しばしの別れ「SP革命篇」 | 10月の蝉

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取り残されても、どこにも届かなくても、最後まで蝉らしく鳴き続けよう

今回は完全に観た人対象です。ネタバレどころの騒ぎじゃないっす(*゚ー゚)ゞ

あと、自分の感じたこと思ったことだけ書いてますので、そのへんはゆるく見守ってくださいまし(笑)







三度目の正直というか、仏の顔も三度まで、というか。

「SP革命篇」をまたしても観てまいりました。今日はいつもいくところじゃなくて、ちょっと離れた街まで。

だって、いつも行くところはもう夜しか上映してないんですもんしょぼん 主婦は夜はおいそれとは出られませんの。


今日行った映画館でも、上映は20日今週の金曜日まで。

いよいよ終りが近づいてきております。月曜日の昼間の上映ということで観客は10人もいなかったかも。私の前に客はおらず、大変すっきりと鑑賞できましたよ。場内も静かでよかったしね。


いやあ、それにしても、3回とも同じ箇所で笑い、同じ箇所で涙が流れちゃいました。知ってるのにねえ。わかってるのにねえ。それでもやっぱりおかしいし、切ないのでありました。小手先ではなく、構造的にどうしても「可笑しい」とか「切ない」って思ってしまうような流れなんですね。

3回とも笑っちゃったのは、井上くんたちSPチームと、新SPチームの乱闘シーン。

デスクを上から撮った映像で、笹本さんが押さえつけてる青池の銃が、反対側から押さえつけられてる山本くんの顔を狙っちゃってるとこ。

あれは緊迫した乱闘シーンの中で、ふと緊張が緩む瞬間なので、山本くんの表情も相まってどうしても笑っちゃいますね。


井上くんたちの議事堂突入前、議場を警護する霧島さんとの対峙シーンは、井上くんが何も言わないだけにそのやりきれなさがひしひしと伝わってきますね。

霧島さんは薬害被害者だけど、井上くんはテロの巻き添えだもんねえ。


かたや、議場内では尾形さんが麻田総理を追及しています。このときの尾形さんの表情は鬼気迫るものがあります。もはやこの決起行動の本来の意味だけしか考えてない感じ。それだけに、涙を拭いた伊達さんの発言の衝撃は、想像を絶するほどの大きさだったでしょう。思わず尾形さんの心の声をセリフにしてしまいましたよ。

なぜだ、なぜ裏切る。そうか、お前の本当の目的はそっちか、と。

テロリストたちに銃を向けられたときには、すでに半分くらい諦めていたのかも。

それだけに、ちらっと扉の方へ目を向けた尾形さんは「井上、早く来い」と念じていたような気もしてしまいます。

井上たちが突入してきた瞬間、ほんの一瞬ほっとしたような表情がよぎったように見えました。

伊達に銃を向けた尾形さんの鬼のような顔。最後に過去の映像が白く光って消えたのは極限の憎しみと家族としての愛情がぶつかって爆発した瞬間だったのかもしれません。尾形さんには伊達さんは撃てなかったんですねえ。


前回「語り尽くし」で書いたときには思い出せなかったんですが、尾形さんの本名は成瀬ですね。公安の田中くんは「経歴を詐称して入庁しています」と報告してるんですが、そうすると雄翔会のときはなんて名前だったんでしょうか。



麻田総理を追いかけて地下通路を走るシーン。

そこでの井上と尾形の戦闘は、ほんとに尾形さんが切なかったです。なんならここで死んでもいいくらいに思ってますよね。「井上、撃て」とどこかで思ってる。そのくせ、井上には撃てないってこともどこかでわかってしまってる。命を捨てている感情と井上を煽る感情とやはり目的を遂行したいという感情が、くるくると尾形さんの顔にあらわれていました。井上の銃を自ら眉間に押し当てたときのあの、般若のような顔。どうしようもない感情が複雑にからまりあって、どうにもならなくなってましたね。あの瞬間井上が引き金を引いたとしても、尾形さんはそれはそれで受け入れたのかもしれないと思いました。


成瀬議員が死亡したのは20年前、と尾形さんは言いました。

思わず計算しちゃいましたよ(笑)。あの学生服を高校生と読めば、尾形さんは37,8歳ということになります。とすればやはり伊達さんがお兄さんなのか。

井上くんは、テレビドラマの第1回で「25歳です」と自己紹介してましたから、革命篇では27歳くらいですか。

二人の出会いのときが、井上6歳となっていますから、年齢差はあってる。

38で人生に幕を引いてもいいと、そこまで思いつめていたんですね、尾形さんは。


尾形さんが起こした革命は、現実に危機を体験させて国のシステムを変えていこうという目的を持っていました。警備の充実とか危機管理を真剣に行わせようというこころづもりですよね。

私はふと、東野圭吾さんの「天空の蜂」という小説を思い出しました。

この小説も原発の危険性を訴えるために、あえてテロ行為に及ぶという筋書きでした。

実際に危険が迫らないと変らないものがある、というのはいつの時代にも一片の真理を含んでいます。現に、今まさに原発の危機管理について、次々と事実が明るみに出されています。「たぶん大丈夫」がいつのまにか「絶対大丈夫」に変化していく。もしくは「危ないなんていったらパニックになってしまうから、安全だと言わざるをえない」と思ってしまう心理とか。危機に備えるというと逆に「そこまで危ないのか」と騒いでしまう心理とか。

あの地震や津波すら「計画的なものだった」と言ってしまう陰謀説が出てくるのも無理は無いのかもしれませんね。


いや~、それにしても幾重にも絡まった思惑が実に複雑で、見ながらいちいち、「えーとこことここがつながってて」とか「これは二重になってるのか」と解きほぐしていかないとわかんなくなってしまいますね。

映画の冒頭にエマソンという人の言葉が出てきます。「どんな革命もそのはじめは一人の人間の心に芽生えた思いである」というような内容の言葉です。

つまり、いちばん初めは尾形さんと伊達さんの心に芽生えた復讐心だった。父の敵である麻田をやっつけたいと。伊達さんはそこで政治家の道を選び、尾形さんは警護の道を選んだわけです。尾形さんは警察機構の中にいるうちに、自分個人の復讐の他に、組織の問題点に気づいてしまう。それを改革するという目的を表に掲げることで、同じSPの中にもシンパが生まれてくる。

雄翔会の写真では、尾形さんの隣が西島さん、その上に梶山さんが写っています。何度もこの3人が映るということはここが警察内部の闇の組織につながっているということなんでしょうか。

梶山は伊達(横溝)とつながっていますが、それは警察内部とつながるための歯車としての存在です。だから、井上たちの追加配備に気付かなかったことで、始末されていまう。あのメガネの男は、横溝の別のラインだったんですね。

また、梶山は雄翔会とのつながりがあるということでも横溝の手札になっていたわけですが、伊達の今後のために雄翔会を消滅させる手はずをとる。あのリバプールの面々が出てくるシーンは短いので、最初に観たときに見落としてしまってました。


ラストのシンクロシーンは実に意味深ですよね。尾形さんはいったい次はどういう作戦でくるのか。伊達とはどういうふうにつながっていくんでしょう。いろいろ想像が膨らみますね。そうやって想像すると、いつまでもこの「SP」について考え続けてしまうことになって、まあ、まんまと製作者の思うツボなのかも(笑)

「革命篇」のDVDが出るのはいつごろになるんでしょう。待ち遠しいです。その日を楽しみに待つことにしましょう。



最後に小ネタをふたつ。

1. 麻田総理を追いかけているときに、尾形さんはSATに足を撃たれます。その足が右足で、以後彼は右足を引きずりながら走ることになります。

ふと思い出したのが「フライ、ダディ、フライ」の最初の方で、怪我をした娘が入院している病院へ鈴木さんが走るというシーンがあります。ここで鈴木さんの足が肉離れをおこす。その足が右足なのです。舜臣とのトレーニングの初めの頃、鈴木さんは右足を軽くひきずっています。

で。ふだんの、全然別のドラマなどで堤さんが歩いている後ろ姿を見ると、ほんのちょっとだけ右足が外側に曲がっているように見えるんですよ。まっすぐ歩いている時もあるんですけど、特に「右足故障」という設定ではない役でも、たぶんあれは堤さんの歩き方の癖なんじゃないかと思うんですけど、なんとなくいびつな歩き方になっているんです。

だからなに?っていう話なんですけどね(笑)。ふ~ん、右足なのかあとちょっと思ったんです。


2.「野望篇」で華々しく壁の三角飛びが披露されていましたが、今回は地下通路でのテロリストとの戦闘シーンで、実にさりげなく、ロッカーを三角飛びで飛び越えてました。あらあら、もったいないって感じ?(笑)


「革命篇」のDVDにはきっとメイキング映像もついてくると思うので、格闘シーンのメイキングなどがすごく楽しみですニコニコ



さて、ここまでお付き合いくださった奇特な方、ほんとうにありがとうございました。

できることなら同じ「SP」好きの人たちと語り合ってみたいものです。

金城さんが「映画篇」の中の「太陽がいっぱい」で書いていたように、好きな映画についてあーだこーだしゃべることってほんとに楽しいですもんね。カチンコ