2017年04月18日

不妊治療のあとさき4

テーマ:上京後

不妊を抱えていると、景色や会話の端々に不意に現れる子どもの気配に、過敏にビクつくようになってきます。
例えば、通りすがりの子どもに、夫がごく自然な人としてのふるまいで子どもに笑いかけたりあやしたりすると、なんだかソワソワしてその場を立ち去りたくなる。電車の座席に座っているところに子連れの母親を見かけると、悪いことでもしているような心持になって慌てて立ち上がる。「保育園落ちた日本死ね」の話題になると、途端に離人症になったかのように幽体離脱してしまう。
さすがに友達の子を邪険に扱うとか、写真を見せられて目を逸らしたり、子どもの話題に耳を塞いだりはしないけれど、どうしたって自分の身に引きよせて考えてしまうので、100%ピュアな心で接することができません。接すると心が擦り剥けるから。まあ、ささくれが剥ける程度で大したことはないんですけどね。
無料なので登録してある情報商材系のメルマガでは、「不妊の原因。それは潜在意識なのです!」と力強く謳っており、それに従えば、わたしのこのマインドセットは妊娠できないに決まってる!ということになりそうです。

 

夫は、惨めに不妊治療にしがみつくわたしを気の毒に思うことはあっても、あまり自分事というふうには捉えていないのかなと思います。わたしが落ち込んでさえいなければ治療に失敗しても別段ショックを受けるでもなく(「だって成功率低いって聞くし」)、ただ落ち込んでいる姿を見たくないから失敗するよりは成功したほうがいい、というくらいのスタンスのようです。
「子どもはいなくてもいい」という言葉は、嘘ではないのでしょう。子がいればそれなりに経済的負担を強いられますし、最初の体外受精の際、「もし妊娠中に子どもに障害があるってわかったらどうする?」などと不安げに尋ねてきたこともありましたので、今に至っても積極的に望んではいないのかもしれません。
それでも、わたしの好きにさせておいてもらえて、何よりも子どもが産めないことを責めない点では、たいへんありがたい相手です。

 

年末、最後の移植がやって来ました。前日まで仕事で大阪にいて、そのまま泊まって帰りたかったけれど(なんと新幹線が炎上して運行見合わせとなり、いつ帰れるかも分からなかったのです)、無理やり夜行バスで戻ったその足で移植に向かいました。
最後と云っても正確には今ある胚盤胞が無くなるのが最後という意味ですが、金銭的にもこれ以上続けるのはさすがに、ギャンブル依存症にも近い危うさを感じていました。この結果次第では、進退を考えねばなりません。
4回目ともなると、移植はただのルーティーンです。消毒で棒を子宮に突っ込まれる際の痛さだけは慣れませんでしたが、すべてが工場のオートメーションのように進み、卵を戻すまでの一連の流れを手術台の上から画面で見るのですが、「今、卵が入ったの見えましたか」と問われるのも、慣れすぎて何の感慨も湧きません。まるで他人の胃カメラでも見ているような気分です。ここで、「ああ、わたしの赤ちゃん……」と思えないわたしに、母親になる資格はないような気もしてきます。

 

7日後の判定日は年末ギリギリ、本来なら会社が休みに入った翌日には実家に帰りたかったけれど、それもこのために待つことになりました。そのため、結果を聞いたらその足で実家に帰るつもりで、帰省の荷物を背負って通院しました。
本を読む集中力もなく、手持無沙汰に「SimCity」で街を育てながら待つこと1時間半。
いつものように事務的な前置きがあった後、先生から発せられた言葉は、
「残念ながら数値が上がっていないですね」
何が原因なのですか? もう問うことにも疲れたし意味もないのですが、今回も返ってきた答えはやっぱり「卵の質が悪い」でした。
「胚盤胞まで育って、これだけ移植しても妊娠しない、つまり可能性は低いということです。それでも続けるのかどうか、ご家庭で話し合って決めてください。もちろん、可能性がゼロではないですから、続けているうちによい卵が採れることもあるかもしれませんが」
不妊専門のクリニックで、こう云われるということは、相当に可能性が低いのでしょう。わたしはそれを聞いて、これ以上のギャンブルにお金をつぎ込む気にはなれませんでした。
単に年齢の問題なのか。それとも年齢以上に老化が進んでいるのか。なんだか分からないけれど妊娠能力がないのか。そのどれも正解なのか。1年続けて、もう1回世界一周できる金をかけて、結局すべてがブラックホールの中に消えていっただけなのか。


病院を出、予定通り実家に帰りました。
夫にLINEで報告すると、夫は「無理しないで帰ってきたら」と云うのでしたが、きっと慰めてはくれるのでしょうが、ささくれ立った心には時として火に油、どこに地雷があるか自分でも分からない状態で、また新たな争いを勃発させたくありませんでした。
新幹線はいつになく混んでいて、わたしは地べたに座ったまま2時間半を過ごしました。京都で降りて、ふらふらと買い物に出かけたらなんだか店の人やお客さんと盛り上がり、束の間、嫌な出来事を忘れました。そうだ、治療をやめたら、心置きなく服を買いまくれるじゃないか……(苦笑)。

 

治療を続けるなら生理3日目に来て下さいと云われていましたが、年始早々ということもあって、足を運びませんでした。
病院からはその後、凍結している精子の保存を更新するかどうかの確認書類が送られてきましたが、それも開封せずに放置していました。
しかしながら、助成金の申請期限が3月末とあって、それまでには書類の申請のため病院へ行かねばなりません。
3月になって仕事も落ち着き、山のような領収書をひとり整理していると、書類は申請する気力を萎えさせるかのようなややこしさで、領収書のコピーをA4にしてコピーするのも手間なうえ、今さらながらつらかったことがいちいち思い出されてきて、不妊治療の苦しさはどこまでも手を緩めないのだなあ、と妙に感心するのでした。
2か月半ぶりの病院は、ただ自分が離脱しただけで何ひとつ変化はなく、相も変わらずの盛況ぶりになんとも云えない脱力感を覚えました。
書類の申請にも1枚3,000円という金がかかり、あっという間に札が飛んでいきます。

書類を受け取り、凍結精子も結局破棄した後、病院から電話がかかってきました。
「当院での治療は終了されますか? 終了される場合は二度とこちらで治療は再開できませんが」
二度とできない、と言われると、もともとのセコい性根がビビってしまいます。しかし、治療はともかく、この病院にすがりつく理由は見当たらない気がしました。会社に近いことと採卵が痛くないというメリットはあるけれど、値段が他より高額だし、先生も半ば匙を投げているところに行っても気分が滅入るだけです。
「わかりました。終了してください」
やめたら妊娠からは確実に遠ざかるでしょう。
しかし、すっからかんになるまで続けて結果が出なかったとき(今もすでにそんな感じだし)、やりきったから後悔はないと清々しい気持ちで言い切れる自信がありません。

 

もうこの1年のことは記憶から葬り去りたい。とか云いつつここに書き残すのは、いちおう葬式には出しておいたほうがいいかなと思うからで、誰かに何か有益な情報を提供できるわけではありません(むしろ有害?)。
どんな経験も無駄じゃないという考え方があるけれど、わたしにとってこの経験は、はっきりと無駄でした。
人生には、しなくていい経験があると思います。つらい経験には、その後の転ばぬ先の杖になったり、誰かの役に立ったりというメリットもあるでしょうが、いちばんいいのは、誰もそんなつらい経験をしなくて済むことでしょう。わたしは別につらい経験を売って生計を立てているわけでもないので、できればいらなかったです。
わたしは置かれた場所で咲くこともできませんし、嫌な出来事を神様のプレゼントとして有り難く受け取ることもできない狭小な人間です。
それでも、金銭がこんなにかからなければ、蚊に刺されたくらいのダメージで済んだのかもしれません。店内に入ることさえ憚られ、一生手に入れることもないであろうGUCCIの服やバッグも、治療費に置き換えたらいったい何個買えたのか……って、我ながら喩えが矮小かつ下世話!!

 

治療中、養子を考えたら、と人に薦められたこともありました。関連本も何冊か購入して読み、それはひとつの選択肢としてありかと思いましたが、実際のところ養子を迎えるまでの登録料金は不妊治療以上にかかるうえ、子どもの親として適齢で、ちゃんとした家に住んでいて、ちゃんとした仕事についていて、それなりに裕福な収入があって、子を迎えるための訓練に合格し……つまり、世の中的に相当「まとも」でなければ養子の親にはなれないのです。
その一方で、どんなに社会的に不利な条件下にあっても、性交によって孕めば親になる資格がある。やっぱり世の中は不公平にできているし、努力は万能じゃないですね。ビッグダディの美奈子さんみたいな妊娠能力は、つくづく稀有な才能ですよ。妊娠能力もなく、社会的にも不安定な人間にとって、子どもは超がつくほどの贅沢品というわけですか。

 

それでも、すべてを諦めたころにまさかの妊娠! みたいな記事が世の中には蔓延していて、そんなこともあったりするのかなあ……なんて空しい希望を、完全に捨てられるわけもなく、しかしそんな希望が叶うこともなく今に至ります。
先述の友人が妊娠したクリニックは、予約しても初診が半年後らしいですが、まだ前の病院に通っていたころ、友人が「とりあえず予約だけでも入れておいたら? 妊娠したらキャンセルすればいいんだし」というので、それだけ入れっぱなしにしてあります。ぜんぜん順番が回って来ませんが(苦笑)。
自然妊娠はいろんな意味で難しそうですが、排卵日ごろになると、そうは云ってもやっといたほうがいいのかなあという変なプレッシャーに襲われ、前クールのドラマ「奪い愛、冬」で水野美紀が、帰宅が遅い夫に対して「今日排卵日なのにいいい~!」と般若の形相で叫ぶシーンを思い出して、勝手に気が滅入っています。

 

ということで、この件は完全に吹っ切れたわけでもなく、さりとてなにか前進したわけでもないのですが、ひとつの区切りとして、書き残すことにした次第です。
次回は、もう少し軽い話題でお目にかかりましょう。

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2017年04月04日

不妊治療のあとさき3

テーマ:上京後

自暴自棄になってあと2つ残った卵を放棄するほどの無謀にもなれず、次の移植日まで大人しく薬を飲み続ける日々が再スタートしました。
「産む機械」という物議を醸した発言が昔あったけれど、今のわたしはまさに、自ら産む機械になろうとしているかのようです。
薬、薬、薬……1日3回も薬を飲む日が続くと、不妊は病気じゃないとか云うけれどやっぱり病気なんじゃないの? と思ってしまいます。

 

医者に云われたことを忠実に守っても、結果が出ないのが不妊治療の可笑しいところです。
2回目の移植にもあっけなく失敗し(科学流産ですらありませんでした)、残る胚盤胞もあと1つとなりました。
冷静になってみれば、体外受精の妊娠確率はせいぜい20~30%程度、はずれのほうが圧倒的に多い宝くじみたいなものなのですが、なまじ医療だけに、そして高額なだけに、外れれば少なからぬダメージを喰らいます。
毎回、残念な結果報告を受けた直後は、まるで最初から分かっていたかのように心の表面は静まり返っているのですが、しばらくすると急激な嘔吐の如き勢いで、沼底のほうから得体の知れない衝動が湧いてきます。
このたびは、セカンドオピニオンが聞きたくて不妊ルームというところに光の速さで無料相談メールを送り、ふだんなら見向きもしない情報商材系のメールマガジンにまで登録しました。不妊治療関連の新たな電子書籍を購入することも忘れません。
不妊ルームからは、まずはクリニックまで来てみては? という返信が来たのみでした。若干鼻白みながらも、まあ無料相談じゃそうなるか……と、カウンセリングに行くことも考えましたが、すでにホットヨガにも通えていない現状で、電車を乗り継いで新たなクリニックに足を向けるのもそれなりに気合が必要です。

 

そして、汚物となった感情の吐き出し先については、夫に吐いた場合のシミュレーションはすでに見えすぎているので今回はなんとか思いとどまったものの、口蓋を閉め切ることができず、その矛先を父に向けてしまいました(それでもさすがに仕事では微塵も出ませんが……社畜万歳だね)。
わたしは、こともあろうに、次のような主旨のメールを父に送ったのでした。
「この先、夫が子どもに恵まれないのも気の毒なので、離婚して、子どもの産める女性と再婚してほしいと思っています。そもそもの人生設計を誤ったわたしがバカでした」
30代をいろんな意味で浪費したわたしの偽りない心ではありましたが、正直ならなんでも許されるわけではなく、果たして、父はかなりショックを受けていました。そりゃそうです、結婚式からまだ半年も経っていないというのに、いきなり離婚を云い出すなんて、気でも狂ったか!
しかも、人生設計を間違えたなどと云ったために、「お母さんが早く死んで、あんたたちには好きなことをさせてやろうと思った結果がこれか。ちゃんと線路を引いてやれなかったことが悔やまれます」と、父に余計な反省をさせることになってしまいました。
こんなことを老いた親に云わせるわたしは、つくづく罪深い。こんなしょうもない人間に成り果てたという意味では親の後悔にも一理あるけれど、人生設計は決して親のせいではなく、わたしが選んだ末にこうなっているのです。似たような、もっとブラック度の高めの業界で働く弟は、家も建てて3人の子どもをもうけ、いっぱしの大人として生きているのですから。


と同時に、わたしも所詮は、世間で云われている幸福のかたちに自分を合わせようとしているだけなんだな、ということが分かって脱力するのでした。家、仕事、結婚、子ども……ここまで生きていてわたしが欲しかったものって、結局それだったのか? それらがわたしにとって、いったいなんだというんだよ? そんなものに縋らないと、生きている意味がないのか?
いや、そもそも、命や人生に意味を求めるのが間違っているんじゃないのか? わたしが子どもを産めないのは、ただの生理現象に過ぎず、わたしが生きていることすらもただ心臓が停止していないからで、別に意味はないんだろう。

 

不妊で子どもを作れない自分を否定し、価値のない人間だと思うことは、すべての不妊に悩む女性、いや選択して子を産まないと決めた女性たちまで否定しているようで、そこまで思い至って、やっと少し、冷静になります。
例えば、いちばん身近なのは、子どものころから可愛がってくれた叔母夫婦。祖母が未だに、叔母のことを「あの子になんで子がおらんのやろなあ、かわいそうになあ」と嘆くのを見るたびに、わたしはいたたまれない気持ちになります。不妊がわが身に降りかかってきた今となってはなおのことです。
叔母のことをかわいそうだなんて云いたくない。子どもがいないから不幸だと決めつけたくない。でも、叔母も、自ら産まない選択をしたのではなく、子どもが欲しかったけれどできなかったのです。昔のことだからどのくらいのレベルのものかは分かりませんが、病院にも通っていたと聞きました。切なる希望が叶わなかったとすれば、やっぱりそれは不幸なのだという気もしてきます。
現に今、欲しくてもできないわたしは明らかに暗い気持ちになっていて、その気持ちは即座に自分を否定してかかることに繋がるのです。どんなことであれ、「できなかった」という結果は、それを一生覆せないなら余計に、人の心を曇らせてしまうものだと思います。そして、誰のせいにもできないから、自分を責めるしかない。誰に云われたわけでもないのに、私は価値がないと審判を下したくなる。

 

どうしてこんなに暗い森に迷い込んでしまったのか。計画的に人生を歩まず、自らの性に無頓着に生きてきた罰なのか。そんなふうに思いたくないけれど、特にどこといって健康に問題があるわけではないわたしには、それがまだしも納得できる理由です。
「年だからさ。」(再びシャアの声で)
夫は夫で、なんとか自分にも悪いところを見つけようと思うのか、「結婚をずっと先延ばしにしていたせいで、こんなことになってごめん」などと云います。
でもそれって、わたしがそこまでして結婚したいとも思えない人間だったからでしょうし、なんだかさらに夫が哀れというか、こんなカスと結婚することになってほんとうにかわいそう……などと思い始め、気がつけばまた同じ思考地点に帰っているのでした。
自分を責めても、他人を責めても、待っている結果はロクでもないとわかっているのに。ロクでもないことに対しては、どんな対処法が正解なのかな。ロクでもないから避けるというのも違うような気もする。ロクでもなくても、この悲しさをなかったことにはできない自分がいる。人生になのか、世の中になのか、刻みつけずにはおれない。なんでだろ~なんでだろう(泣)。

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