『幽霊王子の理想的な姫君』を試し読み♪ | 一迅社アイリス編集部

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という編集部ブログ。

こんにちは!
もう桜が咲いていたりして、すごくきれいですね~。
3月の新刊発売時期には、見ごろを迎えそうな予感( ̄▽+ ̄*)

ということで、本日から3月刊の試し読みを開始します(≧▽≦)

3月の試し読み第1弾は……

『幽霊王子の理想的な姫君
落ちてる幽霊は俺の嫁』

幽霊王子
著:佐槻奏多 絵:サマミヤアカザ

★STORY★
何者かに首を絞められ、幽霊になってしまった田舎貴族の娘アリスティア。彼女が気づいた場所は……

~~~~~~~~~~

 ふわふわと自分の体が揺れていた。
 支えてくれる腕が暖かい。誰かに抱き上げられているのだ。
 けれど夢だろう、とアリスティアは思う。

(だって私……幽霊になってしまったんだから)

 幽霊に体温など感じられるはずがない。自分が触れることも、誰かが触れることもできないはずだ。自分で確かめて挫折したので間違いない。
 だが夢だとしても、自分は誰に抱き上げられているのだろう。
 アリスティアは重たい瞼を押し開く。すると視界いっぱいに映ったのは、青年の顔だった。
 自分よりも数歳は年上だろう彼は、上質の絹糸のようにさらりとした黒髪をしていた。重く落ちかかる夕陽の色に似た琥珀の瞳が、自分を見つめ返している。
 とたんに心の中に浮かんだのは、同じ色の瞳を持つ人の姿だ。
 それは三年前、隣国が侵略してきた時のことだ。
 アリスティアの故郷も攻め込まれ、父は農民兵達と共に戦に向かった。けれど敵の分隊が館を襲撃したのだ。
 アリスティアは愛用していた草刈鎌を振り回して、敵兵から身を守ろうとしたが、あっさりと捕まり、もうだめだと覚悟したその時――力強く腕を引かれ、背中に庇われた。
 敵を倒し、安全な背後の部屋に押し込んだアリスティアを振り返って、簡潔に「そこにいろ」と言って扉を閉じたその人。
 死の淵から救ってくれた彼の眼差しに、彼女は心臓を貫かれそうなほどの衝撃を受けたのだ。
 恋せずにはいられなかったその人の名は――。

「ジーク……王子、さま?」

 つぶやいたアリスティアに、あの時よりも大人びた顔立ちになった彼は、美しい瞳を細めて柔らかな表情になる。
 間違いない。彼はアシュトラーゼ王国第一王子、ジーク・ヴェラード・アシュトラーゼ――自分の恩人だ。
 田舎貴族の自分では、二度と会えないと思っていた初恋の人は、ささやくように言った。

「ようやく目を開けたな、俺の愛しい人」

 今までに何度か心の中で妄想していた台詞を耳にしたアリスティアは、やはり夢を見ているのだと確信した。

「嬉しい……でも私、死んで幽霊になったのに、好きな人と会う夢なんて見られるのかしら?」

 疑問には思ったが、せっかくだからこの状況を堪能しておこうと決め、じっとジークの顔を見つめる。
 すると彼は驚いたように目を見開いた後、アリスティアの顔が茹で上がりそうなほど優しい目をした。

「お前は俺を好いてくれているのか? それは素晴らしい……結婚しよう」
「……え?」
「君は俺の理想の人だ。ずっと俺の傍にいてほしい。だから結婚しよう」

 アリスティアは自分の耳を疑った。今、自分は結婚を申し込まれたのだろうか。
 ああでも、と思う。

「そっか夢だものね。最後にこんな素敵な夢が見られるなんて、幸せ……。これで心置きなく天へ昇れそうだわ」
「いや、天に昇られては困る。俺は死んでいないので、君を追いかけられない。ついでに君は確かに幽霊になっているが、夢を見ているわけではない。まだ生者の国にいる」
「……え?」

 ジークの言葉にぱちぱちと瞬きした。だって信じられない。幽霊になってからは誰にも自分の声が届かなかったからだ。なのにどうしてジークとは会話ができるのか。

「私、幽霊だから、生きている人とは話せないはず……。なのに会話しているってことはやっぱり夢なのかしら?」

 首を傾げると、ジークは不思議そうな表情になった。

「俺の噂を聞いたことがないのか? アシュトラーゼの幽霊王子について」
「幽霊王子、ですか?」

 反芻するアリスティアに、噂の心当たりはなかった。なにせ領地は王都から遠い田舎で、王族の噂話などほとんど届かないのだ。
 困惑していると、ジークが謳うような調子で語り出した。

「アシュトラーゼの第一王子は幽霊を操る。命じればたちどころに王子の敵を見つけ、戦場では黒い幽霊の兵が敵を恐怖の底に叩き落とす……。王都の民にまでそう噂されている。事実俺は幽霊が見え、操る術を持っているんだがな」
「えっと……」

 初恋の人から突然『私、霊が視えるんです』という告白をされ、アリスティアの方は困惑する。
 しかし浮遊感の後にジークの膝の上に座らされ、新たな戸惑いの方に気をとられた。

「えっ、やだ、恥ずかしい」

 嫁げる年齢になった自分が、夫でもない男性の膝の上に座っているのだ。そんなアリスティアの背中を抱きしめるように支えたジークは、小さく笑う。

「大丈夫だ、ここには他に誰もいない。俺と二人きりだから気にするな」

 言われて彼女は人の姿を探す。
 確かに人の姿はどこにもない。そしてアリスティアが今いるのは、白い柵に囲まれた場所だ。ブタクサが元気よく葉を伸ばしていて、下に敷かれている灰色の砂が見えないほどだ。実に刈りがいがありそうだった。
 草の海に埋もれるように、大きな長方形の白石が並んでいる。柱の上には紋章のような飾りや、天と地と冥界を表す神教の印が取り付けられていた。それらに囲まれた中心部には、白石が二階建ての家の高さほどに積み上げられている。

 全て墓だ。

 ここが王宮内ならば、王墓ではないだろうか。なのにジークは手近な墓の端に遠慮無く腰かけて、アリスティアを抱きしめていた。


~~(アリスティアが幽体離脱に気づくまで、あと少し……
   というこで、気になる続きは本編でお楽しみください♪)~~