【本編】L.S.A.G.S.F. その8 | 魔人の記

【本編】L.S.A.G.S.F. その8

L.S.A.G.S.F. その8

「…それじゃ、どういうことか説明してもらいましょうか」

「……」

早朝の真田家のリビングには、不穏な空気が漂っている。
テーブルそばの椅子には、両親が横に並んで座っていた。

その向かい側には征司が座っている。
ヴァージャは彼のそばに立っているが、それは征司にしかわからないし声も聞こえないので、両親には征司ひとりしか見えていない。

(説明、って言われても…なあ…)

母親の言葉に、征司は返事できずにいた。
困惑した表情で目を泳がせている。

(一体何から説明すればいいんだ? あなたの息子は超能力者で、体の中には兄弟みたいなヴァージャっていうのがいて、Y.N.っていう謎の人物から脅されてるっぽい状況で、ルサグスフっていう人物を倒さなきゃならなくて…)

「征司? 聞いてるの?」

「は、はい、聞いてます」

「じゃあ説明して。どうして夜中に外をうろついてるのか。やましいことがなければ言えるはずよね?」

「えっと…その…」

「どうなの? はっきり答えなさい」

(はっきり言ったところで、わかってもらえるわけないじゃないか…!)

征司は冷汗なのか、怒りからくる熱い汗なのか、なんだかよくわからない汗をかいている。
そんな彼の様子を見て、父親が助け船を出した。

「まあまあ母さん、そんな一気に問い詰めなくても」

「お父さんは黙ってて。今回はそんな甘いことを言ってられる状況じゃないの、わかるでしょ?」

「い、いや、それは…わかるが」

「じゃあ私に任せてもらえるかしら。いい?」

「…はい」

父親からの助け船は、5分ともたず沈没した。
母親はそれによって勢いづいたのか、困っている征司にさらにたたみかける。

「私たちがいつもそろって、夜中まで家を空けているのは悪いと思うわ。征司にも寂しい思いをさせたと思う。でも、まだあなたは高校生なのよ?」

(違う、母さん…別に寂しいから夜遊びしてたわけじゃない!)

「もし友だちに誘われて断りきれないなら、お母さんに言いなさい。あなたは高校生だし、まだ未成年なんだから、親に頼ったって全然いいんだからね」

(違うって…そうじゃないんだ!)

征司は心の中で、大きく自分の思いを叫んでいる。
だがそれは、母親には届かない。

(説明っていったって、どれから言えばいいのかわからないし…言ったところでわかってくれるのかよ!)

征司は戦っている。
それこそ命がけで戦っている。

意味もわからず、Y.N.側の狙いもわからないまま、どうにかして勝たなければと必死に戦っている。
今日も、ヴァージャと力を合わせてその戦いに勝ってきたばかりなのだ。

だがそれは、一般常識からは大きく外れた戦い。
両親は何も知らない。

「……」

(知らせて、一体どうなるんだっていうのもあるしさ…! どうしたらいいんだよ!)

だから征司は何も言えない。
ただ顔を少しうつむけて、母親の言葉を聞いていることしかできない。

そして母親は、自らの言葉の締めくくりとして、征司にこんなことを言ってくるのだった。

「征司、母さんたちに何も説明してくれないなら…ケータイ、没収させてもらうわよ」

「…えっ?」

「ケータイがなかったら、友だちからの連絡も減るでしょう? そしたら夜中に出歩くなんてこともなくなるはずよね」

「……」

(ケータイを、取り上げられたら…!)

ルサグスフに関するヒントは、もうひとつ残されている。
まだ1つ目も見ていないが、合計は2つある。

2つのヒントは両方とも、リアライザを倒すことで手に入れることができる。
リアライザの出現する日、場所、細かい時間は、Y.N.から携帯電話にメールで送られてくるのだ。

「そ、それは…困るよ、母さん」

思わず、そう口から出た。
そう言わざるを得なかった。

ルサグスフのヒントを得られなければ、当然ルサグスフを倒すことはできないし、征司本人がY.N.側に殺されてしまう。

今、携帯電話を取り上げられるわけにはいかなかった。

「ケータイだけは困るんだ。没収は困る」

「あら…今まで黙ってたのに、急にしゃべるようになったのね」

「……困るんだよ、それだけは…」

「どうして? どうして困るのか、母さんたちに説明してみなさい」

「それは…」

征司の言葉は、最後まで続かない。
すると母親はため息をついてこう言った。

「それならしょうがないわ、ケータイは預からせてもらわないと」

「ちょっ…それは困るんだって、本当に」

「征司」

母親の目が鋭さを増す。
彼女は真っ直ぐに征司を見つめた。

「どこに行ってたのかも言わない、どう困るのかも言わない…そんなのが通ると思ってるの?」

「…それは…」

「私たちはね、あなたが心配でたまらないの。何も教えてくれないのなら、あなたをあらゆる可能性から最大限に守れるように手を打つわ」

「……」

「そりゃ、夜も仕事で家を出てるクセにって言われたら、そこは謝るしかないけど…でも、あなたはまだ高校生で未成年なのよ」

「…」

「親に頼ってもいい分、親の言うことは聞かなければならないわ。なんでも好きにやれる年齢ではないのよ。今はね」

母親の言葉は、常識的であり正論だった。
征司には何も言い返せない。

(そんなことわかってる…わかってるよ!)

心の中では叫べるのだが、それが口をついて出ることはなかった。
その間にも母親の言葉は続く。

「私たちがあまり相手してあげられなかったせいか、あなたには反抗期らしい反抗期もなかったわ。そのおかげで仕事に集中できたのはとてもありがたいと思う…だけど、反抗するならもっとやりようがあるはずよ」

「……」

「夜遊びで朝帰りだなんてチャラチャラした反抗してないで、もっとガツンとくるやり方があるでしょう」

(だから、反抗とかじゃないんだってば…)

「……」

ひとり黙り込む征司を、ヴァージャはそばに立って見つめている。
しかし今回は何も口出しせず、アドバイスもしない。

いや、できないと言った方がいいかもしれない。
彼もまた、征司と精神年齢はさほど変わらないのだ。

だから黙っている。
しかし状況が芳しくないおかげで、その顔は歪んでいる。

「…遠慮とかしないでいいのよ、征司。何か言いたいことがあるなら、真正面からぶつかってきなさい。母さんもお父さんも、あなたを受け止める覚悟はいつでもできているんだから」

「……」

「征司」

「………」

「征司、これだけ言っても、まだ…」

「母さん」

業を煮やした母親に、父親が声をかけた。
黙っていろとばかりににらみつける母親だが、今回は父親も引き下がらない。

「…すまないが、お茶をいれてくれないか」

「…」

「頼むよ」

「…はい」

しぶしぶではあったが、母親は父親に従って席を立つ。
台所に向かう彼女の背中を見た後で、彼は征司にこう言った。

「お前はもともと、あまりおしゃべりな方じゃない…でも、そう思っているのは父さんたちだけなのかもしれない」

「…」

「学校では友だちと一緒に、大声ではしゃぐこともあるだろう。…まあ、ないかもしれんが、それはもののたとえということで…」

父親はそう言って小さく笑った。
その笑顔に、征司の緊張が少しだけほぐれる。

というより、不思議そうにしている。

(父さん…何を言いたいんだ?)

「……」

彼が不思議そうな表情を浮かべていると、父親は頭をかきながらこう続けた。

「父さんたちが知っているお前と、外にいるお前…きっと全然違う顔をしているんだろうし、いろいろ事情もあるんだろう」

「…」

(姿まで変わってるとは言えないけど…)

「別に母さんも、お前に意地悪をしたくてあんなことを言ったわけじゃない。悪い友だちに引きずられて夜遊びをしているのなら、それをどうにかやめさせたいと思ってるだけのことでな」

(…それはわかる。わかってるよ)

「だがお前は何も言わないし、ケータイを取り上げられるのは困る、とだけ言う…」

「……」

「そこでだ、征司」

父親はあらためて、体を征司に対して真正面に向ける。
テーブルの下に隠れた自らの両ひざを、両手で強く叩いた。

「父さんと、男と男の約束をしないか」

「…?」

「今どきそんなのはクサいと思うかもしれないが、お前は父さんたちの息子だ…ちゃんと向き合ってくれると信じている」

「……」

(そりゃ…オレだっていい加減な気持ちで、父さんたちの話を聞いてるわけじゃない)

征司のその気持ちが、父親の言葉に自然と首を縦に振らせた。
父親もうなずき返し、言葉を続ける。

「詳しい説明をしろ、とは言わない。だが、お前にはある程度ちゃんと、父さんたちに説明する義務がある」

「…義務?」

「…!」

この話し合いが始まってから初めて、征司の口からリラックスした声が出た。
そのことに母親とヴァージャは驚きの表情を浮かべる。

これまで頑なに口を閉ざしていた征司が、父親の言葉を問い返すほど、警戒を解いていた。
母親はふたりに背を向け、苦笑しつつ茶の用意をする。

父親の言葉はさらに続く。

「なぜそんな義務があるかというと、お前は父さんや母さんをそりゃあものすごく心配させたからだ。もし逆の立場だったら、お前もすごく心配するはず…そうだろう?」

「…そりゃ、まあ…」

「だからここで父さんに、きちんとお前の言葉で説明してもらいたいんだ」

「…」

(だから、それができれば苦労しないって…)

征司の表情が、今度は苦虫を噛みつぶしたようなものになる。
そのタイミングで、父親のこんな言葉が耳に飛び込んできた。

「お前が夜出かけていたのは、男として恥ずかしいことじゃないのかどうか…それをちゃんと説明してもらいたいんだ」

「…!」

「夜遊びとひとくくりにされることが多いが、夜やることといってもいろいろある。ただみんなで集まってカラオケで遊んでいるだけかもしれないし、何かに打ち込んでて夜しかメンバーがそろわないってことかもしれない」

「…」

(父さん…)

「父さんは、今回は敢えてそれを詳しくは訊かないようにしよう。本当は詳しく教えてもらって、お前が危なくないって安心したいけど、今回はそれを我慢しよう…今までこんなことはなかったからな」

「…うん」

「でも、それならそれでちゃんとお前が筋を通すんだ。父さんと母さんに向かってちゃんと、『自分が今やっていることは誰にも恥じることじゃない』ってちゃんと説明して欲しいし、それを約束してほしいんだよ」

「…わかった」

「じゃ、聞かせてもらえるかしら?」

征司が返事をした直後、茶が入った湯のみを持ってタイミングよく母親が戻ってきた。
ふたりに湯のみを配った後、自分の湯のみを持って椅子に座る。

「…えっと」

あらためて。
両親を前に、征司は口を開いた。

「オレが今やってること…は、なんていうか、オレにもまだよくわかってない。だけどとても大事なことで」

「…」

「……」

「オレひとりのためにやってることじゃないし、頼れる仲間もいるし、きっと…がんばれば父さんや母さんも安心させられるかな、って思ってる」

「…」

「うまく説明できなくてごめん。でも、遊んでるわけじゃないんだ…オレはオレで、真剣に考えて行動してる。でも、それで父さんや母さんを心配させたのはよくないって思う」

「……」

「だから、ごめんなさい」

征司は頭を下げた。
テーブルに額を近づけているその姿を見て、母親は苦笑いしつつため息をつく。

その後で父親を見た。
真剣な眼差しで、彼は息子を見つめている。

その息子は、頭を下げたまま動かない。
そんな時間が30秒も続いただろうか、父親は静かにこう言った。

「…わかったよ、征司」

「…!」

父親の言葉に、征司は思わず顔を上げる。
すると、父親が人差し指を立てているのが見えた。

「でも、あんな説明で引き下がるのは今回1回きりだぞ」

「うん。ありがとう…父さん」

「母さんにもちゃんと言うように」

「ありがとう、母さん」

「よし。んじゃ部屋に戻れ。学校へ行く準備をしろっ」

「…うん!」

父親の軽く明るい口調に、征司は笑顔で席を立った。
その背後では、母親が「お父さんは甘すぎ」と言っているのが聞こえる。

彼女の言葉にどこか「してやったり感」を感じながらも、ちゃんと心でもう一度礼を言い、征司は部屋へと戻った。
ヴァージャも安心した表情で、彼についていった。

「よかった!」

部屋に入るなり、征司はベッドへ飛び込んだ。
その後で左右にごろごろ転がり、後からついてきたヴァージャに言う。

「よかった! よかったよヴァージャ! まさか父さんが、あんなに理解ある父さんだったなんて思わなかった!」

「ああ、全くだぜ」

ヴァージャは苦笑しつつ、体を横たえて天井付近でふわふわと漂う。

「ケータイ取り上げられそうになった時は、こりゃケータイの盗み方を考えなきゃなと思ったもんだが…どうやらそんな頭脳労働はしなくてもよさそうだしな」

「盗み方、って…おいおい」

征司の寝返りが止まる。
ちょうど仰向けになり、天井近くにいるヴァージャと上下で向かい合う形になった。

「取り上げられたケータイを盗んで、それがバレたらますますヤバいことになるじゃないか」

「そんなヤバさがどーしたっつーんだよ、こちとら命がかかってんだぜ。お前、変なとこで優等生ぶるんだからよ…死んじまったら優等生も劣等生もねーだろうが」

「そりゃそうだけどさ。変にケータイを『手』で持ってるとこ見られでもしたら…」

そう言いながら、征司は「第3の手」をポケットに突っ込み、携帯電話を取り出そうとする。
だが、電話は動かなかった。

「あれっ…この電話、軽いと思ってたけど100グラム以上あるのか」

「普通そんくらいはあるだろ。だが、『手』じゃケータイを持てねぇってのがわかったのはよかったかもな。盗もうって段階になって取れません、じゃどーしようもねーし」

「そういう問題か? ま、それはいいや。とにかく今回は助かった…! 本当に助かった!」

征司が高校生であるが故の大問題。
親との話し合いは、こうしてどうにか乗り越えることができた。

彼は結局、虎のリアライザと戦った後、全く眠らないまま学校へ行くことになる。

一度ルサグスフに負けた教訓として、電車内ではどうにか気を張っていた征司たちだったが、椎葉宮前駅についてヴァージャが寝てしまうと、途端に征司の緊張感も解けてしまった。

「…ぐー…すぅ…」

それが授業中の睡眠を呼ぶ。
強力な睡魔には、何者も耐えることはできない。

そしてやっと、Y.N.が言う「イメージ」の意味を彼は知るのだった。


ルサグスフへのヒント:その1ーA。

「よし、逮捕」

「ちょ、ちょっと待ってくれよおまわりさん! オレなんにもしてねーって!」

「じゃあポケットの中にあるのは何だ? パンパンに膨らんでるじゃないか」

「これは、その…アレっすよ、ほら」

「アレってなんだ、聞いてやる。言ってみろ」

「ポーケットの中には ビスケットがひ・と・つ」

「ふむふむ」

「ポーケットを叩くと ビスケットはふ・た・つ」

「…で?」

「で、叩きまくった結果がこれですよ! いやホントに!」

「なるほど…お前のポケットを叩くと、ビスケットが大量の飴玉に変わるんだな?」

「え! あ、あの、それは、その…なんていうか、もののたとえって言うか大人の事情っていうか」

「はい、逮捕ー」

「そんなあああああ…」


ルサグスフへのヒント:その1ーB。

「うむ、逮捕」

「ちょーちょちょちょちょ、待ってよおまわりさん。ほら聞いてよこの音! バルンバルン言ってるでしょ!」

「そうだな、すごいな。でもパーツ盗んで改造しちゃダメだな」

「だってしょーがねーじゃねーっすかー! いいものは高い! 高いけど金がない! だったら盗むしかねーでしょう!」

「お前、その方程式を一体誰に習った?」

「親ッス」

「じゃあ親も逮捕だな。お前ら仲良く反省しろ!」

「うっそーん」


ルサグスフへのヒント:その1ーC。

「うーん、逮捕ォ」

「なんですかその言い方。変にオシャレな言い方しないでください。こっちは人生かかってるんですから」

「人生かかってるってなんだ? 他人のカバンを盗むのがそんなに重要なことなのか?」

(…あれ?)

「重要です! これこそ、仲間と力を合わせて『初めての共同作業』だったんですから!」

「同じ共同作業なら、もっとめでたいことをすべきだったな。ってことでやっぱり逮捕」

「そんな! こっちの言い分も聞いてくださいよ!」

「いや、さっき聞いたし」

「これには深いわけが…」

「ないだろ? 手錠増やしてほしいか?」

「…すいませんでした」

ルサグスフへのヒント:終了。
次回をお楽しみに…


(…ん…?)

征司が気がつくと、そこは見慣れた教室だった。
まだ授業が続いている。

(今のは、夢…? だけど、ルサグスフへのヒントって…)

少しぼんやりした頭で、征司はどういうことなのかを考える。
教壇にいる教師に気付かれないよう、小さく伸びをした。

それが終わると、幾分か頭がすっきりする。
短くはあったが、いい睡眠時間だったようだ。

(あれは夢…じゃないよな、あれがヒントなんだよな?)

寝ている間に見たのは、3人の男がそれぞれ制服の警察官に捕まる、という光景だった。
警察官は顔がよくわからなかったが、捕まった男たちの顔はよく憶えている)

(最初は1人目の『ルサグスフ』だった。ってことは、2番目と3番目も『そういうこと』なのかな。オレと戦った連中…でも3番目はオレを襲ったどうこうってより、カバンのことを言ってたな…)

少し前の記憶を探る。
そして彼はすぐに思い出した。

(そういえば電車の中で、なんでかカバンを引っ張られたんだった。後ろからやられたのはその後…ってことは、3番目のヤツがオレのカバンを引っ張ったヤツってことか!)

征司は姿勢を正し、寝ている間に見たものをノートにまとめ始める。
思い出せる部分は全て書いたので、見開き2ページが授業とは全く関係ない言葉で埋め尽くされることとなった。

(ただの夢かもしれないけど、結構鮮明に見えたからな…忘れないうちにちゃんと書いとかないとな。後で『あれがヒントだった』ってことになって、忘れてたら大変だ)

ノートに書き終わった後も、書きもらしがないかチェックする。
その目は真剣そのものだった。

やがて授業が終わるチャイムが鳴り…
征司はそれを聞きながら、これがヒントだとしたらヴァージャがどう反応するのかを楽しみに、何度もノートをチェックするのだった。


>L.S.A.G.S.F. その9へ続く