不況になると口紅が売れる

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~遊びゴコロで、世界を救おう!~

経験デザインのアプローチで、新製品・新生活・新社会を妄想するブログです。

存在しない商品・サービス・イベント・制度等々をでっちあげますが、空想・妄想系の企画ですので、笑い飛ばしてください。
なお詰将棋についても時々、なにやら書いております。

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三和シャッターの企業CM。

唄・作詞・ヴァイオリン:サラ・オレインというもの。




どうということはないようだが、この広告表現が巧妙なのは、

「CMソングのエンディングを自然にサウンドロゴに転換させている」

という点にある。


つまり、

なんとなく気持ちの良いCMソングを聴いているうちに

自然とブランド名が入ってくるという仕掛けだ。

これが「広告」なのだ。



おっ、これは新しいパターンか???と思ったけど、

実は過去に同じような形式の広告があった。


「初めての街で」 
作詞: 永六輔 、作曲: 中村八大 、編曲: 井上鑑

なんと、西田佐知子が唄ってたんですね。


「やっぱり俺は…一人じゃない」と見せておいて、

「やっぱり俺は…菊正宗」で閉める。

うまい!!

クライアントのごり押し的な面もあるが、

まあ、それを許せるのが1975年という時代状況なのかもしれない。



今日、サウンドロゴ全盛の時代になった。

なぜかというと、誰もCMなんか見てないからである。

スマホやPCを立ち上げるついでに、インテリアとしてテレビをつけている状態にある。

従って、広告を「見せる」のではなく「聴かせる」しかない。

だからサウンドロゴが「CMの生き残る最後の手段」なのである。


しかし残念なことに、CM本編とサウンドロゴを別々に制作しているケースが多い。

で、たいていは表現が分裂して、サウンドロゴが唐突に現れる。

前半の世界観がぶち壊しになるような広告が、実はいくつもある。


せっかく質の高いサウンドロゴを用意てしも、

CMの中で効果的に現れない場合がほとんどである。


今回例示したのは、それを回避するお手本かもしれない。


 去る3月23日(土)、東京都商業高校合同学習「東京プランニング・ラボ」の企画発表会が開催され、今年度の全プログラムが終了しました。

 

 「東京プランニング・ラボ」とは、都立商業高校1、2年生の6チームが、都内の6企業(食品、トイレタリー、金融、化粧品、メディア、出版) からマーケティング課題をもらい、学習を重ねながらそれぞれの企画作業を進めていくプロジェクト学習の総称です。
 次のような企業・団体からご協力を頂き、自社の経営課題に沿ったプランニングテーマを頂戴しました。

 


 

 先行知識を持たない高校生に、わずか6回でマーケティングを学ばせるのは至難の業です。

 さらに毎回、対話し、考え、発表するアクティブラーニングを展開する方針でいたため、座学内容は極力絞らざるを得ません。

 ただそこは、武蔵野美大の学生(技術はプロ級)にTAとして参加してもらったり、企業の方には訪問ヒアリングに対応してもらったりして、学びの多角化に務めました。

 生徒たちからは「わかりやすかった」「何も知らなかったけど参加して自信につながった」「マーケティングがこんなに楽しいとは思わなかった」などの評価を頂くことかできました。

 

 

 

 最終回の3/23は、企業関係者もお呼びしてのプレゼンテーションです。

 新商品開発提案やらVtuber提案、webサイトでの物語広告、ターゲットの絞り込み、ポップアップストアなど、いろいろな角度からの発想ができていたと思います。

 もちろん予算的・物理的な制約についての議論に欠ける面はありましたが、その分自由で、のびのびとした提案になっていたと感じました。

 

 

 

 

 昨夏より、講義計画、事例収集、企業への交渉、教材作成、授業、ファシリテーション…といった一連の作業に携わりましたが、商業高校の生徒を相手にするのは新鮮で、大変意義深いものを感じました。

 企業も大学も、「商業高校」でいまどのような学習が行われているのか、あまり認知も関心もないかと思います。

 商業高校はかつての「簿記や秘書検定、情報系の資格」といったイメージ(これがあるから生徒が集まらない!)を脱皮して、「マーケティング」を核としたPBL(プロジェクト学習)にシフトしていく必要があります。

 しかしながら、今はまだ、そのノウハウが学校にはないのが現状です。

 また、ただでさえ負担が大きすぎると言われる高校の先生に、新たなミッションを持たせるのは現実的ではないと思われます。

 今回、大学のマーケティングの教員として私がそこをサポートしましたが、例えばそれぞれの地域で、企業のマーケッターと高校の学びとを繋げるコーディネーター役の人がいてくれるとよいのかも知れません。

 企業経営やマーケティング業務の経験を持つリタイア人材で、地域の商業教育に貢献したいとお考えの方に協力してもらう、などですね。

 

 さて、今回参加した31名の高校1,2年生たちは、次年度、各高校でリーダーシップをとり、新たなビジネスアイデア創出に向けた取り組みに携わる予定です。

 TPL(東京プランニング・ラボ)1期生の活躍を、ぜひ期待しましょう!

 

 

 1月に、念願の「スマホ詰パラを語る会」を開催した。

 当日出席してくれたのは何と11名で、宗時宏、野々村禎彦、小池正浩、利波偉、馬屋原剛、大西智之、松本浩一、久保紀貴の各氏、そして岩永光一、岸本裕真両氏は関西からの参加である。

 実はこの会合に間に合うように、武島さんが「スマホ詰パラ好作選 2014-2016」を編集してくれていたそうで、こうした粋な計らいが生じるところもスマホ詰パラらしいといえる。

 しかし実際には、著作権がどーした問題で発刊は延期。

 それじゃ申し訳ないからと、ムネトキさんがキンコーズで「好作選1」を印刷製本して持ってきてくれた。

 ホントに、スマホ詰パラプロパー陣は、なんていい人たちなんだ。

 

 この10周年をテーマに、当日の模様を組み込んだエッセイを、柳原さんの創刊した『詰将棋ファン』に投稿させてもらった。

 「あなたしか書けない」「好きに書いてください」「分量はいくらでも」という素晴しいオーダー。

 やはり名編集長である。


 『応援される会社 ~熱いファンがつく仕組みづくり』が、1月末に光文社新書から刊行された。

 実は書籍は執筆時以上に、刊行後が大変だ(企画を考えている時が一番楽しい)。

 取材協力者への謝状、メディアの取材やら雑誌の原稿依頼など、丁寧に対応しなくてはならない。

 特に昨今はwebサイトからの取材もあるが、これは結構気をつけないといかん。

 こちらの発言が歪曲されたり、拡大解釈されたりして、結局原稿を直すハメになることも多いのだ(そしてたいていノンギャラである)。


 7月には、詰将棋全国大会に参加。

 二次会も参加したかったが、翌日(海の日)が講義だったり、残った仕事も山ほどあったりしたので泣く泣く自粛した。

 

 9月からスタートする都立商業高校合同学習「東京プランニング・ラボ」の準備が待っていた。

 これは、東京都立商業高校の生徒に実践的なマーケティングの学びを体験させる試みで、その企画、コーディネート及び講師をしなければならない。

 教材作成だけでなく、企業6社やTAへの協力依頼、大学生アルバイト6人の確保も必要だった。


 10月に大阪出張の機会があり、たまたま中日が少し空くのをいいことに、在阪のスマホ詰パラ関係者にお声掛けして「語る会2」を開催する。

 岩永光一、柳原裕司、小池正浩、近藤諭、高坂弦磨、竹中健一、山本理の各氏が参加。

 そこに山本氏が主宰する暁塾の生徒さん2人(谷口君、森君)も同席してくれた。

 岸本さんは2次会からの合流である。

 ちなみにこの日は、京都の霊光寺に行き、大橋宗桂と天野宗歩の墓参りもできた。


 スマホ詰パラは、12月7日で10周年を迎えた。

 ムネトキさんとトークショーを企画し、ささやかな誕生日を祝うことにした。

 こちらの模様は、先日ご紹介した通りである。

 「管理人の作業を一部体験する」という催しでは、ある1日にスマホ詰パラに投稿された111作の「区分け」を行う。投稿作のうち、いかに「没」「フェス行き」が多いことか!!

 

 全く個人的な話ばかりですいません。

 結局、スマホ詰パラへの参画と並行した、自分自身の「転職後の10年」を振り返ってみた形となった。

 自分が経験した限り、詰将棋の集まりは基本、知的で紳士的である。

 こういう場を生み出すプラットフォームとしても、スマホ詰パラが今後ますます発展していくことをお祈りしたい。
 

 


▲NO.12175「10周年おめでとー」2018.12.7掲載

 この年、大学で「将棋」の講義をスタートさせた。

 日本将棋連盟の中川理事に、講師を派遣してほしいと依頼し、若年層への普及施策の一環ということでご快諾を頂いた。

 講師は将棋博士・堀口弘治七段である。

 技能だけでなく、盤上遊戯の歴史、礼儀作法、駒づくり、国際比較、将棋用語など、多角的に将棋と文化を学んでいく講義に組み立ててくれた。有難い。


 ある日のこと、大学の先輩から連絡が入り、「将棋世界」3月号を読めという。

 何と拙作が「谷川賞」を受賞していた。

 サロン入選作の中から、優秀作群とは別枠で谷川浩司九段の判定(好み?)で表彰する作品である。

 ただ、この作品は月間優秀作にも選ばれていない。

 当時谷川先生は一連のスマホ事件で連盟会長を辞任され、入院静養中であったが、あの憧れの人に拙作を見てもらっただけでも感激である。


 将棋界の暗雲を一気に吹き飛ばすかのような新星が現れた。

 14歳の藤井聡太である。

 藤井さんが詰将棋大好き人間であることを既に知っていたし、従って密かに応援していたのだが、四段昇進後の快進撃で一気に将棋ブームに火がついた。

 名古屋の詰将棋全国大会は大変なことになったと聞く。

 やはり行く一手だったかと思ったが、この年は行っていられるような状況になかった。


 4月、経営学研究所の所長に就任し、リカレント教育やら新規事業開発やらを推進する立場となった。

 また、武蔵野美術大学のデザイン情報学科で非常勤講師を担当することにもなった。

 光文社新書『応援される会社』の執筆と取材も始まる。

 さらには日本説得交渉学会の理事として、研究大会の運営や学会誌の編集にも携わるなど、スケジュールが無茶苦茶なことになってきた。


 本誌「詰パラ」の方はネタはまったくないことはないが、推敲~検討~解説~投稿という地道な作業をする時間がほとんどとれない(言い訳!!)。

 その点、スマホ詰パラは投稿が楽である。

 ストック作の焼き直しが多いが、ぼちぼちと投稿を続けた。

 

 この年、スマホ詰パラは一万題突破という偉業を成し遂げた。
 ツイッターで、ムネトキさん、みつかづさん、kisy師匠など、詰将棋作家間のやりとりが盛んになってきた。

 相互アドバイスやコラボ作にも繋がり、創作の新しい時代を予感させた。

 そういえば来年はスマホ詰パラ十周年だ、という話になり、以前からやりたかったオフ会を計画することに。

 ここでもツイッターが役に立つことになった。
 

 


▲NO.1006「万」2017.9.1掲載
 

 この年は申年。

 初形「サ」が、詰め上り「ル」になる立体曲詰を創作。

 あまりにもくだらないアイデアにつき「おもちゃ箱」には連絡しなかったが、それでも「徹人」加藤徹さんのリサーチ網はごまかせず、結局年賀詰コーナーに晒された。

 「年賀詰は、このくらいくだらないのが丁度良い」という三輪勝昭さん一流の誉め言葉?を頂き、2016年は明けた。


 さんざん古典詰将棋を並べたせいもあり、前年に「江戸時代の名人オマージュ」作をシリーズ化して、スマホ詰パラに投稿した。

 ただこの頃になると掲載までの期間がかなり長期となり、作家一人につき1月に1作という発表本数の縛りも安定してきた。

 そのため自分でも、量より質に方向を転換させつつあったようだ。


 そんな矢先に、利波偉さんから「たま研」で何か喋れとの指令があった。

 基本的に「断ることはできない」(笑)という絶対手である。

 たま研というのは、何と参加者の1/3が看寿賞作家という泣く子も黙る恐ろしい集まりであり、しかもこの年は十周年記念の会なのである。外すわけにもいかない。

 こちらが教えを乞うべき人たちばかりの前で何を喋れというのか?


 で、 たま研での無事成就を祈願し、二代伊藤宗印の墓参りに行くことにする。

 墨田区横川の本法寺というところだ。

 自分の家の墓参りもロクに行かないくせに罰当たりの身だが、しかしここに宗印だけでなく、初代宗看、印達(早世の天才・五段)、三代宗看(七世名人)、看恕(七段)、看寿(贈名人)、得寿(早世)寿三(二代看寿)、七代宗寿らが眠っていると思うと、将棋関係者、そして詰将棋作家にとっても<聖地>に他ならない。

 本来、駒の形をしていたはずのボロボロで崩れかかっている。

 300年になろうとしているのだから仕方ないところだが、何とかできないものかと思うのだが…。


 たま研では 「将棋を博打から知的文化に変えたのは詰将棋」「現代の詰将棋の礎は宗印がつくったが、当時の民間作家の影響が大きかった」「意欲の高いアマチュアこそ、真のプレイヤー」という3ポイントを中心にお話する。

 遊戯史学会とは異なる要素(宗印の創作メソッドなど)を盛り込んだため、一からの作業となったが、発表内容はこちらの方が格段に面白くなったと思う。

 内容は鈴川さんが見事にまとめてくれているので、こちらをどうぞ。


 この年の11月に武島広秋さんが「スマホ詰パラ好作選」を刊行した。

 長年のおつきあいのコネ?で、有難くも世阿弥作を3作ほど掲載してくれた。

 しかし鈴川さんといい武島さんといい、きちっと仕事をするタイプであり、こういう若い人がいるというだけで詰将棋界の未来は明るい。


 この年、手塚プロダクションとコラボして、「手塚キャラクター発想支援カード」という創造性開発ツールを作成した。

 秋から冬にかけては、これを使ってあちこちで講演とワークショップを展開した。

 


 
▲NO.8591「詰んでいるのに底歩銀冠」2016.12.20掲載