2006-05-11 22:20:50

世界一少年に厳しいデータ(詳細)

テーマ:ブログ

以前エントリーには書いたのですが、 グラフをあげていなかったので、お伝えします。
ICVSという(International Crime Victim Survey)という調査です。暗数を含んだより正確な犯罪動向を掴むために33か国で実施されていて、龍谷大学の浜井浩一氏がその第4回(2000年)の調査で先進12ケ国を比較したデータです。

まず、不法侵入及び未遂についてはフィンランドに次いで2番めに低いのが日本です。画像をクリックすると大きくなります(以下同)。
住居侵入

 さらに犯罪不安に最も影響を与える暴力犯罪被害については飛びぬけて低いのが日本です。日本は以前世界一安全な国といってよいでしょう。


暴力
だがしかーし、量刑意識となるとなんと犯罪大国、アメリカに続き日本が上から2番目。


量刑意識
これ21歳の青年による2度目の侵入窃盗に対する望ましい量刑を聞いたものです。

被害率が低いにも関わらず量刑意識が厳しいのが日本の特徴です。この厳罰化傾向で、国会などで「厳罰化法案」がスイスイとおり、刑務所が過剰収容になってます。世の中では凶悪犯が放りこまれてiいると思い込んでいる人が多く「刑務所が犯罪者でいっぱいだー!日本の治安が~」とか新聞に書かれておりますが、刑務所は作業ができる人を確保するのも難しいほど、さつまあげ1個盗んだだけの高齢者などが放り込まれているのが事実です。刑務所は福祉施設じゃありません。そのあたりは、以前書いたこちらのエントリーをご覧ください「過剰収容のカラクリ」。

なんと不寛容な国なんでしょうか。


さらにさらに少年犯罪対策としては厳罰化を選択する者がトップという、大変若者には厳しい国となっています。こんなとこで堂々の金メダルとってどうするんでしょうか。どうしてこんなに少年犯罪に対して厳しいかという点については、90年代後半少年犯罪「報道」大ブームに一因があります。これについてはこのエントリーをお読みください。


厳罰化


 ICVSではないですが少年犯罪の実態はどうかというと、こちらも浜井先生のデータを使いますと・・・。長いスパンで見たときの激減っぷりは全く疑う余地はありませんが、最近の傾向みても増加トレンドではありません。これは少年犯罪の凶悪犯罪検挙人員の推移↓(すぐ下のグラフ)です(凶悪犯罪とは殺人、強盗、強姦、放火のこと)。あと覚せい剤事犯↓(もうひとつ下のグラフ)の推移です。

凶悪犯罪 少年



覚せい罪

 「もともと(凶悪犯罪人員は)増加傾向はなく、とくに04年からは減少傾向を示しています。覚せい剤事犯件数の推移をみても、今まさにピークと思い込んでる人も多いかもしれませんが、最盛期は1982年で、そこから減少し、97年まで上昇しますがまた減少トレンドです。覚せい剤に起因する凶悪犯罪も増加傾向にはありません。」

浜井先生がおっしゃるに唯一増えているのは「不良行為」への補導人員です。


補導人員

 「この数値だけは一貫して増加傾向にあり、その傾向は加速しつつあります。「不良行為」とは刑法に触れるような明らかな犯罪ではなく、深夜徘徊や喫煙といった青少年健全育成条例に反する行為を指します。この数値の増加傾向は若者の変化というよりも、警察の対応の変化、すなわち治安要求の変化です。深夜に街にいる若者を見つけると市民が通報しそれによって警察が動いて補導する。一昔前であれば社会が許容していたような行為が最近は比較的すぐに補導につながるようになったのです。」


 ようするに「警察と住民が意味なく、がんばりすぎ(ようするに、うざい人たちが増えている)」ということです。ほんと全くどういう国なんでしょうか・・・。


 さらに凶悪犯罪の「低年齢化」が危惧されていますが、これも統計的には全くギャグです、あいえ、まちがえた。逆です。「少年犯罪」の分野においても、実は「高齢化」の傾向です。例えば暴走族はその総数は減少傾向にありますが、その中で高齢化が目立ってきています。

 新聞の見出しに「中学生」とか「高校生」いう「ら」ついてますが、この「ら」がクセ者です。中学生や高校生を引き連れている上の世代がいるということです。つまり、足が洗えない19歳とか21歳とかがいるってことで、今迄なら、足が洗えていたんですが、雇用状況の問題でそういった少年がいるのが最近のトレンドなんです。

 いずれにせよ、若年層の雇用状況の問題が少年犯罪分野でも「高齢化」という事象につながっているといえるのです。

 雇用の創出とセーフティネットの構築が最重要課題です。実態とそぐわない体感治安の増加、それを支える犯罪未然防止の気運と連動するわたしたちの被害者化する社会そのものが問題なのです。

あとものすごく当たり前のこと書きますが、テレビでわーわー報道されるような「たまにいる」極悪非道な犯人は「珍しいから」報道されてるんですよ。だから正しい反応は「珍しいなあ」なんです。


※参考資料 浜井浩一

 「少年非行もニートも雇用の創出が共通の課題」 リクルートキャリアガイダンス

 「犯罪被害調査の意義と国際犯罪被害調査 ICVSに現れた我が国の犯罪被害の特徴」-我が国の『安全神話』は本当に崩壊したのか?-


浜井浩一氏 略歴

龍谷大学大学院法務研究科教授 専門 犯罪学、社会調査、統計学、犯罪心理学。「犯罪白書」の元執筆者でもある。


International Crime Victim Survey:ICVSについては法務総合研究所のサイト から見ることもできます。ものすごく見難いけど・・。


【お願い】

(このブログを読んでいらっしゃるかもしれない)

新聞記者やテレビ局のレポーターの方の皆様


・その分野のちゃんとした「専門家」に伺いましょう!国会図書館に行けば専門分野の専門紙はただで見ることができます。

 そりゃああくびが出るものもいっぱいありますが、会社からもらってる給料には「あくび代」も含まれているはずです。コピーもしてくれます(ちょっと高いけど)。

 声だけでかい刑法の専門家やでしゃばりな精神科医やおしゃべりで論壇制覇だけしたい社会学者は犯罪や統計の専門家ではありません。まずマスコミの人間からリテラシーを養うことが大事だと思われます。

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コメント

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31 ■詠み人しらずさま

 ありがとうございます。(゚・゚* 感激♪

>出すぎたようなまねなら、すいません。
 とんでもありません。いくらでもガンガンコメント介入してください。ご紹介等々もほんとうに感謝です。もっと勉強しなくっちゃー。
 

30 ■一粒さま

このエントリーで採り上げられている、浜井浩一氏は別のところでこのようなことを述べています。

「筆者は、現状認識として治安が悪化していないことを強調しているが、将来も悪化しないといっているわけではないし、日本で凶悪犯罪がまったく起きないといっているわけでもない。数こそ減っているが、毎年七〇〇人近い人が犯罪の被害により大切な命を落としている。備えあれば憂いなし。犯罪に対する備えは必要である。ただし、その際の備えとしては『犯罪は正しく恐れ』、その上で、効果的で副作用の少ない、人々の生活に優しい犯罪対策がとられるべきだと考えるがいかがであろうか。」
浜井浩一「検証『治安悪化』と刑事政策の転換」(「世界」no.737 17ページ)


少ないからいいと言っているわけでなく、今、不安に煽られて不適切な政策を採っていないかどうかという問題意識だと思います。

>安原さん
出すぎたようなまねなら、すいません。

29 ■あのね一粒さん

あのね・。コメントがいまいち意味不明なのですが

 昔、日本では家に鍵をかけることもなく、しかも犯罪が少ないことを外国人が驚いています。
 ↓
で?とんでもない。
これ単なるイメージです。昔のほうがこの「日本」はとっても犯罪多いですけど、今より圧倒的に。
それともカギかけないほうがいいって話ですか?
私も家に鍵かけてますけどね。

外国に比べて犯罪少ないから安心せよって話しでもないんだけどなー。国情にあわせての犯罪対策の話になってないんですけどねー。

そんなに安心できないのであれば、どーぞセコムにでも相談してくださいな。

防犯対策がんばってくださいねー!

28 ■国際的統計比較の問題

ほとんどの点について納得できますが、一点疑問があります。昔、日本では家に鍵をかけることもなく、しかも犯罪が少ないことを外国人が驚いています。いまもそんな傾向が地方では残っています。国情はそれぞれにちがっており、数字的比較だけで結論はだせない。
 外国にくらべて犯罪が少ないので問題はないとは思えない。たとえば日本ではエイズ患者は外国にくらべて少ないので心配ないとするに似ています。

27 ■匿名にて失礼します。さま

 こんにちは!はじめまして。どこぞの記者さんでしょうか?
 まだまだ少ないですが、「これではいかん!」と思って話を聞きたいと尋ねてくださる記者さんもいらっしゃいます。
 そこらへんは記者さんのひとりひとりの問題意識にかかわると思います。いっしょにがんばりましょー!

26 ■無題

>まずマスコミの人間からリテラシーを養うことが大事だと思われます。

全くそのとおりなんですが、決定権を持つ人材が予断で動くタイプであることが非常に多く、視聴者に対しての要求が非常に低いのです。

従って、タマとして動かしやすいタイプが重要事件の取材者となります。彼らは担当する部局の政治や動向には詳しいですし、実際は仰る「リテラシー」も持っていますから「分かってるよ」と思いながらも「予断」に合わせた結果を導くのです。

25 ■alpheccaさま

 こんにちは。
 私も目からウロコでした。感想もありがとうございます。
 昨日渋谷で夜中まで打ち合わせしてたんですが、まあ、夜2時こえても女子ひとりでウロウロできますからねー。
 やはり安全な国だなあと思いました。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m。

24 ■目からウロコ

こんばんは。TBさせていただきましたが、感想がまだでした(失礼いたしました)。

拙ブログにいただいたコメントに対する返答にも書きましたが、この記事、わたしにとっては本当に「目からウロコ」でした。
わたしはフィーリングでものを見てしまう人間なのですが、この記事(特にグラフ)を拝見してビックリです。やっぱりものはありのままに見ないとダメですね。数値化・グラフ化するのはとても重要です。それに、マスコミの報道は一度疑ってみないと。
日本の将来に希望を見出せる記事を、どうもありがとうございました。勝手ながら、貴ブログを拙ブログにブックマークさせていただきました。これからもよろしくお願いしますm(_ _)m

23 ■DHさま

 本当にご丁寧な返信をありがとうございます。
 基本的にはすごく同感します。

 「被害者の癒し」か「加害者の社会復帰化」かというところがなぜ対立しなくてはいけないんだろうなあとは思います。

 先日朝日の投稿欄に「神社にいた若者を泊めたあげた友人を誇りに思う。凶悪犯罪が起こってるのに」という話がのっていました。
 完全に若者が犯罪予備軍と同一化してて怪物化しています。これは本当に実態は無視している。

 罪を免罪する気は私もありません。旧少年法の保護一辺倒主義にも賛成していません。罪は償うべきです。

 私は「加害者の人権」というよりも、「やりなおす社会」というのは、社会ひとりひとりの寛容度にかかっているし、ここを失うことは非常に息苦しい社会を作ると思います。相互不信に基づく監視社会だけを心配してるだけではありません。もしかしたら、犯罪をおかして社会に戻ってきた人だけでなく、誰にとってもやさしい寛容度のある社会失うのではないかと思うのです。凶悪犯罪のイメージが流布されているから、きれいごとに聞こえるかもしれませんが、人間は誰でもミスはします。
 現、日本に現れてる刑罰システムはアメリカがやった「法と秩序」というアプローチに近くアメリカは200万人の国民を閉じ込めてまだ安心ができない状態になっています。日本も実際に厳罰化にはなってきてます。それによって刑務所に放り込まれれているのは、軽微な犯罪を犯した障害者や高齢者です。
 治安対策に福祉のお金がくわれていくという研究もあります。日本は治安状態はよい国ですから、非常に無駄です。福祉が薄くなっていくほうが犯罪増加に荷担してしまうのです。被害者遺族自身も本当に犯罪をなくしたいなら、環境犯罪学といった治安に逆効果なシステムに依拠していくのではなく、そういった福祉がくわれていくところも考えていくべきではないでしょうか。
 被害者(遺族)の立ち直りに資するシステムはやっとはじまったばかりですが、世界的な趨勢によってこれは進むと思います。
 ただ、そのいっぽうで「やりなおす社会」について行刑の場を越えて被害者遺族が刑期を終えたものに、その行刑の場以上の「癒し」のためにかかわっていくことは、私はやはりかなりの慎重さが必要だと思います。

22 ■無題

たびたびすみません。

私自身所謂「厳罰化」には必ずしも賛同しません(そもそもこの「厳罰化」という言葉自体かなり曖昧・恣意的に使われているように思います)。

又、犯罪被害者(遺族)の方たちの主張に全面的に同調するものでもありません。

本来少年法はあくまでも非行少年の立ち直り・更生を手助けするものであって、被害者のケアなどということは想定されていないわけです。

それゆえ、少年法の拠って立つ理念に鑑みれば、少年法に被害者援護を求めるのは言わば無いものねだりなのかも知れませんね。

拙コメントの
「少年犯罪が増えていないから現状のままで差し支えない」云々

これは犯罪被害者の処遇のみを指して言ったのではなく、少年院等における矯正教育のあり方・保護観察制度等非行少年に対する処遇も含めて少年法全般について述べています。

いずれにせよ、「保護更生か厳罰化か」というような問題の立て方は避けるべきだと思います。不毛な議論になるだけでしょう。

仰るように犯罪をゼロにすることはできません。相互不信に基づく監視社会を危惧されるのは理解できます。情緒的な対応には注意が必要です。

ただ、「社会が受け入れてくれないから反省も謝罪もできない(しない)」というのは少々物分りが良すぎるようにも思いますが。

被害者の恐怖感や憎しみを煽りたてることは慎むべきです。その点に関しては同感です。

が、逆に「復讐は許されない」「応報感情を乗り越えよ」などと一方的に「説諭」することも慎むべきでしょう。

被害者(遺族)の立ち直りに資するシステムが早期に実現することを望みます。





21 ■DHさま 補足

 たびたびすいません。補足させてください。
「さらに少年犯罪が増えていないから現状犯罪被害者の処遇はそのままで差し支えないという話は別の話です」
 ↓
 これは金銭面、ケア面などはもちろんやったほうがいう意味です。

 ただ犯罪被害者運動が「このような犯罪が2度と起こらないように」と犯罪の未然防止活動とくっつくのは過剰となっている部分が多いと思います。 これは必然的に犯罪ゼロの世界を目指すことになり、学校等のゲイテッドコミュニティ化につながると思います(実際つながっています)。地域に学校をひらく⇔学校を閉じるというのは相容れぬ難問になります。「学校の管理安全強化」を願う被害者の気持ちはわかりますが、これは数字の議論をきちんとしないといけないところだと思います

20 ■DHさま

 こちらこそ。読んでいただいてありがとうございました。

 『加害少年が立ち直り、社会復帰を果たす上で「謝罪」「反省」のプロセスは軽視できないのではないか。現行のシステムにおいてはそのことが必ずしも充分に考慮されていないのではないだろうか』ここについては、現少年審判過程でも被害者の意見陳述もされていますし、矯正現場に被害者が入って話を聞かせる動きなどは行われています。ただし、刑期を終えた少年までにたとえばその「謝罪」「反省」を求めるということになると話は別で「心」の問題といった「わからないもの」を強制して追い掛け回すといったシステムにつながりかねない危険性もあります。社会復帰については、私は一番有効なのは社会が加害少年に対してスティグマを押し付けないこと、仕事と住環境があること、受け入れる社会が「やりなおす」ことに理解をしめすことがまずないと、「反省」も「謝罪」もしようにもできないように思います。

 そして青少年育成条例など、少年の行動などを必要以上に制約する法を作っていく現場で、数値の根拠のない「少年犯罪の凶悪化や急増化」というのが使われているのは確かで、数値の根拠は当然そういったところで使われるべきだと思います。
 犯罪はゼロにはなりません。

 さらに少年犯罪が増えていないから現状「犯罪被害者の処遇」はそのままで差し支えない」という話は別の話です。

 犯罪被害者運動のなかで、どうしても犯罪にあった恐怖、加害者への憎しみを語るということが、社会への実態以上の恐怖をつくる面もこれは否定できません。「受難の民」が大きな攻撃性をもつのは確かで、「いっしょに悲しむ」しかし、それが社会への恐怖や怒りをあらたなかたちで作らないようにしなければ、「いつなんどき自分が被害者になるかもしれない」が前提となる社会はやはり窮屈なものになると思います。

19 ■無題

丁寧な御返信恐縮に存じます。

私が申し上げたいのは「<心>という目に見えない問題を<強制>すべき」ということではなく、加害少年が立ち直り、社会復帰を果たす上で「謝罪」「反省」のプロセスは軽視できないのではないか、にもかかわらず現行のシステムにおいてはそのことが必ずしも充分に考慮されていないのではないだろうか、ということなのです。

御紹介のエントリーで述べていらっしゃるサッカーの例え話はよく理解できません。サッカーの試合は犯罪行為ではありませんよね?負けたチームは加害者なのでしょうか?
ポリグラフ云々も含めて、些か不適切な喩えではないでしょうか。

マスメディアの情緒的なセンセーショナリズムに対する御批判には同感です。マスコミ関係者のみならず、視聴者も冷静な目を養う必要がありますね。

ただ、「堂々の金メダル」「うざい人たち」とか「正しい反応は<珍しいなあ>」等の表現には違和感を覚えます。

犯罪被害者(遺族)にとっては「100人に1人」の確率であろうが、「10000人に1人」であろうが関係ないことです。たとえ「10万人に1人」であったとしても被害者側にとっては「それが全て」です。

「少年犯罪が増えていないから現状のままで差し支えない」ということにはならないと思います。

18 ■DHさま はじめまして

少年法の「事実認定」の問題点については、私もDHさまと同じく問題を共有してるつもりです。山形マット死事件の事実認定の流れで法改正がされていれば、酒鬼薔薇事件での改正、結果的には厳罰化の流れにはならなかったように思います。
 このあたりは編集させてもらった「ホラーハウス社会」芹沢一也著をお読みいただければ幸いです。
 現状問題なのは、この少年法改正論議のなかで今に続く「少年全体」に恐怖が宿ってしまったこと、そして実態を無視した、治安政策にまんまそのロジックが活用されている点です。
 さらに「心底の反省」というのはもちろん私も冷徹人間ではありませんので気持ちは理解はできます。ただし、法やシステムの上でそれを担保していくのは危惧があります。「心」という目に見えない問題を「強制」していくことは結果的にはゴールがありません。かなり考えないとそれは被害者、加害者、社会にとってもよい方向になるとは私は思えません。

 いろいろなご意見があると思いますが、以前こんなエントリーを書いてみましたのでお時間があるときにでも読んでいただけると幸いです。
http://ameblo.jp/hiromiyasuhara/entry-10011273363.html

17 ■無題

はじめまして。早速で恐縮ですが、一言御許し下さい。

>そのまえの少年法というのは犯罪被害者を法的にも社会的にも忘れていたことが大きな理由です


少年犯罪の被害者(遺族)が求めているの必ずしも情緒的な「厳罰化」ではなく、何よりも「真実が知りたい」ということだと思います。

御承知のように、少年審判は非公開で行われ、一体如何なることが自分達の家族の身に起こったのか、どのような状況で死に至らしめられたのか(傷つけられたのか)、加害少年たちは本当に反省しているのか否か等々に関する情報が、被害者(遺族)にすら公開されない。ましてや少年審判に立ち会うことなど許されないという現状がありす。

真実を知るためにやむを得ず民事訴訟を起こさざるを得ない。もちろん訴訟費用は自己負担であり公的な補助などありません。お金も時間もかかるわけで、犯罪行為によって既に打撃を受けている被害者(遺族)にとって更なる負担・犠牲を覚悟しなければなりません。

少年犯罪を巡る議論において、ただデータの増減を取り上げて論ずるだけでは被害者(遺族)の願いに十分応えることはできないのではないでしょうか。

被害者(遺族)の方々も「可塑性のある少年の立ち直りを支える」という少年法の理念そのものは否定していないように思います。

ただ、出来心による非常習的な万引きや軽微な窃盗犯等とリンチ殺人のような重大犯罪を同列に扱ってほしくない、保護・更生は大事であるが、その前にまず心からの謝罪・反省を示してほしい、このような思いが強いように思います。

少年法の最大の問題点はその「密室性」にあると思います。少なくとも被害者側には原則として全ての情報を公開すべきでしょう。それを拒否する理由は何も無いと思います。

16 ■acさま

 こんにちは。はじめまして。ご指摘ありがとうございました。確かに。ちと書き方甘うございました。訂正しときます。
 これは私の意見ですが、コミュニティサービスと執行猶予というのは社会内処遇という意味では一般の人にそれほど差をもって受け取られるかというとそうではないないのかな?と思ったりもします。つまり現状の懲役の割合を食うかというと食わないような気が。といっても所詮可能性の話ではあるので、現状「拘禁刑」を選んでいる人間が多い、被害率のわりに厳罰思考が高いという合わせ技で私はやはり少年犯罪の実態以上に厳罰思考が高いなという認識ではあります。

15 ■T.Aさま

ありがとうございます。

14 ■無題

量刑意見のデータの扱いについてなのですが、コミュニティサービスなるものが現状ないのですから0になるのであって、もし一般に認知されていたら懲役を望む割合が食われていたと考えられませんか?
そして、選択肢の中で最も寛容と思われる執行猶予を選んだ割合が高いことをもって少年にやさしい人が最も多いとも言えますよね。(勿論上記を仮定すると執行猶予も懲役と同様に値が低くなる可能性がありますよね。)
ということでこの論旨にこのデータを
引用するのはあまり好ましくないのでは?

13 ■無題

>「検挙者は減っているが、少年犯罪は増えている」という仮定を否定できないような気がします。

ヒント
・殺人の検挙率
・ユニバーサル曲線
以上

12 ■さむそん様 検挙率にもカラクリが

 こんにちは。はじめまして。ごもっともな疑問だと思います。
 はい検挙率急激に下がりましたよね。これにもカラクリがあります。これは警察の方針転換です。たとえば窃盗犯を捕まえると、50件くらいは余罪がありますが、犯罪者は1人。余罪を追求すれば、50件ぜんぶ検挙されたことになりますが、しなくなった。そうすると、残りの49件は検挙されてないことになります。つまり犯人はつかまってますけど検挙率は下がります。殺人などの検挙率は下がってません。
 検挙率が急に下がった、というのが実はおかしいのです。戦争とか暴動じゃない限り日本の警察がある年を境に急に能力がなくなったり、急に日本人が凶暴になるということのほうが変ですよね。

11 ■検挙率は考えなくてもよいのでしょうか?

データの読み方には基本的に賛成なのですが、犯罪の検挙率については考えなくてもよいのでしょうか?つまり、「検挙数は増えていないが、犯罪案件そのものは増えている」という仮定を否定できる材料は、引用された資料からは読み取れず、むしろ検挙率が低下している昨今の社会情勢に鑑みると、「検挙者は減っているが、少年犯罪は増えている」という仮定を否定できないような気がします。

10 ■さゆりさま

はじめまして。こんにちは。上のエントリーだけ読むともそう思うかもしれませんね。

「少年法」が変わったのは2000年ですが、酒鬼薔薇事件を契機にした、これは「厳罰化」の流れでした。今もその流れです。ではなぜ変わったか、そのまえの少年法というのは犯罪被害者を法的にも社会的にも忘れていたことが大きな理由です。つまり被害者から社会内処遇を核とした少年法の「保護主義」が批判されたんです。つまり、それ以前は端的にいうと「少年に対して"過剰”に優しかった」と。「保護-教育」ですから、罰でさえないんです。厳密にいうと。ではそういった時代に少年事件が増えているかというとものすごく減ってます。つまり少年法の社会内処遇は効果はあったわけで、「厳罰化」は抑止力にはなりません。

少年法の変更以前の社会の少年への視点については、下記エントリーを読んでくれるとありがたいです。

http://ameblo.jp/hiromiyasuhara/entry-10011902791.html

9 ■無題

ふと思ったんですが、厳罰が抑止力になって少年犯罪が少なくなっている、と考えることは出来ないんでしょうか。

8 ■ちゃいこー様 

>専門的な訓練を受けてる人が少ないです。マスコミ関係者のモラル

そうですね。マスコミ側にリテラシーが足りないでしょうね。それを棚にあげて、読者にリテラシーをあげろっていうのは本末転倒だと思います。

編集の仕事はわかりやすくする仕事だとは思いますが、最初から、わかりやすいこと喋ってくださいっていうのは違うと思います。

矯正や処遇の話もちゃんと知らない識者が語りすぎだと思います。

・・と嘆いてばかりも入れられないので、まあ世界の隅でコツコツと文句いってみようかと(笑)。私のブログを見てるマスコミ関係者がいれば浜井先生のような人にきちんと聞きに行って欲しいですね。

7 ■レスありがとうございます

犯罪報道のあり方を帰るのは難しいと思います。

まず、リテラシーの問題。
そもそも、日本に犯罪学部・犯罪学科的なものがないから、専門的な訓練を受けてる人が少ないです。だから、マスコミにも専門的に学んだ人は皆無に近いでしょう。

後、マスコミ関係者のモラルもあると思いますよ。せっかくその分野の専門家に聞きにいっても自分の気に入らない話だったら無視・ひどいものなら捻じ曲げてくるものもあります。例えば、広田照幸氏が「教育不信と教育依存の時代」(紀伊國屋書店)の前書きででこのあたりのことを嘆いてます。

6 ■ちゃいこー様 ほんとうだー

はじめまして。こんばんは。

ご紹介ありがとうございます。ほんとですね・・・。見出しからして失礼ですね。記事の筋が全然とおってないし・・・。

浜井先生は問題は若年層への雇用と寛容度の低下だっていってるのになあ。余程わかりやすいと思うんだけど。

5 ■無題

はじめてコメントさせてもらいます。

こんなのあるので紹介させてもらいます。
「安心再興 ルネサンス」(四国新聞)http://www.shikoku-np.co.jp/feature/renaissance/1/11/index.htm

この記事では、せっかく浜井先生の治安悪化を否定するコメントをのせながら、その後で前田雅英のコメントでぶち壊しです。ていうか、浜井先生に対して失礼です。

4 ■にょろ朗さま

>正しいことを言ってれば皆に伝わって理解されるかどうかは別問題ですからねぇ。

嘘つくよりいいでしょう(笑)。
もうちょっと皆がおもしろがってくれるようなコメントいれてくれないと、つまんなーい。にょろ朗って名前はかわいいですね。

>おしゃべりで論壇制覇だけしたい社会学者

はいっぱいいるでしょう。Mさんは論壇の黒柳徹子としてがんばってるんだから充分意義はあるかと(笑)。

3 ■無題

こんにちは

まったく おっしゃるとおりなんですけど
分かってらっしゃるでしょうけど正しいことを言ってれば皆に伝わって
理解されるかどうかは別問題ですからねぇ。

>おしゃべりで論壇制覇だけしたい社会学者

これってMさんですかw
芹沢さんもそうですけどMさんに過大評価じゃないですか?

2 ■遊鬱さん 人間って「ひょうし抜け」したくないんでしょうかね。

 人間って「ひょうし抜け」したくないんでしょうかね。すごく当たり前のこと書くのって、逆に勇気いるなあって思いますもの(笑) 

 >そんなにスリル溢れた社会に生きていると思いたいのか?

 ほんとにそうですよ。まさに安ーい「ホラーハウス」作ってるなーとしか思えないんだけど。作るなら「イッツアスモールワールド」とかにしよう(笑)

「兄さんは落ち着いて寝ていられないから起きると云います。起きると、ただ起きていられないから歩くと云います。歩くとただ歩いていられないから走ると云います。既に走り出した以上、何処まで行っても止まれないと云います。その極端を想像すると恐ろしいと云います。冷汗が出るように恐ろしいと云います。怖くて怖くて堪らないと云います。」 夏目漱石『行人』

1 ■完全なる答えですね

次第に「体感不安」を煽り、「メディア悪影響論」をあじるといったこの種の言説を弄する人間に対して、殺伐とした感情を抱き始めて慄然としてしますよ(笑)

これだけ明快な事実が、解釈とかも無縁の一目瞭然の数字がどうして一般に受け入れられないのか、そんなにスリル溢れた社会に生きていると思いたいのか?

武田徹氏だったと思うのですがダイエットとは、簡単な自己効力感と、そしてまだまだという美の追及という退屈な人生に永久課題を与えてくれるのが最大の効用かもしれないなどと記していましたが、この種の言説もまったく同じですよね。

この人の世界においてユートピアを求めるなんてそれこそバーチャルに毒されていると思うのですがねー。

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