男の色気 | 10月の蝉

10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

「青天の霹靂」を観てきた。

「笑いと たぶん一粒の涙」とあったけど、一粒どころじゃすまなかった。
切なくて、胸が痛くて、あったかくて、途中何度も涙があふれてしまった。
会場には、けっこう中高年の男性の姿があったんだけど、あちこちから鼻をすする音が聞こえてたよ。おじさんたちの胸も打つ映画だったのかなあ。

私は大泉洋さんが好きで、この人のお芝居は素晴らしいといつも思ってるんだけど、今回もまた、すごいものを見せてもらった。

面白いなと思うのは、この人のキャラクターって、ストレートに褒めたくなくなるキャラなんだなということ。
私の中では、ユースケ・サンタマリアさんや明石家さんまさんと同じジャンルに入ってて、芝居をしていない「素」の状態の時はけっこううざいキャラを見せてる。ほんとの姿がどうなのかは、私は知り合いじゃないから知らないけれども、テレビなど、メディアで見せる姿というのは、ガチャガチャうるさくて、ちょっとうざったくて、全然かっこいいと言われないキャラになってる。
でも、大泉洋さんもユースケ・サンタマリアさんも明石家さんまさんも、芝居になると豹変して、ものすごくかっこよくなったり、ものすごく渋くなったりする。

この映画でも、大泉洋さんは、泣けるほど惨めで、泣けるほどかっこよくて、うっとりするほど色っぽかった。

いちばんの見せ場はやはり、実際にやってみせたマジックの数々だろう。
大変な苦労があったそうだが、そんな苦労は気振りにも見せず、かったるそうな顔で(そういうシーンだったので)実に何気なく高度な技を披露していた。
映画が始まってすぐに披露されるマジックは、もったいないほど何気なく披露されてたんだよなあ。でも、手つきといい、技といい、とても素晴らしかった。
そう、全編を通して、マジックのシーンのクオリティはとても高かった。ふつうにマジックとして楽しめるものだったのだ。そのうえ、きれい。ラストのマジックのシーンは、ただもううっとり見とれるばかりだった。

大きな事件も起こらないし、派手なアクションもない。すさまじいドラマがあるわけでもないし、とんでもない悲劇が起きるわけでもない。言ってみればほんとに些細な、個人的な、小さな話なのである。それなのに、場面の一つ一つ、展開の一つ一つがとてもよく練られていて、目が離せない。感情を丁寧に描く、というのはこういうことなんだなあ、ととても勉強になった。


大泉洋さんもよかったのだが、劇団ひとりさんも負けず劣らずよかった。
あの、ちょっとやさぐれて不器用で、でも一生懸命な「正太郎」という男を、とても魅力的に演じていたと思う。柴咲コウさんが演じる「悦子」が正太郎を愛している気持ちがわかる気がする。この二人の関係もとても微笑ましくて、見ていて幸せだったんだけども。

大泉洋さん演じる「晴夫=ぺぺ」と、劇団ひとりさん演じる「正太郎=チン」が、オーディションの出番を待っているシーンがある。
ここでも見どころのマジックがあって、それはすごかったのだが、私が心惹かれたのは、ちょっと違う部分だった。
二人は舞台衣装を着て、不安げな表情で出番を待っている。指先のマジックを、気を落ち着かせるためか、気を紛らわせるためなのか、半分上の空でやってるんだけど、そのときの佇まいに強烈な男の色気を感じてしまった。
衣装は、マジックの舞台衣装で、どっちも奇妙奇天烈、ふざけた感じの衣装である。
たぶん、ステージに上がったら満面の笑み、お客さん向けの表情をするのだろう。でも今は出番を待っていて、不安と緊張で表情を取り落としている。その無防備さがたまらない色気になって漂っていた。

よくM-1などで、袖で出番を待っている芸人の姿を見せていたものだが、袖で出番を待つ芸人というのは、どうしてあんなに色っぽいのだろう。これからやることは、どっちかといったら「ふざけたこと」である。面白いことを言ったりやったりして、人を笑わせるために舞台に出て行く。そういう「ふざけたこと」をするために、真剣に待機している、という緊張感が、色気を生み出すのかもしれない。

時間にしたらほんのわずかのシーンだったのだが、ものすごく印象的なシーンだった。
このシーンを見るためだけにでも、もう一度映画館へ行ってもいいくらい。いや、それは言いすぎかな(笑)


映画の終わり方も印象的だった。こうくるか、と。
そのおかげでいつまでも余韻が消えない。あれはうまい終わり方だなあと思う。
もう一度見に行こうかなあ。どっちにしろDVDが出たら絶対買おうと思った。
あの映画は何度見ても楽しめると思う。



               カチンコ


映画はすごくよかったんだけど、中高年の観客のマナーの悪さにはほんと辟易する。
あえて「中高年の客」と言う。よく「最近の若いものは」と若者を批判する中高年がいるけれども、昨今では中高年の方がよっぽどマナーがなってないといつも思う。
劇場や映画館で携帯電話の電源を切ってないのは、かなりの確率で中高年の方(それもおばさま方)である。ふだん携帯を使わないということを、誇るべきことのようにおっしゃる方ほど、普段使ってないために意識がいかず、電源が入りっぱなしであり、そういう人に限ってやたら電話連絡が入ったりするものなのである。
今日も、2回ほど、携帯電話の着信音が鳴り響いた。マナーモードにすらなっていなかったんだな。
上映中にスマホを光らせているおじさん。遅れて入ってきて座席が見当たらないのか通路に突っ立っているおばさん。エンドロールが流れている最中に慌ただしく席を立って出て行く人たち。
そんなに忙しいのかしらねえ。なぜ最後まで見ないんだろうな。

私自身も中高年と呼ばれる年代ではあるけれども、子どもの年齢もあって、若いお母さんたちの階層に入ることも多い。そういうときに、よく「最近の若い人は」と批判めいたことを聞く。
しかし、そういうことを言っている人たち自身が、実際にどういう言動を見せているかということをよくよく振り返って反省してもらいたいと思う。そもそも、今の若い世代をこんなふうにしたのは、あんたら上の世代じゃないのかい、というツッコミが、常に胸の中にある。

最近は映画館に高齢者層が増えてきたので、そういう人たちに対して不愉快な思いをすることも増えてきた。偉そうに若者を批判する前に、我が身を律することが重要なのではないかな。