きょうは巣鴨あたりをぶらぶらと歩いてきました。
巣鴨といえば、とげぬき地蔵さま。私も病人でございますから、参拝して参りました。
江戸開城の一方の当事者だった徳川慶喜は、維新後は静岡へ移り、謹慎処分を解かれたのちも、滅多に旧臣とも会わないで、いまさら政治的野心のないことを示し続けました。東京へ戻ったのは明治30年のことで、その翌年には明治天皇に拝謁の栄誉を賜って、もとは江戸城だった皇居を訪れました。そのころ住んでいたのは巣鴨です。
巣鴨駅すぐわき、白山通りに、こんな碑が立っています。
すぐわきを鉄道が通ることになり、騒音を嫌って引っ越すまで4年ほど住んでいたとのことです。
たしかに、駅のはす向かいで、線路わきになっちゃいますからシュッシュッポッポは気になったかもしれませんね。まあ、しかし、いまは開発が進んでいて跡形もありません。
地図上の「現在地」から見ると、かつての敷地は、この方角でした。
地蔵通り商店街にも、小さな説明板がありました。
慶喜さんとは関わりないけれど、面白いなぁと思ったのはコレです。
こんな見世が残っているのか……
ずんずん歩いて行ったら、行き過ぎてしまったみたいです。また今度、来ることにしましょう。
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ともあれ、ツタヤ図書館と江戸しぐさは滅ぼすべきです。
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