【広島】神田神社 | じゅんなの寺社巡り

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☆神田神社

広島市南区宇品御幸に鎮座する神田神社です。

神田神社は、文亀3年(1503年)当時祇園町の武田山にあった銀山城の城主として安芸の地を治めていた武田元繁が、祖国甲斐の国、今の山梨県から城の守護神として安芸郡牛田村に奉遷したのが始まりだと言われています。

その後武田氏は毛利元就に滅ぼされ社殿は荒廃したが、元就の孫の毛利輝元が広島城を築城して入城すると、輝元は神田神社の荒廃を憂いて天正19年(1591年)武田氏の遺臣池田宮内を神主として社殿を再建し、広島城の守護神として祭った。今の神田橋というのは神田神社に参拝するために架けられたもので、神田山という地名も神田神社に由来していると言われています。

毛利氏にかわって福島正則が城主となると、福島正則は各地の社寺の領地を悉く没収し神社は再び荒廃し始めた。その荒廃ぶりを嘆いた地元の村民等の篤い願いを福島正則はやっと聞き入れ、神社の護持を村民等にまかせるようになり、神田神社は牛田村の氏神様として牛田地区の村民等によって祭られるようになった。

明治22年(1889年)神領地は旧陸軍省の用地となり、神田神社は当時千田貞暁が埋立てた新開地である宇品へ移転した。宇品の住民は神田神社の奉遷を心から祝って最初に出来た道路に神田通りと名付け、以後春日通り、住吉通り、八幡通りと神社にちなんだ名を付けた。
明治33年(1900年)台風による津波で神社は大破し、昭和6年(1931年)現在地に新築移転した。昭和60年(1985年)4月21日不慮の火災により全焼したが、翌61年9月に約2億3千万円の浄財で復興造営した。(境内由緒書引用)



■鳥居と拝殿


■社額


■手水舎


■狛犬と拝殿


■御由緒書


■御祭神
 ・足仲津彦命(たらしなかつひこのみこと:仲哀天皇)
 ・品陀別命(ほんだわけのみこと:応神天皇)
 ・息長足姫命(おきながたらしひめのみこと:神功皇后)


□奉拝 平成24年12月3日

市内電車界隈の神社を調べここに来ました
電車どおり沿いにありましたがとても閑静な雰囲気の神社でした。
ご朱印もあるかどうかわかりませんでしたが・・・・
拝殿奥の社務所?でしっかりご朱印いただきました


【アクセス】
市内電車:宇品線の宇品4丁目で下車し、徒歩約1分
電車を降りたら鳥居が見えますよ

【拝観時間】
境内自由かな?
神主さんはいついらっしゃるかはわかりません

【拝観料金】
無料


ご朱印アップしました上野天満宮ご朱印帳





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