陰から顔を出した。
通路の先にある大扉から、メイドの姿をした者たちが出てくるのを見て、あわてて顔を引っ込める。

(出てきた…!)

彼女が身を縮こまらせていると、壁の向こうから薄く足音が聞こえてきた。
この通路にも絨毯は敷かれており、メイド部隊も足音を消すマナーを心得ているだろうが、さすがに状況が状況だったのだろう、走る音を消すことはしなかったようだ。

その足音は近づいてくるが、あくまでも壁の向こうだった。
玲央菜はその音が自分のすぐそばを通り過ぎるまで待ち、通り過ぎたところでそっと陰から出る。

荒く走るということはせず、自分なりに気配を殺しながら音を立てずに歩いた。

彼女は武道の達人ではないので、気配を殺せているかどうかはわからない。
ただ、足音は消せていた。

(あと少し…!)

大扉がだんだんと大きく見えてくる。
早くそこへたどり着きたい欲が出るが、彼女はどうにかそれを抑え込んで歩いて移動を続けた。

「……!」

「………!」

後ろの方で、誰かがしゃべっている声が聞こえる。
メイド部隊とバルディルスが、何事かを話しているようだ。

彼を心配する余裕さえもなく、玲央菜はただひたすらに大扉に近づいていく。
そしてついに、それを開けて中に入ることに成功した。

(よし…!)

内心、ガッツポーズをとりたい衝動に駆られた。
だがそれも押さえて、彼女は扉を背にし、まっすぐに立つ。

「……」

入ってすぐの左右には、人の大きさほどもある花瓶が置かれていた。
それには、5メートルを超える金色の草花が活けられている。

もちろんそれは自然の植物ではなく、玲央菜にもすぐに彫刻の類であることがわかった。
巨大な花瓶は左右にひとつずつ、そこから奥へ3つほど置かれている。

扉の正面から5メートルほど進んだところには、これも巨大な時計があった。
金で装飾されたその底部左右には、キャタピラが見えている。

それが実際に走るのかどうかは、玲央菜にはわからなかった。
時計に注意を払うより先に、彼女は右側にある花瓶の陰に身を隠す。

そしてそこから部屋の奥を見た。

(…あれは…)

キャタピラ付き時計からさらに10メートルほど後方。
玲央菜から見れば前方にあたる。

そこには低い柵があり、その後ろにカーテンと天蓋つきの巨大なベッドがある。
柵はベッドの前にあって、直接向かうにはそれを乗り越えなくてはならない。

(ベッドの横にもカーテン…そうか、きっと体育館のステージみたいにあそこから出入りするんだ)

柵とベッドを確認した後で、玲央菜の目はベッドの左方向にあるカーテンを見る。
彼女がいる場所からはその方向のカーテンしか見えなかったが、右側もあると見てまちがいなかった。

ベッドの周囲には、メイド姿の女たちが合計5人立っている。
柵より手前側にふたり、ベッドの左右にふたり、ベッドのすぐ前にひとりいる。

そしてベッドの中央には…

(…! いた…!)

彼女の目は、天宗を見つけた。
部屋は豪奢であったが、彼が身につけている寝間着は質素なものだった。

でっぷりと太った体のまま、ベッドの縁に座っている。
ベッド中央にいるメイドは、彼に寄り添う形で座っていた。

「……」

「………」

すでに、メイド部隊の5人は玲央菜の存在を感じ取っている。
全員が全員、玲央菜が隠れている花瓶の方をじっと見ている。

だが天宗は眠いのか、うつらうつらしながらすぐそばにいるメイドによりかかっていた。

(最短ルートは…!)

玲央菜は、メイド部隊がいつ攻撃を仕掛けてくるのかを見張りつつ、素早く頭の中でルートを作り上げていく。
それ自体は単純なことではあるが、絶体絶命のこの状況で冷静にそれができるということが大事だった。

(まっすぐ行ってあの柵を乗り越えたいところだけど、多分それはできない気がする…! だから、ここからベッド左のカーテンを目指す、と見せかけて右に行く!)

自分なりに、起こり得る妨害とメイド部隊の裏をかく作戦を立て、彼女はルートを設定した。
その間、メイド部隊が動くことはなかった。

(問題は、いつ行くか…だけど)

メイド部隊が大挙して襲ってくれば、玲央菜に勝ち目はない。
とはいえ、彼女が動けば結局その状況にはなってしまう。

今は、向こうが動かないから状況が停まっている、というだけのことだった。
辛うじて救いなのは、天宗のそばに残っているのが5人、つまり考えられるうちで最少の人数である、ということだけだった。

(ずっと待ってたってどうしようもない…バルディルスはこっちには来れない。ボクがやるしかないんだ)

玲央菜は、どうにか自分を鼓舞する。
だが、いつでも走り出せる状態ではあるものの、実際に走り出すことができない。

それほどまでに緊迫しているのだ。
動けばどうにかなる、というような状況ではない。

(くそ…!)

闇雲に飛び出したところで、メイド部隊に捕まるか、最悪殺されてしまうのである。
そうなってしまえば、ここまでやってきたことが無駄になってしまう。

軽はずみな決断で、そんな結果を招くわけにはいかなかった。
だがそうなると、動けなくなってしまう。

さらに、状況は悪い方向へ進み始めていた。

「……!」

柵より前にいるふたりが、少しずつ玲央菜がいる花瓶へと近づいてきたのだ。
部屋に入ったところでまったく動かなくなった侵入者に対し、メイド部隊側からアプローチを仕掛けてこようとしている。

しかもふたり同時に近づいてきている。

(マズい…!)

飛び出して『完全な目くらまし』を使ったところで、後ろには3人が控えている。
前衛のふたりに対して使ったところで、効果はほとんどないのだ。

(くそっ、ここまで来たのに…!)

玲央菜は、悔しげに歯噛みした。
冷静に考えてみても、現状では玉砕覚悟で飛び出すしか手がない。

だがそれは『手』と呼べるようなものではなかった。

(あと少し…! もう見えるところにまで来てるのに…!)

彼女がそう思い、観念しそうになったその時だった。


”玲央菜、そのまましゃがんでなさい!”


なぜか耳元で、紫苑の声が聞こえる。
だが、そばに彼女がいるわけもない。

「…え?」

「……!」

玲央菜が思わず声を出した瞬間、前衛のメイド部隊ふたりが動き出した。
その動きは素早く、あっという間に玲央菜の目前にまで距離を詰める。

玲央菜がそれに気づく前に、大扉が突然、内側に向かって吹き飛んだ。

通路からの衝撃波によって大扉が壊れ、今にも玲央菜に斬りかかろうとしたメイド部隊ふたりは、立っていたせいで上体にまともに風圧を受け、のけぞる形で吹き飛ばされる。

「うっ…!?」

玲央菜は意味もわからず、うずくまるようにして衝撃波を耐えた。
やがて衝撃波による風が止むと、すぐ近くから重低音が響いてくるのを感じる。

「…?」

風から目を守るため、思わず閉じていたまぶたを開く。
そしてゆっくりと、玲央菜はそちらを見た。

「えぇ…!?」

彼女の口から驚嘆の声が漏れる。
大扉の正面にあったキャタピラ付きの巨大時計が、なぜかゆっくりと動き始めていたのだった。


>episode94へ続く
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2017-05-18 12:00:02

【本編】episode92 秘密暴きのオペレッタ

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode92 秘密暴きのオペレッタ


「はあ、はあ、はあ…!」

玲央菜は、息を切らしながら大きな扉を開ける。
彼女はまず、サロンへとやってきた。

豪奢な家具が並ぶその部屋は広く、彼女が初めて天宗と会った部屋でもある。
それは同時に、この戦いが始まる最初のきっかけが生まれた場所であることを示している。

「……はあ、はあ……」

息を整えながら見回すが、サロンには誰もいない。
誰もいない部屋に入った、という安心感が、彼女の体を少しだけリラックスさせる。

リラックスした拍子に、天宗とのやり取りや紫苑の表情などを思い出しそうになったが、彼女はそれを心の中から振り払う。

(あの時のことを思い出してる場合じゃない。今は時間がないんだ)

そして、この場所に来た目的を果たすべく、扉から部屋の中央へ向けて歩き始めた。

サロンへやってきたのは、暖炉を調べるためだった。
玲央菜はこの城のメイドとして潜入しているが、その時にやった薪運びの仕事から、バルディルスが違和感を訴えたのである。

その内容は、薪の置き場所と暖炉との距離が離れすぎている、というものだった。
暖炉は大食堂とサロンにあり、玲央菜たちはその時自分たちがいた場所に近い、サロンにまずやってきていた。

(暖炉…あ、あれだ)

扉を背にして左前方の位置に、大きな暖炉を見つける。
このサロンは南北に長い長方形になっていて、扉は南西側、暖炉は東側中央にある。

暖炉の前にはテーブルと椅子が置かれており、火のゆらめきとあたたかさを楽しみながら、ゆったりと会話ができるようになっていた。

(当たり前だけど火はついてない…)

玲央菜は、暖炉のすぐ前に立つ。
燃えカスなどはまったく残っていない。

ここで、バルディルスが玲央菜に報告してきた。

”廊下とここの気温差が、ほぼありませんね”

(うん、ボクも入った時に『暖炉はついてないな』って思った)

”それだけでなく、私たちが城内を探索している間も、このサロンには誰も客が来ていなかった…ということになります”

(すごくキレイにしてあるもんね)

”灰は少し息を吹きかけただけでも舞い上がったりしますから、暖炉の掃除は普通のそれよりも手間がかかるはず…火を消すにしても、水をかけていきなり消すわけではありません”

(つまり、しばらくはここに誰も来てないってことだね)

玲央菜はそっと、暖炉の前から離れた。
他の場所を調べるということは特にせず、扉に向かって歩いていく。

そうしながら、あごにそっと右手を当てて考える仕草をした。

(そういえばあの時、天宗さんは普通に扉から入ってきたけど…)

ここの暖炉に異常がなかったため、玲央菜は考えを切り替えた。
天宗と初めて会った時のことを思い出す。

歩いている間も、なんとか手がかりを探そうとしていた。

(ボクらがここに来て、ちょっとたってからメイド部隊と一緒に来た…)

”…ふむ?”

(ここってさ、お客さんをお迎えする部屋なわけだよね?)

”そうですね”

(じゃあ、この城で一番えらい人は、あまりお客さんを待たせちゃいけないよね)

”そうなりますが…何か言いたげですね?”

(あのね…)

玲央菜はそこで一度思索を区切って、扉を開けた。
そのままサロンを出てしまう。

サロンを話題にしているのに、玲央菜はそこから出てしまった。
しかしバルディルスは重ねて質問することはせず、彼女の言葉を待つ。

玲央菜は、サロンを出たあたりで思索の仕草を解いた。
扉の周辺をきょろきょろし始める。

(もしヒミツがあるんだとしたら、暖炉そのものよりも部屋のまわりなんじゃないか…ってちょっと思ったんだ)

”…あー…なるほど”

バルディルスはすぐに理解した。
つまりこういうことである。

もし暖炉そのものにこの城の秘密があるとしたら、サロンの客にその秘密をさらし続けることになる。
確かに盲点ではあるだろうが、セキュリティの観点から言えば万全とは言いがたい。

天宗は皇家の当主であり、その名は裏の世界で最も有名である。
しかもその権勢は、この国のみにとどまらない。

そんな天宗の私室へ向かうことにつながるかもしれない秘密を、『ちょっとした盲点』などというものに頼って配置するのは、あまりに危険な賭けなのだ。

”盲点を突くつもりなら、もっと確実に、しかも大胆にする…ということですか”

(…そこまでむずかしく考えたわけじゃないけど…)

玲央菜は、扉の方へ向き直る。
そしてそこへ続く絨毯を指し示した。

(天宗さんはあの時、まちがいなくここに来てた。ボクらが中にいたのに、『ここ』に来てたんだ)

”つまり、あなたたちを凍えさせないために暖炉が燃えているのに…あの方がここに来ることができた、と”

(うん。もし暖炉そのものに何か仕掛けがあったら、めちゃくちゃ熱かったり、今みたいにひんやりした中でも絶対に動作するものを用意してないといけない…)

”なるほど。機械などを暖炉に仕掛けることは、現実的ではない…ということですね”

この城は、天宗が紫苑の結婚式のためだけに造ったものである。
であるなら、仕掛けに今の時期特有の寒さを、考慮しないわけがないのだ。

暖炉そのものに仕掛けがあれば、客がいる時には熱にさらされ、いなくなれば今度は寒さにさらされる。
急激ではないにしても、熱変化の幅自体は大きいため、精密機械の類は絶対に置けない。

ではアナログな仕掛けはどうかと言えば、暖炉は煙突で外とつながっていることもあり、セキュリティに関してのレベルは低い。

侵入者が煙突を狙うのは自然な発想だし、そのような場所に重要な仕掛けを施して、侵入者がうっかり発動させては意味がない。
しかもそれが、天宗の私室へ向かうことにつながる仕掛けならなおさらである。

”しかし…あなたが薪を運んだ場所と、ここと大食堂とが離れすぎなのも事実ですよ?”

(そう言われると、ボクにはわかんなくなる…)

玲央菜はわからないことを素直にわからないと言った。
城のあちこちで仕事をしたが、3日程度では内部構造まで把握することはできない。

(薪についてはわかんないから、とりあえず『確実に天宗さんがいた場所』を見てみようかと思って)

”切り替えたわけですね。私はどうやら疑問に執着しすぎていたようです…あなたより私の方が、冷静さを欠いているのかもしれません”

(え)

玲央菜は驚いた。
バルディルスの口調は、紫苑とともにこの戦いについて話している時と、それほどちがいを感じなかった。

しかし彼は彼で、あせりがあるのだという。

(バルディルスも、そういう気持ち…あるんだ)

”面目ない話です”

(責めてるんじゃないよ。ちょっと意外だっただけ)

”今回のことは、私にとっても大事なことですのでね。さあ、そんなことよりこのあたりを調べていきましょう”

バルディルスは事実を言いながらも、流すように少し早口になった。
玲央菜も思い直し、サロンの入口周辺を調べ始める。

サロンの入口は、城の東西を縦(南北方向)に走る大きな廊下から、一段細い通路に曲がった先にある。
ただしそれは西側廊下からのルートで、東側廊下からのルートはそうではなかった。

扉と暖炉の位置関係を考えると、西側廊下から入るのが近道かつわかりやすく、東側廊下からだと遠回りになる。

”サロンへのルートは、左右対称ではないのですね”

(片方からだとすぐ入れるけど、もう片方からだとぐるっとまわってこないといけない…迷うほどじゃないと思うけど、なんでこんなつくりにしたんだろ)

”地盤や水脈の関係で、当初の計画から部屋の位置が変わったりすることはあるようですが…”

バルディルスはそこで一度言葉を止め、数秒の間沈黙する。
玲央菜がじっと続きを待っていると、彼はやがてこう言った。

”どうやら、面倒な地質というわけでもないようです。だとすれば、これは万が一のことを考えてのことでしょう”

(…どういうこと?)

”サロンで何か、とんでもないことが起こった時のことを考えてみてください。たとえば、天宗さんをサロンに呼んでおいて暗殺しようとするとか”

(あんさつ…う、うん)

”犯人側の心情としては、一刻も早くこの城から出たいと考えます。その時とるルートは、最短ルートかちょっとぐるぐるするルートか…あなたならどちらを取りますか?”

(そりゃもちろん、最短ルート…だよ)

”その通りです。では、サロンに入った時は開いていた最短ルートが、出た時に閉じてしまっていたら?”

「……あ!」

玲央菜は、心で思うのではなく声を出した。
直後にあわてて口を両手でふさぎ、周囲を見る。

だがそばには誰もいなかった。
それを確認した後で、バルディルスに心で話しかける。

(そうか…つまり、このあたりにヒミツがあるとしたら…)

玲央菜は、西側廊下へ続く通路を見る。

(こっち、ってことだね)

”推測ではありますが、ほぼ間違いないでしょう。侵入者の類が逃げようとした時には、道をふさぐ仕掛けがある…ただ、災害の場合は最短ルートを確保しないといけませんから、防火シャッターのような『重たい』仕掛けではないはずです”

(…でも、それと天宗さんの部屋はあまり関係ないような…)

玲央菜は首をかしげた。
しかしバルディルスは、変わらぬ語勢でこう尋ねてくる。

”サロンから犯人が逃げ出す場合はそれでいいですが、天宗さん自身が逃げる場合はどうでしょう?”

(無敵のメイド部隊がいつでも守ってる、って紫苑さんは言ってたけど…)

”それは事実でしょう。しかし、無敵といっても人間ではあります。今私たちがまだ彼女たちに取り囲まれていないように、想定外のことは起こり得ます”

(ああ、それは確かに…そうじゃないとボクらも困るし)

バルディルスの言葉に玲央菜は納得する。
その納得には、多分に願望も含まれている。

そんな彼女に、バルディルスはこう言った。

”天宗さんの車椅子は自走式のようですが、そうだとしても西側廊下から外まで走り続けるとしたら時間がかかりすぎるでしょう。転倒した時のことを考えると、そこまで速度が出るとも思えません”

(…あ…)

”しかし犯人からは一刻も早く逃げなければならない、となると…”

(………)

”………”

(……………)

”………………”

なぜか、バルディルスは言葉を切ったままだった。
玲央菜は不思議に思い、彼に問いかける。

(…バルディルス?)

”これ以上は、『悪魔に続くルートをあなたに教える』という形になってしまいます”

(え…! ここまで教えてくれたのに、今になってそれなの?)

”私としては言ってしまってもいいのではと思うのですが…『警告』がきてしまいましたのでね…”

(警告?)

”そうです。私の力が制限される前ぶれ、ということですね。これ以上言うと『完全な目くらまし』が使えなくなってしまうでしょう”

(…う、うーん…)

玲央菜はやきもきする。
すっきりしない思いが心を満たした。

そこへバルディルスが、すまなそうに言う。

”あなたが気持ちを切り替えたおかげで、私も謎解きに精を出せたのですが…申し訳ありません。あと少し…本当に、あと少しのところまできています”

(わ、わかった…考えるのは苦手だけど、がんばってみる)

こうして、玲央菜はバルディルスから推理をバトンタッチした。
彼が明らかにしてきたことを、簡単にまとめてみる。

(要するに…えっと、なにかあるとすればこの通路…)

彼女はあらためて、西側廊下へ向かう通路を見た。
扉を背にした状態で、もう西側廊下が見えている。

そこから右を向くと、東側廊下へ抜ける通路が続いていた。
扉から東側廊下へ向かうにはサロンの外周を時計回りで大回りしなければならず、扉が南西側にある関係で、彼女がいる場所から北の突き当たりまでの通路は長い。

もし天宗が、あまり速度の速くない車椅子でこちらに向かうとしたら、急いで出てきた犯人に背中をさらす形になる。
しかもその時間は、西側廊下に向かうよりもはるかに長い。

(もし犯人が銃とか持ってたら、絶対に撃たれる…)

そしてそれは、西側廊下を逃げる場合も同じだった。
長い直線は、天宗にとって相性が悪い地形だといえる。

かといって、曲がりくねった地形と好相性というわけでもない。
どちらにしても、距離が長ければ長いほど、天宗は犯人に攻撃される可能性が高くなる。

(天宗さんはすぐに隠れなきゃいけない…だけど、曲がり角くらいじゃ追いつかれる。ってことは…?)

自然と、玲央菜の目が通路の壁に向かう。
扉のすぐ脇の壁に、ゆっくりと移動する。

扉から出てすぐ左の壁に、彼女は立った。

(えっと…天宗さんは車椅子に乗ってるから…)

その場でしゃがみ込んでみる。
車椅子に乗っている天宗よりも視線が低くなってしまったが、中腰でずっと立っているのは疲れるため、まずはしゃがみ込む体勢をとった。

そこで彼女はふと思う。

(そうだ、車椅子が壊れてる可能性だってある)

天宗より視線が下がったことは仕方のないことだと思っていたが、可能性のひとつでもあると気づいた。
彼女はそこからさらに、車椅子に乗っている場合とそうでない場合で何が共通しているのかを考える。

(車椅子に乗ってても、それがなくても同じ…)

さらに体勢を低くし、視線を下げる。
周囲には絵や観葉植物などはなく、ボタンの類が隠されている様子はない。

あるのは他の廊下と同じく、装飾が施された柱くらいのものである。
だがそれも、扉の右側や他の場所にあるものと変わりはない。

(…なにもない…! ここじゃないのかな…)

玲央菜はわからなくなってきた。
やはり頭を使うことは自分には向かないと、あらためて思った。

だがそう思ったところで状況が打開できるわけでもない。
バルディルスの様子では、すぐ近くに仕掛けがあるのは間違いないようなのだ。

(くそ…! こんな時、ボクの頭がもっとよかったらなあ…!)

玲央菜は歯噛みする。
心の底から、勉強してこなかったことを後悔した。

ここに至る推理に関しては、ほとんどバルディルスが担当した。
薪に関する違和感をいち早く切り捨てたのは玲央菜だが、決断力がある反面、さまざまな知識に乏しい。

バルディルスの推論を聞いて初めて気づく、という事柄があまりに多かった。
そんな自分が、隠された仕掛けなど見つけられるのだろうかという気持ちになる。

(弱音を吐いてる場合じゃないんだけど…でも一体どういうことなんだ…?)

なにをどう考えていけばいいのか、そこがそもそもわからない。
自分が思いついたことを分析してきた末に、今の状況がある。

だが、調べてみてもわからないのだ。
それはまさに手詰まりといえるものだった。

”………”

バルディルスからのヒントはもうない。
彼はもうわかっているようだが、彼女にそれについて話をすることはできない。

何も言わずにいるのは、玲央菜の思索を邪魔しないようにとの彼の気づかいだろう。
そう思えるのは、彼も自分のようにあせっていることを知ったからだった。

だからこそ、彼女は彼に詰問することができない。
そして、したところで彼が答えてしまえば、『完全なる目くらまし』はもう使えなくなってしまう。

(こんな時…)

手詰まりを感じた玲央菜は、ふと思う。

(天馬さまや榊さんなら、答えを見つけられるのかな…)

書類の束と格闘していたふたりの姿を思い出す。
いつも真面目な榊はともかく、天馬がフォーマルな格好で忙しそうに仕事をしている姿は、初めて見るものだった。

彼らを見た時は、メイドとしての仕事をしていたので、彼らに声をかけたい気持ちを抑えなければならなかった。
その反動なのか、手詰まりからの現実逃避なのか、ふたりに会いたい気持ちが大きくなっている。

だが、弱い方へ傾きそうだった自身の気持ちを、彼女は許さなかった。

(ボクが今がんばらなきゃ…! そうだよ、今、この時にがんばらないと!)

自身を無理やりに鼓舞する。
彼らの真剣な表情を思い出して、もう一度自分を奮い立たせた。

(やるって決めたんだ。やるしかないって決めたんだから! 天馬さまたちだってきっとがんばってる、ボクだけが負けるわけには…)

気持ちに再度熱を入れていた彼女は、ふと。
天馬の名前に、何かを感じた。

(天馬さま…)

それは恋慕の類ではない。
彼の名前と、目指すべき相手の名前に、共通点があることにふと思い至ったのだ。

(天馬さま…天宗さん…)

このふたりには『天』という文字が共通している。
それが皇本家のしきたりなのか、それとも単に天宗の思いつきなのか、それは玲央菜にはわからない。

だがなぜか、心に引っかかったのだ。

(天…)

そして彼女は、視線を上へ向ける。

(天……!)

その場所。
壁にも柱にも何もなかったが、彼女が見たその場所には小さな丸い穴があった。

穴は円形のガラスらしきものでふさがれており、窓のようにも見える。

(天井に、丸い窓…ううん、あれは監視カメラ!)

この瞬間、彼女の頭の中にあるものが一気につながっていく。
自分が見つけたものが、ただの監視カメラではないことを知った。

(天宗さんが車椅子に乗ってても、乗ってなくても…! カメラで確認できさえすればそれでいいんだ!)

”…少しちがいますが、まあいいでしょう”

バルディルスの声が、玲央菜の耳に飛び込んでくる。
彼女がそれに気づいた瞬間、目の前にあった壁が、右手側から奥へ向かって開いた。

(…え!?)

”早く入ってください!”

(う、うん!)

バルディルスに急かされ、玲央菜は混乱しながら、ほとんど転がり込むようにその中へ入った。

足元へ目をやると、開口部は『半透明の何か』ですでにふさがれている。
彼女がそれに気づいた直後、体が下から軽く押し上げられるような感覚があった。

(これ…エレベーター?)

玲央菜は目を丸くしながら、ゆっくりと立ち上がる。
やがて内部が明るくなり、疑問の答えはそれによって示された。

彼女が入ったのは、まさしくエレベーターだった。
だが駆動音がほとんどなく、内部は普通のものよりも広い。

「………」

突然のことに、彼女はしばらく何も考えることができなかった。
その間もエレベーターは動き続け、彼女をゆっくりとどこかへ押し上げていくのだった。


>episode93へ続く
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2017-05-15 12:00:02

【本編】episode91 探索問答

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode91 探索問答


天宗が、紫苑と雅人の結婚式のためだけに作ったという城。
その城は洋風の外観をしており、内部もそれは同じだった。

磨き上げられた石床の上に、毛足の長い鮮やかな色の絨毯が敷かれ、真っ白な壁には金色の縁を持つ額に入れられた絵画が飾られている。

柱ひとつひとつにも複雑な意匠の彫刻があしらわれており、国賓級の客さえ迎え入れることができる「王城」としての機能を有している。

その中で働くメイドたち、そして彼女たちほど姿をさらさない黒服たちは、音を立てないことを要求される。
音を立てることで、主人と客たちの会話を邪魔しないためだ。

そして絨毯は主人たちや客たちのために敷かれた者であり、下働きのたちが踏むことは許されない。

絨毯が敷かれていない廊下の端を、音を立てずにしかもできるだけ速く移動することは、このような場所で働く者たちにとって『心がけ』ともいえる基本的な技能であった。

「…あら?」

今、廊下を歩くメイドのひとりが、きょろきょろと辺りを見回している。

周囲には誰もいない。
彼女は不思議そうな顔で声を漏らしていた。

それは、みだりに音を立てないという初歩的な心がけを忘れるほど、意外なことが起こったからである。
少なくとも、このメイドには『起こったように思えた』。

「今、誰かいたような…?」

そう言いながら後ろを振り返る。
だが、彼女の周囲には誰もいない。

しばらくすると、メイドは首をかしげてまた前を向いた。
やがて自分の中にある疑問を消し去り、歩き始める。

「………」

そのメイドの3メートルほど後方。
そこには玲央菜がいた。

彼女は、半ば走るようにして廊下を進んでいる。
その近くに、曲がり角や身を隠すような場所はない。

つまり、メイドが振り返った時に、玲央菜が身を隠すすべはないのだ。
にも関わらず、彼女は見つからなかった。

”まだ、問題ありません”

バルディルスの声が聞こえる。
彼は姿を消し、5センチほど宙に浮いた状態で、玲央菜のそばに存在している。

彼の声は普通の音ではなく、玲央菜にしか聞こえない。
そして彼に返事をするために、彼女がわざわざ口を開く必要もない。

(わかった)

強く思うだけで、バルディルスには伝わる。
彼女は、メイド服を着たまま廊下の真ん中を、絨毯の上を早歩きしていた。

毛足が長いおかげで、移動に気をつかわなくても音をあまり出さずにすむ。
しかし、メイドである彼女が絨毯の上を歩いていいわけがなく、見つかれば怒られるのはまちがいなかった。

だが彼女は見とがめられることなく、さらには見つからずに移動できている。
それはなぜか。

”まさか…『私の力が及ばないことをレーダーとして使う』とは、さすがの私にも気づけませんでした”

「……」

バルディルスは感心した様子で言うのだが、玲央菜は返答しない。
険しい表情で、廊下を移動し続けている。

”私の力は、『悪魔』を身に宿す天宗さんへ近づくほど強力に制限される…それを逆手にとって、『強力に制限される場所こそが天宗さんがいる場所』だと考えるとは”

「………」

”しかもそこへの移動中に、私に不思議な力を使わせて誰にも見つからないようにする…まさかあなたに、このような発想ができるとは思いませんでした”

(…ボクは、ただ必死なだけだよ)

バルディルスの声は少しばかり弾んでいたが、玲央菜が思い浮かべた答えはそれとは反比例しているかのように冷めている。

表情もまだ晴れない。

(それより、本当に大丈夫なんだよね?)

”なにがです?”

(今、力をたくさん使わせてしまってるけど…それで『条件』が厳しくなったりはしないんだよね?)

『条件』というのは、天宗の体から『悪魔』を抜き取るための条件である。

玲央菜はすでに、メイド部隊のひとりから襲撃を受けてしまっており、その時に『完全な目くらまし』を一度使わざるを得なかった。

そのため、『条件』は一段階厳しいものへと進んでしまっている。

(問題、ないんだよね?)

”ええ、問題ありません”

玲央菜の問いに、バルディルスは軽く答えた。

”使う力は同じ『目くらまし』ですが、完全と不完全では私の負担がまったく違います。ものを拾うにしても、100グラムと20キロではつらさが全然ちがうでしょう? それと同じです”

(だったら、いいんだけど…)

”加えて、天宗さんから『悪魔』を抜き取るのは、私の責務です。しかし私が直接手を下すことはできない…何度も言いますが、私はあなたにがんばっていただかなくてはならないのです”

「………」

”先日はあなたを殺そうとしましたが、今はあなたと敵対する理由がありません。よって、あなたをだます理由も私にはない”

(…そういうことを聞きたかったわけじゃない)

”わかっています。ですが、今のあなたに集中していただくには、ここまで言った方がよいのではないかと判断しました”

「……そう」

玲央菜の口から、思わず小さな声が出た。
その足は、だんだんと速さを増す。

彼女はやがて、全力で城の廊下を駆け回った。
絨毯は彼女の足音を消し、しかも蹴り足を受けてもズレることなく、前へ進むために最適な反動を彼女へ返した。

その途中ですれ違うメイドたち、物陰にいる黒服たちは、誰も玲央菜の姿を見つけることができない。
そもそも、別の誰かがいるということを予想することができない。

バルディルスは不完全という言い方をしたが、通常の人間相手、しかもかなりの戦闘能力を持つらしい黒服たち相手でさえ、その『不完全な目くらまし』は申し分ない効果を発揮していた。

「…はっ、はっ、はあっ…」

城を走り続ける玲央菜の息があがってくる。
彼女は柱の陰に隠れて、少しだけ休息を取った。

(…お城だから広いだろうとは思ってた…思ってたけど、こんなに広いなんて……!)

身を潜めつつ、城の広さに少しばかりあきれる。
隠れているのは、バルディルスの負担をできるだけ軽減させたいというよりは、彼女自身の心情の問題だった。

いくら誰にも見えていないとはいえ、廊下のど真ん中で息を切らすというのは、潜入している者の態度としてあまりにおかしい。

そういう常識を捨てるには時間がかかるし、捨てるようになれるほど長い期間、のんびりとしている余裕もなかった。

そのため、玲央菜はわざわざ柱の陰に隠れたのである。
バルディルスも、そのことに関してはわざわざ指摘しなかった。

(こんなに広い建物を、ホントに結婚式のためだけに建てたの…?)

玲央菜も、金持ちの威厳だとかそういうものが大事だというのは、なんとなくわかるようにはなってきた。
確かに、単に見る分ならこの城はとても美しいものだと思う。

だが、今この状態…一刻も早く天宗を探し出さなければならないという状況だと、その広さが恨めしい。

彼女は地図を持っていなかったし、持っていたところでその地図に現在地が表示されるわけでもないため、手に入れたところで迷うことに変わりはない。

とにかくこの広い建物の中を進まなければならない。
それは思ったより、神経をすり減らす作業だった。

しかし、息を整えるとともに彼女は気を取り直す。

(泣きごと言ってる場合じゃない…! ボクはとにかく進むしかないんだ)

自身の心に喝を入れ、一度周囲を確認してから彼女は柱の陰から出てきた。
絨毯の上にあえて乗り、また走り始める。

(それに、こうやって走れるだけいい。これだけ広いのに、いちいち隠れながら進んでたんじゃ、どれだけ時間があったって足りなかった)

何度目かの角を曲がる。
その先には、メイドたちが3人ほど固まって、廊下の端を歩いていた。

だが玲央菜には気づかない。
彼女がそのすぐそばを走り抜け、それによって起こった小さな風が結った髪の先を揺らしても、メイドたちが気づくことはなかった。

(…今は進んでいけるチャンスなんだ…! 泣きごとを言ってるヒマがあるなら、とにかく進んでいこう)

玲央菜は、自分に気づかないメイドたちをちらりと見てそう思った。
一度疲労した体はまた息を切らせ始めるが、体はあたたまったおかげか軽さを感じていた。


それからさらに30分ほど、玲央菜は移動を続けた。
走り続けたわけではなく、途中で休憩をはさんだ。

彼女は全力で走ることをやめ、周囲を気にしつつ、さらにできるだけ呼吸を潜めつつ走るようにした。
休憩の数は増えたが、止まって隠れるのではなく、歩きながら進む方向へ変化させた。

このため、速度そのものは落ちたが移動距離は伸びた。
激情に任せるのではなく、目的のためにはどうするべきかを玲央菜なりに考えた結果、合理的な策を選ぶことにつながった。

しかし、それと目的地を発見できたかどうかは別の話である。

(…けっこう探したと思うんだけどな…)

少しだけ肩を上下させ、荒い呼吸をしながら玲央菜は歩いている。
彼女は時間をかけ、城の1階から3階までを調べた。

だがそのどこにも、『バルディルスが力を制限される場所』がなかった。
つまり、この範囲内には天宗がいないということになる。

(1階は確かに広かったけど、2階はお客さん用のお部屋がいっぱいで…3階は結婚式場…)

自分が調べてきた場所を思い返しながら、彼女は階段を下りていく。
幅が狭いその階段は、従業員用のものだった。

見つからないとはいえ、潜入中に賓客用の大階段を堂々と使う豪胆さは、玲央菜にはやはりない。

(案内板も確認したけど、他に階段とかはなさそうだった…)

携帯用の見取り図や地図は持っていないが、城の目立つ場所に案内板はいくつも存在した。
当然客に向けてのものであり、とても見やすい反面、客が行くべきでない場所は記されていない。

それを玲央菜に指摘したのはバルディルスだった。

”恐らく、案内板では天宗さんの居場所はわからないでしょう”

(そう…だよね)

なんとなく、玲央菜もそんな気はしていた。
しかし、気になることがある。

(だけど、ここ…確かに天井は高いけど、3階でおわりっていう感じじゃないと思うんだけどなあ…)

ここに連れてこられた時は眠っていたので、彼女は城の全体的な外観を見ていない。
ただ、メイドとして潜入して仕事をする中で、建物そのものの高さは何度か見る機会があった。

その感覚が、この城の最上階が3階であるわけがないと思わせている。
そしてそのことが、彼女に疑問を抱かせた。

(案内板に書いてないのはわかるけど、なんで階段がないんだろ…)

”城というのは、住居というだけでなく敵を迎え撃つ場所でもあり、場合によってはシェルターにも迷路にもなります…階段が、目に見えるものだけということは、ないでしょうね”

(って、ことは…?)

”隠された階段がある、ということでしょう”

(…結婚式のためだけに作ったんじゃないのかな、このお城…そこまでする必要があるの?)

”さて…”

バルディルスは軽く笑いながら言う。
玲央菜の言うことももっともだ、という意味が含まれている。

”私には、あの方がどんな思いでこの城を作ったかはわかりません”

(…まあ、それはそうだろうけど…)

”私にわかるのは、たいていの城が持っているだろうと思われるものくらいです。そのひとつが、隠し階段…”

(それがどこにあるのかわかる?)

”…探し出すことは可能ですが、それは『悪魔』へとつながる道筋を示すことになります。つまり、このことだけで『条件』が厳しくなる可能性があります”

(あ…それじゃ、ボクが探し出すしかない…ね)

従業員用の階段を下りきったところで、玲央菜は立ち止まった。
疲れが出たのか、大きく息をつく。

城内をさんざん走り回った後で、さらに今度は隠し階段を探し出さなければならない。
明らかにおかしなものや、妙な人の動きはこれまで見かけなかったため、手がかりがまったくない。

やるしかないとは思うのだが、雲をつかむような感覚というものを、玲央菜は実感として思い知らされている。

(急がなきゃいけないのに…こんなに広い場所を全部、すみからすみまで探すなんて無理だよ…!)

時間の余裕さえあれば、と彼女は思う。

仕事を放り出した状態で動き回っている玲央菜だが、ただそれだけならメイド部隊にバレるということはない。
この城にいるメイドや黒服たち、そのほとんどすべてに紫苑の命令が行き届いている。

その命令とは、天宗から『悪魔』を抜き取るために潜入した玲央菜を、サポートすることだった。
玲央菜が仕事を放って動き回っても、彼女たちはそのことを気にすることはない。

だが、その中にいるであろうメイド部隊の者たちは別だった。
『不完全な目くらまし』を誰彼かまわず使っているのは、その者たちにうっかり見つかってしまわないための防御策である。

玲央菜側は、誰がメイド部隊で誰がそうでないかを判別することができない。
実際に襲撃をしてきた者と、それを指示した者の記憶は消されているが、そうでない者たちはまだ存在する。

(バルディルスがいるから、ボクは隠れていられるけど…それも、いつまでもってわけにはいかない)

”そうですね。まだ気づかれずにいるのは、メイド部隊の中で『認識が甘い』せい…私が変装を見破れなかったように、向こうもまだ『まさかこんなところにいないだろう』と思っているためだと思います”

(…それって、本気になって探し始めたら、見つかっちゃうってこと?)

”もちろん、『完全な目くらまし』であれば見つかることはないでしょう。しかしそれが使えるのはあと1回…だとすると、移動中などは『不完全な目くらまし』を使うしかありませんが…”

(…が?)

”…『不完全』では、本気を出した彼女たちに気配を気づかれるでしょう。紫苑さんの話では、メイド部隊は特殊部隊以上の強さを持っているらしいですからね。そうでなければ『完全な目くらまし』を用意する必要がそもそもありません”

(……そうだよね…)

”隠し階段といえば、スイッチを絵で隠してあったり、大きな階段の裏側に何気なく入口を用意していたりするものですが…それらしいものは見当たりませんでしたね”

(えっ?)

玲央菜は、思わず左側を見た。
そこにバルディルスがいるわけではないのだが、なんとなくそちらに目が向く。

(隠し階段を探し出すと、『条件』が厳しくなるんじゃ…)

”もちろんその可能性はあります。ですが私は、ただ『絵を見ていただけ』ですからねぇ…絵を見るついでに裏側をチェックしても、別に負担にはなりません”

(…そ…そう、なんだ…)

”それに、結局探し出せませんでしたからね。これくらいは見逃してもらえるでしょう”

(……?)

バルディルスの言い方に、玲央菜は少し疑問を持つ。
だがそれを気にする前に、彼から新たな言葉を告げられた。

”天宗さんはあの体です…この寒い中にいちいち出ていくということはないはず。つまり、この城の中にいるのは間違いない上に、そのお部屋へ行く手段もこの城の中にある…ということになります”

(う、うん)

”私はこのような城に関して、そこそこ知識があります。その私が隠し階段の手がかりを何も見つけられなかった…ということは、天宗さんの部屋へは『城によくある仕掛けでは行けない』ということです”

(…外には出てないし、よくある仕掛けじゃない…)

”そうです。私はこういうタイプの城を知っているために、どうしても先入観が先に立ちます。先入観の裏をかいた仕掛け…もしかしたら仕掛けですらないのかもしれませんが…その先に、天宗さんはいるのではないでしょうか”

(う、うーん…)

玲央菜は顔を正面に向け、腕組みをして考える。
頭脳労働が苦手な彼女にとって、バルディルスの言葉は「そう言われても」という類のものだった。

(このお城は紫苑さんのために作られたもの…だけど、その紫苑さんも天宗さんの部屋には行ったことがない…)

部屋への行き方を知っていれば、作戦開始前に紫苑から教えられるはずである。
だが、彼女でさえもこの城のことを100%知っているわけではなく、天宗の部屋がどこにあるのかはわからなかった。

メイドとして潜入する形をとったのは、玲央菜自身の技能を活かすとともに、紫苑でさえ知らない城の秘密を裏側から探るという意味もあった。

(ボクが今までやってきたお仕事で、お城の秘密につながりそうなこと…)

この城でメイドとして働いてきた3日間を振り返る。
ランクを上げるためにさまざまな仕事をしてきた彼女だが、その仕事はどれもまっとうな仕事であり不審な部分はない。

(こういうの、あまり得意じゃないんだけどな…)

”がんばって…いえ、あまりがんばらない方がいいかもしれません。こういう場合は、肩の力を抜いて考えた方が、いいアイデアが出るというものです”

(肩の力を抜く…)

バルディルスに言われ、玲央菜は素直に肩から力を抜いてみた。
自然と息が漏れる。

今いる場所は従業員用の通路であり、足元に絨毯は敷かれていない。
外に近いこともあって、吐いた息は少しだけ白かった。

それを見た彼女は、ふと思い出す。


「オレたちの部屋や城内部のトイレなんかはエアコンなんだけど、大食堂とかサロンとかには本物の暖炉があってなあ。薪はそこで使うためのもんなんだ」


(薪…?)

思い出したのは、薪運びをした時の記憶。
それは住良木の家ではしたことがない仕事だったので、彼女の中に強く残っていた。

”ん? 薪がどうしました?”

玲央菜の中に強く思い浮かんだその言葉を感じ取り、バルディルスが尋ねてくる。
その問いに、玲央菜は何気なくこう答えた。

(薪運びの仕事をやったんだけど、そういえば住良木の家ではやったことないなって思って)

”ああ、あの家には暖炉がありませんでしたね。しかしこの城には、サロンと大食堂に暖炉があるとか”

(あれ、思ったより重かったなあ…薪が置いてある場所から、別の黒服さんのところまで運んだんだけど、あの黒服さんも大変だろうな)

”…ふむ…?”

玲央菜の言葉に、バルディルスは考える。

”あなたが薪を運んだ場所…サロンからも大食堂からも、少し離れていますね”

(え? 離れてる?)

”中継地点だと考えても離れすぎですね。昔からある城なら、薪の調達事情によって保管場所が遠くなるのはまだわかります。しかし城を新しく作る時に、それを考えないというのは変ですよ”

(…じゃあ…!)

”調べてみる価値は、ありそうですね”

バルディルスの口調は、ただ軽いものではなかった。
どこか楽しそうでもあった。

その響きが、玲央菜にも状況が打開されたことを感じさせる。

(サロンと大食堂だね…! すぐに行こう!)

はっきりとした手がかりとは言い難いが、進む目標を見つけられたのはとても大きい。
走り回った疲れの蓄積も、あっという間に吹き飛ぶのだった。


>episode92へ続く
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