『星持ちと弁当屋2』を立ち読み♪ | 一迅社アイリス編集部

一迅社アイリス編集部

一迅社文庫アイリス・アイリスNEOの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、
という編集部ブログ。

さて、本日もお届けしますラブラブ

3月の試し読み第3弾は……

『星持ちと弁当屋2』

著:久吉 絵:すがはら 竜

★STORY★
魔力を使いこなすため勉強中の元弁当屋のリリアは、心を閉ざした女性を目覚めさせる任務に挑むことに! 彼女は片思い中のアルドの母親で、彼とも急接近……!? 約100ページの書き下ろしを含むWEB発ファンタジー第2弾!!


~~~~~~~~~~


「手を」
「……は、い」

 手を差し出しながら、そのまま顔を覆ってしまいたい羞恥に襲われた。
 最後に会ったのは新年祭だから、一月近くは経っている。
 それがまさか、こんな不意打ちみたいに再会することになるなんて、想像もしなかった。
 激しく動揺する気持ちが手から伝わらないよう、必死に“心”を押しとどめる。

「……お久しぶりです。新年祭では……髪飾りをありがとうございます。知らないうちに髪につけられていて、びっくりしました」
「ああ、喜んでもらえたなら、うれしい」

 いたずらが成功した子どものように、アルドさんが微笑む。
 こっそり髪飾りをさしたり、こうやっていきなり出迎えたり、案外人を驚かすのが好きな人なのだろうか。

「……やだ、驚いた。大げさな話じゃなかったのね」

 先を行くイヴが、こちらを振り返り、片目を瞑って見せた。
 何が、と聞こうとしたところ、アルドさんに軽く手を引かれる。

「身体が冷える。部屋へ行こう」

 何かごまかされたような気もしながら、そのまま客間へ案内された。入り口から遠くない部屋だったので、賓客をもてなすための部屋ではないのだろうが、四人家族が生活したとしても余りある広さだ。あちこちに扉があるのは、別の部屋とつながっているのか、寝室や浴室がつけられているのか。
 落ち着いた赤茶の絨毯はとろけるように柔らかく、テーブルやソファの肘かけも顔が映るほど磨き込まれ、埃一つ見当たらない。さすが王宮、と言いたくなるような贅を尽くした部屋だった。
 どうぞ、と勧められてソファへお尻を乗せると、アルドさんが隣に来た。ソファは三人ほどがゆったり座れるほど大きいのに、何となく距離が近い気がする。
 正面から見つめられるよりは、横にいてもらった方が緊張はしないけれど。緊張感の元が横にあるか正面にあるかの違いしかないとも言える。

「ちょっと、近いわよ」
「そうか?」

 テーブルを挟んで対面に座ったイヴが、片眉を器用に持ち上げながら言ってくれたが、アルドさんは取り合わず、テーブルの脇に置かれたワゴンから茶器を取り出した。
 その姿を見て少し違和感があって、すぐ気づく。
 私の知る貴族のお屋敷は、大体こういう場面ではメイドさんがお茶を用意してくれていた。王宮にはたくさん使用人がいるはずだから、ここにイヴとアルドさんしかいないのは変だ。
 私の視線に気づいたのか、イヴが笑う。

「人払いをしてあるのよ。私もアルも、この程度のことは自分でやる方が良いの」
「ああ……なるほど」

 イヴの屋敷でも確か、「あとはやるから良い」と人を下がらせてしまうことが多かった。それは彼女の屋敷で働く人が少ないせいだと思っていたが、それだけが理由ではなかったのか。

「今日リリアに来てもらったのは、会わせたい人がいたからなの。ただ少し予定が立て込んでいて。待ってもらうことになってしまうのだけど」
「私は……構いませんけど」

 アルドさんは、たまたま顔を見せに来てくれたのだろうか。
 ちらりと視線を向けると、そっと微笑んでくれる。

「俺も、同席させてもらうことになっている。茶を……淹れてもらえるか」
「そうね! 私も、リリアの“心”入り、飲みたいわ」

 食事も“心”が込めてあるかどうかで、味が全く違うのよね、とイヴが同意を求めれば、アルドさんも頷く。

「リリアの“心”は特別だからな」
「……っ、褒めすぎです」

 熱くなった頬を隠すようにしながら、茶器を手に取る。
 見たこともない銘柄の茶葉もあったが、良く知る茶葉を見つけたので、瓶を開ける。炒ったばかりのものらしく、香ばしい匂いが鼻をくすぐっていった。
 温められたポットに茶葉を入れ、ゆっくりと湯を回し入れながら“心”を込める。
 今朝雪を見たときに感じた気持ち。手袋の上で踊り、消えていった六角形の結晶。木漏れ日の眩しさ、寝起きに飲んだ紅茶の美味しさ。

「どうぞ」

 差し出せば、二人ともがほんのりと目元を緩め、飲んでくれた。
 自分の淹れたお茶、自分の込めた“心”がその表情を作ったと思えることが、とてもうれしかった。

「お茶だけでも、本当に違うわ。おいしい。……ねえ、アルはアカデミーに入る前のリリアのお弁当、食べたことあるのよね? 初めて食べたときはどんな感想を持ったの?」

 イヴの突然のことばに、お茶が変なところへ入りそうになる。初めてアルドさんが私の弁当を食べたとき、というのは、新年祭で出かけたときに聞かされた、あの恥ずかしいアレということか。

「……そ、れはちょっと……」

 あの声を、あの眼差しを、こうやって少し思い出しただけで顔が熱くなるのに、今もう一度、しかもイヴの前で聞かされることなど、堪えられそうにない。
やめてほしいという思いを込めてアルドさんに視線を向ければ、わかったというように「ああ」と小さく頷かれる。

「教えることはできない。もったいないからな」
「ええ!? 何それ!」

 私とイヴの叫び声が見事に重なった。二人分の叫び声はそれなりに大きかったのに、言われた方のアルドさんは、静かに微笑むばかりだ。

「俺が何を感じ、何を思ったかは、俺だけのものだ。他の人間に教えることがもったいないと思うだけだ」
「……本当に、これが兄なのかと思うと、色々と考えさせられるわ。ね? リリア」
「……私からは何とも申し上げられません」

 からかうような視線に俯けば、イヴは声を上げて笑う。
 姉弟とは言え、イヴとエディくんの容姿はあまり似ていない。だが、こういう笑い方は良く似ていると思う。いたずらをされても、無理難題をふっかけられても、結局はその笑い声で許してしまいそうになる憎めなさは、天性のものだろう。

「まあ、アルはつついても面白くないし、リリアがかわいそうなだけね。……待ち人はまだ来そうもないし、そろそろ始めてしまいましょうか」


~~(気になる続きは、本編でお楽しみください)~~