自分の神を殺せるか | 意識デザイン
トート・タロットのオンラインセミナー、、、少しずつ操作にも慣れて、なんとか第2回目まで終了。

みなさん、楽しんで受講してくれているといいんだけど、どうなんだろう……。
直接顔が見えないだけに、ちょっと心配。

何人かの方からは好意的なコメントをいただいているけれど、何もおっしゃらない方の感じをつかむのがむずかしい。
単純なタロットカードのお勉強というのではないので、いい意味でも悪い意味でも(?)、きっとみなさんの予想を裏切っている部分もあると思ってはいるけれど。。。



ちなみに、次回はいよいよ#0:The Foolに取り組む。

サブタイトルは、「オレはダイナマイトだ!」(笑)
──そんなタイトルつけて、タロットを教える人はフツーいないよね^^

ちなみに、これはフリードリヒ・ニーチェの言葉。
「オレは人間じゃあない。ダイナマイトだ!」って一節。

じっさいには、ワーグナーの奥さんであるコジマに送った手紙の一節だから、もう少していねいに「私は人間というよりはダイナマイトなのです」って翻訳をするべきなんだろうけれど、たぶんもうこの頃にはニーチェは梅毒で脳がスピロヘータに冒されてかなーりイッちゃってたと思われるし、内容的にもやっぱりロッケンロールだから、「オレはダイナマイトだ!」って訳すのがふさわしいと勝手に思っている。



ニーチェはぶっ飛びヤローだから、イカした文句がたくさんあるんだけど、「神は死んだ」ってセリフは有名だよね。

先述の「オレはダイナマイトだ!」っていうのもその流れで、自分は古い価値観をぶち壊す存在なのだということを言っている──そんな風に解釈されることが多いんじゃないかな。



日本人はもともとほとんどキリスト教徒ではないから、「神は死んだ」って言われても、「ふーん」ってなものかもしれないけれど、西洋人にとってこれは自分自身と、そして自分自身が生きているこの世界の根幹にかかわるものだ。

ちなみに福沢諭吉は若い頃に西洋文明に触れ、旧来からの神仏に対して疑いの眼をもつようになって、ほんとうにバチがあたるかどうか確かめるために、お守りをバラしてトイレで踏んづけて捨てちゃった……、という逸話がある。
いまのお上品な慶應ボーイには、そこまでする勇気のあるヤツは滅多にいないんじゃないかと思うけれど。

たしか、パスカルだったかな。
神がいるか、いないか?
──もし神がいるのにそれを信じなかったとしたら、バチが当たる。
 いないのに、神を信じていても大きなリスクはない。
 だから、神を信じるべきだ。
ってなことを、どこかに書いていた。
ニーチェも福沢も、そういうヌルい功利主義とは別の世界を生きる男たちだ。



ぼくはニーチェや福沢諭吉ほどカッコよくは生きられないし、パスカルには独特のユルさがあってそれはそれで好きなんだけれど、でもやっぱりぼくは根っからの天の邪鬼。

高校生の頃の座右の銘が、これもやはりニーチェの言葉──「信念は、嘘よりも大きな真実の敵だ」。
自分が「そうだ」と思ったら、まずまっさきにそれを手放す。

殺すべきは、他人の神ではなくて自分の神だ。
自分が何かを信じている──気がつくはじから、その何かをダイナマイトで爆発をさせる!
場合によって、何かを信じている自分ごと爆発させちゃう!!!

10代の頃にそのように生きていきたいと決めて、いまに至ってもまだその気持ちに変わりはない。



さて、トート・タロットのオンラインセミナーと並んで、ぼくが力を入れているのがワークショップ=『<私>と<宇宙>のクエスト』。

前回=第1回目は、ぼくたちがたしかに見聞きし体験していること、そして何の疑問もなく、たしかにそうだと思っていることが、じつはそうではない──ということを、参加者のみなさんにじっさいに実感していただいた。

「スピリチュアル」って宗教を信じている人たちは、文字どおり「神」だとか、あるいは「UFO」のような不思議現象を信じている人が多いけれど、それらもまたぶった切っちゃった。

主催者の かずはさん いわく「みなさん、頭がぐちゃぐちゃ」とのこと。

むふふ、狙いどおりなんだけど^^、もちろんただぐちゃぐちゃにして放置はしていない。

ぼくたちが現実だと思っていることは、じっさいには頭の中でつくった現実の模型なんだ──そのように考えてみようということを提案した。

ぼくたちは、ふつう自分の外に何かの現実があると思っている。
でも、その現実をたしかめようとすると、それは意外なほどにあやうい。
自分が見ているものは、じっさいには自分が頭の中でつくった模型にしか過ぎないのだと納得せざるを得ない。

前回のワークショップはビデオ収録しているので、そのうち参加できなかったみなさんにも見ていただけるようにしたいとは思っているけれど、参加者の方にはそのように実感していただけたのではないかと思う。

自分が信じていることを、潔く手放すことができるかどうか。

たぶん、じっさいにそれができる人は必ずしも世の中の多数派ではないだろうけれど、でもここでぼくが説明したことは、けっして突飛な話ではなく、科学哲学の世界では「モデル論」といって、むしろ主流ともいうべき考え方なんだ。



そして、次回=第2回目では次なる神を殺すことになるだろう。

ほとんどの現代人における神……、その名を「私」という。

「私」が存在しているっていうのが気のせいだとしたら、「私が幸せになる」とか「私がよりよき存在になる」とか、「私」を土台や出発点にした、自己実現やら幸福論やら、そういうことすべての意味も根拠もぶっ飛ぶ。

じっさいにそれができる人は必ずしも世の中の多数派ではないだろうけれど、脳科学の世界では、これもまた主流になりつつある。

もちろん、ぼくは「科学」という神からも自由でありたいから、あんまりごちゃとごちゃとむずかしい話をするつもりはない。

ごくフツーの人が、自分自身に誠実でさえあれば、ごく自然に気がつく、そしてさらにできれば「私」を殺した先の世界に手が触れる……、そのあたりまで行けたらいいなと思っている。


ちなみに、トート・タロットの作者=アレイスター・クロリーはこう言った。「オレはビースト(獣)だ!」。ぼくが好きになる人たちは、みんなヤバイやつらばかり(笑)【こちらをクリックしてくれるとうれしいです! → 人気blogランキング】


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