シヴァ=大自在天Ⅰ目次【悪魔界王最高破壊神】司馬神他千分神 

 

名前[編集]

詳細は「シヴァ・サハスラナーマ英語版)」を参照

ムカリンガ(英語版)(シヴァの顔が彫られたリンガ)。髭を蓄えるシヴァが描かれている。

サンスクリット語の「シヴァ」(Śiva、शिव)という単語がシヴァ神の名前の由来であると広く受け入れられている。モニエル=ウィリアムズによれば「シヴァ」という語は「吉祥な」、「好都合な」、「慈悲深い」、「親切な」、「友好的な」という意味を持つ[20]民間語源を辿ると「シヴァ」の「シ」は「内に全てを擁するもの、遍く広がる様」を意味し、「ヴァ」は「優雅さを体現する物」を意味する[20][21]。この「シヴァ」はリグ・ヴェーダでは添え名として使われており、例えばルドラなど、いくつかの(英語版)の形容辞となっている[22]。こういった「シヴァ」という語の形容詞的用法はヴェーダ時代の様々な文献にて、多くの神々に対して適用されている例を見ることができる[20][23]。つまりヴェーダ時代には「ルドラ・シヴァ」というような形容詞的な使われ方をしていた「シヴァ」という語が、後の時代には名詞の「シヴァ」、すなわち創造、再生、破壊を司る縁起の良い神、シヴァ神へと発展している[20][24]

ラム・カラン・シャルマ(英語版)は語源に関する異説としてサンスクリット語の「シャルヴ」(śarv-)を挙げている。これは「傷つけること、殺すこと」という意味を持っており[25]、従ってシャルマによればシヴァ神の名前は「闇の軍勢を打ち倒す者」という意味を含んでいる[26]

サンスクリット語の「シャイヴァ」(śaiva)は「シヴァに関する物」を意味する言葉であり、ヒンドゥー教主流派のひとつであるシヴァ派(शैव पंथ、Śaiva Paṁtha)及びその信者を表す名詞にもなっている[27]。同様にシヴァに関係する信仰や儀式を特徴づける形容詞としても使われる[28]

専門家の中にはタミル語の「シヴァップ」(śivappu)にシヴァ神の名前の由来を求めるものもいる。「シヴァップ」は「赤」を意味しており、これはシヴァ神が太陽(タミル語でシヴァン、śivan)と結び付けて考えられること、およびリグ・ヴェーダにてルドラ神が「バブルー」(Babhru、茶色、あるいは赤の意)と呼ばれていることを根拠としている[29][30]ヴィシュヌ・サハスラナーマ(英語版)(ヴィシュヌ神の賛歌)ではシヴァ神に、例えば「純粋な者」、「プラクリティグナ(英語版)の影響を受けぬ者[注 1]」など複数の意味を与えている[31][32]

シヴァは「マハーデーヴァ」、「マヘーシュヴァラ」、「トリローチャナ」など多くの異名を持つことで知られている[注 2]。シヴァ派におけるシヴァ神の最高神としての位置づけは「マハーデーヴァ」(Mahādeva、偉大な神)[37][38]、マヘーシュヴァラ(Maheśvara、偉大な王)[39][40]パラメシュヴァラ英語版)(Parameśvara、至高の王)[41]といった異名に反映されている。

中世のインドの文献にはサハスラナーマ(英語版)(千の名前の意)というジャンルがあり、それぞれの神の性質に由来する異名や添え名を集めている[42]。シヴァのサハスラナーマに関しては少なくとも8つのバージョンが確認されており、多くのシヴァの異名が賛歌(英語版)形式にまとめられている[43]マハーバーラタの13巻、アヌシャーサナ・パルヴァ(英語版)にもサハスラナーマが含まれている[44]。マハニヤーサ(Mahanyasa)にはシヴァのダシャー・サラスラナーマ(万の名前の意)が存在する。

シヴァの歴史

詳細は「シヴァ派の歴史」を参照

シヴァに関わる神話や習慣といった伝統はヒンドゥー教の中で大きな位置を占めており、インド、ネパール、スリランカ、インドネシアバリ・ヒンドゥー)と[45]ヒンドゥー文化圏の各地で信仰を集める。しかしシヴァのルーツに関してははっきりしておらず、議論が残っている。

ビンベットカの壁画

詳細は「ビンベットカの岩陰遺跡群」を参照

考古学者ヤショーダル・マトパル(英語版)やアリ・ジャヴィッド(Ali Javid)らはビンベットカの岩陰遺跡群(英語版)の先史時代の壁画に描かれているものが、踊っているシヴァであり[注 3]、シヴァのトリシューラ(三叉の槍)であり、彼のヴァーハナ(乗り物とされる動物)のナンディンであると解釈している。これらの壁画は放射性炭素年代測定によって紀元前1万年以前のものであると見積もられている[48]。しかしハワード・モーフィー(Howard Morphy)は動物に関する古代の壁画に関してまとめた著作の中で、ビンベットカの件の壁画を、狩りをする集団と動物と解釈しており、そのうえ踊っている集団は様々に受け取ることができるとしている[49]

インダス文明

詳細は「パシュパティの印章(英語版)」を参照

インダス谷の遺跡発掘の中で見つかった印章。結跏趺坐を組むヨーギー(修行者)、あるいはシヴァともとれる意匠は注目を集めた。

インダス谷(インダス文明)のモヘンジョダロの発掘で見つかった印章のひとつ(紀元前2500-2400年のもの[50])は、シヴァの前身を思わせる人物が描かれており注目を集めた[51]。その印章には、角を生やし、あるいは角を形どった何かを身に着け、勃起したファルス陰茎)を誇っているようにも読み取れる人物が、動物に囲まれて結跏趺坐を組んでいるかのような様子が描かれており、モヘンジョダロのパシュパティ(牛の王、獣の王)と名付けられた[52]。牛もファルスもヨーガも三日月もシヴァの持つ特徴である。(参考: #シヴァ像に共通する要素

1920年代、考古学者のジョン・マーシャル(英語版)をはじめとする学者らはこの印章に描かれた人物がシヴァの前身ではないかと主張した[59]。マーシャルはこの人物は3つの顔を持っていて、足を組み、ヨーガのポーズをとっていると解釈している[59]。一方でギャビン・フラッド(英語版)や、ジョン・ケイといった研究者たちはこの主張に懐疑的な見解を示している。フラッドによれば、牛の角にも見える三日月の形などはシヴァの特徴を反映しているように思われるが、一方で印章の人物が3つの顔を持っているかどうか、ヨーガのポーズをとっているかどうかはっきりしないし、人物を表しているのかどうかも判然としない。ジョン・ケイは印章の人物がパシュパティ、すなわちシヴァ神の初期の姿である可能性は考えられるが、このデザインの持つ2つの特徴がルドラの持っている特徴と結びつかないと語っている。シヴァはシヴァになる前にルドラを経ていると考えられている。(参考: ルドラの項)

加えてドリス・メス・スリニバサン(英語版)は1997年に[59]グレゴリー・ポセル(英語版)も2002年に[64]否定的な意見を発表している。スリニバサンはマーシャルが人物であるとした印象のデザインを人でなく牛であり、おそらくは聖なるバッファロー・マンであると解釈している[59]。ポセルは印章の人物が神であり、水牛とつながりを持っていて、そして何らかの修行をしているところだという考えには賛同できるが、シヴァの前身とするのは無理がある、と結論づけている[64]

インド=アーリア人の宗教

詳細は「ディオニューソス」を参照

シヴァの偶像に描かれる姿や神話に語られる特徴と、ギリシャヨーロッパの神々の持つ特徴との類似からは、シヴァ神と祖インド・ヨーロッパ人(英語版)とのつながりが、あるいは古代中央アジア文化との横断的交流が指摘されている。例えば恐ろしい姿に描かれたり、慈悲深さを示したりといったシヴァの持つ二面的な性質はギリシャの神、ディオニューソスに通じるものがある[69]。加えて両者には牛、蛇、怒り、勇猛さ、踊り、そして楽観的な性格といった共通点がみられる[70][71]アレクサンドロス大王の時代の複数の文献でシヴァを「インドのディオニューソス」と呼び、逆にディオニューソスを「オリエントの神」として言及している様子が確認できる[70]。同様にシヴァに見られるようなファルス(男性器)を象徴として扱う習慣は、ロジャー・ウッドワード(Roger Woodward)によればアイルランドノルド、ギリシャ(すなわちディオニューソス[72])、ローマの神々にも見られ、同様に初期のインド・アーリア人に見られる「天と地を結ぶ柱」[注 6]という形での象徴も各地に残っている[65]。一方ではインド=アーリア人を起源とする説に反対する意見もあり、彼らはアーリア人がインド亜大陸に侵入する以前の土着の信仰にシヴァの起源を求めている[73]

ヴェーダ時代のシヴァ

リグ・ヴェーダでは「シヴァ」という言葉を見つけることもできるが、これは単純に「慈悲深い、吉祥な」という意味での添え名として使われているにとどまり、ヴェーダ時代の様々な神に対して使われる修飾辞のうちのひとつである[74]。一方、ヴェーダ時代の文献では天候に関係し、恐ろしい力を持つルドラという神について言及されている。時代が下るにつれてこのルドラは形容詞の「シヴァ」をたびたび添えられるようになり、サンスクリット語の「シヴァ」はルドラを婉曲的に表現するための類義語としての機能を持つに至る[75]。そして「シヴァ・プラーナ(英語版)」(10-11世紀)では、シヴァ神が語る言葉の中に「私の化身であるルドラ」という表現すら現れた。こうしてシヴァはルドラと同一視されていった[注 7]

ルドラ

詳細は「ルドラ」を参照

現代のヒンドゥー教で知られているシヴァの特徴は、ヴェーダ時代のルドラの持つ特徴と多くが共通しており[76]、ヴェーダ神話に登場する暴風雨神ルドラがシヴァの前身と考えられている[77]リグ・ヴェーダ(紀元前1700-1100年[78])には1,028の賛歌が収録されているが、そのうちルドラに捧げられたものは3つにとどまり、この時代にはマイナーな神だった様子がうかがえる[79]

うなる嵐の神であるルドラは通常恐ろしい、破壊的な神という特徴に基づいて描写される[80][注 8]。こういった畏怖を感じさせる神はリグ・ヴェーダにおいては異色で、チャクラヴァティはルドラが唯一の例だとしている[79]。もともと「シヴァ」とは苛烈で容赦ない自然現象であり嵐にまつわる神ルドラの名を直接呼ばないための、「吉祥者」「吉祥な」を意味する形容詞であった[82]。その一方でリグ・ヴェーダ10巻の92詩ではルドラは荒っぽく、残酷な側面(ルドラ)と、慈悲深く穏やかな側面(シヴァ)の2つの性質を持つことが語られている[83]。暴風雨は、破壊的な風水害ももたらすが、同時に土地に水をもたらして植物を育てるという二面性がある。このような災いと恩恵を共にもたらす性格は[84]、後のシヴァにも受け継がれている[77][85]

ヤジュル・ヴェーダ(紀元前1200-1000年)以降、ルドラは度々「シヴァ」(慈悲深い、吉祥な)と形容されるようになる。とくにヤジュル・ヴェーダに収録されているシャタルドリヤ(英語版)[注 9]ではルドラに対して100に及ぶ添え名、異名が与えられ礼賛されており[87][88]、この頃を境にルドラが存在感を増している様子がうかがえる[89]。また、ここでは「偏在する神」という、後のシヴァ神とも通ずる性質も描かれている[89]。ヴェーダ時代の文献ではまだルドラに関して牛やその他の動物をヴァーハナ(乗り物)としているような記述は見られないが、ヴェーダ後のたとえばマハーバーラタ(紀元前9-8世紀)やプラーナ文献(およそ3-10世紀)などではナンディンが特にルドラとシヴァのヴァーハナであると言及されており、彼らは明確に同じ神格として結び付けられている[90]。こうしてシヴァは、最終的に破壊と創造を司り、恐ろしくも穏やかな、そしてすべての存在を再生し賦活する神としての発展を遂げるている[91]

アグニ

詳細は「アグニ」を参照

シヴァラーマムルティ(英語版)やクラムリッシュは、ルドラと火の神アグニとの深い関連を指摘している[92][93]。後にルドラ・シヴァという神格へと徐々に発展していくルドラの過程を語る上で、アグニとルドラの同一性は重要な意味を持ってくる[94]。アグニとルドラの同一性はニルクタにて明確に言及されている。ニルクタはサンスクリット語の語源について書かれた初期の文献で、そこにはアグニはルドラとも呼ばれると記されている[95]ステラ・クラムリッシュ(英語版)によればルドラ・シヴァ(ヴェーダ後のルドラ)の炎にまつわる神話を挙げれば多岐にわたり、大火災から灯りの火に至るまで、火と呼べるもの全てに及んでいる[96]

シャタルドリヤ(英語版)に登場するルドラの添え名、例えばサシパンジャラ(Sasipañjara、「炎のように赤く金色の」)やティヴァシマティ(Tivaṣīmati、「まぶしく燃える」)はアグニとルドラが融合した様子をうかがわせる[97]。アグニは牛であると言われており[98]、シヴァのヴァーハナは牛のナンディンである。アグニには角が生えているという言及もある[99][100]。中世の聖典ではアグニも、バイラヴァすなわちシヴァの別の姿もともに燃え盛る髪を持つとされている[101]

インドラ【雷神ゼデウスエリア分神】 風神オーディン北欧分神

詳細は「インドラ」を参照

ウェンディー・ドニガー(英語版)によればプラーナ文献で語られるシヴァはヴェーダ時代のインドラからつながっている。ドニガーは、インドラもシヴァも山、川、精力、凶暴さ、恐れをしらぬ大胆さ、戦争、確立された慣習風俗の破戒、オウム(真言)、最高の存在であること、などと関連づけられていることをその根拠として挙げている。リグ・ヴェーダではシヴァ(śiva)という語がインドラを指して使われている。インドラもシヴァと同様に牛と結び付けられている。また、シヴァと同一視されるルドラは、リグ・ヴェーダではマルト神群(ルドラの息子たちであり、インドラの従者)の父であるが、ルドラはマルト神群の特徴である好戦的な性格を持ちあわせていない。その一方でインドラとシヴァはそれを持ち合わせている[109]

ジャイナ教ではインドラは踊る姿で表現される。明示的に同一とされているわけではないが、このインドラはヒンドゥー教で見られる踊っているシヴァ、すなわちナタラージャとムドラ(ポーズ)が似通っている[110]エローラ石窟群(ヒンドゥー、仏教、ジャイナ、3宗教の遺跡)のジャイナ教窟ではティールタンカラ(英語版)(ジャイナの神)の隣でインドラがシヴァ・ナタラージャと同じ調子で踊る彫刻が見られる。この踊りの類似は古代のインドラとシヴァとのつながりを示しているようにも思われる。