2017年04月04日

不妊治療のあとさき3

テーマ:上京後

自暴自棄になってあと2つ残った卵を放棄するほどの無謀にもなれず、次の移植日まで大人しく薬を飲み続ける日々が再スタートしました。
「産む機械」という物議を醸した発言が昔あったけれど、今のわたしはまさに、自ら産む機械になろうとしているかのようです。
薬、薬、薬……1日3回も薬を飲む日が続くと、不妊は病気じゃないとか云うけれどやっぱり病気なんじゃないの? と思ってしまいます。

 

医者に云われたことを忠実に守っても、結果が出ないのが不妊治療の可笑しいところです。
2回目の移植にもあっけなく失敗し(科学流産ですらありませんでした)、残る胚盤胞もあと1つとなりました。
冷静になってみれば、体外受精の妊娠確率はせいぜい20~30%程度、はずれのほうが圧倒的に多い宝くじみたいなものなのですが、なまじ医療だけに、そして高額なだけに、外れれば少なからぬダメージを喰らいます。
毎回、残念な結果報告を受けた直後は、まるで最初から分かっていたかのように心の表面は静まり返っているのですが、しばらくすると急激な嘔吐の如き勢いで、沼底のほうから得体の知れない衝動が湧いてきます。
このたびは、セカンドオピニオンが聞きたくて不妊ルームというところに光の速さで無料相談メールを送り、ふだんなら見向きもしない情報商材系のメールマガジンにまで登録しました。不妊治療関連の新たな電子書籍を購入することも忘れません。
不妊ルームからは、まずはクリニックまで来てみては? という返信が来たのみでした。若干鼻白みながらも、まあ無料相談じゃそうなるか……と、カウンセリングに行くことも考えましたが、すでにホットヨガにも通えていない現状で、電車を乗り継いで新たなクリニックに足を向けるのもそれなりに気合が必要です。

 

そして、汚物となった感情の吐き出し先については、夫に吐いた場合のシミュレーションはすでに見えすぎているので今回はなんとか思いとどまったものの、口蓋を閉め切ることができず、その矛先を父に向けてしまいました(それでもさすがに仕事では微塵も出ませんが……社畜万歳だね)。
わたしは、こともあろうに、次のような主旨のメールを父に送ったのでした。
「この先、夫が子どもに恵まれないのも気の毒なので、離婚して、子どもの産める女性と再婚してほしいと思っています。そもそもの人生設計を誤ったわたしがバカでした」
30代をいろんな意味で浪費したわたしの偽りない心ではありましたが、正直ならなんでも許されるわけではなく、果たして、父はかなりショックを受けていました。そりゃそうです、結婚式からまだ半年も経っていないというのに、いきなり離婚を云い出すなんて、気でも狂ったか!
しかも、人生設計を間違えたなどと云ったために、「お母さんが早く死んで、あんたたちには好きなことをさせてやろうと思った結果がこれか。ちゃんと線路を引いてやれなかったことが悔やまれます」と、父に余計な反省をさせることになってしまいました。
こんなことを老いた親に云わせるわたしは、つくづく罪深い。こんなしょうもない人間に成り果てたという意味では親の後悔にも一理あるけれど、人生設計は決して親のせいではなく、わたしが選んだ末にこうなっているのです。似たような、もっとブラック度の高めの業界で働く弟は、家も建てて3人の子どもをもうけ、いっぱしの大人として生きているのですから。


と同時に、わたしも所詮は、世間で云われている幸福のかたちに自分を合わせようとしているだけなんだな、ということが分かって脱力するのでした。家、仕事、結婚、子ども……ここまで生きていてわたしが欲しかったものって、結局それだったのか? それらがわたしにとって、いったいなんだというんだよ? そんなものに縋らないと、生きている意味がないのか?
いや、そもそも、命や人生に意味を求めるのが間違っているんじゃないのか? わたしが子どもを産めないのは、ただの生理現象に過ぎず、わたしが生きていることすらもただ心臓が停止していないからで、別に意味はないんだろう。

 

不妊で子どもを作れない自分を否定し、価値のない人間だと思うことは、すべての不妊に悩む女性、いや選択して子を産まないと決めた女性たちまで否定しているようで、そこまで思い至って、やっと少し、冷静になります。
例えば、いちばん身近なのは、子どものころから可愛がってくれた叔母夫婦。祖母が未だに、叔母のことを「あの子になんで子がおらんのやろなあ、かわいそうになあ」と嘆くのを見るたびに、わたしはいたたまれない気持ちになります。不妊がわが身に降りかかってきた今となってはなおのことです。
叔母のことをかわいそうだなんて云いたくない。子どもがいないから不幸だと決めつけたくない。でも、叔母も、自ら産まない選択をしたのではなく、子どもが欲しかったけれどできなかったのです。昔のことだからどのくらいのレベルのものかは分かりませんが、病院にも通っていたと聞きました。切なる希望が叶わなかったとすれば、やっぱりそれは不幸なのだという気もしてきます。
現に今、欲しくてもできないわたしは明らかに暗い気持ちになっていて、その気持ちは即座に自分を否定してかかることに繋がるのです。どんなことであれ、「できなかった」という結果は、それを一生覆せないなら余計に、人の心を曇らせてしまうものだと思います。そして、誰のせいにもできないから、自分を責めるしかない。誰に云われたわけでもないのに、私は価値がないと審判を下したくなる。

 

どうしてこんなに暗い森に迷い込んでしまったのか。計画的に人生を歩まず、自らの性に無頓着に生きてきた罰なのか。そんなふうに思いたくないけれど、特にどこといって健康に問題があるわけではないわたしには、それがまだしも納得できる理由です。
「年だからさ。」(再びシャアの声で)
夫は夫で、なんとか自分にも悪いところを見つけようと思うのか、「結婚をずっと先延ばしにしていたせいで、こんなことになってごめん」などと云います。
でもそれって、わたしがそこまでして結婚したいとも思えない人間だったからでしょうし、なんだかさらに夫が哀れというか、こんなカスと結婚することになってほんとうにかわいそう……などと思い始め、気がつけばまた同じ思考地点に帰っているのでした。
自分を責めても、他人を責めても、待っている結果はロクでもないとわかっているのに。ロクでもないことに対しては、どんな対処法が正解なのかな。ロクでもないから避けるというのも違うような気もする。ロクでもなくても、この悲しさをなかったことにはできない自分がいる。人生になのか、世の中になのか、刻みつけずにはおれない。なんでだろ~なんでだろう(泣)。

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