こんにちは。
自分の素晴らしさをアピールすればするほどみんなが集まるお姫様
なおです
(昨日のワークで気づいたカツラ、報告します)

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私は、「私は素晴らしい」と言うことを、心の奥ではもう既に知っていた。
だけど、それを表に出すことができなかった

だって、「私は素晴らしい人です」なんて言うと、
みんなに共感してもらえないから。
みんなに共感してもらえないと、友達がいなくなってしまうから
そんな風に、私は共感すること共感し合うことこそが、仲間意識だと思っていたようだった。



それに、薄々気づいたのは、数日前のこと。

mamaマスに通い始めてから私は、
こんな自分でもいいのかな」と思えたり、
私のコントに気づいたり、
お母さんの役に立ちたかったことに気づいたり、
お父さんになろうとしていたことに気づいたり、
自分と仲直りできたり、
とにかく、たくさんの気づきがあって、

今は、
こんな風に、頭がお花畑で幸せな気持ちでいられる。
こんな風に、「私は私でいいんだな」と思える。

おかげで、これまでより、
ずっとずっとラクに、
ずっとずっと幸せを感じて過ごせている



だけど、そんなお花畑の頭になった私は、
mamaマスのメーリスに投稿されるみんなの悩みに、あまり共感できなくていることに気づいた。
共感できなくて、どこか寂しく感じる気持ちがあった。

「共感できない」と言うのは、リアルタイムで共感できないと言うことだけど…
勿論、「そうそう!私も、そんな想いが、そんな悩みがあったの!」と、過去形では共感できる。

だけど、過去形より、現在進行形で共感できた方が、強い気持ちで共感できる
強い気持ちで共感できた方が、仲間意識が強くなる
と、思っていたようだ。



これは、mamaマスのメーリスだけじゃなくて、今勉強している、簿記の職業訓練でも言えること。
簿記の勉強が、私には合っているのか、
問題が解けるし、楽しい

だけど、同じ訓練生達から聞こえてくる声は、
「わかんないよねー。」
「全然楽しくないよねー。」

私は、そんな訓練生達の声に、
「そうだよねー。」
「私もココが覚えられなくてー。」
と、同調してみたり、できないポイントを探したりしていた。

「いやいや。私は簿記の勉強楽しいよ。問題が解けた時の快感がたまらない
なんて、言えなかった。
気持ちを共感できないと、仲間外れになりそうで、怖かった



そんな風に私は、
本当は「私は素晴らしい」と知っていながらも、
「そんなことないですよ」と言うカツラ(このカツラね)を被り
周りに合わせることで、
周りに共感することで、仲間意識を感じていたかったようだ。



そんな事実が露わになった、今日のmamaマス。

ワークで、「私は、言うことを聞いてもらえない人」と言うセルフイメージを抱えていることが判明し、
「私は、何でも言うことを聞いてもらえるお姫様」
と言う魔法の言葉を作った。
だけど、そんな魔法の言葉を呟いた時に聞こえてきた心の声は、

「いやいや。何でも言うこと、聞いてもらえるでしょ!」


…エッ!?( ・(ェ)・)What!?

魔法の言葉を呟いた時点で、そうなってるの!?
と思った瞬間、
そういや、いつも、このパターンじゃね!?
とも感じた。

だって、思い返せば、
1回目のワークでも、「人を見下す自分が嫌」と言う気持ちに反して、「自分が1番だと思ってるもんね(だから、見下す)」って言う心の声が聞こえた。
2回目のワークでも、「認めてもらえない、褒めてもらえない」と言う気持ちに反して、「自信があるからでしょ(だから、認めてもらえない、褒めてもらえないことが不満)」って言う心の声が聞こえた。
で、今回の、「私は、言うことを聞いてもらえない」と言う気持ちに反して、「いやいや。何でも言うこと、聞いてもらえるでしょ!」って言う心の声…

いつもいつも、自分の思いに反した、心の声が聞こえてくることに気づいた今日。
そして、認めると白状する機会が訪れる法則(私が勝手に作った法則ね)にのっとり、
私はその場で、白状することとなる。

「私、根本に「私って素晴らしい」と思いながら、周りに共感してもらえるように、共感できるように、「そうじゃないですよ」と言うカツラを被っているかもしれない。だって、共感できないと、寂しいもん…」

そう、だって私は、寂しがり屋の構ってちゃんだから。

だから、共感することで、
人と強く結びついていたかったし、
周りに人が集まって欲しかったし、
みんなと一緒にいたかった。

だから私は、
「私は素晴らしくないんです」
そんなカツラを被って、
みんなに合わせて、
みんなに共感して生きてきたのかもしれない。



だってほら、今見返した、今日のmamaマスのワーク。
「私が愛されている、好かれていると感じる時」に、「共感してくれる時」って書いてあるもん
(ダヨネー。そうダヨネー)



からの、
自分の素晴らしさをアピールすればするほどみんなが集まるお姫様
の称号認定

私が心の奥で思っている「私は素晴らしい人」をそのまま表に出すことで、益々みんなに愛される
という意味。

そのまんまの、素晴らしい私でいいんだ
「私って、スゴイでしょ〜」って、言っていいんだ
うん。
天真爛漫な私なら、嫌味っぽくなく、可愛く言えるだろうな 
(ええ。そんな自信、ありますとも←自信家だからね)

そんな風に、
共感こそが仲間意識で、愛情であると、これまでは思っていたみたい。



長くなったので、次に続きますつながるうさぎ