「花影」      光原百合 |   心のサプリ (絵のある生活) 

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 童話を得意とする作家だけあり、何かメルヘンの作品のよう。「花影」

 フラワーショップ「花影」のマダム女主人の美しさとともに、ここで売られる花の美しいこと。独特のはなやかさとたよやかさは町でも評判。
 ある日、いつも助手席に若い女性をとっかえひっかえ乗せている若い「ナンパ系」の男性が店に来て、ひゅうと口笛をふく。
 それほど女主人の美しさは目をひいた。
 20代とも40代とも言える不思議な魅力。漆黒の髪に朱の唇。
 名刺をもらった若者は三日後にスボーツカーで女主人の家にいた。
「驚いたなあ、あんなのくれたカードに三日後の夜来てくれなんて書いてあったんだから」若者はそう言った。
 「そりゃあオレだって夜のほうがいいけどさ」男は意味ありげに笑う。
 若者が通された部屋は白い壁に白いテーブルが置いてあるだけの簡素な部屋だったが、家全体には花文様の息苦しいほどの彫刻やオブジェが置かれてある。
 その白いテーブルの上に赤ワインが置かれてある。

 女主人は、
「私も夜でないと困るの」
 そう言った瞬間に部屋は真っ暗闇に閉ざされた。
 若者が驚くままに、部屋はまた明るくなったが、それは白壁に見えるようなカーテンを引いたからである。そのカーテンの後ろには見事な銀色の月が光、温室の花々が広がっていた。
 銀色のマダムのドレスが一瞬見えなくなるほどに月の光に照らされて、若者の影がはっきりと後ろの壁に映し出されるほどの強い月の光であった。
 あとは叱るようにして若者に 
 「おかえりなさい」そう叫ぶマダム。

 という物語。おっと思うのはその次のメルヘン的な文章。ミステリーでもこれもありなんだ、そう思った。澁澤氏や安部公房氏にも時折使われる手法。

 「若者が去ったあとの部屋には、椅子にすわった若者の影がくっきりと残っていた。マダムはそれを壁からするするとはがし、丁寧におりこんだ。セロファンよりも薄く、絹よりも柔らかいそれは、ピンポン玉ほどに小さくなった。マダムはそれをワイングラスに落とした。」


 マダムはその若者の影が入ったワインを自分の愛する薔薇達の根もとにそそいであげるのであった。


 
 この後は、少しパターンが読めてしまうのだが、その花影で働くアルバイトの娘がマダムに呼ばれて家にいくと、マダムは唇を薔薇の花につけて陶酔している。
 ママが娘にあの新規の若者は今はどう、と聞くと、娘は言う。
 「どうも変なのよ。妙に影が薄くなっちゃって、元気がなくなってしまって」

 その時に、娘は耳の奥で大勢の笑いさざめく声を聞いたような気がしてマダムの方を振り返った。しかしマダムはただ、薔薇の花に唇をつけているだけである。

 大勢の笑いさざめく声。オーメン? 悪魔のこえ?


よく映画で使われる手法ですね。恐くはありません。ただ、若者の影をするすると剥がすところが一番美しく童話の一シーンのように心に残るのが良いですね。


 















資料A
 光原 百合 (みつはら ゆり、本名同、1964年5月6日 - ) は、英米文学研究者で、推理小説作家である。

広島県生まれ、広島県立尾道東高等学校卒業、大阪大学文学部卒業、同大学院修了(英文学専攻)。1980年代から「詩とメルヘン」に投稿を続けて童話や詩集を発表し、1990年代からは吉野桜子名義で推理小説の短編も発表していた。1998年、『時計を忘れて森へいこう』で推理小説界に公式デビューした。以降、寡作ではあるが「日常の謎」系の推理作品を発表し続け、2002年には短編「十八の夏」で第55回日本推理作家協会賞を受賞した。その頃より演劇にも興味を持ち、本項目執筆時の最新作である『最後の願い』の舞台として小劇団をとりあげ成果を見せている。