一迅社文庫アイリス編集部

一迅社文庫アイリスの最新情報&編集部近況…などをお知らせしたいな、

という編集部ブログ。


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今週末はとうとう、アイリスNEO12月刊が発売★
本日は新刊の『重たい執着男から逃げる方法』の試し読みを一足早くご紹介です(°∀°)b

『重たい執着男から逃げる方法』

著:長野 雪 絵:白峰

★STORY★
「もう、逃がさない。俺のマリー」
冴え渡る美貌を持つ騎士クレストに、(無理やり)引き取られてしまった魔術師の少女・マリーツィア。
監禁&束縛して来る彼に、もう耐えられない!と逃げ出したのだけれど、クレストはどこまでも彼女に執着してきて……?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 両手に重い枷をはめられた私は、目の前に立つ青年を見上げた。
 天使かと見紛うような金色の髪は、小さな明かり取りの窓から差し込む僅かな光に照らされ、まるで宗教画のような神々しさを与えている。新緑の瞳はどんなエメラルドも敵わない輝きを湛え、その美しく整った顔立ちに一層の華やぎを添えていた。
 つまりは、とんでもない美青年である。
 彼は墨色のローブを纏った男を控えさせ、私に対峙していた。

「ご心配されるような術の反応はありません。魔術師の下に居たとは言え、証たる杖もないよう
ですので、単なる小間使いの体であったのだと推測されます」
「――――そうか」

 ローブの男の報告に、青年は無表情の中に僅かな安堵を滲ませた。男にねぎらいの声をかけ、部屋から退去させると、寝台に座り込んだままの私にゆっくりと近づいた。

「つらい思いをさせてすまない、マリーツィア」

 彼の手に握られた小さな鍵が、私の手枷のものだと気付いたのは、両手が軽くなってからだった。

「あれから、ずっと君を探していた。あの外法魔術師の下で無理やり働かされていたのだろう? もう安心していい。君は俺が守る」

 私は、青年がかつての少年だと気付いていた。
 だからこそ、抱きしめようと伸ばされた腕から逃れようと自分の身体を小さくする。

「マリーツィア。俺の『祈り』」

 私の名前の由来が、古い言葉で『祈り』を表すものだと教えてくれたのは、柔らかな金の髪を持った、人の目を引く容貌の少年だった。そう、間違いなく目の前の美青年は、かつての、あの、少年なのだと確信し、私の肌が粟立った。

「もう、逃がさない。俺のマリー」

 私は、自由になった手を使って、恐怖を振り払うように思い切り彼の頬を引っぱたいた。

◇  ◆  ◇

 私の名前は、マリーツィア・クリスチャーニン。子沢山の農家に生まれた私は、六つの時に口減らしのために売られていくところを、お師さまに見出された。双子の妹ではなく、私を売ろうとした父親に思うところはあるが、それでも大好きなお師さまに買われたことを、私は幸せだと思っている。
 お師さまは、かっこいい。黒い髪に黒い目のお師さまは、その筋では有名な魔術師様なのだそうだ。王宮からも仕官の誘いが何度も来ているのに、全て断ってると聞いたことがある。でも、お師さまの見た目は二十代ぐらいで、髪の色が同じ私と並ぶと年の離れた兄妹に見られてしまう。

「お師さまは、どうしてそんなに若く見えるんですか? 私、本当の年齢も知らないんですけど」
「魔術を極めると、そういうこともあるよ」

 明らかにはぐらかされている。ある程度、年をとった人は年齢のことを聞かれたくないものだというけれど、お師さまはそういう問題じゃない気がした。だけど、弟子である私があまり突っ込んで尋ねるのもどうかと、それっきり、お師さまの年齢の話は有耶無耶になった。
 私の魔力はとても高いらしく、私は衣食住の面倒を見てもらう代わりに、掃除や洗濯といった家の中の雑事を片付けて魔力を提供することになった。魔力と言っても指や腕を少し切って血を流すだけだ。魔力というものは、人の身体を巡る体液に宿っていて、血液がその最たるものらしいから。
 必要なことだからと、読み書き計算もお師さまから教わっているけれど、魔術については教えてもらっていない。お師さまが言うには、魔術を教えるのはひどく面倒なのだそうだ。――――そんな楽しい生活の中、私は『彼』と出会った。
 それは、丁度十二になったばかりの春だった。日頃、山の中の庵と麓の町ぐらいしか出歩かないお師さまは、貴族の社交シーズンだけは王都に出稼ぎに行くことにしていた。お師さまは、キラキラと星降る夜や大輪の花火を再現して見せるという夜会の余興をする。私は、度重なる興業でお師さまが疲れ切ってしまわないよう、花火などの核となる石に私の血(=魔力)を含ませるという手伝いをしていた。もう数年は続いている毎年恒例の出稼ぎだったが、その年だけは、状況が違っていた。

「単刀直入に言おう。そのお嬢さんを息子の遊び相手に譲って欲しい」

 それは、とある家のお坊ちゃんのために、いつも通りに花火を披露した後のことだった。

「日頃、何にも執着を持たない息子がねだるのだ。私としても、願いを叶えてやりたいのだよ。他ならぬ息子自身の誕生日でもあるし」
「お断りします」

 にべもなく切り捨てたお師さまだけど、その邸の主人は全然引き下がる気はないみたいだった。このお邸の主人という目つきの鋭い人と、お師さまの話し合いは平行線のまま続いていく。
 これだけの立派なお邸を持つ人だ、本気になればお師さまをどうすることもできるのかもしれない。お師さまの平穏のためには、きっと、私は――――

「父上!」

 乱入してきたのは、問題のお坊ちゃんだった。そうだ。思い出した。パーティではずっと仏頂面を浮かべていて、お師さまが綺麗な花火を披露した時も、このお坊ちゃんだけはなぜかずっとこちらを見ていた。てっきりお師さまのすごさに感じ入っているのだと思っていたけれど、お師さまはもしかしたら気付いていたのかもしれない。だって、お仕事が終わったらすぐに帰りたがっていたから。

「クレスト。なぜここに来た。主賓が会場を離れてどうする」
「父上が交渉していると聞いて。彼女に失礼な発言をするのではないかと心配になりました」

 さらさらの金髪や綺麗なエメラルドの瞳はとても綺麗で、「美少年」という言葉に負けない顔立ちというのは、きっとこういうものなんだと思えた。そんなお坊ちゃんが、黒髪に紫闇の瞳という暗い色彩しか持たない上に至って平凡な容姿の私を選ぶ理由が、さっぱり分からない。

「丁度良いところに。残念ながら僕は、マリーを手放す気はありません。アルージェ伯様も、ご子息様も、そこをご理解いただきたい」
「魔術師殿。俺は貴方みたいな非道な仕打ちをこの子にするつもりはない」

 クレスト少年は私の手を取ると、両手でぎゅっと握りしめてそんなことを言った。非道な仕打ち? いったい何のことだか分からない。

「幼い少女を切り刻むような男に、この子は連れて行かせない」

 困惑している私の袖をまくりあげたクレスト少年は、傷だらけの私の腕を露わにするなり眉をひそめた。その傷は、余興の前に石へ魔力を移す際に付けた傷だった。連日の興業で作られた傷は、改めて見ると痛々しいかもしれないが、これは私を養ってくれているお師さまへの正当な対価だ。

「もし、この子を置いていかないのなら、子どもへの虐待として告発する。ギルドに属さない魔術師の立場がいかに弱いものか、はぐれ魔術師なら知っているだろう」
「クレスト! 発言を控えなさい!」
「いいでしょう」

 私は愕然とお師さまを見上げた。

「マリーツィア。この邸に残りなさい。この邸で、このお坊ちゃんの遊び相手として色々なことを吸収するといい。僕の教えることだけでは、どうにも常識が欠けてしまいそうだからね」
「……お師さま」

 またなのか。両親だけでなく、お師さまにも捨てられるのか。私はやっぱり軽い存在なのか。

「そのブレスレットは、ささやかながら僕からの贈り物にしよう。大事にしなさい」

 じわりと滲みかけた涙が止まる。お師さまの指差す先には、細かい模様の施された銀色の環が
あった。私を伴って出稼ぎに出るようになってから渡された護身用のブレスレットには、万が一の時にお師さまの庵へ転移する魔術が施されていた。

「お師さま……?」

 意図するところを理解しきれず、呆然と呟く私を、後ろからクレスト少年が抱きしめて引き寄せた。

「アルージェ伯様。この額で手を打ちましょう。僕としても非常に残念ですが、息子さんがそこまでマリーを所望するのであれば仕方がありません」
「そうか、受けてくれるか」

 鋭い目をした父上さんが、初めて顔を和ませた。そんなにこのお坊ちゃんが大事なのか。私からお師さまを奪うほどに。そんな憤りがふつふつと沸きあがる。

「えぇ。ですが、一つだけ条件を」

 お師さまは、ちらりとこちらに目を向けると、その瞳を細めた。心配ない、と私に告げるように。

「もし、マリーがこの邸での生活に嫌気が差して逃げ出すようなことがあっても、僕は関知しません」

 その言葉は、私に「社会勉強をしてから戻っておいで」と告げているような気がした。けれど、おおっぴらに確かめることもできず、私は視線を落として護身用のブレスレットを見つめていた。
 ――――そうして、クレスト少年に引き取られた私の生活は一変した。それまで、庵では家事雑事をできるだけ引き受けていた私は、ここではお世話をされる側に変わってしまった。出稼ぎの度に宿屋でふかふかの布団にはしゃいでいたけれど、ここのベッドはもっと身体が沈み込むような柔らかさだった。そして何より変わったのは……

「マリー、何を考えているんだ?」
「今日は何をして過ごそうかと考えてました」

 朝食の最中に、ちょっとお師さまとの暮らしを思い出していた私は無難な答えを返した。目の前で優雅にナイフとフォークを扱う美少年の前で、お師さまに関わる話題は禁句となっている。どうもお坊ちゃんの中で、私は『非道な魔術師に洗脳されて自ら血を提供し続けた可哀想な女の子』らしい。お師さまのことを話すだけで、途端に怖い顔になるんだ。

「そうか、俺は残念ながら今日は一日、外出する予定だ。いい子で待っていてくれ」
「そうなんですか。では今日は読書をして過ごすことにします」

 私はいつも通り、今日の予定を申告する。坊ちゃんが不在の場合、私は朝食の際に一日どういった行動を取るのかを伝えなくちゃいけない。下手に曖昧なことを言ったり、または予定外の行動をしたりすると、この坊ちゃんに面倒なぐらいに問い詰められてしまう。
 坊ちゃんが邸にいる時はもっと面倒で、ずっと坊ちゃんと一緒にいることを求められる。坊ちゃんが剣の鍛錬に行っている親戚の家であった話に付き合わされたり、坊ちゃんが家庭教師を呼んで勉強している時にも傍らにいることをお願い(という名の強要)されたり、正直、息が詰まって仕方がない。遊び相手にしては随分と過保護だと思うけど、坊ちゃんも責任を感じているのかもしれない。何しろ、お師さまから自分の手元に無理やり引き取ったんだから。でも、たった二歳年上なだけなのに、まるで親鳥のように抱え込まれてもなぁ。

「マリーは本当に本が好きだな。もう、邸の本を全て読み尽くしてしまったのではないか? 帰りに新しい本を買って来よう。今度はどんな本が読みたい?」

 これも何度となく繰り返された質問で、たとえ坊ちゃんに「どんな本がよいか」と尋ねられても、私は素直に「魔術の本が欲しい」と口にしちゃダメだ。お師さまに繋がる言葉は全てタブーだから。それがどれだけ些細なことでも、お師さまに繋がるキーワードを口にしてしまえば、この坊ちゃんはいかにお師さまが非道な振る舞いをしているのか、この暮らしがどれだけ幸福なものか、それこそ自分の外出を取りやめてまで懇々と諭してくるんだ。正直鬱陶しい。

「その、実は、刺繍に少し興味があって――――」

 この流れは予想通りだったので、私は用意していたセリフを口にした。お師さまと一緒にいた頃、仕事のたびに羽織っていたローブを思い出す。墨色の生地に銀糸で刺繍のあしらわれたお師さまのローブには敵わないが、黒い木綿に白い糸で拙いながら刺繍を施していたのだ。あのローブだけじゃなく、ほとんど全ての持ち物を処分されてしまったけど、それでも、ローブにちまちまと刺繍を施していた日々を忘れたわけじゃない。

「確かに、歴史や経済などの本ばかりでは偏ってしまうな。そういった趣味も必要だろう」

 私はこっそり胸を撫で下ろした。坊ちゃんの眼鏡にかなうジャンルだったようだ。これが、坊ちゃんの理想とする「私」に不似合いだと判断されるとスッパリ切って捨てられるのだ。

「刺繍の教本と道具を探して来よう。あぁ、それとも教師を見繕った方が良いか」
「い、いえ、とんでもない。本と道具だけでも十分です!」

 私が慌てて遠慮すると、微かに笑った坊ちゃんは「お前は本当に欲がない」と呟いた。
 朝食を終えて坊ちゃんを見送ると、私のヒマな一日が始まる。
 遊び相手と言っても、使用人と兼任だろうと思っていた私は、初日から裏切られた。食事の片付けも、掃除も、率先してやろうとすれば、使用人から止められた。一度、無理を言って庭を掃かせてもらった時なんて、それを知った坊ちゃんが庭師のおじいちゃんを解雇しようとしちゃって、それを慌てて宥めて止めたという逸話まで作り上げる羽目になってしまった。
 どうにもあの坊ちゃんは、私を何もできないお人形さんにしたいらしい。せっかくお師さまの下で磨いた掃除や料理の腕も、このままでは錆び付いてしまう。可哀想な子を引き取ったはいいけれど、私のことをどう扱うか決めかねているとか? 正直な話、勘弁して欲しいと思う。
 私は、すっかり慣れ親しんでしまった書斎に足を運んだ。このお邸そのものが三男であるクレスト坊ちゃんに与えられたものらしく、書斎に並ぶ本も、坊ちゃんの好みもしくは彼の教育のために揃えられた本ばかりだ。歴史や経済、体術、剣術などあからさまに貴族の男性向けの本が並ぶ中に、刺繍の本が混ざることを考えると、少しだけ笑いが込み上げてくる。

「さて……と」

 私は本棚の前で仁王立ちになった。何を読もう?
 しばらく考えた末、ずっと気になっていた『護身術百選・降りかかった火の粉は自分で払え!』を手に取った。坊ちゃんからは顰蹙を買いそうな本だけど、万が一のことを考えて、とか適当な理由で言いくるめよう。うん。言いくるめられると信じたい。
 私は時折、実際に身体を動かしてみながら、じっくりと本を読み進めていった。
 ――――結果を言うと、残念ながら、言いくるめることはできなかった。

「そんな危険な目には遭わせない」
「俺が守る」
「不安なら邸の警備を倍にする」

 などなど、坊ちゃんは私の選んだ本がお気に召さなかったようで、ひどくご立腹の様子。

「それほど心配であれば俺の外出について来い」

 これには困った。ついて行ってどうするんですか。ずっと隣に控えてる? いやいや、まさか馬車の中に放置とか?
 とりあえず、歴史や経済の本に飽きてきたのだという落とし所で何とか納得させた。ちなみにあの本は没収された。
 こんな結果が予想できていたなら、何故あの本を読んだことを報告したのか? という疑問を感じる人もいるかもしれない。
 答えは簡単。偽ることができないから。
 夕食の席で、私は坊ちゃんに今日一日の行動が予定通りだったことを報告しなければならないのだ。報告を拒否すれば、それこそ鬱陶しくも、いかに私のことを心配しているかを切々と語られて諭されてしまうわけで。さらに、私の報告にウソがないことを、使用人の口からも報告させる。ぶっちゃけ監視されてるんじゃないかな、私って。
 貴族の女性は皆こんな感じなんだろうか。だとしたら、この国の淑女の皆様方には自由がない。行動を監視されるのは、私からすればすごく窮屈だけど、生まれた時から続いていれば、気にならなくなるものなんだろうか。
 もっとも、貴族の男性もそれなりに大変なようだ。坊ちゃんは伯爵家の三男なので家を継ぐこともできず、領地経営を手伝うよりは王都で騎士になるべく励んでいるらしい。お兄さん二人とは仲が悪いどころか、陰湿にいじめられていた、というのは私の世話をしてくれているメイドのアマリアさんからこっそり聞いた話だ。どうやらそれが原因で無表情・無感動・無口・無愛想という四冠を達成してしまったとか。そりゃ、普通のお友達もできずに私みたいなのを引き取るわけだ。無表情っぷりは私も最初はびびったし。家族との縁が薄いという点では似たもの同士かもしれないと思うようになってからは、私もできるだけ坊ちゃんの意向に添うようには動いている。

「おかえりなさい……?」

 今日も今日とて坊ちゃんのお出迎えに玄関ホールまで向かった時、なぜか違和感を覚えた。坊ちゃんは相変わらず表情が薄いけど、それでも朝夕と顔を合わせ続けているせいか、最近は何となく喜怒哀楽の『喜』と『怒』ぐらいは感じ取れるようになってきた。その矢先のことだった。

「……どうかしたか?」

 じっと見上げている私を不審に思ったのだろう。坊ちゃんはまるで幼い子どもにするように、私の頭を撫でてきた。その手が私の額をかすめた瞬間、私は驚きで目を丸くした。

「すごく、手が熱いです」

 私と同じく坊ちゃんを出迎えていた家令のハールさんに向き直ると、いつも黒ずくめの服をピシッと着こなして家の中を差配しているハールさんは「失礼」と坊ちゃんの額に手を当てる。
 そこからは、バタバタと話が進んでいった。
 随分と高い熱を出していたらしい坊ちゃんのために医師が呼ばれ、使用人さんたちは慌ただしく動いていた。珍しく私は坊ちゃんと夕食を一緒にしないことになり、ついでにその時間も大幅に遅れた。というか、厨房の隅のテーブルで、いつも私の世話をしてくれているメイドのアマリアさんと一緒に食べることになった。しかも、坊ちゃんといつも食べるようなメニューじゃなく、使用人さんが食べる賄いご飯を。そのあまりの手軽さに、いつもこれでいいと申し出たけれど、坊ちゃんが許さないだろうからと却下されてしまった。
 最近知ったことなんだけど、ここは『別邸』というやつらしく、私を買い取った坊ちゃんのお父さんは『本邸』に住んでいるらしい。まぁ、何が言いたいかというと、この別邸は使用人さんが少ないのだ。通いの使用人さんは日が落ちれば帰ってしまうので、夜間は警備の人を除けば家令のハールさんとメイドのアマリアさん、あとは、名前は知らないけれど料理人さんが一人だけ。

「あの、アマリアさん。私で何か手伝えることはありますか?」

 もちろん、坊ちゃんにそういったことを止められているから、この申し出も却下されるかもしれないと予想していたけど、それでも、アマリアさんが何かと忙しいのは見ていてよく分かる。タダ飯食らいの居候としては、むしろこの機会に手伝わせてもらいたかった。アマリアさんも、しばらく迷っていた様子だったが、私に看病役を振ってきた。
 医師の話だと、傷と過労の両方が原因なのだろうということだった。坊ちゃんは将来は騎士になるべく、今は見習いという立場にいる。見習いの間は、先輩騎士に付き従って身の回りの世話など雑用をこなしつつ、剣の腕も磨くのだとか。見習いの中でも最初の半年ほどは十日あるうちの五日だけ騎士団で雑務や訓練をこなし、適性や根性を見定めることになっているのだそうだ。全て、夕食時に坊ちゃんから聞いた話だけど。

(痛々しいなぁ)

 広い坊ちゃんの部屋で、寝台の隣に据えられたイスに座った私は、時折、額にのせた布を取り換えるだけで、あとは見守るだけの簡単なお仕事を与えられていた。
 模擬刀で訓練をしているとは聞いているが、掛け布からこぼれた坊ちゃんの手はマメが潰れて痛々しい。どうやら腹部や背中に痣や裂傷も数多くあるらしい。使えない者を篩い落とす期間とはいえ、見習いも楽じゃないようだ。
 貴族の坊ちゃんなんて、食うに困らず寝るに困らずで至れり尽くせりのいいご身分だと思っていたけれど、大変なこともあるもんだ。私は坊ちゃんの評価を上方修正した。食事時に語ってくれる訓練内容を話半分に聞いていたけれど、こんな思いまでして続けているし、たまに同席させられる家庭教師との遣り取りを思い返しても、坊ちゃんは頑張っているということは確かだった。

「……っ」

 まだ熱が高いせいか、苦しげな息を吐いて坊ちゃんが寝返りを打った。その拍子に額から落ちた布を拾うと、私は水に浸して固く絞り、再び坊ちゃんの額にのせた。ついでに毛布を肩口まで引き上げる。

「きゃっ!」

 伸ばした腕を突然掴まれ、私は思わず声を上げてしまった。見れば、うっすらと目を開けた坊ちゃんがこちらを見上げている。熱のせいか、妙に潤んだ瞳は色気すら感じられる。これが美形の威力かと、私の顔が少し熱を持った。

「マリー……?」

 掠れた声はいつになく弱々しくて、坊ちゃんに対して持っていた反抗心とかそういうものが剥がれてしまいそうになるから困る。

「いいから寝ていてください。こういう時は休養が大事ですから」
「おれ、は」
「はい、元気になってからまた聞きますから。今は寝ましょう」

 掴まれた手首をするりと抜いて、私は額の布を取り上げると首元の汗を拭って、もう一度すすぎ直してから、今度は目の上に置いた。額じゃなくても目の上だって冷やすと気持ちいいからだ。決して視線を遮ろうとか思ったわけじゃない。たぶん。視界を塞ぐそれを除けようと動いた手を慌てて握ったのも、決して他意はない。本当に。

「ここにいますから、何か必要なものがあれば言ってください。でも今はゆっくり休むのが一番です」

 私の切実な願いが届いたのか、坊ちゃんは何かを言いかけるように口を開いたけれど、結局、何も言わずに再び寝息を立て始めた。さっきまでとは違って、随分落ち着いた呼吸に私は胸を撫で下ろした。
 こうしていると、なんだか小さい頃を思い出す。姉と一緒に三つ下の弟の看病をしたこともあったっけ。あの時は、まさか自分がこんなことになるなんて、思ってもみなかった。なんだか無性に寂しくなって、鼻の奥がつんとしたけれど、それには気付かないふりをしながら、眠る坊ちゃんの胸元をぽん、ぽん、と叩き続けていた。
 翌朝、無事に熱も下がった坊ちゃんは、「今日一日は休んでいた方が」という私の言葉も聞かずに、騎士団の訓練に出掛けていってしまった。こんなことで休んでいては、心証が悪くなってしまうんだそうだ。厳しい世界みたいだけど、坊ちゃんの頑張りが報われることを願っておこう。

「マリーツィア」

 で、無事に戻ってきたと思ったらこれだ。騎士志望は体力があるんだなぁ、なんて思って出迎えたら、何故か書斎まで連れてかれた。

「君の名前は、古い言葉で『祈り』を表すのだそうだ。ほら、ここに書いてあるだろう?」

 古語には明るくないのでよく分からないけど「はぁ」と適当に相槌を打っておく。坊ちゃんの目が妙に熱っぽいのは、やっぱりまだ体調が悪いんだろうな。夕食の時間まで休んでおけばいいのに。

「昨日、看病してもらったお礼をしたいが、何か欲しいものはあるか?」
「そんな、別にわざわざお礼してもらうようなことじゃないです」
「無欲だな。マリーツィア。だが、だからこそ――――」

 どうして人の頬を撫でるのかな、この坊ちゃんは。妙に距離も近いし。
 この日を境にだろうか、坊ちゃんは私の頭やら頬やらを撫でることが多くなった気がするし、その日の出来事を語る口調も熱っぽくなった気がする。騎士団の訓練に理解がある人だと思われたんだろうか、なんてアマリアさんにこぼしたら、何故か意味ありげに笑われてしまった。

~~~~~~~~(続きは本編へ)~~~~~~~~
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紅葉を見ながらまったりお茶菓子を楽しむ前に、コタツでミカンがしたくなるなんて……。
冬が早くて切ない(ノ◇≦。)
でも、コタツに入ってまったり読書するのは最高ですよね(〃∇〃)

ということで、本日は11月刊をご紹介します♪

『聖鐘の乙女』の本宮ことは&明咲トウルコンビ最新作!
『妖珠王の騎士 
金剛石の都で英雄さまの相棒になりました!?』


著:本宮ことは 絵:明咲トウル

憧れの聖騎士団に入団したものの、剣が不得手で天馬の世話係となった少女ディディス。英雄リェスランドが持つ銘持ち(=妖魔憑き)の双剣の片方に、強引に遣い手として選ばれてしまったことで運命は急変して……!? 
英雄の持つ双剣(の片方だけ)の主に選ばれた乙女の騎士団ラブファンタジーラブラブ
素手で妖魔を退治したり、男二人で持つのもやっとの破壊槌を振り回したり、いろいろ規格外なディディスが、次にどんな伝説を築きあげるのかに注目ですよ(≧▽≦)
★試し読みあります★
試し読みはこちらへ――→『妖珠王の騎士』を試し読み♪
さらに、特設サイト開設中音譜
特設サイトはこちらから――→『妖珠王の騎士』特設サイトへ!


『壊滅騎士団と捕らわれの乙女』の伊月十和の新シリーズ第2弾!!
『緋連国鬼記 
婚約者にはなれません、主さま!』

緋連国2
著:伊月十和 絵:まち

護衛任務を請け負う一族の娘・琉瑠の任務は、皇帝候補の黎影皇子をお守りすることビックリマーク 彼が初めて父王に会うために王城へ行くときには、万全の態勢で守ってみせると使命感に燃えていたけれど……。なぜか黎影の提案で婚約者のふりをすることになってしまって!? 
一癖も二癖もある王城の人達に正体を隠して、黎影を護衛することになってしまった琉瑠の活躍が楽しい、凸凹主従の中華風ラブコメディ第2弾が登場ですо(ж>▽<)y ☆
★試し読みあります★
試し読みはこちらへ――→『緋連国鬼記 婚約者にはなれません、主さま!』を試し読み♪
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本日は、アイリスNEO11月2日刊行の
新刊特典情報をお届けします↓↓↓

第4回恋愛ファンタジー大賞銀賞受賞作登場アップ
「もう、逃がさない。俺のマリー」
ヤンデレ美形騎士×逃げまくる魔術師少女のラブファンタジーラブラブ
『重たい執着男から逃げる方法』

長野 雪:作 白峰:絵
ジャンル:ラブファンタジー
四六判 本体1,200円+税


★ 書き下ろしショートストーリーA★
下記のアニメイト店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、店舗リストをご確認下さい。

★書き下ろしショートストーリーB★
応援店舗様での購入者様に特典がつきます。
※配布店舗は記事最下段、応援店舗リストをご確認下さい。



配布店舗は、以下の通りになります。


★アニメイト購入者特典配布店舗★
【北海道・東北】
・アニメイト札幌
・アニメイト旭川
・アニメイトイオン釧路
・アニメイト八戸
・アニメイト青森
・アニメイト盛岡
・アニメイト仙台
【関東】
・アニメイト池袋本店
・アニメイト町田
・アニメイト吉祥寺
・アニメイト八王子
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・アニメイト秋葉原
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【中部】
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【関西】
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【中国・四国】
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【九州】
・アニメイト福岡天神
・アニメイトモラージュ佐賀
・アニメイト佐世保
・アニメイト熊本

・アニメイトオンライン



★応援店購入者特典配布店舗★
・文教堂書店 川口駅店
・文教堂書店 東川口店
・文教堂書店 行徳店
・文教堂書店 溝ノ口本店
・文教堂書店 中央林間とうきゅう店
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・有隣堂 横浜駅西口コミック王国
・ジュンク堂書店三宮店
・星野書店近鉄パッセ店
・ブックファーストコミックランド梅田店
・喜久屋書店 漫画館阿倍野店
・ジュンク堂書店福岡店
 ほか



※特典は、なくなり次第終了となります。
※書籍搬入発売日は、地域や店舗様により前後する場合があります。編集部ではお答えできませんので、各店舗様にお問い合わせをお願いいたします。
※応援店舗特典につきましては、リスト外の店舗様でも購入者特典を配布いただいている場合がございます。
※特典配布方法の詳細は各店舗様にお問い合わせください!!







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