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2016-08-25 12:00:02

【本編】episode18 胸がチリチリ

テーマ:ボクのご主人さま:本編

episode18 胸がチリチリ

 


「…?」

 

玲央菜は、あまりの衝撃に動きを止めている。
両手はだらりと垂れ、口もポカンと開いている。

 

彼女の部屋に侵入してきた女は、そんな彼女をニヤニヤと笑いながら見ていた。
赤みがかった紫のドレスに、淡い金色のボレロを羽織ったその姿は、侵入者であるにも関わらず堂々としている。

 

しかしすぐに、その顔はつまらなそうな表情になった。

そして足早にこちらに歩いてくる。

 

「…!」

 

玲央菜がそれに気づいた時と、女がすぐ目の前に立ったのはほぼ同時だった。
女は、自分に向けてあおいでいた扇子をぴしゃりと閉じ、それを後ろへ放り投げる。

 

「…?」

 

玲央菜がそれを目で追うと、後ろにいたふたりの黒服のうち、玲央菜から向かって左側にいた方がそれをキャッチした。

 

その直後、体に違和感を覚える。

 


むにゅん

 


「ふーん、まあまあな大きさってとこか」

 

「…え?」

 

玲央菜が目をやると、女は手を前に伸ばしていた。
そしてなぜか、玲央菜の胸をつかんでいる。

 

「…!?」

 

あまりにいきなりなことで、玲央菜は思わず自分の胸と女とを交互に見た。
その間に女は満足したのか、彼女の胸から手を離す。

 

「なるほど、若さの塊って感じするわねー。ブサイクだけど」

 

「な、なっ…!?」

 

玲央菜は、完全にタイミングを失ってはいたが、両手で胸をかばう。
もはや女はつかんでいないので意味はないのだが、そうせずにはいられなかった。

 

そしてこれまた、遅まきながらの文句を言う。

 

「ななな、なにをするんですか!?」

 

「反応遅すぎじゃないアンタ。胸に神経通ってないの? っていうかそれニセモノ?」

 

「ち、ちがっ、ニセモノじゃないです!」

 

「まー別にどっちでもいいけどさ。裸にすればわかることだし」

 

「え?」

 

「やっちゃいなさい」

 

女はそう言って、後ろの黒服たちに右手を挙げて合図した。
その瞬間、ふたりの黒服は同時に、しかも目にもとまらぬ速さで玲央菜に襲いかかってくる。

 

「…!?」

 

衝撃的なことが立て続けに起こり、しかも意味もわからず襲われるという状況に、玲央菜は対応することができない。

 

彼女は、自分に襲い掛かってくる黒服たちを見ていることしかできなかった。
あまりの驚きに、しゃがんで体を丸めるという最低限の防御さえできなかった。

 

「……!」

 

そしてついに黒服たちの手が彼女に触れようとした時。
鋭い声が聞こえてくる。

 

「やめろ!」

 

その声とともに黒服たちは動きを止めた。
彼らは両手を大きく挙げ、熊が威嚇するような体勢のまま動きを止めた。

 

「ひ…!」

 

それを間近で見た玲央菜は腰を抜かしてしまい、その場にへたり込む。
そんな彼女を残して、黒服たちはゆっくりと後ろへ移動する。

 

先ほどまでいた場所まで戻ると、両手を下ろして片ひざをつく状態になった。
それにより、自然と玲央菜にも彼らの後ろに誰がいるのか見えるようになる。

 

「…てんま、さま…!」

 

玲央菜をとっさのところで助けた声の主は、天馬だった。

 

彼は険しい顔をしていたが、その視線の先にいた女は我関せずという顔で、いつの間にか2本目の扇子を取り出して自身をあおいでいた。

 


リビングに移動した後で…

 

「本当にすまない、玲央菜ちゃん」

 

天馬はそう言って頭を下げた。
謝られた玲央菜は、両手をわたわたさせながら彼にこう返す。

 

「あ、あの…頭を上げてください。もう気にしてませんし…」

 

「いや、もうなんか…ここんとこ迷惑かけっぱなしでさ…」

 

天馬はまだ頭を上げない。
そのため、玲央菜のわたわたも終わらない。

 

「と、とにかく頭を上げてください。ホントに、もう…気にしてないんで」

 

「…ん…」

 

「ボクとしては、その…どういう状況なのか、教えてもらった方がいいっていうか…」

 

「あーらあら」

 

玲央菜と天馬の会話に、女が無遠慮に入り込んでくる。

 

「この家のメイドは、主人に状況の説明を求めるの? 変わったメイドもいたもんね」

 

「あ…」

 

女に言われて、玲央菜もそれはそうだと思ってしまった。
顔も少しだけ下を向く。

 

だがこの時、天馬の声が少し強く響いた。

 

「紫苑(しおん)、いい加減にしろ」

 

「あらこわーい。久しぶりに会ったっていうのに、やけに冷たくありません?」

 

紫苑と呼ばれた女は、茶化すように言う。
天馬の強い声も、彼女を黙らせるには至らないようだ。

 

「……」

 

玲央菜は、やけに天馬と親しいこの紫苑という女をじっと見つめる。

 

その視線には、特に敵意というものはない。

ただ、何か…天馬や榊を見るのとはちがう、何かがあった。

 

だがそれを口に出すことはなく、一度目を離すとふたりに頭を下げる。

 

「それでは天馬さま、ボク…私はこれで失礼します…」

 

そしてすぐさまくるりと後ろを向き、リビングを出ていく。
「ちょっと待って」という天馬の声が聞こえたが、彼女は振り返らなかった。

 

紫苑はその様子に、けらけら笑いながら言う。

 

「なーにあの態度。ご主人さまが待てって言ってるのに、無視してさっさと行っちゃうなんて」

 

その言葉は、玲央菜にも聞こえていた。

 

しかし何も言わずに、彼女はただ部屋へと戻った。

部屋の中に入り、後ろ手でドアを閉める。

 

その後で、照明もつけずに彼女はベッドへ向かった。

身を投げだすと、ベッドは優しく彼女を受け止める。

 

ひとりでに、口から言葉が漏れた。

 

「……なんだ、あれ…」

 

天馬は、女のことを紫苑(しおん)と呼んでいた。
リビングに戻った時、紫苑は天馬の隣に座っていた。

 

くっついていたわけではないが、それにしては近い距離だと思った。
そのことを思い出すと、なんだか胸の奥がチリチリするのを感じる。

 

「なんなんだよ…誰だよ…」

 

天馬の知り合いであるのは間違いなかった。
だが、詳しい関係はわからない。

 

あのままリビングにいれば、天馬は説明してくれただろう。
だが、紫苑の言葉があの場所にいようという気持ちを削ぎとってしまった。

 

「……」

 

玲央菜は寝返りを打って右を向き、胸の前で両手を握り合わせる。
その後で、少しだけ鼻をすすった。

 

鼻水が出たわけでも、泣いているわけでもない。
ただ、彼女は思い出していた。

 

天馬に助けられた時にかいだ、彼のにおい。
当然、この部屋で鼻をすすったところでそれをかげるわけではないが、なぜか彼女はそうしていた。

 

「…いい、においだった」

 

汗のにおいなのは、彼女にもわかった。
その汗はきっと、自分を助けるためにかいたもの…そう思うと、とてもいいにおいだと思えた。

 

同じ男性でも、風野に無理やりキスされそうになった時は、イヤでたまらなくて子どものように泣きじゃくった。

 

だが、もし…
相手が天馬だったなら?

 

「……」

 

彼のにおいに包まれて、あの優しげな顔が近づいてくるのだと思うと、玲央菜の顔は赤くなる。
拒否反応の類は、まったくもって起きなかった。

 

しかし、である。

 

 

”ブサイクだっつってんのよ”

 

 

「…!」

 

紫苑の言葉に、甘い幻想はやすやすと打ち砕かれる。
胸の中にカッと燃え上がったものは、天馬に対する思いとはまったく別のものだった。

 

「なんだ…なんなんだあの人…! 天馬さまも呼び捨てにしてるし、なんなんだ…!」

 

そうつぶやきながらも、理性的な部分では玲央菜も理解してはいる。
天馬の知り合いなのだから、呼び方は彼の自由でどうでもいいのだ。

 

だが、やけに親しそうに見えるふたりの状態が、玲央菜の中にチリチリしたものを産み落とし続けている。

 

「なんだよ…わかんないよ、なんでこんな…!」

 

胸の前で握り合わせていた両手を解く。
かと思うと、体を起こした。

 

そして頭をブンブンと横に振る。

 

「…っていうか、ボクはただのメイドなんだし…あの人がナニモノだろうと関係ないし…!」

 

そう言いつつも、強く握られた右手は何度もベッドを殴っている。
しかし何度も殴っていると、マット部分ではなくベッドの枠部分に手が当たってしまう。

 

「いたっ」

 

彼女は思わず右手を引き、左手でさすった。
痛みが腹立たしさをあおり、彼女は思わず唇を噛む。

 

だが唇の痛みに気がつくと、再度頭を強く振って右手をベッドに叩きつけ始めた。

 

「くそっ…」

 

小さくつぶやいてはベッドを殴る。
玲央菜の胸の中は、しかしどうにも晴れることはないのだった。


>episode19へ続く

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2016-08-22 12:00:02

【本編】episode17 アメジストの金カギ

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode17 アメジストの金カギ


風野 又三郎と名乗った男は、天馬のベッドに寝かせられた。

それまでは険しい表情のまま意識を失っていたが、ベッドに寝かせられてすぐに、表情が少し和らいだ。

「…どうだ?」

風野の体を拘束していたロープをほどきながら、天馬は榊に尋ねた。
榊は風野の脈を見ており、一度うなずいた後で彼にこう返す。

「脈拍については問題ありません。短い時間のうちに二度も意識を失いましたが、ショック状態ではないようです」

「それは、死にそうじゃない、って意味でいいのか?」

「はい。しかし精密な検査は必要かと…特に胃腸に関しては」

「そうか」

天馬は短く答え、ほどいたロープを短くまとめた。
それを腕に通して肩にかけた後で、片付けるためか部屋を出ていこうとする。

すると、榊が呼び止めてきた。

「天馬さま」

「…ん?」

呼ばれた天馬は軽く首をひねって榊を見る。
すると、榊は深々と頭を下げた。

「申し訳ございません」

「お、おいおい」

天馬は慌てて体ごと榊の方を向いた。
頭を上げさせようと手をのばしたところで、榊はこう続ける。

「まさかこのような男を家に侵入させてしまうとは…この榊 惣十郎、あってはならぬミスを犯してしまいました」

「いや、それはしょうがないさ…ロシア行きを急いだ俺が悪かったんだ。あの子の前で悪魔化してしまうリスクを、ちょっとでも早くなくそうとあせったのがよくなかった」

「いえ、天馬さまに責任はまったくございません。私は柊 玲央菜に、宅配便の受け取りについての説明もしておりませんでした。それさえなければ、なんぴとたりとも侵入など」

「それも、俺がアプリに説明入れてあるからだいじょぶだろって言ったからだろ。まあ、そこまであの子が使いこなす前にこんなことになっちゃったけどさ」

「すべてはこの榊の責任でございます。もはや腹を切れと命じられてもいたし方ございません」

「ちょ、ちょっと待ってくれ…話をあんまし深刻にしないでくれ」

天馬は、きっちり45度に折れた榊の体を、どうにかまっすぐにしようとする。
しかし榊の強靭な最敬礼はまったく解除できない。

「…あのなぁ…」

ため息混じりに天馬は言う。

「それについてはもうさんざん説明したじゃないか。今回のロシア行きは、俺が無茶を言ってスケジュールを早めてもらったものだし、キャンセルだって緊急事態だったんだからしょうがないんだよ」

「私は、この家に侵入者を入れてしまったというミスについて申し上げているのでございます。しょうがない、ではすまされません」

「でも結局誰もケガしてないし、侵入者だってこうして今じゃ気絶してる。目が覚めれば雇い主だって話してくれそうだし…そうだよ、雇い主がいるんだぞ?」

天馬は急に、雇い主という言葉を軸にしはじめる。
風野を指差しながらこう続けた。

「コイツは単なるドロボーじゃない。この家だけを狙ってやってきたんだ…つまり、最初から誰かが仕組んでたってことだろ」

「…はい」

「エージェントなんだよ、風野は。いわば侵入のスペシャリストなんだ」

「そういった者からも侵入を防ぐのが、私の仕事でございます」

「そりゃそうだけど、不可抗力ってこともあるだろ」

「ございません」

「いや、ないってこたーないだろ」

「ございません…とにかく、今回のことについて私は、自分自身を本当に腹立たしく思います。つきましては、何らかの罰をご検討ください」

「罰って、お前…」

体は折れているが話はまったく折れない榊に、天馬は頭をかく他ない。
どうしたものか考えている間も、榊が顔を上げることはなかった。


コンコン


部屋のドアがノックされたのは、そんな時だった。
天馬はそれに気づき、ドアを開ける。

「あの…」

そこには玲央菜がいた。
彼女は、風野が落とした小さなカギを天馬に渡してきた。

「これは…!」

紫水晶ともいわれるアメジストがくっついた、小さな金色のカギ。
それを見た天馬は、一度玲央菜に確認をとった。

「これ…アイツのポケットから落ちたのか?」

「え? た、たぶん…」

「そうだよな、キミが持ってるわけないよな」

「は、はい」

天馬の勢いに、玲央菜は少したじろぐ。
だが彼はそれを気にせず、確認をとった直後に榊の方へと近づいていった。

「ほら榊、これを見てみろ!」

そう言って、天馬は榊にアメジストの金カギを差し出した。
何事かと榊は少し体を起こし、それを見る。

その直後、目を大きく見開いた。

「こ、このカギは…!」

「やっぱり、今回のことはしょうがなかったんだよ、榊!」

天馬は、カギに驚く榊に強い口調で言う。
榊もさすがにカギについては否定できないのか、ただじっとそれを見ていた。

「…? ?」

一方、それを持ってきた玲央菜は、一体何がどうなっているのかもわからず、ふたりを交互に見ている。

しばらくふたりの様子を見ていたが、やがておずおずとこう尋ねた。

「あの…持ってこない方がよかった…ですか?」

「いいやとんでもない!」

天馬はそう言いながら振り返る。
そして彼女の両肩に両手を置いた。

「よく見つけてくれた、玲央菜ちゃん!」

「は、はい!?」

「風野は…あのドロボーは、やはり最初からここを狙ってやってきたんだ。キミのおかげで、その雇い主がわかった!」

「え…?」

「榊!」

とまどう彼女から手を離し、天馬はもう一度榊の方へ向き直る。
その頃にはもう、榊は体をまっすぐに戻していた。

そんな彼に天馬は言う。

「迎撃準備だ」

「かしこまりました」

榊は天馬に一礼し、すばやく玲央菜のそばを通り抜けて部屋を出ていく。
天馬もそれについていった。

「え? え??」

ふたりがいきなり出ていってしまったので、しかも榊は玲央菜に何も指示をしなかったので、彼女はどうすればいいのかわからない。

ベッドに寝かせられている風野を一度見たが、ドロボーの世話など焼いている場合ではないと、彼女も部屋を出た。

「えー…?」

廊下にはもう誰もいない。
天馬と榊が普通に歩いていれば、玲央菜が部屋を出た時点でどちらかの背中が見えていなければおかしい。

つまり彼らは、家の廊下を急いで走っていったということになる。

「げ、ゲーゲキジュンビ、って言ってたよね…」

ただならぬ天馬の口調からして、ふたりが急いでいたのは理解できる。
しかし、なぜふたりはそんなにも急ぐのか?

彼女がそのことを疑問に思った時、ドアホンの呼び出し音が鳴った。

「え…!?」

玲央菜は驚いた。
彼女はこの呼び出し音を初めて聞いた。

つまり、風野が1階から彼女を呼び出した音とはちがう音であり、これを押した本人はすでに家の前まで来ているということになる。

「この音って…」

「柊 玲央菜!」

「はい!?」

突然呼ばれてそちらを見る。
すると、榊が珍しく慌てた様子で彼女にこう言った。

「あなたは自分の部屋に戻っていなさい! 決して出てこないように!」

「わ、わかり、ました」

「早く行きなさい!」

「は、はいぃ!」

榊がなぜ慌てているのか、それを疑問に思うヒマもなく、彼女はただ自分の部屋へと走らされた。
部屋に到着し、中に入ってドアを閉めた時に、ようやく疑問が頭をもたげてくる。

「榊さん…あわててた?」

この家で暮らすようになってから、初めて榊が慌てる様子を見た。
それは、彼女にとって衝撃的だった。

「あわててた? あの榊さんが…?」

立ち居振る舞いから実際の仕事まで、すべてを完璧にこなすスーパー執事。
それが、玲央菜から見た榊のイメージだった。

それは同時に、いつでも冷静沈着でいるのが当然と思わせるし、事実榊はそのイメージから外れることなどなかった。

榊専用のマリネなど、意外な部分を今回は見つけたわけだが、それにしても冷静沈着なスーパー執事であることには変わりなかったのだ。

それが。
先ほどは慌てていた。

しかもその直前には、ドアホンの呼び出し音が鳴っている。
つまり…

「榊さんが慌てるような人が…来た、ってこと?」

それは間違いないように思えた。
そしてさらにさかのぼってみると、彼や天馬が何について驚いていたかも思い出されてくる。

「あのカギ…そうだ、あれ見て天馬さま、ゲーゲキジュンビって言ってた…」

突然言われたので意味がわからなかったが、部屋に戻って冷静になってみるとそれは、誰かを迎える準備だったのではないか…そう思えてくる。

「っていうことは、あのカギに関係した誰かが来る…来た、ってことなのかな」

一連の流れを思い出し、組み立ててみるとどうやらそういうことらしい。
そしてさらに、カギの持ち主が風野であったことを組み合わせると、新たな事実も見えてくる。

「あのドロボーの…雇い主?」

2回めの気絶をするギリギリまで言わないと粘り、言う気になった後も病院だけは行かないと粘った風野。
それは一重に、雇い主に迷惑をかけないためだった。

その雇い主が、今こちらに来ているのかもしれない。

「………」

そう思うと、体がなんだかうずうずしてくる。
それまで背にしていたドアに向かって、体をゆっくり反転させた。

「…気になる」

それは彼女の素直な気持ちだった。
あの榊が慌てる相手、しかも風野の雇い主…そんな人物が、今この家に来ているかもしれない。

だが、榊が慌てて自分を部屋に戻らせるほどの相手なら、という気持ちも生まれてくる。

「気になるけど…じっとしといた方がいいよね…」

ただでさえ、勝手に宅配便を受け取ろうとして、風野が家に入り込むのを許してしまったばかりである。

自分が専用エレベーターを使ってしまったことで、厳重なセキュリティもムダにしてしまったのだ。
そのことを考えると、ドアを開けて様子を見に行こうという気にはならない。

「うーん…」

ちいさく声をあげつつ、彼女はまたドアに背を向けた。
そしてゆっくりと、ベッドに向かって歩き出す。

その時だった。

「…?」

玲央菜の足が止まる。
そして、不思議そうな顔でドアの方をまた振り向いた。

声が聞こえたのである。

「……?」

「………!」

会話の内容はわからない。
だが、声とともに足音が近づいてきているような気がした。

そしてそれは当たっていた。
彼女が振り返って1分もしないうちに、ドアは激しく開かれる。

「うわぁ!?」

ドアが開いた勢いに驚き、玲央菜はベッド側へと少しだけ逃げた。
恐るおそるドアの方を見ると、そこには黒いスーツを来てサングラスをかけた体の大きな男がいる。

しかもふたりいた。
その異様さに、一気に背筋が寒くなる。

「な、なに…?」

「ふぅーん」

玲央菜が男たちにおびえていると、その後ろから女の声が聞こえた。
それと同時に、男たちは素早く左右へ動く。

すると、男たちの後ろにいた女の姿が玲央菜にも見えた。
目が合うと、女はニヤリと笑う。

「へぇ、アンタが新しいメイド? ずいぶんとイモっぽいのね」

「え…イモ?」

「ブサイクだっつってんのよ。オマケに頭も悪いみたいね、ハハッ」

「な…え?」

出会い頭に暴言を放たれ、玲央菜は女の真意が理解できない。
そんな彼女を見て女はニヤニヤ笑いながら、ピンク色の扇子を自分に向けてあおいでいた。


>episode18へ続く
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2016-08-18 12:00:02

【本編】episode16 マリネdeゴーモン

テーマ:ボクのご主人さま:本編
episode16 マリネdeゴーモン


「…まあ、それはそれとして、さ」

天馬はそう言いながら、縛られて横たわっている男の体を起こした。
そしてその正面に移動し、玲央菜に背を向ける形をとる。

そうしておいて、少しばかり険しい表情を男へ向けた。

「困るんだよなあ…あまりこの家のことは、公にしたくないんだよ」

「な、なに…?」

天馬の語気が、玲央菜と話していた時とは明らかに変化したのを感じて、男は警戒した表情で彼を見る。

自身が怒った顔を、天馬は玲央菜に見せないようにしている。
それに男は気づいた。

「お…公にしたくねェっつーんならよォ、どっか無人島にでも住んでりゃいいんじゃねーのかな?」

「いやいや、それは不正解だよドロボーさん」

胃痛に耐えながら毒づく男に、天馬は穏やかに言う。
だが険しい表情は消えていない。

「無人島なんかに住んでたら、いざって時に人を呼べないじゃないか」

「だからなんだってんだよ」

「わかってないか。じゃあわかりやすく真正面から問おう」

天馬はそう言って、男に顔をぐっと近づけた。
そして低い声で言う。

「誰に雇われた?」

「……!」

瞬間、男は目を大きく見開いた。
だがすぐに表情をうすら笑いに変え、「何の話だ?」と返した。

しかしその返答に、天馬は納得しない。
それにはこんな理由がある。

「今言ったばかりだけど、俺はこの家の存在を公にはしたくない…おおっぴらにしたくない、と言った方がイメージとして正しいかもしれないけど、とにかくあまり存在を知られたくないわけなんだよ」

「だからなんだっつーんだ」

「つまりそれなりに、隠す努力をしてきたってことさ。ここに住んでない人は、エレベーターが38階まで行かないことなんて知らないし、住んでいる人は39階と40階がこんな家になってるなんて知らない」

「……だから?」

「普通は、ここに入り込もうなんて思わないんだよ…面倒な構造だとわかれば、コソドロはそそくさと逃げるもんだ」

「そりゃオメーの『普通』だろーが。オレにゃ関係ねェ」

「しかもお前、空きっ腹のままここに入り込んだだろ」

天馬はそう言って、一度テーブルの方へ向かう。
すぐに戻ってきたのだが、その手には榊専用ソースが入ったタッパーを持っていた。

「そんな非常時に、わざわざめんどうなつくりをしてるこの家に、わざわざ入り込むかなーと思ってさ」

「お、おいオマエ…なんでそれ持ってきた、おい」

男は、タッパーを見て明らかにおびえている。
自身をひと口で気絶に追いやった榊ソースの味を思い出してか、その額からは脂汗がにじみ出てきた。

一方、天馬はとぼけた口調で男に応答してやる。

「なんでって、そりゃー…腹が減ってるのはかわいそうだと思ってさ。榊特製のソースで和えられた野菜マリネでも食べれば、きっと俺たち仲良くなれると思ってね」

「バカお前、それはバカだろお前…おいやめろ、そのタッパー近づけんじゃねェ!」

榊ソースの威力は絶大で、男はうすら笑いをその顔から強制的に消させられてしまった。
顔全体が焦りで彩られ、思わず周囲に助けを求める。

「お、おいそこのメイド!」

「えっ!?」

急に呼ばれて玲央菜は驚いた。
彼女が反応したことが男に希望を見せたのか、すがるような目で彼女に言う。

「このバカを止めろ! あのタッパーにはやべェモンが入ってんだ! 空きっ腹で…いや腹が普通でも、食ったら一発で死ぬ! やめさせろ!」

「え、あ、でも…」

「……」

天馬は玲央菜の方を見ない。
だが玲央菜は、彼の背中を見て何かを感じた。

「…と、止めない方がよさそう…」

天馬の背中から立ちのぼる何かが、玲央菜に止めることをためらわせた。
男はすぐに玲央菜を説得するのをあきらめ、今度は榊に声をかける。

「おいジジイ! このバカを止めろ! オマエが作ったんだろ、この殺人ソース! 今度食わされたらマジでオレが死ぬ!」

「……」

しかし、天馬の執事である榊が、男の言うことなど聞くはずもない。
ソースのことが玲央菜や男にバレたことがショックでもあるのか、少し顔をうつむけたままで何も反応しなかった。

「おいマジかよ…!」

顔を青くしたのは男である。
もともと味方がいない場所へ侵入しているのだが、今の状況でも味方がまったくいないというのは、正直こたえた。

「…ほら…食わせてやるよ」

しかも、天馬はタッパーをゆっくりと男へ近づけてきている。
ロープで体をぐるぐる巻にされてしまった男には、体をよじらせて逃げる他ない。

だが、縛り方がかなりきついのか、体をよじらせる余裕すらもなかった。
男の脂汗はさらにその量を増し、寒気なのか悪寒なのか体をガタガタと震わせる。

「お、おい、バカマジでやめろってマジで」

「じっとしてろよ、暴れたら鼻に入るかもしれない」

「かもしれない、じゃねーだろオマエ! 何ニヤニヤしてんだ鼻にぶっこむつもりだろテメェ!」

「いやいや、曲りなりにもこれは榊特製の料理だからな…鼻に入れるなんてそんなことは。ふふっ」

「おい何笑ってんだこらァ! やる気だろオマエ、絶対やる気だろ!」

「ふ、ふふっ、ふふふふふふふ…!」

天馬は不気味に笑う。
その異様さは、男だけでなく玲央菜までも震え上がらせていた。

「て、天馬さま、こわい…!」

「怖くない…怖くないよ別に。俺はただ、親睦を深めようとしているだけさ」

天馬は背を向けたまま、おびえる玲央菜に弁解する。
だが表情が見えないので、それが本当かどうかはわからない。

というか、自宅に侵入してきた者と一体どうしてすぐに親睦を深めようと思うだろう?

「……」

そこに思い至った時、玲央菜はもう何も言えなくなった。
そして彼女の様子を見た男は、顔色を土気色に変えながら天馬にこう言った。

「お、おい、ウソだよな? おい、冗談だよな? さすがにマジでそのサラダみてーなもん、オレに食わせたりしねーよな?」

「サラダじゃなくて野菜のマリネ、な。俺も、子どもの頃はイタズラ心でこれを食って、1週間くらい…榊の顔を見るだけで腹を痛くしたもんさ」

「バカバカバカ、そんな経験があるならよくわかってるだろ、空きっ腹のオレがまたそれ食ったらどうなるか! 1回目は気絶したんだぞ!」

「じゃあ今は、完全に空きっ腹ってわけでもないってことだよな。そりゃあよかった。もしかしたらおいしく食べられるかもしれない」

「オマエ、ノーミソ腐ってんじゃねーの…」

「きっとおいしいさ、榊の特製なんだから」

「やめろ…!」

「ほら、あーん」

「ふほほっへ!」

男は唇を閉じたまま、天馬にやめるように言う。
だが天馬は、いつの間にか用意していたトングを手に、野菜のマリネをつかみ上げて男の鼻先へ持っていく。

「おや、口を開けてくれないなら、こちらで香りを楽しんでもらおうかな」

「ふへほ! ふへほほほふふ!」

「ははは、なに言ってるかわかんないな。ほれほれ」

天馬はそう言って、マリネを男の鼻先にくっつける。
その瞬間、男は壊れた。

「ぎゃーーーーーーーーーーー」

思わず口を開けてしまう。
天馬は、そこへマリネを放り込んだ。

「うっ!? ごォふっ、ぐほっ!」

男は盛大にむせ、そして…
真っ白になった。


さらに2時間が経過した。
再度、『榊専用マリネ』を食わされた男は、気絶から立ち直ってすぐに天馬に自身の正体を明かした。

榊ソースの威力は絶大だった、というわけである。

「えーっと…風野 又三郎…変わった名前だな」

「うっせェ…」

風野と名乗った男は、毒づくが元気がない。
二度も榊ソースの辛さで気絶したせいか、胃がやられて腹に力が入らない。

その直接の加害者である天馬は特に気にする様子もなく、風野に再度雇い主を尋ねた。

「通りすがりのドロボーが、わざわざこの家を狙うとはどうしても思えないんだよ。お前は誰に雇われたんだ?」

「このオレが、誰かに雇われて盗みなんざやるわけねーだろ」

「おや、また榊特製のマリネを食いたいのかな?」

「んなわけねーだろバカ野郎! 高層マンションの最上階ってのはなァ、油断してベランダ側のカギを開けてる連中も多いんだ。オレにとっちゃカモなんだよ」

「それはエレベーターで直接最上階まで行ける場合の話だろ? 屋上まで行ってしまえば、最上階のベランダにおりるのは簡単…でも、38階からのぼっていくのは危険すぎる」

「……」

「エレベーターの階層ボタン見ただろ? ここは40階建てだけど、ボタンは38階までしかない…その時にやめようと思うんじゃないのか? 普通」

「だァからそりゃオマエの『普通』だっつってんだろ。建物そのものが特殊であればあるほど、そこには金があるってことじゃねーか…一度やる気になったんなら、簡単にあきらめるわけにはいかね…」

「あ!」

男が話している時に、玲央菜が声をあげた。
何事かと天馬は振り返り、男もそちらを見る。

同時にふたりの視線をいきなり受けて、玲央菜は驚いた。

「あ、そ、その…ごめんなさい」

「なにか、気づいたことでもあるのかい?」

天馬は、玲央菜が声をあげた理由を察して尋ねてやる。
その言葉に彼女はすぐにうなずいた。

「そういえばその人、天馬さまと榊さんのことも知ってるっぽかったです」

「へぇ…」

「ふたりが出て行ったのを知ってて、ここに来たみたいですし…」

玲央菜はそう言いながら風野を見た。
風野は思わぬことを玲央菜にバラされ、悔しそうな腹立たしそうな顔をしている。

だが、一時は無理やりキスまでされそうになった相手である。
玲央菜は風野に同情などしなかった。

「ふたりそろって出て行ったんなら、すぐには帰ってこないって言ってました」

「こ、このバカメイド…!」

「べーっ」

風野が毒づくと、玲央菜は舌を出して反撃する。
そして天馬はというと、再度…マリネが入ったタッパーを手に取っていた。

「もうこれ全部食べるか? 風野」

「だからやめろっつてんだろバカ野朗…! 胃がすげェいてーんだよ! くちびるまわりがずっとビリビリしてんだよ! 全部食ったら確実に死ぬだろ!」

「いやいやそんなことはないさ。なんたって榊は月に二度はこれを食べてる…それでもあんなに元気だ」

天馬は笑顔で榊を指し示すが、榊は今も顔をうつむけている。
風野は当然、それを指摘した。

「なんかガックリきてるじゃねーかジジイ!」

「いやいや、あれは…楽しみにしてたマリネをお前に食われて残念がってるのさ」

「オレだって好きで食ったわけじゃねーよ! 知らなかっただけだ! っていうか残念がってるともまたちがわねーかアレ!?」

「まあまあ、細かいことは気にしないで。さあ、口を開けて…全部食べていいからな」

「や、やめ…」

風野は身をよじるが、どんなに暴れてもロープが緩むことはまったくない。
タッパーが顔の近くまで迫ってくると、さすがに三度目はたまらないと思ったのか…

天馬にこう言いながら、前へと倒れ込んだ。

「わかったー! わかった、わかったって! 言うからそれはやめろぉおお!」

「おっ…」

天馬は、風野にタッパーを近づける手を止めた。
あまりに刺激的な榊ソースの前に、風野はついに敗北を認めた。

タッパーをテーブルに置き、天馬は前に倒れた風野を起こす。

「さあ、答えてもらうぞ…お前を雇ったのは誰だ?」

「お、オレを雇ったのは…」

風野が言いかける。
その時だった。

「うッ!?」

突然、風野は口から泡を吹いた。
それと同時に白目をむいてしまう。

「あ…こりゃマズい」

天馬は瞬時に反応し、ポケットからスマートフォンを取り出す。
すぐさま119番へ電話をかけようとした。

だがこの時、彼の手に何かが当たる。
その衝撃が思いの外強く、天馬はスマートフォンを取り落としてしまった。

「や…やめろ」

「お、お前…」

天馬の手にぶつかったのは、風野の手だった。
泡を吹き、半分白目をむきながらも、彼は天馬の電話を阻止しようとしたようだ。

それが何を意味するのか、天馬はすぐに理解する。

「病院に運ばれちゃ、雇い主に迷惑がかかるってことか。わかったよ、救急車は呼ばないでやる…榊!」

「はっ」

天馬に名を呼ばれた瞬間、榊はいつもの表情を取り戻していた。
ふたりは風野の体を持ち上げて、急いで天馬の寝室へと運んでいった。

「…あ…」

ふたりの素早い行動に、玲央菜はおいてけぼりを食らってしまう。
自分もついていこうと思った時、彼女は風野がいた場所に何かが落ちているのに気づいた。

「これ…?」

それは小さなカギだった。
持ち手の部分に、カギ全体の大きさには似つかわしくないほど大きなアメジストが取りつけられている。

カギそのものは金色に光り輝き、貴金属にうとい玲央菜でも安くはないことがわかる。

「これ…あの人のだよね…」

そうつぶやきながら、彼女はカギの表面を見ては裏面を見て、さらにひっくり返して表面を見た。

錠をかけるにはあまりに小さなそれは、部屋の照明を受けてキラキラと光る。
玲央菜もしばらくの間はその輝きに目を奪われ、瞳を輝かせてじっと見つめているのだった。


>episode17へ続く
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