優生学入門Ⅱ(中半)悪忍殺別【人喰鼠講黒害宇虫塵絶縁】 

 

 

リプロジェネティクス

「優生学」という用語は多様な社会的文脈で用いられ、様々な論議を引き起こしてきた。それは多くの場合20世紀前半に大きな影響力を示した社会運動であり社会政策に関係して用いられてきた。歴史的そして広義の意味において、優生学は「人間の様々な遺伝的特性を改良」する研究としても認知されていた。時には「遺伝子プール」の改善といったより広義の人為的な活動を説明する場合に用いられることもある。現代のリプロジェネティクス英語版)・予防的中絶・デザイナーベビーは、古代社会における幼児殺害と同様の形式として優生学として認識されている。

倫理学での議論

優生学の掲げる規範的な到達点英語版)と、それが科学に基づいた人種主義英語版)に結びついている事実によって、学究の世界では優生学と言う用語から一線を画すようになっている。また、優生学のいう「改良の対象を定義すること」や「何が役に立つかという判断を行うこと」は、究極的には経験的な科学の観察の問題よりはむしろ文化的な意味での選択であり、優生学は多くの人々によって疑似科学であると見なされてきた。このことは遺伝学の発展に対しても同様である。しかし社会政策としての自由主義的な優生学英語版)の提唱に対する支持的な意見は、かなりの数で顕在している。

遺伝子工学への応用可能性についての最新の調査成果が発表されるにつれて、生命倫理学についての議論において、優生学の歴史を訓戒的な物語として引き合いに出す機会がますます増えつつある。その一方、「非強制的な優生学的プログラムでさえ本質において倫理にもとるものであるのか」という問いかけを行う倫理学者もいる。

優生学についての議論で最も中心的課題となったのは「何が有用な特性」で、「何が劣っているそれ」かといった「人間の遺伝子プールの改良」についての定義付けの問題であった。当然の如く、優生学についてのこの解釈は歴史的に「科学に基づいた人種主義」の色彩を帯びていた。

初期の優生学は一般的に社会階級に強い相関があると見なされていた知能の因子に結び付けられた。多くの優生学者たちは人間の社会の改善に対する類推として動物の品種改良[42]から着想している。異人種間の婚姻(特に白人と有色人種について)は一般的に民族純化の文脈において避けるべきことと考えられてきた。当時、科学的見地からの支持を取り付けたその種の考え方は、今日の発展した「遺伝学」においてもなお議論を引き起こす課題として存続しているのである。

優生学はまた血友病ハンチントン病のような遺伝病の根絶とも深いつながりを持ってきた。遺伝的欠陥のような要素を根拠に、社会的に差別的に扱う問題は、現在も存在する。

  • 何が劣っていて、何が劣っていないかに関する科学的なコンセンサスは存在しないし、それは社会または個人の選択を超えた問題である。
  • ある条件において劣っていると見なされるものは、別の条件では劣っているとは言えない。例えばマラリア病原虫結核菌に対する抵抗を示す遺伝子は、ヘテロ接合型である場合には病気に対する抵抗性を持つ働きをするが、ホモ接合型である場合には鎌状赤血球症テイ=サックス病を引き起こすという事例がそうである。
  • 障害を抱えながら成功する人は少なくない。
  • ニコチン酸欠乏症ハンセン病など、初期の優生学が遺伝として見なした症状の多くは、現在では完全または部分的に遺伝以外の原因で起こることが判明している。

先天性疾患英語版)を予測するための出生前診断が結果的に人工妊娠中絶に結び付く場合(着床前診断の項を参照)同様の懸念が起こってくるのである。

脚注

  1. ^ Currell, Susan; Christina Cogdell (2006). Popular Eugenics: National Efficiency and American Mass Culture in The 1930s. Athens, OH: Ohio University Press. p. 203. ISBN 082141691X.
  2. ^ "Eugenics", Unified Medical Language System (Psychological Index Terms) National Library of Medicine, 26 Sep. 2010. <[1]>http://ghr.nlm.nih.gov/glossary=eugenics
  3. ^ Lynn, Richard (2001). Eugenics: a reassessment. New York: Praeger. p. 18. ISBN 0-275-95822-1. "By the middle decades of the twentieth century, eugenics had become widely accepted throughout the whole of the economically developed world, with the exception of the Soviet Union."
  4. ^ Hans-Walter Schmuhl, "The Kaiser Wilhelm Institute for Anthropology, Human Heredity and Eugenics, 1927-1945", Boston Studies in the Philosophy of Science Vol. 259, Wallstein Verlag, Göttengen, 2003, p. 245
  5. ^ Galton, Francis (1904年7月). “EUGENICS: ITS DEFINITION, SCOPE, AND AIMS.” (英語). 2009年8月27日閲覧。
  6. ^ (カショーリ, ガスパリ & 草皆 2008, p. 36)
  7. ^ (ケヴルズ & 西俣 1993) [要ページ番号]
  8. ^ 英: reversion towards mediocrity
  9. ^ 英: regression towards the mean
  10. ^ 論文「人類の聾唖種の形成に関する記録」
  11.  英: compulsory sterilization
  12. ^  ○優生学の錯綜 - 関西医科大学法医学講座
  13.  原題「Heredity in Relation to Eugenics」
  14.  1920年代から40年代にかけて多くの高校と大学の教科書においては人々に対する優生学的諸法則を応用することから得られる様々な科学的進歩を喧伝する章立が見られた。また初期の科学雑誌には遺伝関連の記事が多く掲載された。雑誌の編集者には優生学者がおり、優生学の特集記事を掲載することもあった。
  15.  英: Race Crossing in Jamaica
  16.  Kühl, S、「The Nazi Connection; Eugenics, American Racism, and German National Socialism」(オックスフォード/ニューヨーク、O.U.P.、1994年)
  17.  この報告はナチス政府によって、それらの広範な断種計画は実行可能であり、かつ人道に適ったものであるという証拠として広く引用された
  18.  国外から流入する「不適格者」達の数を制限するために制定されたものであり、前年比で15%移民の数を減少させた
  19.  スティーヴン・ジェイ・グールド『人間の測りまちがい』河出書房新社
  20.  1920年の移民と帰化に関する下院委員会に対する専門参考人として指名された
  21.  フランツ・サムエルソン、マーク・シュナイダーマン、リチャード・ヘアンスタイン(英語版)らによる、移民政策に関する議事録調査より。
  22.  (カショーリ, ガスパリ & 草皆 2008) [要ページ番号]
  23.  (カショーリ, ガスパリ & 草皆 2008) [要ページ番号]
  24.  (カショーリ, ガスパリ & 草皆 2008) [要ページ番号]
  25.  スウェーデン政府は40年の間に優生計画の一環として6万2千人の「不適格者」に対する強制断種を実行している
  26.  “スイスの暗い過去 強制的に親から引き離された被害者が語る”. スイス放送協会. (2014年9月12日) 2014年9月14日閲覧。^ 小山騰『国際結婚第一号・明治人たちの雑婚事始』講談社選書メチエ。
  27.  高橋義雄 『日本人種改良論』 石川半次郎、1884年9月。NDLJP:832935。
  28.  海野幸徳 『日本人種改造論』 冨山房、1911年6月8日(原著1910年6月9日)、訂正増補改版。NDLJP:1230017。
  29. 『性と生殖の人権問題資料集成 編集復刻版』第15巻、不二出版、2000年9月。ISBN 4-8350-1354-9。 - 収録:海野幸徳『日本人種改造論』、沢田順次郎『民種改善 模範夫婦』
  30.  沢田順次郎 『民種改善 模範夫婦』 啓成社、1911年。NDLJP:1054528。
  31.  『性と生殖の人権問題資料集成 編集復刻版』第16巻、不二出版、2000年9月。ISBN 4-8350-1355-7。 - 収録:氏原佐蔵『民族衛生学』
  32.  廣嶋清志「現代日本人口政策史小論(2) (PDF) 」 、『人口問題研究』、日本生物学会、1981年10月、 73頁。
  33.  それは「適切な」恋人同士の「健全な結婚」を後押しするという彼の優生学的な関心が実を結んだ事業であった
  34.  英: Eugenics Quarterly
  35.  英: Social Biology
  36.  欧州連合基本権憲章、第3条第2項
  37.  障害者権利条約#第10条 生命の権利
  38.  障害者権利条約#第17条 個人のインテグリティの保護
  39.  カール・セーガン『COSMOS』上巻63頁 木村繁訳、朝日新聞出版、2013年6月
  40.  関西医科大学生命倫理学資料
  41. ^ そこでは純血種英語版)を得ようと懸命の努力が払われていた

関連文献

出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2011年7月)
  • マーク・B・アダムズ 編著 『比較「優生学」史 独・仏・伯・露における「良き血筋を作る術」の展開』 佐藤雅彦 訳、現代書館、1998年7月。ISBN 4-7684-6734-2。 - 原タイトル:The Wellborn science.
  • リッカルド・カショーリ、アントニオ・ガスパリ 『環境活動家のウソ八百』 草皆伸子 訳、洋泉社〈洋泉社新書y〉、2008年8月。ISBN 978-4-86248-309-6。 - 原タイトル:Le bugie degli ambientalisti.
  • 加藤秀一 『〈恋愛結婚〉は何をもたらしたか 性道徳と優生思想の百年間』 筑摩書房〈ちくま新書487〉、2004年8月5日。ISBN 4-480-06187-8。
  • 桑原真木子「優生学と教育 「教育的」環境操作がたどりつくところ」、『現代思想』第31巻13号 特集 争点としての生命 言説の争点、青土社、2003年11月、 215-129頁。
  • ダニエル・J・ケヴルズ 『優生学の名のもとに 「人類改良」の悪夢の百年』 西俣総兵 訳、朝日新聞社、1993年9月。ISBN 4-02-256646-9。 - 原タイトル:In the name of eugenics.
  • 立岩真也 『優生学について--ドイツ・1 (医療と社会ブックガイド・9)』42、医学書院、2001年10月25日。
  • 立岩真也 『優生学について--ドイツ・2 (医療と社会ブックガイド・10)』42、医学書院、2001年11月25日。
  • 立岩真也 『優生学について・3--不妊手術の歴史 (医療と社会ブックガイド・11)』42、医学書院、2001年12月25日。
  • 立岩真也 『優生学について・4 (医療と社会ブックガイド・12)』43、医学書院、2002年1月25日。
  • スティーブン・トロンブレイ 『優生思想の歴史 生殖への権利』 藤田真利子 訳、明石書店〈明石ライブラリー26〉、2000年11月1日、398頁。ISBN 4-7503-1355-6。 - 原タイトル:Trombley, Stephen 1988 The right to reproduce, revised edition, 2000.
  • 『優生学と障害者』 中村満紀男 編著、明石書店、2004年2月1日。ISBN 4-7503-1875-2。
  • カール・ビンディング、アルフレート・ホッヘ 『「生きるに値しない命」とは誰のことか ナチス安楽死思想の原典を読む』 森下直貴・佐野誠 訳・著、窓社、2001年11月。ISBN 4-89625-036-2。
  • 松原洋子「優生学」、『現代思想』第28巻3号 臨時増刊:総特集 現代思想のキーワード 科学論/生命論、青土社、2000年2月、 196-199頁。
  • 横山尊『日本が優生社会になるまで--科学啓蒙、メディア、生殖の政治』勁草書房、2015年。ISBN 9784326602841。
  • 米本昌平、松原洋子・市野川容孝・橳島次郎 『優生学と人間社会 生命科学の世紀はどこへ向かうのか』 講談社〈講談社現代新書1511〉、2000年7月20日。ISBN 4-06-149511-9。
  • The Wellborn Science: Eugenics in Germany, France, Brazil, and Russia, Monographs on the History & Philosophy of Biology, New York: Oxford University Press, (1990), ISBN 0-19-505361-3
  • Black, Edwin (2003), War Against the Weak: Eugenics and America's Campaign to Create a Master Race, New York: Four Walls Eight Windows, ISBN 1-56858-258-7
  • Black, Edwin (2003-11-09), “Eugenics and the Nazis -- the California connection”, San Francisco Chronicle (San Francisco, CA: The Hearst Corporation)
  • Carlson, Elof Axel (2001), The Unfit: A History of a Bad Idea, Cold Spring Harbor, New York: Cold Spring Harbor Laboratory Press, ISBN 0-87969-587-0
  • Crichton, Michael (2004), State of Fear, New York: HarperCollins Publishers, ISBN 0-06-621413-0 - contains an appendix on eugenics, politics, and science in the US.
  • Ordover, Nancy (2003), American Eugenics: Race, Queer Anatomy, and the Science of Nationalism, Minneapolis: University of Minneapolis Press, ISBN 0-8166-3559-5
  • Shakespeare, Tom (October 1995), “Back to the Future? New Genetics and Disabled People”, Critical Social Policy (Critical Social Policy Ltd.) 15 (44-45): 22-35, ISSN 0261-0183, doi:10.1177/026101839501504402
  • Trombley, Stephen (June 1988), Right to Reproduce: History of Coercive Sterilization, Weidenfeld & Nicolson Ltd, ISBN 0-297-79225-3
  • Wahlsten, Douglas (1997-06-01), “Leilani Muir versus the Philosopher King: Eugenics on trial in Alberta”, Genetica (Kluwer Academic Publishers) 99 (2-3): 185-198, ISSN 0016-6707, doi:10.1007/BF02259522

関連項目

ウィキメディア・コモンズには、優生学に関連するメディアがあります。

外部リンク

優生学批判のウェブサイトと歴史研究のウェブサイト
優生学を支持するウェブサイト

レイシズム(人種差別)

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