【本編】L.S.A.G.S.F. その7 | 魔人の記

【本編】L.S.A.G.S.F. その7

L.S.A.G.S.F. その7

JR椎葉駅には、ホームが3つある。
大きさとしては中型クラスの駅といえる。

1番のりばは出口に直結しており、電車を降りてすぐ駅前ロータリーに出ることができる。
線路の向こう側に2番のりば、3番のりばを持つホームがあり、そのさらに向こうに…

征司たちが身を隠す3つめのホームがある。
4番のりば、5番のりばがあるうち、征司たちは5番のりば用とその外側の線路、金網がある区域にいた。

駅員が集まりやすい1番のりばから最も離れた場所であり、金網の向こうに開けた場所はないため、身を隠すにはちょうどいい場所だった。

だがそこに、虎の頭を持ちスーツを着た異形…「虎のリアライザ」が現れ、征司は一刻も早くそれを倒してしまおうと「第3の手」による連続攻撃を放っている。

「このっ、このっ、このっ!」

征司とこのリアライザとの距離は30メートル弱。
「第3の手」を伸ばせるギリギリの距離で、征司は攻撃を仕掛けている。

「……」

だがリアライザは息を乱すこともなく、征司の攻撃を軽やかなステップのみでかわす。
誰にも見えないはずの「第3の手」の存在を、このリアライザは間違いなく感じ取っている。

「…やっぱり見えてんだぜ、あの野郎…もしくは『見るように感じてる』のかもしれねーが、この際それはどっちでもいい」

やたらめったら攻撃を繰り返す征司とは対照的に、ヴァージャはどこか落ち着いた様子でリアライザを見ていた。

「ヤツには『手』の動きがわかるんだ。それに『つかまれたらマズい』っていうのも知ってるみてーだな…『手』がヤツの首をつかめさえすれば、今回は俺らの勝ちなんだがよ…!」

リアライザとの戦い方は、征司が持つ「第3の手」で「境界線」をつかめばいい。

人と獣がつなぎ合わされた部分をつかみさえすれば、その部分は出血することもなく切断され、リアライザは動かなくなる。

今回は虎の頭を持つリアライザということで、征司は首を狙っていた。
だが敵はそれを察知し、ひらりひらりと避けて触らせもしない。

「くそ…! このっ、このぉっ!」

「……」

「なんで当たらない! なんで…くそっ!」

「…」

リアライザは左右に避けては征司の真正面に戻り、真っ直ぐに歩いてくる。
虎の頭と無言の圧力が、彼にただならぬプレッシャーを与えてくる。

それも征司の攻撃が単調になる一因ではあった。
ヴァージャもそれを理解しているのか、彼を責めることはしない。

「とにかく今は、俺が見つけるしかねぇ…ヤツの動きを止める何かを! ここにあるのかどうかはわかんねーがなァ…」

5番ホームを見上げる。
線路上に影を作り、その影で征司たちを隠してくれているホームだが、そこにあるのは少しばかりの椅子と消火栓くらいのものだった。

「消火栓…いや、あんなもん使った日にゃ大騒ぎになっちまう。それに、あれを使うにはセェジがかなり前に行かなきゃならねぇ」

ヴァージャが言うように、消火栓は征司たちよりも前にある。
つまりそれを使うには、征司が虎のリアライザ側へ進まなければならない。

「ただ前に行くってんならいいが…虎野郎だって近づきてぇはずなんだぜ。少しでもモタついてたらヤツが一気に近づいてくるかもしれねぇ、そうなりゃ大ピンチだ。ってことは、消火栓は使えねぇ…」

ヴァージャは消火栓を使うというのをすぐさま除外し、さらにホームを見た。
ホームには雨避けの屋根があり、それが線路をまたぐ歩道橋へ続いている。

「改札への階段か…あそこに追い込めれば…いや」

そう考えかけたヴァージャだが、それは無理だと判断しなければならなかった。

確かに、改札への階段に追い込めればリアライザの動きを制限することはできるが、虎のリアライザは未だ一度も征司の攻撃に対して後退していない。

「左右は動いても、後ろには絶対に動かねぇ…真正面に陣取って、最短距離で向かってきやがる…っと」

逆に後退させられているのは征司であり、そのため彼の立ち位置が少し後ろへ動いた。
ヴァージャの視線はそれに強制的に従わされ、改札への階段が少し見にくい角度になる。

「セェジの野郎、がんばってるんだろうが…これじゃホームの高さが邪魔で、階段の様子がよく見えねーな…」

線路にいる征司たちから見て、ホームの高さは胸あたりまである。
少し角度が変わると、このホームから改札へ続く階段は見えなくなってしまう。

「…ん? ホームの高さ…」

ここでヴァージャは何かに気付いた。
征司の視界からぎりぎり外れるか外れないかのところまで視覚を活用し、ホームがどうなっているのかを調べ始めた。

その間にも、征司とリアライザの距離は20メートル弱にまで縮まっていた。
後退を続けている彼だったが、後退するにも限度があった。

征司は、ホームが作り上げる影から出ることができずにいたのだ。

(影から出れば駅の人たちに気付かれる! それはマズい…!)

かといって、近接戦闘を得意とするであろう虎に、自ら向かっていくわけにもいかない。
リアライザは本物の虎とは違う…それはわかっているのだが、虎の頭を見てしまうと虎だと思わずにはいられなかった。

それは「常識」が悪い方向に出た例だとも言えるだろうが…
彼以外の一体誰が、「虎以外で虎の頭を持つ者」に出会ったことがあるというのか?

どうにか正気を保ちながら、目の前にいるものを受け入れ、さらにそれに向かって攻撃するということがどれほど大変なことか、彼以外の誰も知りはしないのだ。

「く、来る…近づいてくる!」

異形が近づいてくる、というプレッシャーは、クラスメイトのいじめや暴れん坊の同級生などとは比較にならない恐怖をはらんでいる。

「う、く…!」

征司は、自らの心臓がいつもより強く、そして大きく鼓動を打つのを感じずにはいられない。
そんな彼にヴァージャは敢えて話しかけた。

「セェジ、セェジ!」

「は、話しかけるなヴァージャ! 狙いが狂う!」

「そんなビビりながらやってたって当たるわけねーだろ…まあいい。体張ってんのはお前なんだし、無理に落ち着けとは言わねぇ」

「…な、なんだよ? やけにものわかりがいいな」

ヴァージャの意外な言葉に、征司の中の焦りが冷める。
そのタイミングを狙って、ヴァージャは彼にこう言った。

「作戦を考えてたんだ…それでな」

「何か手があるのか?」

「いや、ない」

「な…」

「なーんてな!」

「…ヴァージャ…ふざけてる場合じゃないんだぞ…!」

征司の顔から恐怖への引きつりが消え、いら立ちが現れる。
ヴァージャは小さく笑いながら「まあ聞け」と続けた。

「さっきな、ホームに何かいいものがねーかって探してたんだが…椅子と消火栓しかねぇ。どっちも役に立ちそうにねーんだ」

「だったらなんだよ! 今はそんなどうでもいい報告を聞いてる場合じゃ…」

「だから、お前はホームに上がれ」

そう言って、ヴァージャはホーム方向を指差す。
征司は線路に下りているが、5番ホームの端にいるのでホームへ上がる小さな階段が見える。

「ホームに上がって…どうするんだ?」

「お前はホームの端にいるから階段を上がればいい。だが、あの虎野郎はホームの中間にいるから階段はねぇ」

「…!」

「どういう意味か、わかるよな?」

「階段がない…ってことは、あいつは『駆け上がれない』ってことか!」

征司は、ヴァージャが言いたいことをすぐさま理解した。
「第3の手」による攻撃を止め、ホームへの小さな、そして急な階段を上がる。

「!」

虎のリアライザは征司が「手」による攻撃を止めたことを感じ、すぐさま向かってこようとする。
だが最短距離で向かうには直線的に進まねばならず、そのためにはホームへ上がらなければならない。

「…」

虎のリアライザはホームの上に上がるべく、そこに手をかけた。
この瞬間、ヴァージャが征司に向かって叫ぶ。

「今だセェジ! お見舞いしてやれェ!」

「いけえええええっ!」

先にホームに上がっていた征司は、階段の角度が急だったおかげで前傾姿勢になっていた。
そこから「第3の手」を伸ばし、虎のリアライザを急襲する。

「!」

それに気付いたリアライザは、その場で跳躍した。
しかしホームの中間点には、乗客を雨から申し訳程度に守る屋根がついている。

虎のリアライザ本来の筋力であれば、高く跳び上がることが可能だったろうが…
さすがに屋根を突き抜けて跳ぶほどの頑強さはないようだった。

さらに。

「セェジの『手』は、撃ちっぱなしの水鉄砲じゃねぇ。セェジの感覚が宿ってる…撃った後でも、自由に軌道を変えられるんだ」

ヴァージャの言葉を証明するように、「第3の手」はリアライザが宙を舞っている方向へと、すぐさま進路変更した。
その生物的な動きに、虎の目が見開かれる。

「グルゥゥ!」

それまでの優雅とも思える動きから一転、虎のリアライザは両手の指をかぎ爪状にして、征司の「手」を引き裂こうとする。

しかし、直線的に向かう「手」と、曲線的に振り下ろされる手では、速度の差がありすぎた。

「グァウ!」

征司の「第3の手」は、虎のリアライザの喉元をつかむ。
その瞬間、リアライザの体から力が抜け、跳躍した勢いのままホームへ叩きつけられた。

「グ、カッ…カハッ…」

二、三度体をけいれんさせ、リアライザは動かなくなる。
そして。

「…うっ…」

「こ、こりゃ…ちょっとキツいな、おい…」

人と獣の境界線は、征司の「手」によって断ち切られる。
『虎の頭』が切断され、『スーツ姿の首から下』と分かたれた。

「…」

それから3分後、黄色い塗装が施された列車が5番ホームへやってきた。
作業用の列車なのか、中から3人の作業員が下りてきて、リアライザの体を回収する。

征司には目をくれることもなく、すぐに列車は出発してしまった。
この時、列車のエンジンはかなりやかましかったのだが、駅長室などから誰かが出てくる様子はなかった。

「…ん」

列車が去ってから30秒後、征司の電話にメールが着信する。
そこにはY.N.からのメールが来ており、「リアライザ討伐、確認完了」とだけ書かれていた。

「はあ…」

征司はため息をつき、電話を閉じる。
ヴァージャが「終わったか?」と尋ねると、彼はうなずきながらこう返した。

「ああ、今回はちゃんと終わった…早く帰ろう」

「そうだな、まずはここから離れるのが先決か。『イメージがどうとか』っていうのが気になるがな…」

「なあ、ヴァージャ」

「ん?」

「ありがとう、助かった」

「な、なんだよ急に」

「正直、オレにはどうしたらいいのか全然わからなかった。なのに、あんな単純なことでリアライザの動きを封じるなんて…」

「ああ、そのことか」

征司の言葉に、ヴァージャは軽く笑う。

「あの虎野郎は、お前の攻撃を避けてから必ず真正面に立つようにしてた。それがお前との最短距離だったからな。だが避けるのは必ず左右に動いてた」

「…だから、か?」

「ヤツは最短距離が好きだったってわけさ。それに、階段なしでホームに上がろうとすりゃ、どうしたって『動きは制限される』。ヤツみたいにアクロバティックにジャンプしたところで…」

「屋根があるからそんな無茶な動きはできない、と」

「そういうことだな」

「…そうか…」

ヴァージャの分析に、征司は感心している。
と、早く線路内から出なければならないのを思い出し、歩道橋の真下へと急いだ。

金網を上がり、その向こう側へ下りる。
そこから小走りで、時には歩きつつ駅へと向かった。

「…すごいな、ヴァージャ」

「あ?」

駅へと向かいながら、征司はしみじみとヴァージャに言う。

「オレだって少しは、戦いに慣れたつもりでいたのに…いざそうなると全然だった」

「そうか? 確かにやたらめったらってのはアレかもしれねーが、そのおかげで虎野郎を近づけなかったのも事実なんだぜ。おかげで、俺には考える時間ができたんだ」

「そんなの…敵が向かってくるのが怖いから、どうにかそれを振り払おうとしてただけさ。オレはお前から勝手に『手』を返してもらったのに、結局はお前のおかげで勝てたわけでさ」

「あっ、そうだぜ。あれはなかったよなぁ、セェジ!」

ヴァージャは思い出したように、怒った表情で征司の周囲をぐるぐると飛ぶ。
左前方にぴたりと止まり、征司に人差し指を突き出しながらこう言った。

「ああいう無理は、金輪際やめてもらいてーもんだな。ヘタしたらどっちかの神経が傷ついてたかもしれねーんだぜ」

「…ごめん」

征司は素直に謝る。
その姿を見て、ヴァージャは思わず苦笑した。

「ルサグスフ1人目の時もそうだったが、お前はしれっと無茶をやるからな…まあ、結果オーライってことで許してやるよ」

「ありがとう」

「ありがたく思えよ」

「…それはちょっと断る」

「なんだとこら」

「ふふ」

「はははっ」

ふたりは笑った。
虎のリアライザを倒すことができたし、椎葉駅で誰かに見とがめられることもなかった。

それらがふたりに安心感を与えていた。
だから、思わず笑みがこぼれていた。

そしてしっかりとした安心感は、ふたりに来るべき未来への展望を口にさせる。

「あとはルサグスフに関する1つめのヒントだぜ…どんなヒントなんだろうな?」

「全然想像がつかないけど…メールで送られてくるのかな。イメージってことは、画像が送られてくるとか…」

「ルサグスフ本人の画像が送られてくりゃ、あとはそいつを探せばいいってわけだ」

「ああ…それが送られてくるかはわかんないけどな」

いつもの駅である椎葉宮前に戻り、征司はトイレで手を洗う。
学校の裏門と歩道橋裏の金網は思ったより汚れており、流れる水は真っ黒だった。

「顔も黒いのついてるぞ、セェジ」

「えっ、マジか」

備え付けの石けんを泡立て、顔も洗う。
明け方ということもあり、水は冷たい。

だがそのおかげでさっぱりと目が覚めた。
戦いで汗をかいていたのもあり、爽快感が征司の中を駆け巡った。

「あー、スッキリした」

征司はそう言いながら、手と顔をぶるぶると震わせる。
タオルなど持ってきてはいなかったし、シャツで拭けばシャツの汚れがついてしまうので、そのままホームに向かった。

明け方の始発列車を待つ。
この私鉄はJRよりも始発が遅いので、5時を過ぎなければ電車が来ない。

それに合わせてか駅員もいないので、この時間は無人駅になっていた。
ただし券売機と自動改札は機能しているので、征司は切符を買って改札を抜けていた。

ホームもJRのものとは違い、線路が中央にあり左右にホームが配置されている。
そこには木製の長椅子が置かれており、征司はそれに座って電車を待った。

「この椅子、座るの初めてかもしれないな。いつもは学校に行くだけだから」

「帰りは電車待つんだろ? ここで座って待ったりしねーのか?」

「大体いつも女子に占領されてるからなあ。座ったことはな…ん?」

「どうした?」

「電話…Y.N.からメールかな」

征司は不思議そうな顔をしつつ、ポケットから携帯電話を取り出す。
背面ランプを見ると、征司は不思議そうな表情だけでなく首をも傾げた。

「メールじゃないぞ…? 電話?」

「誰だ? こんな時間に…」

「とりあえず確認してみるか」

そうしている間にも電話はまだ震えている。
不思議に思いながらも、征司は電話を開いた。

「あ…!」

そこには名前がある。
だが人名ではなく、「場所の名前」がある。

征司はそれを見た瞬間、みるみるうちに顔を青くした。
ヴァージャは不思議に思い、電話を覗き込む。

「…あ!」

ヴァージャもまた、征司と同じように声をあげた。
電話のディスプレイにはこう書かれている。


『家』


「ま、まずいぞヴァージャ…そういえば母さんたちが『明け方には絶対に帰ってくる』のを忘れてた…! どうしよう?」

「どうしようったってお前、出ねーわけにはいかねーだろ! と、とにかく出ろよ! じゃねーともっとヤベェことになるんじゃねーのか!」

「あ、そ、そうだな、そうだな…出よう、うん…」

征司は震える指で通話ボタンを押す。
そして電話を耳に当てた。

「…征司?」

その声は母親のものだった。
彼はすぐに「はい」と返事する。

すると、こんな言葉が返ってきた。

「征司、あんた…何か部活入ってたっけ? 入ってたとしてもやけに早い朝練じゃない?」

「え、えっと…その」

「今どこ?」

「今、帰るとこで」

「今どこ? って訊いてるんだけど」

「も、もうすぐ帰るから」

「…そう。じゃあ帰ったら、どういうことかきっちり説明してちょうだいね」

「え…説明って、あの」

征司の言葉を待たず、電話は切れた。
征司の顔を伝う水滴は、大量の冷汗へ変化した。

「ヴァージャ…説明しろって言われたけど」

「説明も何もねーだろ…っていうか、全然怒ってなかったふうじゃねーか。大丈夫だろ、怒ってねーんだから。ははは」

「わかってるだろヴァージャ…母さんがこういう状況の時は、めちゃくちゃ怒ってる時なんだ。ヤバいな…」

「ま、まあ…どう考えても、夜遊びして明け方に帰るパターンに見えるよな、この状況は…」

両親がいない夜のうちに家を出て、明け方に帰る。
実状は全く違うのだが、そう思われてしまっても仕方がない状況だった。

今までは夜の1時だったり2時だったりしたために、両親よりも帰りが遅くなるということはなかった。
ルサグスフ1人目の時でさえ、それはなかったのだが…

今回は、戦いが始まる時間が朝4時と「遅すぎた」。
夜中に家を出ていることが、ついにバレてしまったのである。

「どうしたらいいんだ…説明しろなんて言われてもどうしようもないぞ…!」

だがそれでも、帰らないわけにはいかない。
やってきた始発電車に乗り、征司は帰路につく。

虎のリアライザを倒し、喜んだのも束の間。
征司は勝利の喜びなどどこかに落としてしまったらしく、電車内でため息をつくばかりだった。


>L.S.A.G.S.F. その8へ続く