暑い毎日が続きますね。
エコポイント続ければいいのに。私もエコポイント申請して総額4万円くらい戻ってきたのでこのお得感は非常にうれしい。システムがもったいないよ。自給率アップポイントとか、国内旅行ポイントとか、あと限界集落引っ越しポイントとか社会保障番号取得ポイントとかなんでもいいけど。子ども店長の声で宣伝して政策にどんどん使えばいいのに。基本的にポイント制度は顧客とダイレクトにつなげる基本システムなので、いったん作ればほんとにいろいろできるんだけど。
なにより洗濯機が入ってないのがおかしい。こんなしょぼい冷蔵庫にもついているのに(正しくエコな商品ではあろうが)!
サンヨー 47L 1ドア直冷式冷蔵庫 SR-51T(W)エレガントホワイト【エコポイント対象】
うちの洗濯機はまだそんなに古くないし問題なく使えるからポイントついてなかったら買わないけど、ポイントついてたら買い替えるなあ。炊飯器もつければいいのに、最近の高いし。 なんか15万円
のが出るらしい。おおー踊り炊きってなに?
さて、厚い本なので『1968〈上〉若者たちの叛乱とその背景
』と同じく読もう読もうと思ってしばらく放っておいてしまった。続けて読んだせいもあるでしょうが、戦後史に興味がある人なら、こっちの本が断然おもしろいんじゃないかなあ。これで1995円って安すぎると思います。
「鉄の暴風」に晒された被害者としての沖縄、奄美差別や霧社事件・ベトナム戦争の基地となった加害者としての沖縄、音楽と青い海の島という楽天的な沖縄というはっきり色のわかる話ではなく、戦後日本のありとあらゆる矛盾と葛藤が緻密に賽ノ河原の小石のごとく積み重なっていく状況を映そうとされています。死人、悪党、チンピラ、政治家が入り乱れたまさに百鬼夜行。佐野さんの好みでもあるんでしょうけどただのいい人はあんまりでてきません。基地問題もそうですけど、ズカズカとただのいい人、おぼっちゃまな政治家が入っていったら、そりゃあガラガラガッシャーンとなるなあ。山中貞則さんが生きていたら、今の基地問題はどう言うんだろうね。
沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史/佐野 眞一
まず1章が沖縄県警の話です。1章から濃い。後藤田さんには聞けなかったのかなあと思っていたんですが、わざわざあとがきにひとりだけ特筆されていました。
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沖縄で会って話を聞いた関係者の名刺をあらためて数えてみると、4百枚近くになった。唯一の心残りは、沖縄復帰時の警察庁長官だった後藤田正晴が、雑誌連載開始直前の05年9月に91歳で死去したためインタビューできなかったことである。もしも後藤田にインタビューできたなら、琉球警察から沖縄県警という警察組織の歴史的移行にまつわる最高責任者としての興味深い話が絶対に聞けたはずである。それを思うと、その機会を永遠に逸したことはかえずがえすも残念であった。
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ほんとにそれは残念です。佐野さんなら聞けたかも。表現規制反対のオタクのみなさんにはおなじみの竹花豊氏も出てまいります沖縄県警ですが、佐々さんの本を読んでいても、沖縄県警のだめっぷりにがまん、がまんとふるふる拳を握りしめてる様子だったので、後藤田さんの話は聞いてみたかったなあ。佐々さんの『菊の御紋章と火炎ビン―「ひめゆりの塔」「伊勢神宮」が燃えた「昭和50年」
』だと、不思議なほど後藤田さんのことは出てこないんだよね。
本書では沖縄のヤクザのルーツを「戦果アギヤー」と「空手」としてます。「戦果アギヤー」というのは米軍の豊富な物資を盗んで横流ししたり輸出したりする人たち、やらないと食っていけないので大勢の人が「戦果をあげ」ていたというかんじで罪の意識はなかった。『はだしのゲン』みたいな世界。ゲンは原爆で亡くなった人の骸骨売ってましたけどね。吉村昭の『東京の戦争
』などでも、戦後の電車の中のつり革がある日、全部切り取られていて、それが闇市でバッグの持ち手になっていたことを書いていたが、“いけないことだというより頭いいなあと思った、おしゃれだった”(大意)と書いてあったなあ。空襲で焼け野原のなった土の中から電柱を掘り出して、薪にして売っている人もいて(エネルギー不足で薪を持っていかないと遺体も焼けなかったから)感心していた。
映画『海燕ジョーの奇跡』(原作 佐木隆三)のモデルとなった人とのその後も書かれる。時任三郎かっこよかったけど今観るとどう感じるんだろうなあ。よい保護司さんにめぐりあえたよう。ヤクザ稼業からは足を洗っていた。
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「(略)学歴もなく、財産もない、無一文の人間がもしかしたらのしあがれるチャンスをつかむことができるのは、そこしかなかったんです」(略)
「(略)僕は15年も刑務所にいて、いっぱい本を読んできたから、こういう言葉で表現できますが、あの当時の気持ちで言えば、要するに偉くなりたいの一心でした。僕ら中学卒の人間は、地位とか権力とか、そういう小難しいことは頭の中で理解していなかった」(略)
隣室からは人には言えない過去を持つ男たちから神様のように慕われる保護司が薬膳料理のアヒルの煮込みで、私とHをもてなす酒盛りの支度をする物音がもれてきた。
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そして沖縄金融史のところ。沖縄県前副知事の牧野浩隆(元琉球銀行、調査部長)の話。
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「そこで沖縄の米軍当局は、外資を導入して沖縄の産業振興をはかろうとした。外資は軍票が流通しているようなところに入ってくるわけがありませんからね。ドルの沖縄の法定通貨にすればドルが欲しくて外資が入ってくるだろうと」
「ええ、そうです。もうひとつ重要なポイントは、ドル通貨に切り替えると同時に、沖縄の貿易を完全に自由化したことです。自由に入ってきて儲けたら、自由に出ていっていいですよ、とやった。1958年当時の日本の貿易自由化率は20%です。国内産業保護の立場から輸入制限していた時代です。」
--それが沖縄では完全自由化ですか。
「その結果、沖縄にはドルも入ってきたがそれをはるかに上回る、夥しい商品が入ってきた」
「欲しい商品がなんでも入ってきたことは、消費者にとってはプラスでした、けれど、製造業は育ちません。本土の製造業の割合は二十数パーセントありますが、沖縄はわずか六パーセントです。これはいまいったような歴史的しがらみがあるからです。」
「これを金融面でいうと、貿易が黒字にならない限り、通貨は増えない。戦前の金本位制と同じです。ですから沖縄では慢性的な金融ひっ迫の状態が続きます。沖縄経済の基礎体力がつかなかったもう一つの理由は独占禁止を国是としたアメリカの政策です。自由競争の世界を沖縄につくるという政策のもと、こんな小さな島の中に琉球銀行に対抗する沖縄銀行をつくり、沖縄生命、琉球火災に対抗する琉球生命、沖縄火災をつくる。自由競争ばかり重視してスケールメリットは意識されませんでした」
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「保護貿易」も「自由貿易」も事情ってものがあるんだよという、先進国もやったくせに発展途上国の事情を考えずに「自由」を押しつけてもねえーという意味で以下参考になる本。ケンブリッジの大学の先生が書かれています。自由競争の急速な導入は国内産業をつぶします。フィリピンのようにグローバル派遣社員型国民になるならいいですけど、という話。
はしごを外せ―蹴落とされる発展途上国/ハジュン チャン
そして本書のなかでは沖縄に魂を注いだ山中貞則議員の話もたくさん出てきます。まずは山中ダラー作戦。
衆議院での追悼演説
でも触れられていますね。
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昭和四十五年には、第三次佐藤内閣の最重要課題であり、戦後、日本の最重要課題であった沖縄返還の掌にあたるため、先生は請われて総理府総務長官に就任されました。沖縄の祖国復帰が終わらない限り、我が国の戦後は終わらないとの佐藤総理の決意に応えるべく、先生は全身全霊を傾けられたのであります。
沖縄返還には、数々の難問が待ち受けておりました。その一つが円・ドル交換問題であります。昭和四十六年のいわゆるニクソンショックによる変動相場制への移行が、ドル経済下にあった沖縄の人々の暮らしを根底から破壊してしまいかねない事態を招いたのであります。先生は、辞表を懐に、危機回避の陣頭に立ち、一ドル・三六〇円を国の責任で保証するという、一つ間違えば、日米交渉の行方にさえ悪影響を与えかねなかった大胆な方法で通貨切り替えを断行し、沖縄の人々の生活を安堵したのであります。(拍手)
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本書では以下のように書かれています。
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復帰まで秒読み段階に入ったその沖縄に、変動相場制をもしそのまま適用されれば、沖縄の経済が莫大な損害の蒙ることは火を見るより明らかだった。
山中は大蔵省やアメリカ政府が猛反対するのを承知の上で、公然と差額の補填政策を命じた。これに真っ向から反対していた時の大蔵大臣の永田三喜男は、これ以来、山中と一言も口をきかなかったという。
沖縄の日本人が所有するドルに限って1ドル360円のレートで交換する作戦は、極秘に進められた。もしこの計画が事前に漏れれば、各国の投機ドルが差額を求めて沖縄に殺到し、大混乱に陥る。1971年10月8日、沖縄の全金融機関が抜き打ちで封鎖され、翌9日から離党を含む約350ケ所でドルのチェックが行われた。
1ドル360円で交換と発表したその前日、山中は記者会見でわざとらしく涙を流し、「1ドル360円の交換レートは断念」と発表する芝居までうった。
金融機関に集められたドル紙幣の確認作業には、紙幣に鉛筆の尻の消しゴムで朱印を押す原始的な方法がとられた。最初ドル紙幣に証紙を貼る案やスタンプを押す案も検討されたが、アメリカ側が紙幣損壊罪にあたるとクレームがついたため取りやめになるという一幕もあった。(略)山中はこのときのことを回想して、次のように述べている。「当日は琉球政府の警察官を動員して沖縄の全金融機関を封鎖、空港でも警察官が外国人のドルを一時保管した。しかも、日本人だけが対象で、駐留米軍は除くということだったから、実施後に米政府から『国際法違反』だとして二度も抗議が来た」
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自民党の税調は山中さんが亡くなって影響力が低下したみたいですが、なぜここでも後輩を育ててないかなあ。ご本人も世襲を拒否。まあ子どもだったらマックロクロスケなところは歩きたくない、親は歩かせたくないとは思うかもしれんですが。口蹄疫、沖縄の基地問題、消費税と、最近は山中さんにドンピシャな政治課題があがっていますが、生きていたらどういう(裏)技を使ったんだろうと思いまする。あと「優秀」な政治家はできるだけ目立たぬようにコソコソやるんじゃないかと思うのですが(目立ってるときはうしろで別件がなんか動いている)前原さんとかなぜあんなブチ上げるんですかね。
そして基地問題。佐野さんは不動産屋さんの「軍用地」のパンフレットを以下のように引用されています。
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世界遺産の首里城にほど近い那覇市内の不動産屋に入り、軍用地について聞きたいのですが、というと担当者はまずこれをお読みくださいといって、軍用地についてまとめたという薄いパンフレットを差し出した。
〈「軍用地」とは?
沖縄県内在住の方には、「軍用地」は聞き慣れた言葉だと思いますが、県外の方には「軍用地って何?」と思っていらっしゃる方がほとんどだと思います。ここで、この軍用地のご説明とその活用法についてお教え致します。
「軍用地」とは沖縄の自衛隊基地・米軍基地の事を指しますが、その基地のほとんどは、国が個人の土地を借地(強制使用)しているのが現状です。
この借地料は沖縄で年間900億円を国が地主さん達に支払っています。
昨今話題になっている米軍基地の問題ですが、この「軍用地」は基地問題という一面も持ちながら、戦後の沖縄の経済を潤滑した収入物件でもあります〉
この説明を読んでひどく感心させられた。軍用地について書かれた本も何冊か読んだが、いずれも左翼的言説のオンパレードで、途中で投げ出したくなるような代物ばかりだった。
それに比べ、このパンフレットは軍用地の本日を実に的確に言い当てている。
パンフレットの二項目目には軍用地の年間借地料について説明が書かれていた。
〈年間借地料とは国が地主に支払う土地代(土地使用料金)を指し、その利率は“年々上昇”しています。借地料の目安になる土地の1㎡あたりの借地単価は、毎年、国と沖縄県軍用地主連合会の間で話し合われ、その結果、翌年分の借地料の値上がり分の金額が決定します〉
(略)パンフレットには懇切丁寧に、こんなことまで書かれてあった。
≪メリット≫管理は国にお任せですから煩わしさがありません/担保価格が高く確実な収入が毎年入ってきます/換金性が高い土地です/固定資産税が安く、相続税も有利です。
≪注意点≫返還される見込みのない土地を買うこと。地域によっては返還されるところもあるので要注意。
≪こんな型にお勧めです≫老後の安定した収入物件を探されている方/沖縄移住後に収入物件をお考えの方/金利の高い安心できる貯蓄先を探されている方・・・
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まず池上さんに、どれほどの利害が対立しているとかフリップで説明するところからはじめてもらうとか・・というしょうもうないことしか言えません。