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2016-09-26 12:00:02

【本編】episode27 黒く染まる夜・1

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode27 黒く染まる夜・1


ケーキを食べた後、3人はそれぞれいつもの夜と同じ時間を過ごした。

トイレ掃除を5分以内に終わらせたのはめでたいことだったが、それと残りの仕事をやるかどうかは別の話だった。

玲央菜もそれはわかっていたので、文句を言うつもりもない。
洗い物とトイレ以外の掃除をテキパキと終わらせ、榊に報告する。

「終わりました」

「わかりました、後で確認します」

この時、榊は書類を見ている。
彼はこの時だけ黒ぶちの老眼鏡をかけていた。

「では、今日はあがってください」

「はい、それじゃおつかれさまでーす」

「おつかれさま…ああ、ちょっと待ってください」

榊は、それまで見ていた書類から目を離して玲央菜を見た。
不思議に思った彼女は、去りかけていた足を止める。

「…なんですか?」

「今夜、恐らく天馬さまの体が変異します…あなたは部屋にしっかりとカギをかけて、そこから出ないようにしてください」

「あ…」

玲央菜ははたと気づく。
そういえばそろそろ前回の変異から2週間ほどがたつのだと。

新月と満月の夜には、天馬の体が悪魔のような姿へと変異する。
玲央菜も最初こそ驚かされたが、部屋で寝ていれば特に問題はなかったので、「そういえばそんなこともあった」程度の認識になりつつあった。

そのため、彼女の顔は真面目にはなるが、恐怖をたたえたものにはならない。

「わかりました」

ただそれだけ言う。
天馬と榊は大変だろうと思うが、がんばってと自分が言うのも何か変な気持ちがするので、ただそれだけ言うようにしていた。

榊は、恐れも油断も見せない彼女の表情を確認すると、一度小さくうなずいた。
その後で彼女にこう告げる。

「これもわかっているとは思いますが、トイレなどののっぴきならない用事の場合は、できるだけ速やかにすませて部屋に戻ること…そして39階部分には絶対に下りてこないこと」

「はい」

「夜中に起きて不安になるかもしれないという場合には、睡眠薬の用意もありますが…」

「ボクは、だいじょぶです」

「わかりました。それではまた明日」

「はい、それじゃおやすみなさーい」

玲央菜は榊にぺこりと頭を下げて、部屋へと戻っていく。
その後ろ姿を見ながら彼は小さく微笑み、やがてまた書類へと視線を戻した。

彼女は、リビングでいつものようにノートパソコンを操作している天馬にも声をかける。

「お仕事終わったのでボク寝ますね。おやすみなさい」

「ああ、おつかれさまー。また明日ね」

彼はいつも通り、軽い言葉と笑顔を玲央菜に返し、またノートパソコンの画面を見た。

玲央菜もちらりと画面を見るのだが、何やらグラフだとかレーダーチャートなどが表示されて難しそうなので、詳しく見ようという気にも、教えてもらおうという気にもならない。

それもまたいつものことであり、住良木家の日常だった。
玲央菜は部屋へと戻り、メイド服を脱いで部屋着に着替える。

ここ最近追加された日常の行動としては、スマートフォンのSNSアプリの活用があった。

とはいっても話し相手は留美だけで、仕事が終わった後でいつも他愛ない会話で盛り上がっては、眠くなるまで話し続けるのだった。

さまざまなことに慣れ、楽しいことも増えてきた日常。
しかし、日付が変わって午前2時を過ぎた時、それは唐突に終わりを告げる。

「く、う…!」

39階部分の中央。
大広間と呼べるほどの広さを持つ空間のど真ん中で、天馬はうめき声をあげている。

その体は、徐々に変化を始めていた。
人間のものから、どの動物とも違う異形の姿へと変わっていく。

「……」

榊はそれを、じっと見つめていた。
左腰には銀色で装飾された短剣をさげており、柄には左手がすでに添えられている。

「うぐっ…! さ、榊…」

「…?」

天馬の声に、榊の眉がぴくりと動いた。
声の響きを彼は不思議に思い、変わりゆく主人に尋ねる。

「天馬さま…?」

「こ、黒皇刃(こくおうじん)を…持って、逃げろ」

「な…!?」

「つ…いに…きて、しまったんだ……」

「天馬さま、お気を確かに!」

「この、とき…が、ついに……!」

「……!」

榊の背中を、一筋の汗が流れる。
それはとても冷たく、流れた後の筋もまた凍るほどに冷たい。

天馬の体は、もはや左半身の上部以外はすべて悪魔化してしまっている。
そんな中、彼は声をふりしぼった。

「あの子と…いっしょに……! にげるんだ………!」

「天馬さま…!」

「うおああああああああああああッ!?」

天馬は絶叫する。
そしてついに、その体のすべてが悪魔のような姿へと変貌した。

それと同時に、天馬だったものの周囲から黒い光が泉のように湧き出る。
光は水のように、しかも勢いよく広がり、榊の足元も黒く染めた。

「…! これは!」

榊は思わず声をあげた。
黒い光に染まった両足は、まるでコールタールで固められたように微動だにしない。

それに気づいた直後、天馬がいた場所からまったく別の声が聞こえてきた。

”ククッ…クハハハハハッ!”

「…!」

榊が顔を上げると、悪魔化した天馬…その「悪魔そのもの」が、胸部を反らせて高笑いを放っているところだった。

背中からは大きな翼が生え、腕は左3本右1本の4本となり、体のいたるところから鋭い角を生やしている。

それを見た榊は、思わずこう言った。

「これは…! 今までとはちがう!」

”ああ、ちがう…そうだ、ちがう”

榊の言葉に答える悪魔の顔は、これまで彼が見てきた鬼のような形ではなかった。
西洋甲冑の兜のような形をしており、生物とはまったく別の存在に見えるが、人らしい何かを残している。

それはこの「悪魔」が、「天馬の体にとりついていたもの」からまったく新しいものへと変化した証だった。

”待ったぞ…ずいぶん待った。だが、待ち続けた甲斐はあった”

「く、うぅ…!」

榊はどうにか足を動かそうとするが、黒い光に染め上げられた両足はまったく動かない。
悪魔はそれをわかっているのか、彼を見て小さく笑った。

”どうした老人…その剣で我を切るのではないのか? これまでのように、我の一部分を切り取って数値を測るのではないのか?”

「なに…! なぜ、それを!」

”我は押さえつけられたとて、消えるわけではない…この男の中から、お前たちがやることをすべて見ていた。すべての手順を我は知っている”

「く…!」

”まずその短剣で、我の体から一部分を切り取る…その後、この男の意志で上に向かわせ、水銀の風呂で我の力を押さえつける…”

「……」

”何年も、何年も…我がこの男にとりついた時から、それは繰り返されてきたな? 我の一部分を切り取った傷口から水銀を流れ込ませ、我の影響を取り除く…だが、我は耐えて待ち続けたのだ”

悪魔はそう言って、ゆっくりと両手を広げた。
直後、悪魔を中心とした衝撃波が巻き起こり、榊の体は壁まで吹き飛ばされる。

「うぐっ!?」

背中をしとどに打ち付け、榊は壁のそばでへたり込む格好になる。
彼は立ち上がろうとするのだが、まだ両足は動かない。

「くっ…動け、動くのだ!」

両足を右手で叩くのだが、力が入らない。
榊は足を叩きながら、悪魔の襲来に備えて顔を上げる。

だが、悪魔は不思議そうに周囲を見回していた。

”なんだ…? 我が力で、ヒビひとつ入らないとはどういうことだ”

榊が吹き飛ばされるほどの衝撃波が放たれたのだが、39階部分は少し揺れた程度でどこも壊れない。
悪魔は自らの足元も見るが、床に穴が開いているということもない。

”まだ覚醒して間もないからか…? いや、そんなはずはない”

悪魔はそう言って、榊に向かって右手をかざす。
その先から濃い紫色の球体が放たれた。

「…!」

榊の足はまだ動かない。
しかし彼は床に向かって倒れ込み、その勢いで体を回転させて悪魔の攻撃を避けた。

”ほう…”

老人とは思えない榊の動きに、悪魔は感心したように声を漏らす。
悪魔が放った球体は、壁にぶつかって四散した。

それを見た悪魔は、左腕3本のうち1本と右腕とで腕組みをする。

”この部屋…やはり何か仕掛けがあるな。我が力を押さえ込むのは、水銀風呂だけではない…そういうことか”

「うぐ、く…!」

悪魔が不思議そうにしている間にも、榊は自らの足を叩き続けていた。
だが、黒く染まった足はやはり動かない。

さらに、それだけではなかった。

「うぅ…!?」

気がつくと、足を叩いていただけのはずの手までもが、黒く染まっている。

最初に湧いて出た黒い光は、次の衝撃波で消えてしまっていたはずなのに、両足と同じように黒く染まっていた。

榊はここで気づく。

「あの黒い光は、この床に染み込んで…!?」

衝撃波で消えたように見えた黒い光だが、実はその影響が床に残り続けていたようだ。
両足はその影響を受け続け、何度叩いても元に戻ることはなかった。

しかも、球体を避けるために床を転がって回避したことで、榊の体のほとんどが床に触れてしまった。
そしてその影響は、彼が気づいた直後に出る。

「うぅっ!?」

がくん、とひざが折れる。
床にひざがついた途端、その場所も黒く染まった。

そこからは早かった。
榊の体は一気にくずおれ、床に倒れ込んでしまう。

「こ、このままでは……!」

榊はもはや顔まで黒く染まり、言葉をしゃべることすらもできなくなってしまう。
手にしていた短剣も床に落ち、まるで半紙が墨汁を吸うかのように、みるみるうちに黒く染まっていった。

それまで壁を見ていた悪魔は、ゆっくりと榊へ視線を移す。
冷たく見下ろしながら、こうつぶやいた。

”フン、ようやく動かなくなったか…我の予想よりはるかに効きが悪いな”

「う、うぅ」

”これは余計なことをせず、この場所を出ることに集中した方が良さそうだ……”

悪魔は翼をはためかせ、床から少しだけ宙に浮く。
そしてその状態のまま、広間の中央から出口のドアへ向かって移動を開始した。

「……くっ…!」

榊は必死に追いすがろうとするが、黒く染まりきったその体はもう指先すら動かない。
彼は最後の力をふりしぼり、なぜか奥歯を強く噛んだ。

一方、玲央菜は少し前に目を覚ましていた。
39階部分が揺れた…悪魔が衝撃波を起こしたのが、彼女のいる40階部分に伝わってしまっていた。

「…地震…?」

ベッドの上で上体だけ起こし、そばに転がっているスマートフォンを拾う。
それを操作するが、地震速報などは出ていない。

「ん…?」

夜中に起きることがなかったわけではない。
やはり天馬と榊が心配で、眠りが浅くなることもあった。

だがこれまでは、それでも横たわればすぐに眠ることができた。

「……なんか、変な感じ…?」

玲央菜は、この夜に限って眠れなかった。
そしてこの夜に限って、鋭敏に何かを感じ取った。

彼女は横たわらず、ベッドを下りる。
この時、近くで何か重い物が落ちる音がした。

「…?」

不思議に思った玲央菜は、音がした方へ歩いていく。
それはクローゼットの中のようだった。

クローゼットを開くと、見慣れたメイド服がある。
と、その脇に何やら見慣れないものがあった。

「なんだこれ…刀?」

もちろん、玲央菜はメイド服の脇に刀など置いた覚えはない。
不思議に思ってクローゼット内部を見てみると、上部に細長い穴がぽっかり空いていた。

「なんのしかけなんだろ…?」

どうやら何らかの仕掛けでクローゼットに穴が空き、そこから刀が落ちてきたらしい。
だが、なぜそのようなことが置きたのかはわからなかった。

「しかけが壊れたのかな。榊さんに持ってけばいいのかなこれ」

玲央菜はつぶやきながら、刀を持ち上げる。
それは彼女が思ったよりも重く、気をつけなければ取り落としそうだった。

両手で刀を持つと、鞘に彫り込まれている文字が目に入る。
彼女はそれを、何気なく読み上げた。

「くろ…すめら、ぎ? やいば…」

その刀の名前を知らない彼女は、文字をひとつひとつ分けて読んだ。
「黒」、「皇」、「刃」と鞘には彫り込まれている。

自分が持っていても仕方がないと考えた玲央菜は、刀を横に持つことをやめ、左手だけで持つ。
かなり重さを感じるが、そうしなければ右手でドアを開けることができなかった。

「んしょ、っと」

ドアを開けて部屋を出ると廊下に出るため、やはり両手で横に持つことはできない。
彼女はどうにか刀を床に引きずらないようにしながら、榊がいるであろう39階部分へと向かって歩き出した。

彼女たちの長い夜は、この時から始まる。
だがこの時、その顛末に思い至ることができた者は、誰ひとりとしていなかった。


>episode28へ続く
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2016-09-22 12:00:02

【本編】episode26 お祝いケーキ

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode26 お祝いケーキ


「よし…!」

メイド服を着た玲央菜は、両手をぐっと握りしめている。
自らに気合いを入れていた。

彼女の眼前には、見慣れた住良木家のトイレがある。

「今日こそ5分以内に終わらせるぞ…!」

トイレ掃除を5分以内に終わらせること。
それは、メイドの仕事を始めた時からの目標だった。

だがそれは並大抵のことではなく、まだ一度も成し遂げたことはない。

それもそのはず、この家のトイレはかなり広く、またどんな身分の者も迎えられるように、シンプルながら高級感のあるつくりになっている。

つまり、ただ手を速く動かせばいいというわけではない。
設備に傷をつけないように、しかし素早く汚れを落とし、磨き上げなければならないのだ。

「…では、始め!」

玲央菜の後ろに立っていた榊が、鋭い声で開始を告げる。
その瞬間、彼女は陸上選手さながらのダッシュで洗面台に向かう。

そして洗面台下を開けて、中から雑巾を取り出した。
雑巾は用途によって色分けがされており、その使い分けも重要である。

トイレの汚れ自体は、利用する者が天馬と玲央菜、そして榊の3人しかいない上に、最新式の洗浄機能付き便器なので大したことはない。

ただ、トイレという場所の広さとそこをさりげなく彩る設備を磨き上げるのが、タイムを落とす大きな障害となっていた。

「……」

玲央菜は息も乱さず、慣れた動きで素早く掃除を進めていく。

彼女は何ヶ月も、学校のトイレ掃除で練習を重ね、本番であるここのトイレ掃除でも自分なりに反省と改良を重ねてきた。

それでも目標を達成することはできず、毎回悔しい思いをしてきた。
いちいち悔しい思いをし、ひたむきに練習を重ねてきた。

それらすべての積み重ねが、彼女の一挙手一投足にあらわれていた。

「むっ…!」

榊の目が、驚きに見開かれる。
それは、玲央菜が積み重ねてきたものを、彼がはっきりと感じ取った瞬間だった。

「終わった!」

榊が驚きの声を出した直後に、玲央菜は叫ぶように言う。
そしてすぐに彼の方へと振り返る。

「どうですか榊さん!」

「……」

榊は、一瞬何も言えなかった。
だがすぐ我に返り、玲央菜にうなずいてみせる。

「見事です」

「…ってことは!?」

榊の口から、見事などという言葉が出た。
玲央菜がすぐに訊き返せたのは、彼女の中にも確信めいたものがあったのだろう。

それを裏付けるように、榊はゆっくりとうなずきながらこう返した。

「5分以内に終わらせましたね」

「…やった!」

玲央菜は思わずガッツポーズをとる。
彼女はついに、住良木家のトイレ掃除を5分で終わらせることに成功したのだ。

続けてきた努力の成果がついに現れ、彼女は数ヶ月越しの悲願を叶えたのである。
喜びは当然、一通りではなかった。

「やった…やった、やったぁー!」

雑巾を持ったまま両手を挙げて、文字通り飛び上がりながら玲央菜は喜ぶ。
その騒ぎを聞きつけて、天馬もトイレにやってきた。

「やけに楽しそうじゃないか。どうしたんだい?」

「聞いてください天馬さま! ボク、ついにトイレ掃除を5分以内に終わらせたんです!」

弾ける笑顔で玲央菜は言う。
天馬は素直に「おーすごい」と軽く拍手してみせるのだが、榊はそんなふたりを見てかぶりを振った。

「メイドが主人に、そんなことを報告してどうするのですか」

「まあまあ榊、いいじゃないか」

嘆く榊に、天馬は笑顔で言う。
雑巾片手に小躍りする玲央菜へ視線を移しつつ、榊に続けて言う。

「ここのトイレを5分以内に掃除し終えるなんてお前にしかできないと思ってたし、きっとお前もそうだったんじゃないか?」

「……そのような傲慢な気持ちは持ち合わせておりません。仕事への自負はございますが」

「弟子の成長を、素直に喜んでやってもいいんじゃないの? って話さ」

「…弟子…」

榊は小さくつぶやいて、玲央菜を見る。
彼女はよほど嬉しいらしく、まだ小躍りをやめそうな雰囲気ではない。

「そんなふうに、考えたことはありませんでしたな…」

「とにかく、これはちょっとお祝いしないとな。あそこのケーキ屋、まだ開いてるよな?」

「ええ、恐らくは」

「よし」

天馬はポケットからスマートフォンを出して、ケーキ屋に電話をする。
注文を出した後で、玲央菜にこう言った。

「メイドちゃん、今日はお祝いだ。ケーキ頼んだから片付けて」

「えっ、お祝い?」

玲央菜はぴたりと動きを止めて天馬に尋ねる。
誰の何の祝い事なのかわからずにいると、彼にこう言われた。

「もちろん、5分以内にトイレ掃除をやり終えたお祝いさ。ケーキもらってくるから、榊と一緒に準備しといてね」

「え!? は、はい…」

玲央菜は何か言おうとしたのだが、天馬がすぐに去ってしまったので、結局「はい」と言うことしかできなかった。

雑巾を洗って処理し、他の用具も片付けて手を洗う。
その後で玲央菜は、少し困惑した顔で榊に尋ねた。

「あ、あの…お祝いって、いいんですか?」

「天馬さまがお決めになったことです。私には反対する理由がありません」

「は、はあ…」

「それに」

榊は手を後ろで組み、じっと玲央菜を見た。

「確かにあなたはよくやりました」

「え…!」

榊からの意外な言葉に、玲央菜は目を見開く。
そんな彼女を見つめていた榊の視線が、少しだけやわらかなものに変わった。

「これまで何人かトイレ掃除を担当した者はいましたが、5分以内に仕上げきった者は皆無でした」

「え? あ…」

玲央菜は、紫苑が『天馬たちがこの家に住み始めた当初は召使いがいっぱいいた』と言っていたのを思い出す。
一瞬だけ複雑そうな表情を見せたが、榊の言葉が続いたのでそちらに気をとられる。

「最初は誰もが挑戦するのですが、やがて諦めていきます。そして気づくのです…トイレ掃除を5分以内に終わらせるというのは、仕事を速く丁寧にやるという訓練でしかないのだと」

「え…? く、訓練でしか、ない?」

「律儀に5分以内でやることにこだわらなくてもいい、ということです」

「えぇー!?」

玲央菜は思わず声をあげた。
だが、そういえばという気持ちもあった。

「でも確かに…トイレ掃除以外で、5分以内にやりなさいっていうのは聞いたことないかも」

「当然です。私たちにはさまざまな仕事があり、そのすべてで天馬さまを満足させなければなりません。トイレ掃除にだけ神経を研ぎすませているわけにはいかないのです」

「でも、それならそうと言ってくれれば…」

「私の口からそれを言ってしまえば、『トイレ掃除を5分以内に仕上げる』という目標が完全に消えてしまいます。私が課したものを私が否定してしまえば、あらゆる部分で緊張の糸がゆるんでしまうでしょう」

「…な、なるほど…」

榊の話を聞き終えた玲央菜は、目標を達成した喜びもどこへやら、少し沈んだ表情になった。
顔をうつむけて、手遊びをしながら小さくつぶやく。

「やらなくてもいいことがんばってたなんて…なんか、ボク…バカみたいだな……」

「今さら気づいたのですか」

「うぅ」

唇を軽く噛みつつ、榊を見る。
榊はあきれた表情でそっぽを向いていた。

だがふと、その横顔が微笑みに変わる。

「ですが、あなたはそれでいいのかもしれません」

「え…?」

玲央菜は榊の言葉に驚き、唇から歯を離した。
榊は一度まぶたを閉じて、ゆっくりと開きながら彼女へと向き直る。

そして、今までにないやわらかな声でこう言った。

「認めるべきでしょう。あなたはよくやりました」

「…あ…」

榊の声が、玲央菜の胸の奥を震わせる。
ぐっ、と息が苦しくなって、涙がふわりと瞳を濡らした。

それは頬をつたうほどの量ではない。
だが確かに、彼女の瞳は輝いていた。

「ありがとう…ございます」

玲央菜は、榊にゆっくりと頭を下げる。
その時、涙はさらに彼女の奥から湧き出て、あふれた分が床に落ちた。

「……」

榊は、優しい笑顔で玲央菜を見つめている。
その視線は一度彼女を離れ、39階部分へ下りる階段の方角に向かい、また彼女へと戻った。

天馬がケーキ屋から戻ってきたのは、それから20分ほどたってからだった。
彼は、直径の小さなホールケーキを買ってきた。

「わぁあ…!」

箱を開けた時、玲央菜は思わず声を出した。
小さなホールケーキはチョコレートでコーティングされ、砂糖菓子でできた妖精たちでかわいらしく飾られている。

玲央菜がケーキに見とれていると、天馬が少しだけ得意そうに胸を張った。

「どうだいかわいいだろ? この妖精たち、俺がデザインしたんだ。前々からケーキ屋と話はしてたんだけど、作る機会がなくてね…今回のお祝いは、それをようやく形にできるチャンスでもあったのさ」

「あ、言われてみれば確かに、『小さい榊さん』と同じ感じが…」

玲央菜は、天馬が描いた榊の絵、そしてタブレットのアプリを思い出す。
ちらりと榊を見ると、彼はぷいっと横を向いた。

その仕草に思わず彼女は微笑む。
と、視界の端で天馬が動くのが見えたので、今度はそちらを見た。

天馬は、ケーキにろうそくを立てているところだった。
玲央菜の視線に気がつくと、彼は苦笑しながらこう言った。

「別にバースデーケーキじゃないからろうそくはいらなかったんだけど、せっかくだから持っていってくれって言われてさ。使わないのももったいないし」

「ろうそく、まだあります?」

「あるけど…何本も立てるとケーキ燃えちゃうよ? これちっさいから」

「何本も、は立てないです。あと2本もらえます?」

「ああ、3本にするのかい? それなら俺がもう立てちゃおう」

「あ、じゃあお願いします」

こうして、小さなホールケーキにろうそくが3本立てられた。
榊が手早く火をつけ、天馬はすぐさま部屋の照明を消す。

暗くなった室内にろうそくの火が映え、3人を照らした。
玲央菜は思わず笑顔になって言う。

「…なんだか、ほんとにバースデーケーキみたいですね、あは」

「ハッピバースデイ、歌うかい?」

「さすがにそれはいいです…んじゃ消しますね」

玲央菜は息を吸い、ろうそくに向かって強く吹きつける。
3本のろうそくの火は消えて、煙が細く立ちのぼった。

天馬と玲央菜は、それを見て嬉しそうに拍手をする。
榊は半ば苦笑しながら、ふたりに続いて手を叩いた。

そして天馬の音頭で祝いの席は始まった。

「玲央菜ちゃん、トイレ掃除5分以内で完了おめでとう!」

「えへへ…ありがとうございますっ」

「よーし、んじゃ食べようか」

天馬はそう言って部屋の照明をつけた。
玲央菜はケーキカッターを持って、椅子から立ち上がる。

「んじゃ、ボクが切りますね」

「いやいや、ここは俺にやらせてよ」

天馬はそう言って、ケーキカッターを玲央菜の手からそっと取る。
彼女は不思議に思って彼を見るが、ふと何かに気づいた。

「あ…」

「そう、これは玲央菜ちゃんおめでとうのケーキだけど、師匠の榊にとってもおめでとうのケーキなのさ」

そう言って、天馬はいたずらっぽく笑う。
玲央菜も笑顔になって榊を見た。

当の榊は、最初こそ驚いていたが、やがてはにかんだように微笑む。

「やれやれ…天馬さまにはかないませんな」

「んじゃ、榊の分はこれね」

天馬はホールケーキを3等分に切って、そのうちひとつを皿に乗せて榊の前へ置く。
ケーキの上には、妖精が笑顔で榊の方を見ていた。

小さな祝いの時間が、和やかにすぎていく。
そんな住良木家の空の上には、赤い満月がいつもより大きく輝いていた。


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2016-09-19 12:00:02

【本編】episode25 放課後デート

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode25 放課後デート


天秤坂駅ビル、通称ライブラ。
玲央菜は留美につれられて、この場所に初めてやってきた。

「ほぇー…」

雑貨や服を売る店が立ち並び、そのまわりには同じ制服を着た男女がいる。
玲央菜の目に、それは新鮮に映った。

「ここがライブラ…」

「あれ? 柊さん、ここ来たことなかったの?」

留美が驚いた顔で玲央菜を見た。
その反応に、玲央菜は恥ずかしそうに頭をかく。

「う、うん…ほら、呼び方も知らなかったし…」

「あ…」

留美は、思わず口に手を当てて声を出す。
直後、申し訳なさそうに玲央菜に謝った。

「ご、ごめんなさい…柊さん、いろいろ大変だったもんね」

「え!? あ、ああ、いやその…そういうわけじゃなくて」

「…え?」

「ボク、これまでは…なんていうか」

玲央菜の顔は赤い。
不思議そうに自分を見つめる留美を、まっすぐ見ることができない。

人差し指で頬を軽くかきながら、ポツリと言う。

「女の子らしくするの、恥ずかしいって思ってたから」

「えっ…?」

「あ、ちょっと待ってて! お金おろしてくるから」

「あっ、柊さん?」

とまどう留美を置き去りにして、玲央菜は小走りでATMコーナーへと向かった。
初めて来た場所ではあるが、案内板を見れば場所の見当はつく。

夕方前のATMコーナーには、あまり人はいなかった。
玲央菜は3台並んでいるうちの左側へ向かい、カードを入れる。

「…えっと…」

これまでメイドとして働いた分の給料は入っているようだが、残高がどれほどなのかは予想もつかない。
ただ、それを確認するのは少し怖い気持ちもあった。

「長い時間働いてるわけじゃないもんね…でも、3000円くらいはあるといいな…」

そんな願いを込めて、残高照会をしないまま3000円を引き出そうとする。
特にエラーが出ることもなく、千円札が3枚出てきた。

「よかった…」

ホッとした彼女は、留美を残した場所へまた小走りで戻る。
そして笑顔でこう言った。

「ごめんね、おまたせ!」

「おかえり。ねえ柊さん、どこか行きたいお店とかある?」

留美は、先ほどまでの話を忘れたようだった。
そのさりげない気づかいが、玲央菜は嬉しい。

ただ、初めて来た玲央菜には、ライブラにどういう店があるのかわからない。
それを言おうとすると、留美が小さなパンフレットを広げて見せた。

「ほら、みてみて」

階層と店を記しただけのパンフレットだが、近くに天秤坂高校があるのを意識しているのか、デザインはポップなものになっている。

玲央菜は留美の隣に立ち、一緒にそれを見た。
彼女は店の名前より、まず店の種別が気になったようだ。

「うわー…服、服、雑貨、雑貨…ショップはほとんどそういう感じなんだね」

「うん。わたしもあんまり詳しくないんだけど、お店によっていろいろカラーがちがうみたい」

「そうなんだ…」

説明を受けつつ店の一覧を見るのだが、どの店がどういうカラーを持つのか、そこまではパンフレットに載っていないためわからない。

一通り見終わった後で、玲央菜は留美にこう尋ねた。

「えっと、月島さんがいつも行ってるお店ってどこ?」

「わたしはね、えーっと…ここ」

留美が指差したのは、3階にある雑貨屋だった。
ふたりは結局、そこに向かうことにした。

そしてやってきたのが、雑貨屋「リェス・ファミリア」。
玲央菜は、店の前に来ただけで驚かされることとなる。

「はっ…!?」

「どうしたの? 柊さん」

「く、くま…」

玲央菜が指差すので、留美がそちらを見る。
そこには、豪奢な椅子に座った大きな熊のぬいぐるみが、右手を挙げてあいさつをしていた。

王様なのか、冠もかぶっている。
ただそれはとても小さく、熊の大きさとはバランスが取れていない。

「ああ、その子はここのマスコットなんだって。いつもお店の前にいるんだよ」

「か、か、か、かわいい…」

「中にもいっぱいかわいいのあるよ。見てみよ」

「う、うん…!」

玲央菜は、ぬいぐるみからどうにか目を離し、留美とともに店内へと入った。
そして目にするかわいい雑貨たち。

「ほっ?」

どこか間の抜けた、かわいいうさぎがデザインされた手帳。

「ほぉっ?」

いじわるな顔なのに憎めない、狼がプリントされたペン。

「ほぉぉっ?」

小さな鳥の巣をモチーフにした上にヒナたちも彫り込まれた、かわいらしい小物入れ。

「ほぉぉおあああああ??」

かわいいものだらけの雑貨たちに、玲央菜は目を回し始める。
奇声をあげる玲央菜を見て、留美は苦笑を禁じ得ない。

「柊さん、だいじょうぶ?」

「こ、こ、こんなかわいいものだらけの世界があるなんて…!?」

「他の雑貨屋さんにも、かわいいのいっぱいあるよ」

「な、なんだって…!? こんなかわいいのが、他のお店にも?」

「こことはちょっとデザインとかちがうけど、かわいいのは多いかな。ほら、うちの高校が近いから、女子高生をねらってるのかも」

「な、なるほど…ほぉああ」

玲央菜はまた店内で新たな雑貨を見つけては、奇声をあげる。
それをいぶかしむ周囲の客に、留美は苦笑しつつ「すいません」と謝って回った。

その後、ふたりは5階にあるカフェで一息つく。
テーブルについた直後、玲央菜は深々と留美に頭を下げた。

「月島さん、ゴメン…ボク、ああいうとこ初めてでおかしくなっちゃって」

「テンション上がっちゃったんだよね。わかるわかる」

「お店まるごとかわいいだなんて…なんかズルい」

「ズルい? あはは」

「だってあんなの、絶対にどれか買っちゃうよ…」

玲央菜はそう言いながら、ひざに乗せている袋を見る。
彼女はうさぎの手帳を買っていた。

「手帳なんてつけたことないのにさ」

「なんでガッカリしてるの?」

留美は、玲央菜の顔をまじまじと見つめながら尋ねる。
ここで、カフェの店員がグラスを2つ持ってきた。

「おまたせしましたー、アイスカフェラテとアイスキャラメルマキアートでーす」

「あ、ありがとー」

「どうぞごゆっくり」

店員は頭を下げて去っていった。
留美はもう一度、玲央菜に問い直す。

「柊さん、どうしてガッカリしてるの?」

「だってさー…」

袋から手帳を取り出しつつ、玲央菜はこう続けた。

「全部ほしいのに、結局この子しか買えなかった」

「あはは」

留美は思わず笑う。
その笑い声に、玲央菜も苦笑する。

「ボクもやっぱり女の子なのかな」

「柊さん、かわいいと思う」

「へ!?」

留美からの不意打ちに、玲央菜は驚く。
その時に手がグラスに当たり、それを倒しそうになる。

「おっとっとっ」

「あ、あぶない」

玲央菜が早々に片手で受け止め、留美がそれに添えるように手を伸ばした。
グラスはどうにか倒れずに、玲央菜の手によって元に戻る。

「はあ…」

ふたりは安心して、同時にため息をついた。
その後で、玲央菜は手帳を袋にしまった。

「ごめんね、びっくりした」

「わたしも…」

「かわいいって、手帳のことだよね。そうなんだよ、この子かわいいんだ…いっぱいいる中で、すっごい悩んで選んで…」

「ううん、柊さん『が』かわいいと思う」

「…えぇ?」

留美の言葉が、玲央菜には信じられない。
「ないない」と手を振りつつ、こう返した。

「ボクがかわいいとかないって…それを言うなら月島さんだよ。あんなかわいいお店知ってるし」

「あはは…あのお店、けっこう有名だからみんな知ってるよ。それに、わたしはかわいくなんてない」

「じゃあ、いっしょだね」

「それはそれで失礼かな?」

「ぷっ」

吹き出すのは玲央菜が先だったが、笑うのは同時だった。
留美との放課後は、笑顔と輝きに満ちあふれていた。

カフェでしばらく話した後、玲央菜は留美と別れて家に帰る。
そしてメイド業と夕食をすませ、部屋に戻った。

「…うさぎー…」

ベッドに寝転び、買ってきたばかりのうさぎの手帳を見ている。
ページをめくると、右下にうさぎがプリントされていた。

それは歩いたり走ったり、たまに料理をしていたりする。
その姿がかわいらしく思えて、玲央菜は自然と笑顔になっていた。

だがふと、その顔から笑みが消える。

「ボクも、女の子らしくしてていいのかな…」

手帳を胸の上に置き、右手で髪の毛をいじる。
かと思うと、体を起こして手帳を机の上に置く。

その後で、自分の仕事服であるメイド服を見た。
つい先ほどまで着ていたが、自分の体から離れるとなぜだか別物に見える。

「月島さんも…紫苑さんも、とっても女の子っぽい…紫苑さんは『女の人』だけど」

2学期が始まって一気に仲良くなった留美と、夏休みにさんざんバカメイド呼ばわりしてきた紫苑を思い出す。
どちらも、自分にはないものを持っているような気がして、自然とため息が出た。

「月島さんはかわいいって言ってくれたけど、そんなわけないし…月島さんの方が断然かわいいし…」

そっと自分の胸へ手をやる。

「紫苑さんは、まあまあな大きさって言ってくれたけど…ブサイクブサイクって言ってたし。やっぱりブサイクだよね…」

そう言うと、玲央菜は両手をだらりと下げ、頭も同時に垂れてまた大きなため息をつく。
力なく、ベッドに背中から倒れ込んだ。

「…女の子っぽくすれば…ボクも少しはかわいくなるのかな」

天井を見つめる。
少しだけ、顔が熱くなっているのがわかる。

「かわいくなったとして…ボクはどうしたいんだろう」

どちらかといえば、かわいくなる努力よりも掃除のタイムを縮める努力の方が、玲央菜としてはやりがいを感じる気がしている。

気がしている、というのは、まだ彼女がかわいくなる努力というものをしたことがないためであり、それをしたところで一体どうなるものなのかという疑問もあった。

「……」

ごろりと寝返り、右側を下にしてかるくうずくまる。
まぶたをゆっくりと閉じた時、その闇に天馬の顔が浮かんだ。

「……!」

思わず、素早くまぶたを開く。
頬がまた熱くなっていくのを感じる。

首を小さく振った。

「ダメだよ…ボクは子どもだし、紫苑さんの言うとおりブサイクだし」

天馬はすぐそばにいる。
同じ家にいる。

部屋を出て大声で呼べば、どこにいても彼に聞こえるだろう。
そんな距離にいる。

だが、玲央菜には彼を呼ぶことはできない。

「でも、もう一度だけ…あのにおいを…」

続きを言いかける。
この時、なぜかすうっと顔の熱が引いた。

「…ボク、ヘンタイみたいなこと言ってないか…?」

その表情は、困惑に濁る。
三度目の大きなため息をついた時、彼女は何も考えず寝る決意をした。


「…く…!」

天馬の表情が苦悶に歪む。
彼は右手で、自らの左腕を押さえつけていた。

左腕は椅子の肘かけにベルトで固定されている。
その上で右手を使って押さえつけている状態だった。

左手は、彼の意に反して脈動している。
筋肉が盛り上がり、太い血管だけでなく網目状の細い血管までもが、鮮明に浮き上がっていた。

「天馬さま」

そこへ榊が、注射器を持ってくる。
彼は天馬にそれを渡そうとしたが、天馬が右手を使って左腕を押さえつけているのを見て驚いた。

「これは…!」

「どうやら…時々、左腕だけ悪魔化させて力を利用してたのが…うっ、マズ、かっ……うぐおっ」

「…失礼いたします!」

榊はそう言って、天馬の左腕を押さえつけつつ注射針を刺した。
迷うことなく薬液を注入していく。

それに気づいたのか、左腕はさらに強く脈動し始めた。

「くうっ!」

「天馬さま、今しばらく! 今しばらくの辛抱を…!」

榊の額が汗にまみれる。
薬液を注入しながら、彼も全力で天馬の左腕を押さえつけていた。

「うううっ、くうぉおおお…!」

「もう少し、もう少し…!」

榊は、呪文を唱えるかのように何度も「もう少し」と言った。
その間に、薬液は少しずつ天馬の左腕に注入されていく。

そして、すべてを注入し終えた時、天馬の左腕は動きを止めた。
筋肉の盛り上がりも収まり、浮き上がっていた血管は太いものだけになる。

「…はあ…」

天馬と榊は同時に大きく息をついた。

その後で、天馬は榊から消毒用の脱脂綿を受け取りながら、椅子の前方にある立体映像を見た。
そこには急激に上へ伸びる折れ線グラフが描かれており、その横に数値が出ている。

「…18万…だと!」

天馬と榊は、その数値に目を見張った。
数値はどうやら、以前に切り取られた肉片を計測していたものと同じもののようだった。

「……」

「………」

天馬と榊は、言葉を交わさない。

脱脂綿で注射痕を押さえつけていた天馬だったが、やがて彼はそれを不自然なまでに大きな動作で、汚物入れに投げ込むのだった。


>episode26へ続く
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