2012-02-16 12:00:02
【トン★スケ本編】その23-4 「日常ルーチンリィ」
テーマ:トン★スケ:本編
◇23-4 日常ルーチンリィ◇
2月も半ばを過ぎ、聖クラレンス学院の中はかなり静かになってきた。
春が近づくにつれ、その静けさは増していく。
今日の生物準備室での話題は、どうやらそれが中心らしい。
「そういえば、3年生ってもう学校に来てないんですっけ」
「全員ではないが…受験をしようという者は、学校に来ていないだろうな。もぐ」
「受験かー…今から考えてもアレですけど、気が重いなー…」
「なんだ神楽坂、お前は大学に行くつもりなのか? もぐ」
「っていうか先生…」
ミコはあきれ顔で綾乃を見る。
口をとがらせてこう続けた。
「どうしてひとりでチョコ食べてるんですかっ」
「ん? これは葵から遅れてもらった分だ。それを食べているだけだぞ。もぐ」
「っていうか、先生はみんなからチョコもらったみたいですけど、あたしたちにはくれてないじゃないですか。不公平ですよ」
「私は女というより魔王だから別にいいのだ。はっはっは、もぐ」
「じゃあ…」
ミコの目がギラリと光る。
綾乃をビシッと指差し、こう言った。
「ホワイトデーのお返しは期待してますよ、先生! 俗に言う3倍返しで!」
「なにぃ!?」
綾乃の目が見開かれる。
だがすぐに、ニヤリと笑ってみせた。
「神楽坂…そうか、他の生徒の3倍も私の愛が欲しいということか。当初の計画よりも、ねっとりと楽しませてやらなければならないな…!」
「ちょ、先生…ねっとりとか何言ってるんですか。ホワイトデーのお返しの話をしてるんですっ」
「ああ、ちゃんとお返しは考えてあるぞ。準2での『愛の指導』がお前を待っている。どんな保健体育よりも実践的に、さまざまな愛の形をお前に教えてやろう」
「そういうのはいいです。愛の形とか自分で見つけますから」
ぷいっとそっぽを向くミコ。
だがすぐに笑顔になって、綾乃に提案する。
「無難にマシュマロとかマカロンとか、そういうのでいいですからみんなにくださいね! わいわいお茶会しましょうよ」
「ふむ…ホワイトデーに美少女を集めてお茶会か。それもなかなか悪くないな」
ミコの提案を、綾乃もどうやら気に入ったらしい。
うんうんとうなずきながら、葵からのチョコレートを食べきる。
その後で、チラリとトンスケを見た。
「約1名、女じゃないヤツもいるがな」
「…なんか、そういうこと言われると思いました…」
骨の姿に戻っているトンスケは、肩をすくめながらそう返す。
その後で、自分でいれたコーヒーを飲んだ。
学校もそうだったが、綾乃たちの心の中も静かになっていた。
バレンタインデーにはみやびの告白、昨日は葵の心情を聞くなどと激動の2日間だったが、今日に関しては何もない。
ここ最近降っていた雨もあがり、街はまた寒さに震えていた。
だがそれを話題にするのも、そろそろ飽きがくる。
「…んー…」
ミコは、いつものカフェオレを飲みながら、何か話題を考える。
そういう作業が必要なほどに、今日はゆったりとした放課後だった。
「卒業式って、3月1日でしたっけ」
「ああ、ちょうど2週間後だな。誰かの第2ボタンでももらいに行くか?」
「いえ、そういう予定はないですけど。センパイたち、卒業しちゃうんだなーって思って」
「軽いな、感想が」
「だってー、あたし何もやってないからセンパイ方と一緒にっていうの、ほとんどないんですもん」
「何かやろうというつもりはないのか? 部活とか生徒会…各種委員などなど、やろうと思えば仕事はいくらでもあるぞ」
「えっと、そういうのはあたし、ノーサンキューなんです。ここでゆったりしてるのが一番楽しいですしっ」
「…お前、勝負に燃えるキャラじゃなかったのか?」
「燃えてますよ! 焼きそばパンをゲットすることには!」
「なるほど…それ以外には食指が動かんという具合か。まあ、寒いからな」
「ええ、寒いですもんね。あはは」
ふたりはいろんなことを寒さのせいにして、「ふう」と小さく息を吐いた。
その後で黙り込むと、何かありそうで何もない、とろりとした時間が流れる。
「あ…」
そんな時間の中で、ふとミコが声をあげた。
これは彼女が話題を見つけたサインでもあるので、綾乃はすぐに聞く態勢になる。
「受験っていえば、先生も受験したんですよね?」
「ああ、したぞ。お受験をな」
「えっ、お受験?」
「うむ」
「それって、小学校とかの受験ですよね? 先生もしかして、小さい頃からエリートコースを歩んできたんですか!?」
「いや、ちょっと丁寧に言ってみたかっただけだ。混乱しただろう? ふっふっふ」
「なんなんですかもう…で、受験したんですよね?」
「ああ、もちろんだ。教師として仕事をするためには、どうしても必要なプロセスではあるからな」
「どうでした? 受験、大変でしたよね?」
「まあ、私は天才だったからそれほど苦労はなかったが…つらそうな連中も多かったな。ただ、不思議なことに」
「はい?」
「偏差値が高い、と言われる大学に合格した連中は、このシーズンを結構楽しんでいたようだったぞ。あとから考えるとな」
「えっ…それ、どういうことですか? 受験って地獄ですよね?」
「お前、すごいことをサラッと言うが…全員が全員、地獄の苦しみを味わっていたわけでもないんだ。勉強を『おもしろいもの』に変化させている連中が、何割かはいたな」
「勉強が楽しい…えええ、信じられないです」
「だが実際、『グレードが高い』と言われている大学に進めたのは、そういう連中ばかりだったぞ。もちろん、地獄の苦しみを味わって合格を勝ち取ったヤツもいるにはいたがな」
「へぇ…やっぱり頭がいい人は、勉強に対する考え方も違うってことなんでしょうね」
「いや、それとは逆だな。勉強を『楽しいものにしていった』という方が正しいだろう。頭の方を作り変えるのではなく、学ぶ方法をそういうふうに変えていったのだ」
「変えるって、どういうふうにですか?」
「私にそれを訊くのか? フフッ」
綾乃の目が妖しく輝く。
彼女は両手を開いて、指をうにうにと動かした。
「教えてやってもいいが、それ相応の代価はもらうぞ?」
「だ、代価って…あたし何にも持ってないですよ?」
「いいや、お前は持っている。歌でもあるだろう、『あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ』…この大切なものを代価としよう」
「えっ、なんですかその歌…あたし知らないんですけど」
「なに? この名曲を知らないのか? まあ、私もリアルタイムな世代ではないが…」
「じゃああたしが知らなくても無理ないですね。わからないから差し上げられませーん」
「く…! 神楽坂、お前の最近の反応…だんだんかわいげがなくなってきているぞ」
「いいですよー、かわいくなくて。どうせあたしなんて、バレンタインにチョコをあげる男子もいないくらい枯れちゃってるんですから」
「その肌で枯れてるとか言うな。脱がすぞ」
「もー! いちいちえっちぃ方向に持ってかないでくださいよっ! …で、何の話してたんでしたっけ?」
「ん? あー、えっと…トンスケ、私たちは当初、何の話をしていたか憶えてい…」
「ぐぅ」
「骨のクセに寝るなー!」
げしっ!
「えっ!? あっ! うわあ! なんて骨体(こったい)!」
ぱっかーん!
突然の綾乃の攻撃に、トンスケの体は砕け散る。
その拍子に椅子から転げ落ちた彼?は、綾乃に猛抗議した。
「な、なにするんですかいきなり! コーヒーこぼしたらどうするんです?」
「そう思うんなら話の途中で寝ているんじゃない! 私が攻撃をしかけることくらい、お前ならもうわかっているだろうが!」
「は、はあ…それはわかってますけど」
「じゃあさっさと元に戻れ! そして、私たちが最初なんの話をしていたか、思い出して教えるのだ!」
「えっと…いや、だから、僕は寝てたのでわからないんですが…」
「それでも思い出せ。お前の頭はからっぽか」
「からっぽです」
「うむ、そうだな。見事にからっぽだ…だからといって、許されるものではないぞ?」
「…先生、僕は一体どんな罪を犯したんですか。無理やり話を広げるの、やめてもらっていいですか」
「むぅ…私もそれはわかっているんだが、何しろ今日は静かなものでな…若干退屈なのだ」
綾乃はそう言って、つまらなそうにため息をついた。
そんな彼女に、トンスケはこう言う。
「今日が静かなんじゃなくて、逆にバレンタインまでが波乱万丈だったっていうだけなんじゃないですか? 特に先生は、みなさんからのチョコを楽しみにしてたみたいですし」
「…そうだな、そういえばそうだな」
「なぜか僕までチョコをあげるハメになりましたけど」
「お前も肉パワーでそこそこの美少女になっていたからな。金は私が出してやったんだから、別に文句はないだろう?」
「まあ、それはそうですが…とにかく、先生がバレンタインまではしゃぎすぎてたから、今日みたいな普通の日は静かに感じるんじゃないですか、って話なんですけど」
「…ふむ…燃え尽き症候群か…」
「いや、それとは違うと思いますけどね。イベントから普通に日に戻った落差が大きい、って話じゃないかと」
「だろうな。いや、一応最初からそれはわかっているんだがな、普通に納得してもおもしろくないだろう? だから私なりのセンスで、おもしろおかしくしてやったのだ」
「先生の場合は、どんどん混乱が大きくなりますからほどほどにしといてください。ホントに」
「うむ、まあ…善処しよう。ところで神楽坂」
「え? あ、はい?」
話の途中でいきなり呼ばれたので、ミコは驚きながら返事をする。
そんな彼女に、綾乃はこう尋ねてきた。
「お前…3年生が卒業することばかりに気が行っているようだが」
「ええ、まあ。去年はあたしが卒業しましたし…中学でしたけど」
「4月になれば、お前は2年生になるんだぞ。後輩ができるんだぞ」
「…あ!」
大きく開いたミコの口。
それを右手で覆う。
だがすぐに、口から手を離して机をポンと叩いた。
開いたままの口で、ミコは興奮気味に話し始める。
「そうですよね…! あたし『が』センパイになるんですよね!」
「そうだぞ。お前にかわいい後輩ができるわけだ…つまり、私の獲物も増えようというもの」
「あたし、先生の毒牙から後輩たちを守らないといけないんですよね! そうでした…完ッ全に忘れてました!」
「おい神楽坂、私の毒牙とは何事だ。私はただ、ウブで何も知らない美少女を、言葉巧みにだまくらかしてえっちぃことをしちゃおうかなと…」
「そういうのを毒牙っていうんですよ先生! 絶対ダメです! あたしがかわいい後輩ちゃんを守るんですから!」
「なにー! くそ、いらんことを教えてしまった…ただでさえ最近は助手らしいことを何もしない神楽坂に、このままでは反逆されるばかりだぞ…」
「助手っていっても、あたしが手伝うのは実験だけですもん! そんなえっちぃことは手伝いません!」
「…フフフ」
「!?」
強い言葉で反撃したというのに、綾乃はニヤリと笑っている。
ミコは、彼女の雰囲気に何かを感じた。
「な、なんですか先生…あたしがここまで言ったら、いつもならもうちょっと悔しがるとかなんか…違う反応になるはずじゃないですか」
「フフッ、神楽坂…お前は大事なことを忘れている」
「大事なこと…?」
「そうだ。意図して忘れているのかもしれんがな、フッフッフ…」
「意図して忘れてることなんて、あたしにはありません!」
「じゃあ教えてやろう。お前は確かに、4月になれば2年生になる。しかし…」
「…しかし?」
「今はまだ2月。3月にさえなっていない」
「そ、それがどうしたんですかっ!」
「まあ聞け…3月には3年生の卒業式や、お前たちの終業式がある。だがその前に、まだ重要なイベントが残っているんだぞ」
「重要なイベント? ホワイトデーですか? あ、ひなまつりかな?」
「そのどちらでもないぞ、神楽坂…そろそろ思い出してきたんじゃないのか」
「え? い、いえ? そんなこと、全然ないですよ! えっとー、なにかなー?」
「3学期の…」
「…」
「期末テストだ!」
「あーあーあー、聞こえない聞こえなーい!」
ミコは、文字通り耳をふさいだ。
両手で耳をふさぐのに加え、自ら声を出して綾乃の言葉をかき消そうとする。
しかし、それでも綾乃の言葉は続いた。
ミコも一度意識させられたせいで、彼女が何を言っているのか大体わかってしまう。
「中間テストは、あの悪名高き実力テストのおかげでなくなっているが、期末はきっちりあるんだぞ、神楽坂。1、2学期より範囲も内容も比較的ゆるめだが、それでもテストはテスト」
「な、ななななに言ってるのかなっ? せーんせぇ? あたしには全然、ぜぇーんぜん、じぇーんじぇーん聞こえないですっふふぅ!」
「覚悟しておくことだな…これを越えることができなければ、お前は春休みをエンジョイできないまま進級することとなる!」
「はいはーい? なんですかぁ? なんですかねー? 先生がなに言ってるのか、全然わっからないですよあたしー?」
「後輩たちと余裕をもってふれあいたければ、今から死ぬ気でがんばることだな…フッフッフ、ハッハッハ、ハァーッハッハッハ!」
「…おふたりとも…なんか、賑やかですね…」
両手で耳をふさぎ、やたら大きな声で「聞こえない」というミコ。
そんな彼女に構わず、期末テストがあることを伝え続ける綾乃。
トンスケは、ふたりの様子を見ながら苦笑した。
と同時に、このふたりがいると「普通に戻った日々」もにぎやかに過ごせることを再確認する。
「聞こえない、聞こえなーい!」
「ハッハッハ、ハァーッハッハッハ!」
ふたりの声が、やかましく響く準備室。
トンスケはそれを聞きながら、夜になるのが少しずつ遅くなっているのを、窓の外を見ながら感じるのだった。
>23-5へ続く
→本編目次へ戻る
→登場人物の目次へ
2月も半ばを過ぎ、聖クラレンス学院の中はかなり静かになってきた。
春が近づくにつれ、その静けさは増していく。
今日の生物準備室での話題は、どうやらそれが中心らしい。
「そういえば、3年生ってもう学校に来てないんですっけ」
「全員ではないが…受験をしようという者は、学校に来ていないだろうな。もぐ」
「受験かー…今から考えてもアレですけど、気が重いなー…」
「なんだ神楽坂、お前は大学に行くつもりなのか? もぐ」
「っていうか先生…」
ミコはあきれ顔で綾乃を見る。
口をとがらせてこう続けた。
「どうしてひとりでチョコ食べてるんですかっ」
「ん? これは葵から遅れてもらった分だ。それを食べているだけだぞ。もぐ」
「っていうか、先生はみんなからチョコもらったみたいですけど、あたしたちにはくれてないじゃないですか。不公平ですよ」
「私は女というより魔王だから別にいいのだ。はっはっは、もぐ」
「じゃあ…」
ミコの目がギラリと光る。
綾乃をビシッと指差し、こう言った。
「ホワイトデーのお返しは期待してますよ、先生! 俗に言う3倍返しで!」
「なにぃ!?」
綾乃の目が見開かれる。
だがすぐに、ニヤリと笑ってみせた。
「神楽坂…そうか、他の生徒の3倍も私の愛が欲しいということか。当初の計画よりも、ねっとりと楽しませてやらなければならないな…!」
「ちょ、先生…ねっとりとか何言ってるんですか。ホワイトデーのお返しの話をしてるんですっ」
「ああ、ちゃんとお返しは考えてあるぞ。準2での『愛の指導』がお前を待っている。どんな保健体育よりも実践的に、さまざまな愛の形をお前に教えてやろう」
「そういうのはいいです。愛の形とか自分で見つけますから」
ぷいっとそっぽを向くミコ。
だがすぐに笑顔になって、綾乃に提案する。
「無難にマシュマロとかマカロンとか、そういうのでいいですからみんなにくださいね! わいわいお茶会しましょうよ」
「ふむ…ホワイトデーに美少女を集めてお茶会か。それもなかなか悪くないな」
ミコの提案を、綾乃もどうやら気に入ったらしい。
うんうんとうなずきながら、葵からのチョコレートを食べきる。
その後で、チラリとトンスケを見た。
「約1名、女じゃないヤツもいるがな」
「…なんか、そういうこと言われると思いました…」
骨の姿に戻っているトンスケは、肩をすくめながらそう返す。
その後で、自分でいれたコーヒーを飲んだ。
学校もそうだったが、綾乃たちの心の中も静かになっていた。
バレンタインデーにはみやびの告白、昨日は葵の心情を聞くなどと激動の2日間だったが、今日に関しては何もない。
ここ最近降っていた雨もあがり、街はまた寒さに震えていた。
だがそれを話題にするのも、そろそろ飽きがくる。
「…んー…」
ミコは、いつものカフェオレを飲みながら、何か話題を考える。
そういう作業が必要なほどに、今日はゆったりとした放課後だった。
「卒業式って、3月1日でしたっけ」
「ああ、ちょうど2週間後だな。誰かの第2ボタンでももらいに行くか?」
「いえ、そういう予定はないですけど。センパイたち、卒業しちゃうんだなーって思って」
「軽いな、感想が」
「だってー、あたし何もやってないからセンパイ方と一緒にっていうの、ほとんどないんですもん」
「何かやろうというつもりはないのか? 部活とか生徒会…各種委員などなど、やろうと思えば仕事はいくらでもあるぞ」
「えっと、そういうのはあたし、ノーサンキューなんです。ここでゆったりしてるのが一番楽しいですしっ」
「…お前、勝負に燃えるキャラじゃなかったのか?」
「燃えてますよ! 焼きそばパンをゲットすることには!」
「なるほど…それ以外には食指が動かんという具合か。まあ、寒いからな」
「ええ、寒いですもんね。あはは」
ふたりはいろんなことを寒さのせいにして、「ふう」と小さく息を吐いた。
その後で黙り込むと、何かありそうで何もない、とろりとした時間が流れる。
「あ…」
そんな時間の中で、ふとミコが声をあげた。
これは彼女が話題を見つけたサインでもあるので、綾乃はすぐに聞く態勢になる。
「受験っていえば、先生も受験したんですよね?」
「ああ、したぞ。お受験をな」
「えっ、お受験?」
「うむ」
「それって、小学校とかの受験ですよね? 先生もしかして、小さい頃からエリートコースを歩んできたんですか!?」
「いや、ちょっと丁寧に言ってみたかっただけだ。混乱しただろう? ふっふっふ」
「なんなんですかもう…で、受験したんですよね?」
「ああ、もちろんだ。教師として仕事をするためには、どうしても必要なプロセスではあるからな」
「どうでした? 受験、大変でしたよね?」
「まあ、私は天才だったからそれほど苦労はなかったが…つらそうな連中も多かったな。ただ、不思議なことに」
「はい?」
「偏差値が高い、と言われる大学に合格した連中は、このシーズンを結構楽しんでいたようだったぞ。あとから考えるとな」
「えっ…それ、どういうことですか? 受験って地獄ですよね?」
「お前、すごいことをサラッと言うが…全員が全員、地獄の苦しみを味わっていたわけでもないんだ。勉強を『おもしろいもの』に変化させている連中が、何割かはいたな」
「勉強が楽しい…えええ、信じられないです」
「だが実際、『グレードが高い』と言われている大学に進めたのは、そういう連中ばかりだったぞ。もちろん、地獄の苦しみを味わって合格を勝ち取ったヤツもいるにはいたがな」
「へぇ…やっぱり頭がいい人は、勉強に対する考え方も違うってことなんでしょうね」
「いや、それとは逆だな。勉強を『楽しいものにしていった』という方が正しいだろう。頭の方を作り変えるのではなく、学ぶ方法をそういうふうに変えていったのだ」
「変えるって、どういうふうにですか?」
「私にそれを訊くのか? フフッ」
綾乃の目が妖しく輝く。
彼女は両手を開いて、指をうにうにと動かした。
「教えてやってもいいが、それ相応の代価はもらうぞ?」
「だ、代価って…あたし何にも持ってないですよ?」
「いいや、お前は持っている。歌でもあるだろう、『あなたに女の子の一番大切なものをあげるわ』…この大切なものを代価としよう」
「えっ、なんですかその歌…あたし知らないんですけど」
「なに? この名曲を知らないのか? まあ、私もリアルタイムな世代ではないが…」
「じゃああたしが知らなくても無理ないですね。わからないから差し上げられませーん」
「く…! 神楽坂、お前の最近の反応…だんだんかわいげがなくなってきているぞ」
「いいですよー、かわいくなくて。どうせあたしなんて、バレンタインにチョコをあげる男子もいないくらい枯れちゃってるんですから」
「その肌で枯れてるとか言うな。脱がすぞ」
「もー! いちいちえっちぃ方向に持ってかないでくださいよっ! …で、何の話してたんでしたっけ?」
「ん? あー、えっと…トンスケ、私たちは当初、何の話をしていたか憶えてい…」
「ぐぅ」
「骨のクセに寝るなー!」
げしっ!
「えっ!? あっ! うわあ! なんて骨体(こったい)!」
ぱっかーん!
突然の綾乃の攻撃に、トンスケの体は砕け散る。
その拍子に椅子から転げ落ちた彼?は、綾乃に猛抗議した。
「な、なにするんですかいきなり! コーヒーこぼしたらどうするんです?」
「そう思うんなら話の途中で寝ているんじゃない! 私が攻撃をしかけることくらい、お前ならもうわかっているだろうが!」
「は、はあ…それはわかってますけど」
「じゃあさっさと元に戻れ! そして、私たちが最初なんの話をしていたか、思い出して教えるのだ!」
「えっと…いや、だから、僕は寝てたのでわからないんですが…」
「それでも思い出せ。お前の頭はからっぽか」
「からっぽです」
「うむ、そうだな。見事にからっぽだ…だからといって、許されるものではないぞ?」
「…先生、僕は一体どんな罪を犯したんですか。無理やり話を広げるの、やめてもらっていいですか」
「むぅ…私もそれはわかっているんだが、何しろ今日は静かなものでな…若干退屈なのだ」
綾乃はそう言って、つまらなそうにため息をついた。
そんな彼女に、トンスケはこう言う。
「今日が静かなんじゃなくて、逆にバレンタインまでが波乱万丈だったっていうだけなんじゃないですか? 特に先生は、みなさんからのチョコを楽しみにしてたみたいですし」
「…そうだな、そういえばそうだな」
「なぜか僕までチョコをあげるハメになりましたけど」
「お前も肉パワーでそこそこの美少女になっていたからな。金は私が出してやったんだから、別に文句はないだろう?」
「まあ、それはそうですが…とにかく、先生がバレンタインまではしゃぎすぎてたから、今日みたいな普通の日は静かに感じるんじゃないですか、って話なんですけど」
「…ふむ…燃え尽き症候群か…」
「いや、それとは違うと思いますけどね。イベントから普通に日に戻った落差が大きい、って話じゃないかと」
「だろうな。いや、一応最初からそれはわかっているんだがな、普通に納得してもおもしろくないだろう? だから私なりのセンスで、おもしろおかしくしてやったのだ」
「先生の場合は、どんどん混乱が大きくなりますからほどほどにしといてください。ホントに」
「うむ、まあ…善処しよう。ところで神楽坂」
「え? あ、はい?」
話の途中でいきなり呼ばれたので、ミコは驚きながら返事をする。
そんな彼女に、綾乃はこう尋ねてきた。
「お前…3年生が卒業することばかりに気が行っているようだが」
「ええ、まあ。去年はあたしが卒業しましたし…中学でしたけど」
「4月になれば、お前は2年生になるんだぞ。後輩ができるんだぞ」
「…あ!」
大きく開いたミコの口。
それを右手で覆う。
だがすぐに、口から手を離して机をポンと叩いた。
開いたままの口で、ミコは興奮気味に話し始める。
「そうですよね…! あたし『が』センパイになるんですよね!」
「そうだぞ。お前にかわいい後輩ができるわけだ…つまり、私の獲物も増えようというもの」
「あたし、先生の毒牙から後輩たちを守らないといけないんですよね! そうでした…完ッ全に忘れてました!」
「おい神楽坂、私の毒牙とは何事だ。私はただ、ウブで何も知らない美少女を、言葉巧みにだまくらかしてえっちぃことをしちゃおうかなと…」
「そういうのを毒牙っていうんですよ先生! 絶対ダメです! あたしがかわいい後輩ちゃんを守るんですから!」
「なにー! くそ、いらんことを教えてしまった…ただでさえ最近は助手らしいことを何もしない神楽坂に、このままでは反逆されるばかりだぞ…」
「助手っていっても、あたしが手伝うのは実験だけですもん! そんなえっちぃことは手伝いません!」
「…フフフ」
「!?」
強い言葉で反撃したというのに、綾乃はニヤリと笑っている。
ミコは、彼女の雰囲気に何かを感じた。
「な、なんですか先生…あたしがここまで言ったら、いつもならもうちょっと悔しがるとかなんか…違う反応になるはずじゃないですか」
「フフッ、神楽坂…お前は大事なことを忘れている」
「大事なこと…?」
「そうだ。意図して忘れているのかもしれんがな、フッフッフ…」
「意図して忘れてることなんて、あたしにはありません!」
「じゃあ教えてやろう。お前は確かに、4月になれば2年生になる。しかし…」
「…しかし?」
「今はまだ2月。3月にさえなっていない」
「そ、それがどうしたんですかっ!」
「まあ聞け…3月には3年生の卒業式や、お前たちの終業式がある。だがその前に、まだ重要なイベントが残っているんだぞ」
「重要なイベント? ホワイトデーですか? あ、ひなまつりかな?」
「そのどちらでもないぞ、神楽坂…そろそろ思い出してきたんじゃないのか」
「え? い、いえ? そんなこと、全然ないですよ! えっとー、なにかなー?」
「3学期の…」
「…」
「期末テストだ!」
「あーあーあー、聞こえない聞こえなーい!」
ミコは、文字通り耳をふさいだ。
両手で耳をふさぐのに加え、自ら声を出して綾乃の言葉をかき消そうとする。
しかし、それでも綾乃の言葉は続いた。
ミコも一度意識させられたせいで、彼女が何を言っているのか大体わかってしまう。
「中間テストは、あの悪名高き実力テストのおかげでなくなっているが、期末はきっちりあるんだぞ、神楽坂。1、2学期より範囲も内容も比較的ゆるめだが、それでもテストはテスト」
「な、ななななに言ってるのかなっ? せーんせぇ? あたしには全然、ぜぇーんぜん、じぇーんじぇーん聞こえないですっふふぅ!」
「覚悟しておくことだな…これを越えることができなければ、お前は春休みをエンジョイできないまま進級することとなる!」
「はいはーい? なんですかぁ? なんですかねー? 先生がなに言ってるのか、全然わっからないですよあたしー?」
「後輩たちと余裕をもってふれあいたければ、今から死ぬ気でがんばることだな…フッフッフ、ハッハッハ、ハァーッハッハッハ!」
「…おふたりとも…なんか、賑やかですね…」
両手で耳をふさぎ、やたら大きな声で「聞こえない」というミコ。
そんな彼女に構わず、期末テストがあることを伝え続ける綾乃。
トンスケは、ふたりの様子を見ながら苦笑した。
と同時に、このふたりがいると「普通に戻った日々」もにぎやかに過ごせることを再確認する。
「聞こえない、聞こえなーい!」
「ハッハッハ、ハァーッハッハッハ!」
ふたりの声が、やかましく響く準備室。
トンスケはそれを聞きながら、夜になるのが少しずつ遅くなっているのを、窓の外を見ながら感じるのだった。
>23-5へ続く
→本編目次へ戻る
→登場人物の目次へ

















