10月の蝉

取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう


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明日はゲネプロ、そして明後日は本番。

そうして1年にわたる演劇創作体験が終わってしまうのです。

 

ここで出会った人たちと、またどこかで出会うことができるのか、それとも一期一会になってしまうのか、それは時間が経ってみないとわかりません。

市民ミュージカルの時も、終わる時には「ああ、もうみんなに会えないのか」と寂しい気持ちになったけれど、その後いろんな場所で再会することもあり、縁というのは不思議なものだなあと思うことしきりです。

 

4月からのスケジュールが真っ白で、まだなんの予定も入っていません。

読み聞かせやわらべうたの活動は継続していくので、しばらくはそっちの方でがんばろうかなと思っています。

ぼちぼち芸を身に着けないと(笑)

絵本やストーリーテリングの他にも、なにかしらできることを見つけたいと思っています。

とりあえずブラブラ人形を1組作ってみました。

ブラブラ人形っていうのはこういうやつ。

 2017022423010000.jpg

頭の割りばしの部分を持ってぶらさげます。

足をペットボトルのふたで作っているので、堅い机の上などで上下させるとカチカチと音がするんです。

ちなみに彼らは、マメノスケ(緑の方)とマメタ(黄色の方)という名前にしました。

「まめっちょ」というわらべうたに合わせて踊らせようかなと考えています。

 

今日は調整日ということで稽古がお休みになってしまい、気持ちを持て余しています。

なんだろうな、芝居の稽古があるのが当たり前の感覚になってしまうと、稽古のない日がひどく空疎に感じられてしまうんですね。

早く明日にならないかな。ただじりじりと待っているのはなかなかにつらいものがあります。

 

終わってしまうのは寂しい。

寂しいけれど、どこかほっとしている自分もいたりします。

 

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きっかけはたいしたことじゃない。

というか、これといったきっかけなんて、ないのかもしれない。

誰かが怒ってるのを見聞きしたとか(これ、ほんとに苦手で、激しく気持ちが落ちる)、なんとなく意に沿わないことがあったとか、たぶんそんなこと。

もしかしたら、気圧の急降下のせいとか、気温の急降下のせいとか、そんなことなのかもしれない。

 

理由はわからないけど、ふと気づくと大きなため息をついていたりする。

胃のあたりに、もや~んとした不透明なかたまりができて、そのせいでなんだか気持ちがどんよりする。それを吐き出したくて、はーーーっと大きくため息をついてしまう。

 

日曜日に本番を控えて、気持ちをあげていかなくちゃいけないんだけど、でもあげすぎて調子に乗ってしまうのもよくない。ふわふわと上がった気持ちをぺシャッと叩き落とされたらちょっと立ち直れない(笑)

うまいこと調整して本番までに気持ちを作っておかなくては。

 

 

千年、ということを考える。

千年前というと、だいたい平安時代ころだろうか。

千年先というと西暦3000年だ。3000年! 果たして人類はまだ存続しているんだろうか。

そのころには「私」は当然いないんだけども、今やってる芝居では「千年先のわたしへ」と呼びかける。

千年先のわたし、とは、いかなる存在なのだろうか。

DNAとかそういうレベルでの存続なのかなあ。

そんなことを考えていると「わたし」ってなんなんだろう、とふと思う。

今ここで、こんなことを考えて生きている私は、あくまでも期間限定1回きりの存在だ。

100年前にもいなかったし、100年後にもいない。

生まれ変わりだとか前世だとかいう概念を導入すれば、持続した存在として考えることもできるのかもしれないけど、でもやっぱり、それは「わたし」じゃないだろうと思う。

 

自信のなさを押し隠して、なんでもないような顔をして、時には偉そうに人を励ましたりしながら、私はびくびくと生きている。その「びくびく」が時に表面化することもあって、そうなると内心不安のどす黒い渦でどろどろになる。いろんなことが怖くて、どうしたらいいのかわからなくなって、居ても立っても居られない気持ちになる。

 

そんなとき、千年先のことを考える。

その果てしない時間の長さを思えば、今私がこの瞬間に感じていることなんて、束の間のことだ。

落ちようがあがろうが、時間は流れていく。

そうやって、私は浮き上がり、深く息を吸い込むのである。

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3歳くらいのころの話。

 

当時、私と両親は父方の祖母の家に住んでいた。

その家には、2匹の猫がいた。親子猫。

母猫は白と黒のブチ猫で、ミーコと呼ばれていた。娘猫はきじとらで、名前はチャーコ。

 

ミーコは気の強い猫で、子どもがあまり好きではなかったのか、私にはあまり優しくなかった。手を出そうとすると、いつもシャーっと威嚇されるので、近寄らないようにしていた。

父にはなついていたようで、それがうっすらうらやましかったのを覚えている。

 

私はもっぱらチャーコに遊んでもらっていた。

ほんとうに、「遊んでもらっていた」というのが正確なところで、3歳くらいという野性味あふれる子どものやることを優しく受け入れてくれていた。

 

今でも覚えているのは、チャーコの耳に洗濯バサミをくっつけたこと。

今となっては、申し訳なさで体がよじれてしまうくらいなのだが、3歳の私は大変無邪気に、洗濯バサミでチャーコの両耳をはさみ、キャッキャッと喜んでいた。

彼女は慈悲深い観音様のような顔で、私のそばにいた。

 

穏やかな性格の猫で、私に対して怒ったことがなかった。

ひだまりのようなチャーコと一緒にいる時間は、とてもしあわせな時間だった。

 

私の猫好きはたぶんこの記憶から始まっている。

 

いつか猫と一緒に暮らしたいと思いながら生きてきた人生だった。

でも、おそらく私は猫と暮らすことなく人生を終えるんじゃないかと今は思っている。

猫のいる暮らしをしたかったなあ、とずっと思いながら生きていくのも悪くない。

私の代わり、というわけではないのだが、娘が猫と暮らしているから、それでもう満足である。

ちなみに実家にも猫がいて、私の母はなんだかんだ言いながらずっと猫のいる暮らしを送っているのである。

最近はネットで猫の写真を見ることも増えた。もうそれだけでしあわせだ。

この世界に、猫という生き物が存在してくれている。ただそれだけでいい。

 

猫の日によせて。猫

 

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