弊ブログにようこそ。


ぼくがブログを始めた動機は冒険をやってみようという一篇に集約されています。「冒険をやってみよう」が当ブログの核であり、他の記事は核に対する周辺部分にすぎず、極論すれば、読まれなくてもぜんぜんかまいません。その意味でタダの駄文にすぎない。だから、他の記事は読まれなくてもプロフィール欄にある「冒険をやってみよう」だけはぜひご覧になっていただければと思っております。

そこでの主張を要約すれば、まさに光陰矢のごとし。ポール・フレッスの、主観的時間経過は年齢の3乗に反比例して進行するから、人生とは、加速をつけて猛スピードで地上という死に向かっている隕石にたとえられよう。あるいはジャネの法則(注1)でもいいだろう。人生とはことほどさように短い。その短い限られた人生をいかに生きるべきか。おカネのための人生なのか。

衣食が足りて礼節を知るというではないか。衣食が足りればそれ以上のことは望まないことだ。では何をやるべきか。

サミエル・ウルマンの有名な詩「青春」の一節を、あえて引用しておきましょう。

「青春とは人生のある時期のことでなく、心のありようをいう。強い意志、豊かな想像力、燃えあがる情熱、ひるまない勇気、あくなき冒険心、そういうありようが青春なのだ。年を重ねただけで人は老いない。夢を失ったとき、初めて老いる。歳月は皮膚のシワを増すが、情熱を失ったとき、精神はしなびる」


(注1)「ジャネの法則」ウイキペディアより
ジャネーの法則(ジャネーのほうそく)は、19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、甥の心理学者・ピエール・ジャネの著書において紹介された法則。主観的に記憶される年月の長さは年少者にはより長く、年長者にはより短く評価されるという現象を心理学的に説明した。簡単に言えば生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢の逆数に比例する(年齢に反比例する)。

例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての10年間は5歳の人間にとっての1年間に当たり、5歳の人間の1日が50歳の人間の10日に当たることになる。

  • 21 Jun
    • ネット接続を当分の間やめることにした

      明日から当ブログの更新を控えたいと思っています。別ブログについてもそうです。いつまでかはわかりませんが、なるべく早く復帰できればと思います。また、ぼくが読者になっている方へのアクセスも基本的には一切しないつもりです。ネット接続自体を控えたいからです。事情については話せませんが、当分のあいだご無沙汰になりそうです。すいません。

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    • 「絶望の裁判所」(瀬木比呂志著)からいくつかメモした

      このところいろいろ考えるところがあって、何人かの方にご相談させていただいた。まだ結論が出たわけではないが、二兎追うものは一兎も得ずになっていた。どっちともはダメなのだ。どちらかひとつに専念しないといけない。本日、福井県の士業の方とお会いすることになっているが、自分が置かれている現状がどうなっているのかを正直に話して、今後どうするかをもうそろそろ決めないといけないと思っている。 昨晩、「絶望の裁判所」(瀬木比呂志著)を読了した。感想と、交通事故裁判に関するメモを記事にした。こちら。

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  • 17 Jun
  • 14 Jun
  • 13 Jun
    • 調査報告書はどこまで信頼がおけるのか

      調査会社の調査報告書。過失割合でも人身事故の後遺障害でも示談時に重要な役割を果たしているにとどまらず裁判でも書証として扱われる。だが、どこまで信頼性があるのだろうか。ぼくの体験したことを記事にしてみた。こちら。

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    • 娘の結婚式があった

      ここ3日間、仕事を休んで京都に行っておりました。長女の結婚式のためです。その京都ですが、ずいぶん変わりました。20年ほど前にも行ったことがあるのですが、そのときはまだかつての面影が残っていたものの、今はまったくの別世界でした。 ぼくがかつて住んでいたのは河原町丸太町高倉通りです。その後下鴨神社近くに移るなどしましたが、一番長くいたのは、御所の前、裁判所の近くのここでした。なつかしくなったので下宿先がまだあるのかGOOGLE地図で検索したら、まだありました。門構えも表札もそのままです。お花の師匠をされていて、上品そうで、根っからの京都人で気位が高く、ぼくのような田舎者をどこか見下しているところがありそれで反発を感じていたおばさんのお宅でしたが、今も健在のようです。 でも、それ以外はまったく変わってしまいました。婚礼バスで通りかかったのですが、近くにあった古本屋街は20年前ならまだあったのに、今はそこにはでかいビルがいくつも建ち並んでいて、こじんまりした古本屋は1軒もなくなっていました。 長女の結婚式が終わり、ようやく、ひとり片付いたなあとほっとしています。しかし、小学生の次女がいるので、まだまだ引退するわけにもいかない。でも、やはり歳をとったなあという思いが強い。とりわけ視力の衰えはひどいように思います。10年前なら本を読むのもたいして苦労しなかったのに、今は30分も読むと目がひどく疲れます。めがねをかけることも検討しないといけないです。 それと、加齢臭です。ぼくはもともと風呂嫌いで、最長半年間風呂に入らなかった記録があります。これは海外で旅行中のことです。風呂に入ろうと思えば入れなかったわけではありませんが、乾燥地帯だったからか、体臭がそれほど気にならなかったというのがいちばん大きいです。まあ、ずぼらなだけなのです。若い時はそれほど体臭がしません。ところが今は、1日風呂に入らないだけで臭いがきつい。 でも、それ以上に困っているのは肉体の衰えに精神が追いついていないことです。大病でも患ったことがあるならともかく、ぼくは生まれてからこのかた、軽度のぜんそくで薬をもらいに行ったことがあるのを除くと、病気をしたことがありません。風邪は何度かしたことがありますが、いずれも軽度のものだったし、風邪では病院には行きません。健康診断も受けない主義です。だから、病気で病院に行った記憶がほとんどありません。肩こりもしないし、薬も基本的に飲みません。胃腸薬など一度も飲んだことがありません。 このように肉体の衰えをしらないままここまで来たのですが、ここ数年、肉体の衰えを感じるようになりました。若いとき、ぼくははやく老人になりたいと思っていたことがありました。肉体の衰えにしたがって欲望もそれに比例してなくなるのではないか、煩悩から解放されるのではないかと思っていたからです。枯れ木みたいな、仙人みたいになりたいなあと思ったこともあった。あるいは、孔子が晩年に振り返って言ったことば「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」です。 ぼくには、名誉欲というのもあまりないし、お金持ちになりたいという欲も若い時からまったくない。おいしいものを食べたいという欲望ももともとない。海外の一人旅のとき、自分の行きたいところが多少危険でも行きたい、それで命を落としたならそれも運命だと思っていたくらいですから、元来、生に対する執着心もあまりありません。 しかし、歳をとればそれに比例して他の欲望もふくめ一切から解放される――ということはただの幻想なのだということを最近になって悟りました。残り数年もしくは十数年の命なのに、70、80になっても物欲、名誉欲、色欲にとりつかれている政治家をみてもわかることです。年齢を重ねても、そういう欲望から解放されることがないのでしょう。しかし、自分はあのような老醜だけは曝したくはありません。年齢を重ねればそれに比例して経験値も増えるはずです。それが若者にないぼくたちの利点です。ぼくたちの役割はそこにしかないのではないでしょうか。 ぼくはこれまで政治にかかわったことが一切ありません。政治的発言も一切したことがありません。学生時代だって、いわゆるノンポリで通しました。同級生からデモに参加してほしいと呼びかけられたことが何度かありましたが、ぼくは一切無視してきました。 しかし、東北での原発事故以降、やむにやまれず発言をするようになりました。「50にして天命を知る」の、ぼくなりの実践です。「60にして、耳順う、70にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」。そうなれたらいいなあと思っていますが、さて、どうなるでしょうか。     

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  • 09 Jun
  • 07 Jun
  • 06 Jun
    • バイクの路側帯走行は違法だけれど、そのことが過失割合にどう影響するのか

      車の左折時の巻き込み事故というのは非常に多い。歩行者や自転車が巻き込まれるし、バイクもそうだ。中には、路側帯を歩いていたり、走行していた時に巻き込まれることもある。 路側帯とは、歩行者や自転車が通ることが許されているが、実際は、バイクの路側帯走行もかなり見られる。もちろんバイクの路側帯走行は違法である。車との事故で、このばあいどれくらい過失割合に影響するのだろうか。ネットで調べてみたが、情報がまったくなかった。そのことにつき、記事を書いた。こちら。

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  • 04 Jun
    • ネット上の後遺障害情報は玉石混淆

      実戦を離れてかなり立つ自分にえらそうなことを書く資格がないのかもしれないけれど、ネット上の後遺障害情報はまさに玉石混淆、「石」のほうを信頼した交通事故被害者がかわいそうだ。・・・ということで、ふだん思っていることを、いつものようにズケズケと書いてしまった。こちらです。

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  • 03 Jun
  • 01 Jun
  • 30 May
    • 今月読んだ本や聴いた音楽など

      今月は別ブログの記事出しに一生懸命だったので、本はあまり読めなかった。 今月読んだ本。 ヒットラーでも死刑にしないの?1,782円Amazon 昔図書館から借りて読んだことがある。むずかしい議論は一切なく、日常レベルから説き起こして、死刑や戦争廃止にまで及ぶすごい本。冤罪が仮になくなっても死刑は廃止だというところがこの本のミソかも。 フィールドからの手紙 (岩波現代選書 (92))2,592円Amazon 文化人類学者マーガレット・ミードのこの本も再読した。この本では、サモアから、オハマ保留地、ニューギニア、バリ島にまで及んでいて、「サモアの思秋期」という代表作(嘘っぱちの本という批判もあるが)をものしたときの日誌も収められている。 海外旅行なんて、今のぼくにとっては夢のなかの夢話になっているので、その代償として、ときどき昔読んだこの手の本を読むことで、旅行にいった気分に浸っている。歳とった証拠だなあ。 探検の時代 (梅棹忠夫著作集第1巻)6,501円Amazon 積読になっていたので今読んでいる最中の本。 時代を読む――「民族」「人権」再考 (岩波現代文庫)1,037円Amazon 樋口陽一さんって、ただの憲法学者といったら失礼かもしれないが、ぼくはそう思っていたのだが、そうではなくてたいへんな思想家なんだなあとわかった本。でも、何が書いたあったのかあまり印象に残らなかった。しかし、ここの一節は印象深かった。引用しよう。 樋口この解釈改憲の問題をなんとかしなければいけない。現に、我々の次の世代のまともな憲法学者の間にも、1つの議論の形として、現憲法は条文と現実が開きがひどすぎるから、現実に守られるあたりまで条文を変えて、ちゃんと守らせるようにしたほうがよいのでは、という考えがあります。しかし、私の考えはそれとは反対です。私は、内堀と外堀のたとえをいつも出すのですが、それは外堀が全然役に立っていないから外堀を埋めちゃっていいよと言っているのにひとしい。外堀があってもなきが如く、そのへんに敵が泳いだりしているのは精神上よくないから、いっそ埋めてしまって内堀だけで守ろう、という改憲論。これが護憲的改憲論といわれるものです。 しかし、それは大阪冬の陣の教訓で、講談を読んで育った世代なら誰でもわかることですが、内堀だけで守れるという幻想です。そのうえあの時は、外堀だけ埋めますよといって差配をして、内堀も埋められちゃったんですよね。 加藤なし崩しになる危険性がある。とくに日本では、その危険性が大きい。(P29-30)   おいぼれ犬と新しい芸―在外研究者の生活と意見 (岩波現代選書)価格不明Amazon ブックマークしている藤永茂さんの本。これは実に面白かった。IQが人間の能力の1つの断面だけを示すものにすぎないのに、まるで全知全能のように扱われていることの皮肉な描写とかもすごくおもしろかったが、やはりノーマン・べチューンの話が特に感動的だった。 今月は本よりも音楽。CDで一日2回は少なくとも回したと思う。その中の一曲。    Apparently Unaffected2,005円Amazon 

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  • 28 May
  • 27 May
    • 金太郎飴記事は今後も書かないぞ

      事故証明書の本当の見方という、他のサイトの記事は本当でないと宣言しているような反感持たれ感いっぱいの記事を移動しました。他のサイトの記事は教科書をただ移しただけのどこを切っても同じの金太郎飴みたいな記事ばかりだったので、本当の気持ちをそのまま書いたまでです。あんなクソ記事ぼくには恥ずかしくて書けませんね。そのていどの矜持はあります。 大幅に加筆してこちらに移しました。どうぞよろしくです。

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  • 24 May
    • ツイートとかフェイスブックとかの拡散力はすごそう

      別サイトで記事を公開しました。こちらです。元記事ですが、書いた本人でも理解不能な箇所があって、これはまずかった。これを読んだ人はもっとわからなかったと思います。わかりやすくしました。 それにしても、別サイトの本日のアクセス数がすごい。どなたか複数の方がフェイスブックとツイートで1か月ほど前に公開した記事をとりあげてくれたため、ふだんの倍以上のアクセス数だ。本日かぎりの現象だとおもうけれど、ツイートくらいはやったほうがいいのかも。

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  • 23 May
    • 受傷機転でどうにもひっかかるのだけれど

      受傷機転でどうもひっかかる判決があった。推測を交えたものなので、話半分というくらいでごらんになっていただきたい。こちらです。 お前の推測のほうがおかしいという意見もあるかもしれないので、もしそうでしたら、ご意見ください。

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  • 22 May
    • 評価損の記事を移動させました

      こちらにあった評価損の記事を移動しました。紛争処理センターの裁定例を加えましたが、あといくつか加えるつもりです。たくさん加筆したわけでもありませんが、興味があればどうぞ。こちら。

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  • 21 May
  • 19 May
    • 後遺障害の記事を公開した

      本日、後遺障害の記事を公開しました。こちら。ふだんよりも毒舌かもしれませんが、そこは辛抱されてください。すいません。

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プロフィール

リュウタ×2

性別:
男性
自己紹介:
HNの「リュウタ×2」は中国語の溜达溜达【liūdaliūda】から借用した。「ぶらぶらする」とか「...

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ところで、当ブログに個別の相談をされてこられる方がおられます。以前はそのような相談にもできるだけ応じておりましたが、メールだけの対応では、何か疑問があってもその場で聞き返せないし、資料の精査もできず、明らかな限界があるため、自信を持って回答することは不可能だということがわかりました。簡単な相談事ならともかく、複雑なものについては今後一切応じられませんので、ぼくのような無資格者よりも有資格者の方に直接お会いして事情を詳しく説明しご相談されてください。

最後に。現在、アメンバー登録については当ブログでは受け付けておりません。ぼくの書く記事にアメンバー限定のものは過去にひとつもなく、すべて「全員に公開」です。したがって、これまでアメンバーという制度を利用したことが一度もありません。将来的にはたとえば後遺障害とか休車損害とか、有志を募って意見交換をできればいいかなあ、その場合はアメンバーだけに限定するのがいいのかもと思いつつ、今のところそのような有志の方もおられないので、その必要性も感じておりません。そのため、アメンバーの募集はしていないのが現状です。将来的にはアメンバーを利用するかもしれませんが、現状はこのようなので、登録をご希望される方には申し訳がありませんが、現在、募集をしていないことをご了承願います。


(小出裕章)
私は単に原子力の専門家にすぎません。その私はもちろんみなさんに対して原子力に対する専門的な知識を出来る限り提供するというのが、私の役割だと思いますけれども、原子力の問題というのは、単に原子力発電所という機械のテクニカルな問題だけではないのです。地域の問題であったりするわけですし、労働者の問題であったりもするわけですし、もちろん健康の問題でもあったりする。
「私たちがどのような社会を作りたいのか」という、むしろ一番根本的にはそれがあるわけですから、どなたにとっても「自分にとって本当に切実な問題」として関わってくる場所があると思います。そういうところにお一人お一人が関わって下さって、そしてそれが横に繋がっていくというやり方がいいのだと思います。


たかしズムのたかしさん作成




3・11。あれからまだ4年しかすぎていないというのに、原発事故はまるでなかったかのようだ。ぼくは期待した。あの日から日本が少しは変わるのではないかと。しかし、何も変わっていないように思える。停電が嫌だ? 電気料金の値上がりが嫌だ? そんなことが命よりも大切なんかい!子供の未来がどうなってもいいんかい!いい加減にせいよ。

のど元すぎると熱さを忘れるとはよく言ったものだ。もう忘れちゃたのか。原発を推進してきた連中は、国民のこの度しがたい忘れっぽさにきっと安堵していることだろう。これならまた原発を再開できる。また同じような事故が起こっても、次も自分たちの責任は追及されることなどないだろうときっとタカを括っていることだろう。

そうさせないためにも、反原発の流れを止めてはいけないと思う。







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