ミーム Ⅵ【前】嘘の進化 DNA伝達の多様な戦略 しきたりと偽善 感情を引き起こすもの

 

利他主義に関するミーム

恐怖におびえる子ども

人間の脳は「危険」に注意を払う傾向がある。私たちが本能的に注意を引かれるミームであるために、現代の社会において危険に関するミームはたくさん広まっている。

なぜ人は「危険」に注意を払うのか。脳が進化する過程で、危険を察知する能力を向上させれば、それだけ生き延びて、子どもの数を増やすことができたからである。遺伝子が進化する過程で、安全を好む遺伝子が自然に選択され(自然淘汰)、人間や動物は、安全に暮らしたいという衝動が強くなっていった。安全に暮らしたいという衝動には、「恐れ」という感情が伴う。

本能的に逃げ出したくなるような「恐れ」という感情だけでなく、とどまって危険とたたかう「怒り」という感情もある。また、不特定の危険を察知する「不安」もある。こうした感情が混ざり、神経質、心配、疑念、戦慄などと呼ぶ。このように私達は危険に関して多くの言葉を持っている。

私達は危険にたくさん注意を払うので、危険に関する産業も大きくなる。例えばホラー映画は、多くの観客を引き寄せ、保険会社は利益を上げる。

ある事柄に関する恐怖は人類普遍のものか。そうではない。ある人は人前で話すことが苦手だが、ある人はすすんで話したがる。これは個人の中でも変化するため、恐怖を乗り越えることは可能である。現代人が人前で話すといった、肉体的には危険がないことでも極端な恐怖の反応を示してしまうのは、脳の持つ傾向である。肉体的な危険に対応するように進化した脳は、現代の文化的な社会に適応するようには進化していないのである。

現代社会において、危険なものは原始時代よりもずっと少ない。しかし恐怖を引き起こすミームは、現実には危険でなくても心に侵入しやすい。

危険に関連して、以下四つの節では利他主義、ギャンブル、迷信、都市伝説に関するミームについて説明する。

利他主義に関するミーム

人間は、自分の遺伝子の安全だけを大事にするように進化してきたのではない。遺伝子は血縁者と共通部分を持っているので、人は血縁者を助けるように進化した。つまり、私達は利他主義と呼ばれる行動をとる。以下に、利他主義に関するもので、感情を引き起こすミームを紹介する。

ナミビア共和国の子どもたち。

  • 子どもを助ける

遺伝子の複製を増やすためには、自分の子どもや親類の子どもが生存するように助けることが必要である。そのため、一般的に脳は子どもを助けようとする傾向を持つ。

  • 同類の人

似た遺伝子を持った人達が、互いに助け合えば、その集団は生き残ることができる。また、似た遺伝子を持った人達が集団をつくって暮らすことで、よそ者の遺伝子が混ざらないようにすることができる。

  • 人種差別

自分たちとは異なる遺伝子を持つ人達を排除しようとする傾向で、よそ者の遺伝子が混ざらないようにする。アメリカでは19世紀まで、多くの人に人種差別が受け入れられてきた。

  • エリート主義

自分達は優れている、特権があるといったエリート意識を持った人達は、遺伝子を次世代に伝えやすい。例えば食べ物が不足した時、自分たちが優先的に食べ物を得られれば、生き残ることができるからである。

これら利他主義に関する四つのミームは、私たちに強い感情を引き起こし、注意を引く。マインド・ウイルスが心に侵入する時に、これらのミームは利用されやすい。例えば、人種差別のミームは広まりやすいのである。

ギャンブルに関するミーム

ギャンブルにおいて、人々の行動にはある傾向が見られる。これは、有史以前にはうまく機能した本能的な脳の働きである。しかし現代のギャンブルでは、そうした脳の傾向が利用されてしまい、カジノが儲けるのである。

  • 低リスク高配当(ローリスク・ハイリターン)

リスクが低く見返りが大きい行為をする傾向。当たったら大きいギャンブルは、実際にはオッズが非常に悪いにもかかわらず、人々を引きつける。

ブラックジャック

  • 安い保険

リスクを下げるための僅かな努力をする傾向。寝るときに、猛獣に見つからないちょっとした工夫をするといった行為は生存率を上げる。しかしギャンブルでは、自分の賭けが外れた時のリスクを減らすために少しの保険をかけておくことは、ブラックジャック等で裏目に出てしまう。

  • 傾向に従う

毎日同じ時間に、鹿が水辺にいれば、その傾向から明日も来ると予測できる。一方、多くのギャンブルにおいて各プレイの記録は、それぞれが完全に独立しており、偶然の積み重ねであって、「勝ちが続いている」、「負けが続いている」といった傾向は、次の勝負の結果を左右しない。そうした場合にも人々はその「傾向」が重要な意味を持つと思ってギャンブルをしてしまう。

  • 傾向に逆らってプレイする

ある人々が、大勢の意見や行動に反した行動を取る本能を発達させたのは、食べ物や結婚相手を見つける時の競争相手を減らすことができたからである。

しかしギャンブルの結果がランダムならば、傾向に逆らうのは無意味な戦略である。

  • 負けている時はケチになり、勝っている時は気前がよくなる

食べ物などがたりない時は保存し、あまるほどあれば気前が良くなる脳の傾向は、ギャンブルの賭け方では上手くいかない。

  • 直感で勝負する

たまに新しい、直感的な戦略を使ってみることで勝とうとする傾向は、有史以前は食べ物を見つけたりするのに有効であった。しかし現代のギャンブルでは、この傾向をカジノに利用され、負けてしまう。

こうした脳の傾向を利用するミームは、ギャンブルだけでなく、様々な文化の中に見られる。例えば、賽銭を投げる行為は、低リスクで大きな利益を得られるというミームである。

迷信のミーム