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2008年01月29日

12月のかわいいものBEST3

テーマ:かわいいもの

1月は、バーゲンで予想通り大爆発を起こしてしまい、カードの請求がえらいことになっていますが、12月は引っ越し月ってこともあり、洋服・装飾品関係はけっこう自重した方だと思います…。


【第1位】
Dolls in Hi-heelのピアス


flower&leopard-pierce


12月は引っ越しと、1月のバーゲンに向けて体力を温存すべく、服は防寒用のジャケットを一着買ったのみにとどめました。
しかし、やはり1月までかわいいものをガマンするということはいかにも難しく、せめて小物くらい…とウッカリ手を出したのがこれ。ピアスにしてはちょい高め?の2625円。
しかし、ここのピアスはそれだけ出す価値はある!前に買ったピアスも、相っ当お気に入りで、かなりの頻度で着けてますからねー。減価償却はもう出来たかも。


この、“花と豹”っていう組み合わせだけでもうそそられましたね。字面だけでもなんか素敵じゃございませんこと?(どこかで見たことあると思ったら、団鬼六の『花と蛇』か…;)
白い花に縞馬、ってバージョンもあったんですけど、そして最初は「白い花で豹だったらよかったのに…」とブーブー云ってたけど、今となってはこの組み合わせ以外は考えられませんね。ピンクの甘さが絶妙だわ~。
ぱっと見なかなか個性的なように見えますが、かわいくも大人っぽくもつけられる、意外とフレキシブルなところもミリョクです。今後も相当重宝すると思います。


【第2位】
PERZY(パージー)のスノーグローブ


snowglove


去るクリスマスの3連休に1人で、代官山などというカップルたちの巣窟にのこのこ出かけるという荒業をやってのけた(笑)わたくしですが、これはそのときに購入したもの。
その店の名も「代官山クリスマスカンパニー」ですよ(苦笑)。文字通り、クリスマスグッズのみがてんこもり置いてあります。
その日は24日で、あと1日でクリスマス終わりじゃん!と思いながらも、何もクリスマスらしいことをしていない自分がちょっとかわいそうになって、クリスマスらしい無駄遣いをしてみたわけです。それでもまぁ、おとなしく、一番小さくて安いのにしておきました。1780円。
オーストリアの有名なスノーグローブメーカー(素敵!そんなものがあるのね)PERZYのものだそうです。何でも、アルプスの天然水を使用しており、ほかのスノーグローブよりも雪がゆっくりと舞い降りてくるのだって。逆さにしてみると、確かにパウダーの回り方が美しい。夢見るような動きにうっとりします。


クリスマスは終わりましたが、まだ寒い冬の間は、窓辺にひっそりと飾っておきます。


【第3位】
70年代調ホーロー鍋


horonabe


下北沢にある70年代レトロ家具&家電ショップ「a.m.a. store」で購入。3800円でした。
大阪万博前後の時代には、こういう図案入りの家具や家電がけっこう出周っていたみたいですね。花柄の電気ポットとかトースターとか。ダサさすれすれのあやういかわいさ。子どもの頃にはきっと家にもこういうのあっただろうなぁ…。
サツバツとしたアパートのキッチンも、これがあるだけで何となく女子っぽい味つけに。キッチンに立つのが楽しくなりますね。でもこの鍋、意外とデカいので1人暮らしの料理にはちょっと不向きかも~;

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2008年01月28日

しまなみ海道耐久レース④

テーマ:

今治を出てから9時間。
朝に見た、暖かさと清清しさに満ちた空は今や見るかげもなく、深くてもやもやとした闇に取って代わり、きらめく瀬戸内海は、今にも平家の亡霊が出そうな、不気味なオーラを湛えています。


6時を過ぎると、完全に闇が下りました。
もう、自転車を期限どおりに返却することはあきらめ、とにかく「今日中に尾道に着くこと」だけを目標に、走り続けることにしました。


因島も、栄えていると云ってもごく一部のこと。量販店のネオンは消え、街灯の数も激減しました。また、借りた自転車のライトがぶっ壊れているのか、わたしのやり方が間違っているのか、点灯しねーんだよ!おかげで、1メートル先の視界すら危うく、唯一の頼みとしていた、「しまなみ海道 サイクリングロード」の道路表示ペイントが、全然見えません。地図なんてとっくに用を為さなくなりました。
本当にわたしは、しまなみ海道を走っているのだろうか……?因島の前半ではまだ人にも道を聞けたのですが、今は外れの方に来ているせいか、人の姿もめっきり見なくなりました。
もう、しまなみ海道じゃなくていいから、最短のルートを走りたい…一刻も早く尾道に…。
しかし、ちょっとでも自分の勘で根拠のない選択をすると、とんでもない道を走っていたりするのです。因島は他の島に比べて道がフクザツなのか、何度も道に迷います。ってか道が見えんわっ!(涙)


こんなところで路頭に迷うのか、わたし?
こんな安全な日本の田舎で、誰もがやっているようなサイクリングで?(苦笑)
決して、人よりも走行速度が遅かったわけではないと思う。やっぱ寄り道のせいか…。
日中にかいた汗が、日没とともに一気にすーっと引いて、めちゃくちゃ寒い。半そでのTシャツにパーカー1枚では、何の防寒にもならない。これじゃ野宿も出来ないな…。いざとなったら、民家探して、「日本昔ばなし」みたいに一夜の宿をお借りするか…。
それにしても、何でこんなに何も見えないんだろう。まあ、月明かりで山の稜線くらいは見えるけど…。せめて満月だったらよかったのに。
このままわたしは、闇に呑まれて消えてしまうんじゃないだろうか。というか、走っている間に異次元にでも紛れ込んでしまったのだろうか。
たまに現れる自動販売機の白い明かりだけが、現実に戻してくれる。ああしかし、自販機というのは何てまぶしく暖かいのだろう。熱々の缶コーヒーを買いたいけれど、コーヒーは利尿作用があるので後が怖い。まだあと1つ、島が残っているのだから…。


向島へ渡る因島大橋は、車道と歩道が2階建てになっています。
歩道にはアリ1匹いないのでは…思うほどがらんとしていました。通常入り口で作動する通行料の精算機も動いていないので、お金は投入せずに通行しました。でも、もういいじゃん?こんな時間にこんなところ走ってるやつなんていないもん;_;
薄い蛍光灯で照らされるだけの道路は先が見えず、このまま走っても走ってもゴールがなくて、いつの間にか無限回廊をさまよっているのではないか…という妄想にとらわれます。


橋から島へと下りるスロープもまた真っ暗。まさに一寸先が闇で、何も見えません。ちょっとでもスピードを出すとあっという間に藪に激突しそうでめちゃくちゃ怖い。。。
もうほぼありえないけど、万一、前からバイクがやって来たら、わたしは一貫の終わりだろうな…。


向島に入っても、えんえんと闇の道です。
わたしはもはや、ほとんど無の状態でした。ただ、ただひたすら自転車を漕ぐだけの機械。わたしは、尾道に着くことだけを目指すロボット。着いたらもう爆破してもいい。
いや待て、よく考えたら明日からの仕事が今回の愛媛行きのメインじゃないのか。あーあ、アホなことしてんなぁオレ。。。
何だかもう、意識が途切れそうだ…。



……あれ。
あそこでなんか動いてる……。
………。


ひ、人…人だ…!!!
人だ人だ人だっ!!!


「すみませーーーん>_<」
わたしは、思わず号泣しそうになりながら、すがりつくようにしてその人らしき一団(闇のせいでよく見えない)に駆け寄っていきました。
その人たちは、夜釣りをしている地元の大人と子ども各2名でした。
息せき切って「あのっ、尾道へ行く道はこれで良いのでしょうか?」と尋ねると、「ええ!?今から尾道なの?ってことは今治からずっと走ってきたの?」
「そうなんです~;_;まさかこんな時間になるとは…」
「大変だったねえ」
「はい…ぐすん」
暗くてよく顔が見えませんがお父さんらしき人は、ていねいに道を教えてくれました。どうやら間違った道は走っていなかったようでホッとしたものの、ここからあと30分以上は走り続けねばならないらしい…。


そこからはもう記憶にないほど夢中で自転車を漕ぎました。
2~30分は走ったあたりでしょうか、久々にファミリーマートが現れたので思わず停車し、チョコレートを買いました。そして、店を出るなりパッケージをひん剥いて貪り喰らいました。いつもよく食べている「ガルボ」と「クランキー」なのですが、こんなウマイものがあるのかっ!?と驚くほど美味に感じられました。


そしていよいよ、向島から尾道へ渡る船着場へたどり着きました。
船着場から、対岸の尾道の町の光が見えたときの安堵感を、いったいどのように表現すればいいのでしょうか。
放心したようにデッキに突っ立っているわたしに、フェリーのおっちゃんが、自転車の返却場所を教えてくれました。わたしはその小さな親切に、張り詰めていた気持ちが一気にしゅるしゅるとほどけ、涙が出そうになりました。


尾道着、7時15分。
チャリンコは結局、多少の超過料金を払っただけで済みました(ちょっと注意されたけど)。
それよりも、途中で軽く転倒した際に、前カゴが歪んでしまったのでそれを指摘されないか心配でしたが大丈夫でした。


疲れすぎた体を引きずって、駅前のホテルにチェックインしました。
もうちょっと安いビジネスホテルもあったのでしょうが、とにかく1秒でも早く暖かい場所で落ち着きたかったのです(7500円)。
部屋に入るなりベッドに倒れこみ、体に蓄積された冷気をやわらげるためにずっと布団にくるまり続けていました。
本当は、せっかく尾道まで来たのだし、何か美味しいものでも食べて自分をねぎらいたかったけれど、体力…と云うより気力が完全に潰えて、ベッドから一ミリも動けませんでした。
が、不思議と眠気は襲ってこず、今日の一部始終を、飴玉を転がすようにひとしきり反すうしたのち、何故か、
「アバンギャルド地蔵…」とつぶやいたわたくし…。何だそりゃ!?疲労で頭がイカレたのでしょうか…。


翌日は、バスで今治に戻りました。
バスから車窓を眺めていると、昨日のことがまるで夢幻のように思えます。朝から晩まで自転車を漕ぎ倒したことを思うと、バスは一瞬とも云える速さで今治に到着しました。


…これでしまなみの旅は無事終了しました…かと思いきや、その後、仕事先から電話があり、「今どこですか!?今治!?もうみなさん揃ってますが!?」
どうやらわたくし、この日の集合時間を間違って聞いていたようで、えれー遅刻してしまったんですねー(爆)。
ま、そんな大事には至らなかったのですが、未だにその遅刻の話が語り継がれており、その話が出るたびに苦笑いしています…。

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2008年01月28日

ブログの波紋

テーマ:上京後

どうやら、先日書いた結婚の記事が、思わぬところで波紋を呼んでいるようです。
(詳しく書くとまためんどくさいのでここでは控えますが)


前に、(ほんの数行ですが)同僚が辞めるという話を書いたとき、早速会社の誰か(誰なんだ?知らないんですよ)が読んでいたらしく、正式発表の前にその話が一部で出回ったことがありました。
…というのは、後になってから周り回って知らされたことですが、本当に、好き勝手書いているといつどこで痛い目に合うか分からないですね。
これでも、仕事のことはほぼ書かなくなったし、かなり自重していたつもりなんですけど、今度はそっちかよ!みたいな;


そうか、だからミクシイの方にみんな流れて行くんだよね(ま、ミクシイも決して安全ではないけどさ)。
HPもブログも、わたしにとっては大きなはけ口だったけど、これからは何かあっても枕に向かって叫んで終了、くらいの気持ちでいた方がいいってことか…。


というわけで、しばらくはあんまりプライベートなことは書かないよう自戒したいと思います。でもそれを取ったら、このブログの存在意義って、もともと大してないんだけど、いよいよなくなるだろーなー。
まあそのぶん、本家の方の続きとメンテナンスに力を入れます。そんなコメントもいただいたことですし;(てへ、すみません)

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2008年01月23日

しまなみ海道耐久レース③

テーマ:

さすがに疲れてきました…。普段そんなに運動してないのに、いきなり何十キロも自転車漕いで、筋肉とかは大丈夫なんでしょうか…。


ようやく5番目の島・生口島です。多々羅大橋を渡って島に入ると、♪み~かん~のは~なが~、というBGMが流れてきそうな、みかん畑の連なりが見えます。のどかだわ。
ここは、「島ごと美術館」と称してアートがウリの島でもあり(直島ほどの知名度はないけど…)、ナゾのオブジェが島に点在しています。時間ねーよと思いながらも、見かけたオブジェの写真はとりあえず撮影しつつ進みます。


そして、海沿いの道を黙々と走り続けていると、目の前に、何だかやけにデコラティヴな建物が現れました。中華をベースにアールデコ風に味付けしたような大きな門。何だこりゃ。
地図を見ると、「耕三寺」と書いてあります。寺かー…。
この時点で、すでに4時半前。閉館時間を見ると5時、さらにレンタルサイクルの返却(@尾道)時間は6時と、どー考えてもここを観覧しているヨユーはありません。
…が。気が付くとわたしは、1200円ものチケットを買ってふらふらと入場していました。オドレは何を血迷っとんのじゃー!


いや、実はトイレにめちゃくちゃ行きたくてですね…(生口島には道の駅がなかったのだ)。
それで1200円とはエラく高いトイレ代ですが、まあなんか不思議な感じの寺だし、寺なんてあっという間に見終わるだろう…と思いまして。


ところがこの寺、さすがに1200円取るだけあって、見どころ満載なんだね(涙目)。
そんなに古刹でもないようだし、そんなに期待もしていなかったのですが、入り口で渡されたパンフレットを開くと…広っ!建物多っ!
初代住職・耕三寺耕三さん(逆さ言葉みたいだ…)が、亡くなった母の供養に、30数年かけて完成させたそうですが、まーコツコツと手をかけてきたであろうことがありありと伺えます。
まず、個人の寺で五重塔が存在していることがすごい。そして、塔と本堂を中心にそれぞれ左右対称に大きな堂が立てられており、このような伽藍配置は全国にも例がないそうな。
それに加えて、千体の石仏がある洞がありーの、彫刻家のつくった「未来心の丘」なる一大オブジェ庭園がありーの、博物館ありーの。。。ディ●ニーランドかっ!?


そして、耕三さんが母の住まいとして建てた潮声閣は、和洋折衷住宅の傑作で、おそらくこの寺最大の見どころのひとつ。ガイド付きでしっかりと案内してくれます。
和室はモダンに、洋室はクラシックにと、実に折衷具合が見事で、襖絵や天井、窓などのディテールもセンスが良い。見ごたえのある建築でした。
…が、わたしの時間と心はすでにバッテリー残量・極少状態。ガイドの説明も若干うわの空です。
最初からこんなに見どころのある寺だと知っていれば、大島だの何だので寄り道しなかったよ…。しかも、何気にSDカードの残量がほとんどねーし…。


けっこう駆け足で周りましたが、結局閉館の5時まで居てしまいました。
もーーーう一刻の猶予もありません。残り2島。しかもまだ生口島の出口にすら至っていない。どう考えたって、どんな奇跡が起こったって、6時に尾道にたどり着くことはムリです。
それでも、現実をしばしば見失いがちな乙女のわたくしは、「頑張れば行けるかも知れない…」と甘い考えを捨てきれません。


寺から島の出口まではざっと6キロ。
6キロ、って確か伯方の塩ラーメンもそうだったけど、何だかつい軽い距離に思えてしまう、実に危うい距離。実はけっこうあるんだよね、6キロって(涙)。
それでも、一度も止まることなく競輪選手の如き馬力(のつもり)で走り、ようやく生口島を脱出する頃には、完全にあたりの風景が黄昏ていました。
橋に上る坂道が、さすがにもうキツイわ~…。
因島に入ると、完全に闇との追いかけっこになりました。
もはや地面を足につける一瞬さえ、自転車の回転をゆるめることさえ惜しく、絶対に自転車から降りない覚悟でひたすら漕ぎ続けますが、生口島と違ってこの因島、意外と傾斜があり、何度も自転車を降りて歩かねばなりませんでした。
因島はさすがにかつて因島“市”だっただけあって、全体的に文明の香りがします。海道沿いにはブックオフや大型量販店が並んでおり、人の気配に少しホッとしますが、それらも猛スピードで闇に覆われていきます。ちょっと恐ろしいほどです。
10月下旬の日没って、こんなに早かったっけ…?


因島には自転車を返却できるポイントがあるので、そこでリタイアしようかと思いました。それならなんとか6時に返却できそうだし…。
ところが、よくよく地図を見てみると、このポイントは、しまなみ海道沿いではない!ちょっと道から逸れるのです。ちょっとでも道に迷ったら、6時オーバーは確定です。
どっちに行っても進退窮まるって感じかよ。。。


さらに道のりはつづく→GO!尾道!(←半分ヤケ)

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2008年01月17日

爆発

テーマ:上京後

今年もやってきた、冬のバーゲンシーズン。みなさま、お金使ってますか~?


わたしはというと、予想通りというかむしろ予想をはるかに上回った爆発っぷり。マジで天罰が下りそうなくらい買い物してしまいました…ムンクさん

大本命であるラフォーレ原宿のバーゲンまで待ちきれず、あちこちでちょろちょろと買ってはいたのですが、そのちょろちょろが積もり積もって、まあまあの額になっていたのです。

なのに、嗚呼なのに、ラフォーレ初日、出勤前に開店とほぼ同時に乗り込み、あっという間に○万円を消費。。。さすがに、総計が恐ろしいことになっているのに気づき、「もうしばらくは買い物しない」と心に決めたところに、なんとミルクから電話があり「予約の春物入りましたんで♪」…どっかん火山 か、カネ…カネが…出費

家のインフラ整えなきゃいけない時分に、洗濯機もまだ家にないってのに、パソコンも修理に出してるっのに、何やってんだオイラ。。。


もう買い物はしない…春ものもミルクの予約商品以外は買わない…。

でも、ラフォーレ最終日の爆発タイム(15:00~)には、多分参加してしまうだろう。。。ここまで来たら、もはや燃え尽きる以外道はなし!死なばもろとも!(←?)きゃっきゃっ(・v・)ニコ


魔窟・ラフォーレ↓

lafore

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2008年01月16日

しまなみ海道耐久レース②

テーマ:

(※①がちょっとさかのぼりますが、テーマ一覧の「旅」カテゴリーで読んでいただければ、続きで読めますです)


翌朝、始発のバス(っても8時台だけど)で糸山サイクリングセンターへ向かいました。何気にむちゃくちゃ天気がよく、旅の門出(んな大げさなもんかい)を祝福してくれているかのようです。


本州と四国を結ぶ橋の中で、唯一未踏の地であったしまなみ海道。
明石海峡大橋、瀬戸大橋と大きく違うのは、1本の橋ではなく、7つの橋と6つの島によってつながれている点。徒歩や自転車で渡れるのもしまなみ海道だけですね。“7つの橋”っていうアイコンが、ちょっと冒険風でいいですよね。


スタートは、今治と大島を結ぶ来島大橋。7つの橋のうちもっとも長く巨大な橋です。
サイクリングセンターかららせんを描くようにして橋に上がると、早くも息が切れそうになりますが、スカイブルーの空をバックに背負った白い巨大つり橋は、これ以上ないほど旅の始まりにふさわしく見えました。


shimanami001

いよいよスタート!


そして、いよいよ橋に突入したときの、えもいわれぬ開放感!人も車も少なく、海はキラキラと輝いて、海に浮かぶ小さな島々は暖かな緑色。なんという清清しさ。なんというぜいたく!
「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
と意味不明に雄たけびを上げてしまうほど、興奮しました。旅だ。これぞ旅!旅だよ!

ビルと人ごみとくだらないトピックスに取り巻かれたサラリーマン生活からの、つかの間の脱却。わたしは、何かに吸い込まれるようにして、橋を突っ走りました。ほとんど橋独占状態で、しゃこしゃこと自転車を漕いでいると、羽でも生えて飛んでいるかのようでした。
目に映るのは、瀬戸内らしい穏やかな海の光景。9月に夏休みを取ったとき、帰省ついでに直島に行きましたが、瀬戸内海の海風景って、平和をそのまま絵に表したようで好きなんです。太平洋ののんびりとした雄大さとも、日本海のシャープな厳しさとも違った、独特の穏やかさと空気感。


最初の島、大島にはスタートから40分で到着しました。なかなか快調なペースなのではないでしょうか。
道の駅にて揚げたてのじゃこ天を食べれば、これがすこぶる美味しく、普段吸血鬼のようにテンションの低いわたしにしたらマックスに近いゴキゲン状態。ゆずドリンクで喉もうるおしたし、さあ行くかと自転車に手をかけると……
カギが開かねーじゃねーか!!!ダイヤル式のカギが、定めた番号を入れても開かねー!


(思えば、ここから徐々にケチはつき始めていたのです…今にして思えば)


10分にわたる格闘ののち、すごくくだらない感じでカギはあっさり開いたのですが、まだまだ道のりの長いうちから、思わぬところでヒットポイント激減。
にもかかわらず、「出来ればどの島もただ通り過ぎるだけではなく、ひとつずつくらい観光スポットを押さえたい」という悪癖が出まして、大島いちの絶景スポット、亀老山展望公園を目指して、チャリンコをしゃこしゃこと漕ぎだすわたし。


ところが、公園までの道がえんえんと上り坂なんですわ!ギアをマックスにしても漕ぎ切れず、チャリンコを押して歩いていたのですが、本当に到着できるのか?とだんだん不安になってきます。
ちょうど、民家の庭におじちゃんがいたので、
「すみませーん、展望公園ってこの道まっすぐですか?」と尋ねると、
「公園?あー、あの山の上だよ」
…って、もしかして、わたしの視界の先にそびえている、軽く登山が楽しめそう♪なあの山の上かっ?!わたしの遠近感に間違いがなければ、これは、いくらなんでも遠すぎる…。
それでも若干の希望を持って、おじちゃんに、あとどれくらいですかね?と聞けば、んー40分くらいかねーとの答え。40分て!往復80分!帰りは下り坂だとしても1時間はかかるってことかい!
以前のわたしなら、意地になって突き進んでいたかも知れません。ここまで来た労力がもったいない!とか云って…。しかし今は悲しいかなリーマン旅行者、しかも出張のついでに来ているという極度に制限された(?)旅。
わたしは大人になって、すごすごと来た道を引き返しました。


あーしかし、思わぬところで時間のロスをしてしまったわい。。。
まだあと何個島があると思ってんだよ!もっと計画的に進まなければ…。
というわけで、次の島・伯方島へ急ぎます。
大島の出口直前でまた、「村上水軍博物館」なるトラップがわたしを待ち受けておりましたが、泣く泣く振り切って大島を出ました。


伯方島は、「伯方の塩」で有名な島です。
橋を降りてすぐのところにある道の駅では、塩ソフトクリームなる甘味が販売されており、これを食しながらしばし休憩。時刻は12時前。ちょっとばかし早いけれど、ここらで昼食を取っておくか。
実は(と云うほどではないが)わたしは、昨夜ガイドブックを読んでいたときから、本日の昼食を「伯方の塩ラーメン」と決めていました。
ところが、このラーメン屋、しまなみ海道沿いではなく、まったく逆方向の、島の東部にあるのです。距離を見てみるとここから6キロ。ということは、往復で12キロか……うーん……12キロ……。


行ける!
1キロを15分で歩く計算で行けば、チャリンコだもの(byみつを)、12キロくらい大したことはないはず。
しかも、お腹を満たしたあとの6キロなんて、感覚的には駅からウチくらいの距離だよな?


…わたしは島におけるサイクリングというものを、完全にナメていたのです。
島というのは基本、アップダウンの激しい地形。それを忘れてチャリンコを漕ぎ出したわたしは、さっき展望台に行こうとしてザセツした経験をまったく活かせていないようです。
うううおおおお、つれ~わ~これ…;_;
肉眼で確認できるかできないかくらいのゆるい坂道さえも、チャリダーには大いなる責め苦です。
正確な地図もないので、ひたすら道の続くのを頼りに進むしかありません。そろそろか?そろそろか?…って思うんですが、6キロってのはけっこう長い!行けども行けども、ラーメン屋のある木浦エリアにたどり着かん!


そして、軽く30分は漕いだでしょうか…。
ようやく、目当てのラーメン屋に到着しました。小さな町食堂といった風情の外観です。
中に入ると、地元客と観光客が半々くらいの割合でいました。果たしてこの人たちは…チャリンコでは来てないよなーきっと…。車だったらヨユーの距離なのにな。
500円の塩ラーメンは、さすがに腹にしみわたりましたが、12キロの道のりと差し引きすると、若干マイナスが出るような気はします。。。いや、美味しかったけどね。


shimanami026

12キロの成果。


昼食にまたも時間がかかってしまったため、各島での寄り道を組み込むのはいよいよ難しくなってきました。
次は大三島。しまなみ海道じたいは島の右端をちょろっと走っているだけですが、6島のうち最大規模を誇り、見どころもいろいろあります。
島の西にある大山祇神社には、義経が着用したと云われる鎧が奉納されています。義経ファンのわたくしとしては、出来れば外したくないスポットですが、道の駅で聞いてみると、「途中、山を越えて行きますんでねえ…自転車は厳しいんではないでしょうか」と悲しいお知らせが…。
仕方ないので、道の駅でみかんゼリーを食べたり、近くのみかん工場でみかんジュースを飲んだりと、ビタミンCを取りまくったのみで大三島を去ることにしました。


大三島と次の生口島を結ぶ多々羅大橋を渡っていると、青空の色が徐々に薄くなり、陽光が白からオレンジ色へと変わりつつあるのを感じました。
3時40分か…。レンタルサイクルの返却時間は6時です。島はあと3つ…。これってけっこう、けっこうヤバめだよね?!
急げ!急ぐんだわたし!


shimanami038
多々羅大橋。

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2008年01月15日

冷蔵庫が来た

テーマ:上京後

冷やせるというのはしあわせなことである。


唐突な冒頭(暴投?)ですが、何かと云いますと、ついに冷蔵庫を買いまして!……「!」ってほどのもんじゃないですか;
ようやくこれで、人並みの生活が営めます。
引っ越し後ひと月も経ってからの購入になってしまった理由は、「1人暮らし用の小さい冷蔵庫なんか、いつまでも必要なものじゃないかも…ってことはリサイクルショップで買えばいいのでは…でもリサイクルショップってどこにあるんだっけ…あ、でも上野の激安ショップ多慶屋とかも行ってみた方がいいかな…」などと悩みに悩んでいたからでした。
で、結局めんどくさくなって、フツーにヨドバシて買っちった;ま、先月見た値段より1万円くらい下がってた(気がする)んで…。


チュートリアルの冷蔵庫漫才で、冷蔵庫を新調した福田に対し徳井が異様にテンション上がって、気味の悪い声で「お前っ、冷蔵庫が来たら何を冷やしたい、みたいな希望はあんのか?」と尋ねるシーンがありますが、あの気持ちが、妙に分かる気がします。あれはまんざら妄想だけでもなくて、実際に冷蔵庫が来たときの何だか高揚する感じを、あそこまで膨らませたネタなんだろうなぁって。
だって、確かに今、「今日はスーパーで、今まで買えなかったものたちが何でも買えるぞー。さー何を冷やそっかな?」とワクワクしているわたしがここにいますもの。
今まで、まぁ冬やから大丈夫やろ…と、部屋のもっとも低温そうな場所にびくびくしながら置いていたマヨネーズや「叙々苑」のドレッシングも、ひと月ぶりに晴れて冷蔵できるのです(って、大丈夫なのかその食品たちは…)。あまりに大きな声では云えませんが、玉ねぎやじゃがいもを、トイレの物置棚で冷やしていたこともありました。一番気温が低そうだったのでね…。完全に女性失格です。
そのほかにも、あんなものやこんなものが、炊いたご飯や3パックの納豆が冷やせるのかと思うと、徳井ならずとも興奮しますよね(?)。今まで捨てようか否か悩んでいた、撮影で余った光る数字のマグネットを貼り付ける場所も確保出来て、本当にしあわせです。


というわけで、「お前は“冷やし”か!」と徳様にツッコまれるくらい、色んなものを冷やしまくりたいと思います♪


でも、今度は炊飯器やポットやミキサーを置く場所がなくなって、棚的なものを買わないといけなくなってしまった…。
本棚も欲しいし(ってか、本をうまくお洒落に収納する方法を知りたいです)、洗濯機もまだだし…止め処なく金が出て行く新生活。


さ、そろそろしまなみの話に戻るか。

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2008年01月11日

芸人麻疹(後)

テーマ:偏愛

しまなみの話はどないなっとんねん…。
ま、前回の続きだけ書かせてください…。


しかし、考えてみれば徳様のときと云い、その昔にハマったハリガネロックの松口と云い(うわー懐かしい…。顔だけ見ればわたしのタイプとは全然違うけれど、当時大阪ではかなり勢いがあって、そういう芸人特有の色気とオーラがあったのさ~)、ファンの境界を越えるほどの気持ちになった相手はすべて芸人。
そもそもわたしは、アイドルとかタレントに熱を上げる性質ではなかったのです。
幼少のみぎり、はたまたティーンの頃に夢中になったアイドルもいないし、部屋にポスターを貼ったことも、『明星』すら買ったこともないくらい、堅実なリアリスト(?)でした。前にも書いたけれど、ジャニタレの誰一人として夢中になったことがなく、今だとせいぜい松本潤が美形だな~だと軽く思う程度です。


よく云われるように、芸人は「アイドルや俳優と比べて、近しい存在のように思えるから」というのがあります。
ジャニ系アイドルと違って、コンパは開けっ広げにし放題(?)、女グセが悪くても大してダメージにならないし(?全部偏見?)で、なんかその辺を歩いていたらすれ違えそうな錯覚を起こさせるのです。
特に大阪に住んでいた頃は、大阪の芸人さんというのはけっこう身近な存在でした。大阪は狭い都会なので、梅田やなんばをウロついていれば、うっかり会えるかも知れない、てか実際に会えちゃったりはするのです。
わたしが友人とチュートリアルの単独に行ったときも、友人が東梅田駅で福ちゃんを見ているし、わたしも昔、アメ村のマクドナルドで矢野・兵動の矢野が隣の席にいたり、しましまんずの池山が御堂筋線の電車で向かいの席だったりしたこともありました(って、それはビミョーか?)。でも、自分の好きな芸人さんには会ったことがないですけどね…。


しかし、相手がテレビの中の生き物では、いくら恋愛の話を日々の糧として生きる女子の友人たちにも、なかなか真剣に相談できません。いや、そもそも何を相談すんねん!したところで「アホか」の一言で終了に決まっています。徳様のときも、方々から「マジでさ、何考えてんの?バッカじゃねーの?」と罵られましたっけね…(遠い目)。
まあ、世の多くの人々には「テレビの中の生き物に本気になる」感覚って、完全にたわ言としか聞こえないですよね。わたしだって、例えば、ヨン様をチラ見するだけのためにわざわざ空港まで行ったり、ヨン様の面影を訪ねて韓国まで行っちゃう女性たちを見ると、不思議な気持ちになっちゃうもの。だって、一瞬見る(つーか目に入れる)だけのため、或いはその姿すら見られないけれどそこに居たという場所をただ訪れるためだけに、あそこまでの凄まじいパワーを使えないもの。まあ、あの人たちの熱い想いが、恋なのかそうでないのか、判断が難しいところですが…。
そもそも、熱烈なファン心理と恋愛の差っていうのがわたしはよく分かりません。むしろ、“恋ではない、ファンである”という心理の方が難しく、説明しがたいです。程度の軽いファンならまだしも…。


昔むかし野ばらちゃんが、『それいぬ』でこの議題についての秀逸なエッセイを書いていました。
曰く、アイドルと云えども同じ地球上に住む人間であり、「電車の中でいつも見かけるあの人」への思いと、どれほどの差があるというのか。歴史上の人物や物語の登場人物とは違って、知り合うチャンスが絶望的にない、とまでは云い切れない。そのためには尋常でない努力と緻密な計画が必要だけれども、もしも本当に、真剣に知り合おうと思えば、やって出来ないことはない……と。
現実的な見解ではないかも知れませんが、真理をついているとは思いませんか?恋愛相手が身近な人なら本物の恋で、テレビの中の人や架空の人ならニセモノの恋?なんかそれって、若干不潔な印象すら受けるのはわたしだけでしょうか(だろうなぁ;)。
だってわたしは、一昨年末を最後に、自分の身近にいる誰かや新しく知り合った人に激しくときめいたことがありません。いや、そりゃまあ皆無ではないにしても、それはろうそくの火のようにいとも儚くて、その人のことを思い出すとほっこりと暖かい気持ちにはなっても、「あの人が気になって眠れない…」には至らない(ま、富澤氏が気になっててもフツーに眠れるけどさ…)。そんなにしょっちゅう思い出したりもしません。目を血走らせて、どんな小さな情報でも得たいと思う今の気持ちに比べて、それはなんと頼りなく、煙のように不確実な感情でしょうか…。
それに、わたしは昔から、「現実を見ろ」という言葉が大嫌いです。わざわざ云われなくても、現実がサツバツとしてありきたりなものだってことくらい、よっく見えている(つもりな)のです。でも、そこからどれだけ夢を見られるかが、人間の人間“らしさ”と云えるのではないでしょうか。…すみません、エラソーなことを云いました。


そんなわけで、わたしもいつか、富澤(or徳井)氏に会える日を夢見つつ、自分の乙女を磨くよう努めたいと思います。
…とか云いながら、実際に具体的に会える努力ができないのが、わたしの致命的にダメなところなんですが。
しかしわたしも、いわゆる“業界”の隅っこで働いていて、同じ会社の違う部署なんかは徳井の撮影したりしてんのに、わたしには一向にそういう役割が回って来ないのは、前世の罪業があまりにも深かったからなのでしょうか…。嗚呼、カルマ。

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2008年01月09日

芸人麻疹(前)

テーマ:偏愛

新年早々、ぐちゃぐちゃした話で幕開けしてしまいましたので、今回は軽い感じで。
(いや、ある意味軽い感じじゃないかもですが…;)


またマズい病気に罹っているらしいです。
それは、M-1以来、サンドウィッチマンの右の人・富澤たけしが気になってしょうがないといふ病。
ネットであれこれ情報を収集し、youtubeで動画を見まくるのはもちろんのこと、売れない時代に書かれた大量のコラムもせっせと読み、モノクロ3Pのインタビューのために若干エロ本の『週刊プレイボーイ』も購入し、ぼんやりと歩いているとあのフランケンシュタインのような顔が脳裏に浮かぶ…もはやこれは恋ではないのでしょうか。
嗚呼、またしてもこんな不毛な感情に身をやつすわたし…。3つ下の弟が結婚するというのに、三十路過ぎた姉はこの体たらく。そろそろ建設的に生きていきたいものですが。。。


ご存知のように、わたしのアイドルと云えば、チュートリアルの徳井と相場が決まっていました。今でも徳様はわたしのアイドルですが、もし今、徳様と富澤様のどちらかを選ばなければ殺すと云われたら、相当迷ってしまいそうです。そして、迷っているうちに殺されることでしょう。。。
徳様がスイーツ系(ex:濃厚なザッハトルテ)だとしたら、富澤氏は臓物系(ex:チャンジャ、明太数の子)…って、別に大して上手くもない喩えですが、とにかく、クセになる・やめられないタイプと云いましょうか。


ちょっとM-1に踊らされすぎではないか?というお叱り(?)もあることでしょう。
チュートリアルのときはそれでも、M-1よりはるかに前から知っていて好きだったというささやかな自負もありましたが、サンドウィッチマンに関しては、今まさに雲霞の如くすごい勢いで増殖しているであろうにわかファンたちとまったく同じ。このミーハー尻軽女!と罵られても返す言葉がありません。


それにしてもこの人って、何とも云えない男の色気がありますよね。
眠そうなのに凶悪な面構え(笑)とか、不遜さと弱弱しさの同居する危うい感じとか…。
わたしは高校の卒業文集に、「好きな異性のタイプ:おもしろくて色気のある人」と書いたのを今も覚えていますが、それはずーっと変わっておらず、やっぱ男は色気よね!と、テレビとネットの中の富澤氏を見ながら、一人深く納得するのでした。
ちなみにわたくし、周囲からはかなりの面食いだと思われているようなのですが、実際はそんなに美形にこだわっているわけではありません。その証拠(?)に、ジャニタレにときめいたことは一度もないしね。
それよりも大事なのは色気。とか云うとだいたい「色気って何やねん?その基準は?」と返されますが、それはねえ、もう言葉では云い表せない何かなの。基準なんてないんだよ。それは計るものではなく、感じるものだから…(って、なんかキモいぞ)。
彼は、これから売れるにつれ、いい感じに垢抜けもして(男は垢抜けしすぎてもよくないからね~)かなりいい男になるでしょうねえ。まあ今でも充分いい男なのですが…。それを、指をくわえてテレビの向こう側からしか見られないのが、本当に残念でなりません。


ネタの面白さなどについては、今さら語るのは控えますが、この人のコラムがまた、味があっていいんですよー(会社で読んで何度か噴いてしまいました…って、仕事せんかい)。
金玉をさりげなくマナカナに喩えたりするあたりからもう、ただならぬ才能を感じますし、30歳の誕生日の悲哀あふれる記録なども最高です。風呂にゴキブリが現れ、「お前は、お前だけはお祝いにかけつけてくれなくてもいいのだ!!」と叫ぶ富澤氏。なんてミジメ!!(笑)
根暗さと悲哀とバカバカしさの見事なブレンド。本当に味わい深い男、いや漢(男の中の男)だなーとしみじみ感心します。彼の脳内を1日テーマパークとして開放してほしいですねえ。

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2008年01月07日

(しつこく)結婚③

テーマ:上京後

前の晩、同じ部屋にいながらわたしはテレビを見、弟くんは漫画を読んで、まったく口をきかなかったわけですが、本質的にヘタレのわたしは、「もうこのくらいにしとこ。明日はちゃんと、祝ってあげよう…」と思い、どんなふうに第一声を発するべきかをえんえんと考えていました。


…なのにさー。


わたしって本当につくづくヤな人間だなと思うんだけど…(って、ほんとに思ってんのかよっ!?って云われそうだなぁ…)。
翌日、われわれが宿泊している母方の祖父母宅に、弟くんたちがあいさつに来たと聞いた瞬間、わたしは裏口から家を出て、軽く逃亡してしまったのでした。。。なんかもう、何かを考えるより前に、衝動的に飛び出してしまったの…涙
まあ、わたしはすでに昨日あいさつを受けてはいるので、いなくてもいいっちゃいいんですが、祖父母と叔父夫婦・叔母夫婦のいる目の前で逃亡したことで、わたしがこの結婚を喜んでいないことを大々的にアピールすることになってしまいました。何でそんなことするんだろう。わたしはバカか。うん、確実にバカだな。ってかキチガイだな。。。


決して反対しているわけじゃない。弟くんが決めたことを、潰すつもりもさらさらない。
普段は疎遠でも、この世でたった1人の弟だもの。幸せになってほしいと切に思っているさ。
だから、最終的にはちゃんと祝ってあげようと思ってる。ただ、ちょっと、今はすんなり祝ってあげられないだけで…。


よくよく考えると、相手が従妹という近親であることに、そこまで抵抗感があるわけでもないのです。少なくとも、頭で考える分には。
そんなことよりも、弟くんがわたしより先に、本当に大人になっていくことがいたたまれないんじゃないのか。わたしは未だに、父ちゃんの娘という人間でしかないけれど、弟くんは、新しい誰かと新しい家族をつくり、父ちゃんの息子というだけではなくなり、夫であり、やがて父となることでしょう。そんな弟と自分を比較して、まるで自分が成長の止まった大人子どものようで情けない思いがしたのかも知れません。
大体わたしは、誰かとの密な関係というものを築ける自信がない。と云うよりも、そういう相手にめぐり会える気がしないのです。理想が高かろうがなんだろうが、この世に、結婚してもいいと思えるほどの相手なんて、そうそう簡単に見つかるものなのでしょうか?わたしにとって、結婚というイベントはオールorナッシングなのです(って、何のこっちゃ)。


あとはまあ、単純に、弟くんを“取られる”っていうヤキモチなんだろうな。普段そんなに仲良くないクセに不思議だけど…。
今までは、家族という名前のもと、この世での優先順位がいちばんに近く高かった弟くんなのに、弟くんの方はこれから“新しい家族”の方をずっと優先して生きていくわけで、わたしは“古い家族”として、一段下に置かれるんだろうな、なんて思ったら、ね…。だって、奥さんは第1親等で、わたしは第2親等。法律だけですでにこんだけ差がつくんだから。
ああ、これって息子を溺愛している母親なら、み~んな思うんだろうな。わたしの今の気持ちなんかより、もっと強く、激しく、“息子を取られる!”って思うんだろうな。そう考えると、女の人ってすごいよね。だって、大概の母親は息子を溺愛…まで行かなくても愛しているわけで、そんな相手のいる家に、単身(まあダンナはいるとして)入って行くんだもの。まあ、ニートで童貞の年食った息子だったら、「もらってくれてありがとう!」ってなるのかも知れませんが(笑)。


…弟くんたちが出て行ったあと、ふてくされて別の部屋でテレビを見ているわたしを、叔父が呼びに来ました。
バツの悪い思いで親戚の輪に戻るわたしを、親戚一同と、昨日まで心を同じくしていたはず(?)の父ちゃんまでがなだめにかかります。「あんた、気持ちはわかるけどな」「もう決まったことなんやから…」「ああいう態度は取ったらあかん」…完全に、聞きわけのない3歳児をあやす雰囲気になっており、かなりいたたまれなくなりました。


わたしはその後、仲良くしている叔母夫婦と初詣に出かけました。
そのときもぶすっとしていた(ぶすがぶすっとしてちゃ終わりよね~)わたしでしたが、叔母が以下のように諭すのを聞いて、かなり動揺しました。
「あんたが反対したことは、あとあと絶対に禍根を残すで。結婚してから仲良くしてたとしても、もしなんか揉めたときに必ず『あのとき姉さんは反対した』って根に持つもんやねん。今やったらまだ『突然のことで驚いたから』って云えるから、今のうちにちゃんと話をしときや」
さすが、田舎のややこしい親戚関係の中で生きてきただけのことはある(笑)。そぉかあ。わたしは、結婚式には普通に出て祝ってやろうと思ってたし、いつまでもしつこくこういう態度を取る気は全然なかったけれど、あとちょっとくらい意地悪してやろーかなとか思ってたんだよな(苦笑)。でも、そんな軽い気持ちでも、いっぺん付けたシミはなかなか消えないってことか…。たった1人しかいない弟とその家族に、ずっと嫌われ続けて生きていくってことか…。


「まあ、お母さんも昔、あの子らが仲良くしてたとき、『いとこ同士はちょっと、なぁ…』って渋ってたからねえ」と云うので、なんかこの過剰反応って、母ちゃんの霊が云わせてんのかなぁなんてふと思ったりしました。人のせいにすんなって(笑)。しかも死人のせい。。。


帰宅したわたしは、弟に買って帰っていたみやげを渡すのと合わせて、話しかけるタイミングを狙っていました。
(ちなみに父ちゃんは、わたしが初詣に出かけている隙に、従妹の両親宅へあいさつに行くという抜かりのなさ)
が、いざとなったらまた云えないもんなんだよなぁ。。。
明日、大阪に帰るからそのときでいいかな…。帰りの車中の方が密室だし、話しやすいよね…。
さすがに、他愛ない話などでフツーに口はきいたものの、大事なひとことを云えないまま、夜は過ぎていきました。


そして、帰りの車でも、弟とわたしが交替で運転→睡眠を繰り返していたので、改まってそういう話をするタイミングもなく、大阪に着いてしまいました。


ようやく口火を切れたのは、家に帰って、これから夕飯を食べに行こうというときになってからでした。
父ちゃんの前で云うのもちょっとこっぱずかしいので、父ちゃんが電話をしている隙に、
「○○(弟)、頑張れよ。突然のことすぎてビックリして、あんな態度取ってしまってごめん。祝ってないわけじゃなくて、ただビックリしただけやから…。A子ちゃんにもちゃんと祝ってあげられなくてごめんって、謝っといてくれな」
そう云いながら、なんだか自分がめちゃくちゃしょうもない人間のような気がして、涙が出そうになりました。
あんまり突然云ったもんで、弟もちょっとビックリしたようで、「わかった」とひとことだけ返事しました。何と思ったのかは、その表情からはわかりませんでした。
その後の夕食では、特に結婚の話題は出ないまま、弟を駅まで見送って、父ちゃんと2人で家に帰りました。


その数日後、わたしが東京に戻る日のこと。
新大阪までの車中で、父ちゃんがふと、
「オレもな、今回の結婚で自分の将来のことをもういっぺん、ちゃんと考えなアカンなと思ってるねん。あいつが今の仕事を続ける限りは、同居することもないやろうしな…。落ち着いたら、お前とあいつに、手紙を書くわ」と云いました。
な、何や急に、改まって…しんみりしてしまうやないかい。父ちゃんから手紙なんか、10歳のときにサンタクロースに化けた父ちゃんからの“サンタクロースさんの手紙”以来、もらったことないのに。将来のこととか云って…ま、まさか父ちゃんまで再婚!?とか思いましたが、そういうことではないらしい。
しかしそこで、「大丈夫、父ちゃんの面倒はわたしが見るからさ」と云い切れない自分が、ちょっと悲しいですね。まあわたしの場合、明日のことくらいしか何も決まってないからなぁ…(苦笑)。
前に、家族の変質と解体というふうに書きましたが、こうしているうちにも、少しずつ、音を立てて何かが確実に変わっていっているのを、しみじみと感じるのでした。


最後になりましたが、弟くん…って、読んでねーけど(爆)。
おめでとう。幸せにね。結婚式では、コブクロでも歌わせてもらうよ。


新年早々、お目汚しの記事、すんませんでした汗

(コメントのお返事はまた後ほど…)

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