ミーム Ⅴ【上】適応度の高いミーム伝統伝道信念懐疑知ってい…

 

嘘の進化

うそ」をつくというのも、生殖のチャンスを増やすことができる戦略である。よって、遺伝子は進化によって、嘘をつく衝動を持つようになった。この衝動は、嘘をつき、相手を騙し、操作するといったことを人に行わせる。男性の場合、嘘の一つに婚外交渉があるが、これは多くの女性を妊娠させ、DNAの複製をより多く作ることができる。

一方、女性の婚外交渉は、あまりDNAの複製を増やすことには繋がらない。夫よりも良い遺伝子を持つ男性と婚外交渉の関係を持てば、幾分か子どもの生存確率を上げることにはなるが、夫に婚外交渉が知られた場合、子ども達が父親を失ってしまうリスクがある。

よって、女性より男性の方が嘘をつく衝動はずっと大きい。

なお、ここで説明している男女の傾向は、あくまでも一般的な傾向であって、個人個人に焦点を当てた場合、必ずしも当てはまるとは限らない。また、衝動があることと、それに従うかどうかは別である。

進化により嘘をついて子どもを作る戦略が遺伝子にあっても、現代では避妊ができるので、浮気をする人達の間には子どもができないことが多い。これは、有史以前の遺伝子進化と現代の意識的な考えにはギャップがあるためである。今日の道徳や価値観とは関係なく、人間には異性と不正な関係を持とうとする無意識的な傾向がある。なぜなら、それがDNAを複製させることができたからである。

嘘のかけひきは進化していき、よりうまく騙せるように、またより見抜けるようになっていく。鳥の求愛ダンスは、嘘のかけひきが進化した結果である。この長時間にわたるダンスで、雌は雄が本当に未婚かどうかを確かめることができる。なぜなら、家族のいる雄は、いつまでも家族から離れていられないからである。

男性は、男らしい男、階層構造で優位に立つ男の「ふり」をするのは難しい。他の男がそれをさせないからである。よって、よい夫のふりをする方が成功しやすい(進化の過程での話である)。一方、女性はそれを見抜けた方が、また疑い深く進化した方が子どもの生存確率を上げる。

DNA伝達の多様な戦略

進化が進むにつれ、異性と結ばれるために、ライバル達と争わない戦略も現れた。これは、皆と同じ戦略で相手を探せば負けてしまう人もいるからである。男性の多くが三十歳以下の女性を好む一方、三十歳以上の女性を好む男性もいる。あるいは、自分と似たような特徴の顔の人(似たDNAを持つ人)に惹きつけられる人が多い一方、そうでない人もいる。

また、女性の中には、相手を選ばず、疑わずたくさんの男性と交渉を持つことで子孫を残す戦略を持った人もいる。これらはDNAを拡散させるために遺伝子が進化した結果である。

しきたりと偽善

前述のように、人類は意識を持つよりも先に言語を獲得していた。言語でミームをやりとりできると、「性のしきたり」のミームが生まれた。男性は妻を他の男にとられないように、女性は夫が他の女の所へ行かないようにするミームである。また、祖父母にとっては孫がちゃんと育てられるようにするミームが大事になる。こうした「性のしきたり」のミームは、人を自分の性的衝動のまま行動させないようにし、ある人達と性的関係を持つことを禁じる。

利己的遺伝子にとって自己複製を増やす効果的な戦略は、しきたりを広めた上での偽善行為である。不貞行為をしてはならないという「性のしきたり」のミームを広めれば、自分の結婚相手を他の人に奪われないようにできる。そうした上で、自分は不貞を働くという偽善行為をすれば、ライバルを減らした上で自分のDNAを多く複製できる。

これは人間の、「偽善」の進化論的説明であるが、日本語で言う「偽善」では少し意味が違ってしまう。要するに、称賛されるような道徳的なことを公言しておきながら、そのルールを無視する人間の行動についての説明である。こうした行動は性に関することで多い。

感情を引き起こすもの

以下、遺伝子の進化の結果として、男性と女性は、どのようなことに感情を引き起こされるかを見ていく。前半三つは男性、後半は女性である。

  • 権力

男性は、権力を得ようとする傾向がある。これは陣地の拡大も含み、土地だけでなく、市場拡大といった概念的陣地も含む。この傾向が進化により生まれたのは、権力を得ることで多くの女性と関係をもてたからである。一方、女性が男性を惹きつけたのは、若さ、健康な体といった、子供を産む能力である。そのため、男性ほどには権力を求める傾向が発達しなかった。

  • 優位

階層構造はビジネスや政府、宗教など様々な組織で見られる。こうした組織的階層構造において、男性は優位に立とうという衝動を持つ。自分が優位に立つほど、多くの女性と関係を持つことができた太古の世界での遺伝子進化によるものである。現代の社会において、階層構造が子孫を増やすことに直結していなくとも、その中で男性が抱く感情や行動は、子孫を増やせる階層構造の場合と同じである。

  • 好機

男性はDNAの複製を作れる好機を逃さないようにするように進化した。男性は性に限らず好機を逃さないで行動する傾向がある。例えば企業が「今だけ安く買える」と宣伝することで、男性はその好機を逃すまいとする。

  • 安全

女性は安全を求める傾向がある。有史以前、安全を求める衝動は子どもが生き残る可能性を上げたからである。男性にも安全を求める傾向はあるが、階層構造で優位に立つためならば危険を冒すという傾向もある。

  • 責任

女性は、自分との関係を本当に大事にしている、責任感の強い男性に惹かれる。子孫が生き延びるために、男性に父親としての役目をちゃんととってもらう必要があった。

  • 投資

女性は、花をプレゼントしてくれるような、自分へ投資してくれる男性に関心がある。有史以前、自分との関係に責任感を持ち、食べ物などを投資してくれる男性と結婚すれば、子孫の生存確率が上がったからである。

ここで論じたのは一般的な傾向であるが、男性が求めるものを女性が求めたり、女性が求めるものを男性が求めるケースもありうる。それは進化の偶然性や子孫を残すために生まれる様々な戦略が、時に男性と女性の傾向をかき回すからである。

私たちの脳の傾向は認識できるものであり、従わずに乗り越えることも可能である。

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