名古屋駅西のシネマスコーレでの“若尾文子映画祭”、今回の企画上映の3本目は増村保造
監督の1959年の映画『氾濫』。1957年の監督2作目『青空娘』で若尾主演作を撮りながら、翌
年にコンビ作はなく、1959年になって『最高殊勲夫人』~本編~『美貌に罪あり』と続く。いず
れも純然たる主演映画という感じではないですが、若々しい華やぎのある時期の作品です。

作品は佐分利信を家長にした家族ドラマの先入観で見始めましたが、『巨人と玩具』(1958年)
と同様の“企業もの”という印象です。どちらの増村作品も、戦後の高度経済成長へと突き進
む当時の世相を反映していて、いま見直すと非常に面白いです。脚本を書いているのは増村
監督の盟友ともいうべき白坂依志夫です。劇場はシネマスコーレ(前売5回券5,000円②)。

若尾文子映画祭パンフ

氾濫

『氾濫』(1959年、監督/増村保造、脚本/白坂依志夫、原作/伊藤整、撮影/村井博、美術/渡辺竹三郎、音楽/塚原哲夫)

主人公は一介の技術者から新製品の発明により重役に出世した真田佐平(佐分利信)。会
社からは株を贈られ収入も増えて、立派な家も購入する。若い頃に苦労した妻の文子(沢村
貞子)は急に生活が派手になり、娘のたか子(若尾文子)も浮かれたように毎日を過ごしてい
る。新たな発明を会社から望まれている佐平は、自宅に帰っても心が休まることはない。

そんなある日、佐平にひとりの女性から電話がある。相手は西山幸子(左幸子)で、戦争中
に勤労動員の学生を伴う教師として工場へ来ていて、空襲の夜に佐平と結ばれた女性だ。
彼女は子供を連れていて、この子の父親は佐平であるという。家族の中で孤独感を味わっ
ていた佐平は幸子との触れ合いに安らぎを感じ、旅館での逢瀬を度々繰り返すようになる。


妻の文子も娘のピアノ教師・板崎(船越英二)の甘い誘いの言葉で、ホテルで関係を結んで
しまう。しかし、彼女は真剣な恋愛をしている気になっているものの、板崎は単なる色事師で
しかないことは、やがて彼の自宅を訪ねて発覚します。妻・文子のダメージも大きいのですが、
幸子が生活のために自分を騙していた事実を知る佐平も、心に大きな痛手を受けます。

氾濫

一方、娘のたか子の周辺に登場するのは、種村(川崎敬三)という若く貧しい研究者です。彼
は大学の研究室の実験材料をごまかしたりする貧しい生活から抜け出すため、佐平に近づ
こうとします。彼の研究論文を読んだ佐平はその内容に感心し、学界の雑誌に載せられるよ
うに英訳をしておくことを薦める。貧しい研究者の種村は、実はかなりしたたかな野心家です。

彼が肉体関係を持っている同郷の従妹の京子(叶順子)は、実はたか子と同じ大学の同級
生。種村は真田家のパーティーに京子と同行し、たか子と出会い言葉を交わすようになる。
その際に、たか子は彼の研究論文の英訳を引き受ける。それをきっかけに二人は映画を見
に行き、その後、寿司屋の階上の小座敷で種村は強引にたか子を自分のものにする。

やがて種村とたか子は恋人のような関係になりますが、それが面白くない京子は佐平に二
人の関係をばらします。佐平は種村を呼び出し、娘との結婚の意思を確認し、京子には手
切金を出すことにする。しかし、論文のアイデアが会社の新製品の開発に役立つことを示唆
された種村は、真田の友人・久我教授(中村伸郎)と共に佐平の会社に売り込みを図ります。


氾濫

ラストは佐平の会社の新社屋の完成式。そこで種村は前途有望な研究者のリーダーとして
紹介されている。一方、佐平は重役をやめて、平の技術者に戻っている。娘のたか子も種村
に捨てられ、学校もやめてしまっている。佐平が妻の浮気を罵れば、妻の文子も彼の浮気を
なじるわけで、まさに真田家は崩壊の寸前で、佐平には幸子の嘘と共に二重のショック。

印象的なラストシーンは、会社の将来を担う立場になった種村が社長の令嬢を抱き寄せる
遠景のカット。もちろん若尾文子ファンの立場であれば、寿司屋の座敷でビンタを張って、そ
の肉体をモノにするのも腹立たしい行為で、しかも彼女をあっさりと捨てるとは許しがたい。

でも、この映画の見どころといえば、その外見的には人の良さそうな川崎敬三の狡猾で打算
的な生き方といえます。冷静になった映画ファンの目線で捉えれば、そこは評価すべきだと
思います。その野心に満ちた生き方は、旧来の倫理観からすれば“アプレゲール”なものと
映るはず。私は石川達三原作の映画『青春の蹉跌』(1974年)を、ちょっと思い出しました。

今回の“若尾文子映画祭”では大映の役者さんを随分と見ていますが、雷蔵さん、勝新さん
はもちろん、田宮二郎さんや船越英二さん、川口浩さんや野添ひとみさん、皆さん鬼籍に入
られて、すでにかなりの年数になります。若尾さんと同じ年(1933年)に生まれている川崎敬
三さんの亡くなったのは、昨年の夏のことです。残念ながらその主演映画は見ていませんが、
若尾さんとの共演作『氾濫』『不倫』
(1965年)は追悼の気持ちで見る価値があります。

氾濫


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