第36期棋聖戦が始まった。
先手番は挑戦者の高尾紳路九段、後手番が張栩棋聖である。
どんな碁でもこなす二人が、棋聖戦の舞台でどのように立ち回るのか楽しみで一杯だ。


対局場は瀬戸内児島ホテル。
眼下に瀬戸大橋が一望できる絶景の場所で、食事も美味しかった記憶がある。

棋譜再生

序盤はおとなしい立ち上がり。
左上隅、黒9と白の勢力圏を意識して大ゲイマに掛ったのに対して、黒13と三々につけると
将に三々定跡で星に伸びられて模様を拡大されるのを嫌ったようだ。


黒11に付けると左上隅は白18までの形になりそう。
で、黒19と挟んで攻撃を目指す。


解説を聞いてなるほどと思ったのは白22の一間に対する黒23のケイマ掛り。
つい黒25の所に伸びてしまいそうだが、大してご馳走がなく逆に白に23の所に締まられると黒の三子が浮き上がってしまう。


強い人には当たり前かもしれないが妙に感心したところだ。


また、左上隅黒29の置きなどは、遠い将来の寄せを睨んだものらしいが、私のレベルではこんな所に目がいくはずもない。


この碁は左上隅からの一団の黒が封じ込められるか、それを脅しながら上辺の白模様がどれだけ確定するかが勝負だったようだ。


高尾九段はいつものように手厚く打って、黒63まで何となく感じが良い。


ただ、確定地は白の方が多いらしく、がっちり打った張栩棋聖の逃げ切りが濃厚だった様だ。
衛星放送では解説の坂井八段が白持ちという意見が多かったような気がする。


お互いの主張を通す鬩ぎあいや難しい寄せまでは詳しく分らないが、ともかく黒番の高尾九段が
270手まで2目半勝ちを収めた。
衛星放送の終了時では、張栩棋聖乗りだった気がしたのだが、あの碁を勝ったのかという驚きでもあった。


勿論、形成判断も受け売りでしかないが、高尾九段の厚い碁というのに大きな魅力を感じてきた。
張栩棋聖も楽をしては勝たせてくれないな、と思っているところではないだろうか。


いずれにしても、今回の棋聖戦の闘い方の雰囲気が何となく出ていたような気がする第一戦であった。
最終の第七局まで更に楽しませてくれることを願うのみである。

11月20日のNHK杯囲碁トーナメントでは、改めて囲碁の深さや醍醐味を教えてもらった気がした。
黒番の羽根直樹碁聖と新人王の白番村川大介七段の対局である。


棋譜再生


羽根碁聖の黒29がかなりの攻めっ気である。
しかし、ここで怯むようではNHK杯には到底出られない。
村川七段の白30が怪しくも隙あらば反撃の一手で、私などには思いもよらないカッコイイ手に見受けられた。


ならばと黒31と2間開きの肩につけ、更に黒12の石の横に一間に跳びつけての中央封鎖を狙う。
それに見向きもせず白32と中央に飛び出して白石を安定させた。
黒33の抑えは甘んじるものの、右上隅を白34と付けて一団の石を脅かす。


右上隅は、つけ引いてから更に白38とコスんで薄みを狙い、白40と黒17の石を切り離して、黒33の押さえで損をした分をいくらか取り戻した感じである。


更に中央を白42,44と跳ね出して切り離し攻勢を見せる。
中央での競り合いがこの碁の見せ場でもあった。


白52と黒を攻める気配に、黒の方も黒53から白石の退路を遮っての戦いである。
白64の一間跳びに黒は65と二間に跳んで寛いだかに見えたが、白は左辺を一本66と付けておいてから68のボウシである。


次の一手は当然中央を備えるものと見ていたら、何と右下隅から黒69の大ゲイマ締りであった。
ここで既に、中央は場合によっては捨てて打っても締め付ければ何とかなるというような見通しがあったようだ。


中央をまともに逃げていると、たとえ生きても左辺や下辺のあちこちにほころびが出るとの見立てなのだろう。


そして、そのとおり中央の石を逆に周りからの利きで締め付けながら黒123まで右下隅と下辺をまとめてしまった。


逃げ回ると足元を見られるが、逆に取ってくれと居直られると取らねばならない白の方も大変だ。
こんな打ち方の碁があるのは知ってはいたが、テレビとはいえ現実にダイナミックにお目にかかったのは初めてのような気がする。


全くすばらしいというか、手品を見ているようで、この碁が終わったあとも、しばらくは放心状態の様であった。
こんな碁の打ち方があるとは・・。


テレビでプロゴルファーの素晴らしいショットを見た後は、何となく素振りをしたくなる。
この碁を見た後、並べ直せないまでも碁を打ってみたくなったのは言うまでもない。
第36期囲碁名人戦七番勝負は、第6局を挑戦者の山下敬吾本因坊が制して4勝2敗で名人位を奪取した。
山下名人本因坊の誕生である。


山下新名人には、あの息詰まる攻防を正座で戦い抜き、囲碁の戦いの歴史に新たな1ページを刻んで勝利を引き寄せたことに心から敬意を表すと共に、改めてお祝いを申し上げます。
名人獲得、心よりおめでとうございます。


実は名人戦第6局が10月28日に終わって、しばらくは何となく碁に手がつかない状態だった。
というのは、名人戦の戦いの内容が壮絶で、自分の打つ碁がかったるい様に思われたのと、井山元名人が打った布石に納得がいきにくかったからである。


名人位が左右する角番の一局に、かねてより温めていた構想かもしれないが、普通の常識的な判断からすれば不利といわれるような布石を打ったことに対してである。

棋譜再生

上辺の開きがない場合は、白8の三々に対して黒9とは抑えにくいという様に教えられている。
白10から12と打たれてみると黒13の押さえは絶対になる。
すると、白は上辺を14のように開くことが出来、尚且つ右辺も黒7の斜め下にケイマに飛び出しを狙える。


この時点で黒9の押さえは却下されるというのが将に常識であっただろう。
しかし、井山元名人は、このように打ち左下隅の星に黒15と一本掛っておいてから、上辺白14の石に黒17とケイマにかかって右辺の厚みを生かそうとした。


衛星放送の解説者の王メイエン九段も、黒9の押さえは白14に展開され、その後の打ち方が分らなかったが、なるほど黒17と打つものですか、と感心していた。
この感心の中身は分りにくいが、こんな展開もありうるという碁に対する柔軟な考え方に対してのものだと推測する。


ここの折衝で一局の勝敗が決するものではないが、囲碁の神様が判断すれば千分の一ぐらいの確率で有利不利が揺れてはいるだろう。


このあとの壮絶な戦いの幕開けに過ぎない布石ではあったが、角番を前にして1局打ってみようという井山元名人の勇気にはほとほと感心する。


また、新たな戦いの布石を目にして、少しも怯むことなく刃を交えた山下新名人の囲碁に対する情熱のほとばしりも十分に堪能できた。


こんな碁が続く限りにおいて、日本の囲碁が世界に取り残されるはずがないという確信が持てたような名人戦の最終局であった。


改めて山下新名人おめでとうございます。
井山九段にはお疲れ様と共に、またこの場での戦いを是非とも見せていただきたいと申し上げます。