ニュースの裏側がわかる! 中東情勢における「世界の陰謀」全…

 

 要するに、ニムル師ほか47名の処刑されたシーア派の人々は、「逮捕された時から、救出される期待がない人々」であり、同時に「逮捕された時点で、イランをはじめとする関係各国が、すべて処刑後の政治利用を考えられた陰謀の的の存在」となってしまったのである。

 本来これを救出するはずのイランは、アフマディネジャド大統領の時代ならば厳重に抗議し、救出作戦を行ったはずだ。しかし、ロウハニ大統領は穏健派で知られる人物であり、そのために、サウジに対して強硬な態度をとることはしなかった

まとめるとこうだ。

イスラエルは、そもそもイランとは敵対関係にあり、アメリカの核合意と経済制裁の解除に反対の立場
ロシアは、サウジとの関係悪化をさせる気はなく、そのためにニムルという人物が死ぬのは何とも思わない。
・イギリス・フランスは、そんなことよりは、処刑によってイランとサウジの関係が悪化し、そこにロシアなどが入ってくれて、武器がたくさん売れた方が良い。
・唯一イランの和平交渉を行ったアメリカのオバマ政権は、CIAの弱体化によって、これだけの関係者が知っているのにかかわらず、まったくその情報を持っていなかったために、サウジに対して何も言わなかったということなる。


■スンニ派とシーア派の対立を軸に

・ロシアとトルコの対立

 この展開はエルドアン大統領が「反ロシア」として思い描いた結果である。それに対し、ロシア・イランそしてアサド政権(シリア)は、一つの同盟関係としてトルコの拡大とアメリカの中東進出を阻止する狙いがある。特にロシアは、シリアのタルトゥースに補給基地があるが、これは黒海艦隊の所属であり、クリミア半島の艦隊がこの補給基地を使うためには、トルコのボスポラス海峡を通らなければならず、トルコの弱体化は最も重要な内容だ。なおかつ、このタルトゥースを守るためには、自由シリア軍を攻撃してアサド政権を守らなければならないし、また、海軍を使えないロシアは、イラク北部に陸軍を展開する以外にはない。

 ちなみに、トルコの弱体化を阻むサウジに対して、イランは「シーア派」のつながりからイエメンを刺激している。イエメンは、国家としての宗教分布はスンニ派とシーア派が半々であるが、2015年1月にシーア派武装集団の「フーシ派」がクーデターで政権を握り、その上でサウジ南部に侵入し、占領状態にある。まさに、サウジとしては、イランとシーア派は、イエメンとの関係を含めて苦々しく思っているのだ。イランは、その関係性は明らかにしていないが、少なくともシーア派の影響があり、サウジは、イエメンとの間に問題を抱えているのである。

 これに対して、ロシアの南下とシーア派の拡大を阻止することに息巻くのがスンニ派の国々である。このために、トルコとサウジという二つのスンニ派の大国は手を組んで、ロシア・イラン・アサド政権の拡大に対してその軍事行動を抑止しなければならない。イスラムの連合をつくり、その上で、トルコがイラク北部へ戦車部隊を展開するという状況にして、イランとの関係を悪化させる。イラク政府と連携を取りながらこの内容を行うのである。

 ちなみに、サウジや他の産油国は、原油相場が下がることを気にせずに原油の減産を行わない。現在原油は1バレルあたり30ドル程度の相場になっている。実は中東において原油は、1バレルあたり5ドル程度で産出できるという。これに対して、ロシアの黒海産原油は、50ドル程度、イランでも地上が砂漠ではないことから25ドル前後かかる。要するに、原油相場が下がるとサウジはそれでも大丈夫であるが、ロシアやイランは財政難になる状況となっている。そのようなことを行ってまでロシアやイランの「中東進出」、もっと言えばトルコへの圧力を止めさせようとしている。

 

 

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 これに加え、ロシアの「旧ソ連版図の復活」ということを阻止したいEUは、ロシアの動きをけん制する立場にある。イランに対しては、経済制裁解除から経済活動を行うようになっているが、ロシアの南下政策やクリミア半島の不法占拠に関しては許せない状況にある。そのために、ロシアとイランとアサド政権を分断する目的で、中東に対して武器の輸出などを含めてさまざまに行っている。ただし、ドイツはチェチェンと交信をして裏でつながっているのに対して、フランスは北アフリカなどイスラム教の各派と関係が悪化している。このためにフランスが主体になって行うことはできない。

 このようなときに活躍するのがイギリス・オランダ・イスラエルである。イギリスとオランダは、「王国」であるために「政府」ではなく「王室」が主体になって「アンタッチャブルに情報を操作、諜報工作活動ができる」という状態にある。007の映画で「女王陛下のために」というセリフが出ることがあるが、軍に所属しているにもかかわらず、政府の管轄ではないということになっているのである。では彼らがやることはいったい何か。それは、ロシアの南下を防ぎ、なおかつトルコにも警戒してイスラム勢力を抑制することである。では、そのために何をすればよいか、これは、少し想像力をたくましくすればわかることであろう。


■複雑化する中東情勢、日本の立ち位置は

 さて、今回のニムル師の処刑は、ロシアのISIS空爆参加がきっかけとなっている。それによって自由シリア軍と呼ばれる反政府勢力がロシアに空爆され、シーア派、特にアラウィー派といわれる勢力が拡大しているのだ。これに対して、トルコ・ヨルダン・サウジが反発し、一方で、EUとイスラエルがそのイスラム教内の対立をあおりながらロシアの拡大を抑制する。処刑による対立の顕在化によって、ISISやシリア内紛ということではなく、イラクとイランの戦争に代表されるスンニ派とシーア派の対立にロシアとEUが介入していることが表面化するにいたったのである。まさにその宗教対立を激化させたのがロシアであるという構図になる。

 さて、最後に、日本はどのようになっているのか。

 日本の国家安全保障会議(谷内正太郎内閣特別顧問が局長)は、その人事を見てもアメリカから情報をもらうだけになっている。しかし、上記のように中東のプレイヤーの中に、アメリカは入っていない。空爆しかせず、イスラムの複雑な内容を理解せず、陸上部隊を投入することもなく、まったく平和に貢献しないアメリカは、どの国からも無視されている。

 そもそもアメリカは、1980年代のイラン・イラク戦争でスンニ派を援護し、外郭団体としてウサマ・ビンラディンを使って武器輸出をした。そのうえで、用済みになったらフセイン大統領もウサマ・ビンラディンも処分してしまい、その後の混乱に対して、兵を差し向けて平和維持に貢献しようとしない。そのような国に与えられる情報は少ない。ましてや相手にされていないアメリカから情報を得ることを主体とし、独自に情報を取ることを止めてしまった日本の場合は、まったくこれらの動きについていけるところはないのである。

 また、それ以前に、日本の省庁や政府関係者などで「スンニ派」と「シーア派」の違いをしっかりと説明できる人がいるであろうか。そのような状況で、中東情勢の情報などを得ること自体が無理である。残念ながら、日本はこれからの原油の相場の先行きも、また、イスラム社会の対立も、そして、アメリカとEUとロシアの関係も、そこに複雑に絡むイスラエルの影も、まったくわかることなく、国内の政治パフォーマンスだけに終始することになるのである。
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