夫の過去・・・グレた訳  | 国際結婚 こんなところまで来てしまった・・・

国際結婚 こんなところまで来てしまった・・・

これは、私の過去の記録(日記)です。
イギリス人の夫と国際結婚 
中東で海外生活を経て
やっと日本に戻ってきた。。
海外でも日本でも何故かいつも微妙に波乱万丈をしている
2児の母です。

この話はイギリスに滞在していた頃の話である。

ある日の昼下がり
実家で2枚の写真を見つけた。
どちらも夫の若いときの写真だ。

1枚は13歳のときの写真。
見るからに頭の良さそうな優等生の夫。

もう1枚は16歳のときの写真。
見るからにヒッピーでグレている感じの夫。

あまりのギャップに、
このたった3年の間に何が起こったのか
不思議に思っていた。
すると義父が近寄ってきて、
おもむろに語り始めた。

夫は小さいころ、ぜんぜん手のかからない
天使のような優しい子供だったそうだ。
両親の言うことには決して逆らわず、
いつも両親を喜ばせていたそうだ。
成績もズバ抜けていて、当時の担任から、
あの超有名大学ケンブリッジ大学に
飛び級で行く話が出たほどだったとか。
しかし、夫の両親は、友達のいない大学はかわいそうだと、
夫のことを考えてその話を断わったそうだ。
夫がすごした13歳までの学校・生活環境全てにおいて
皆は夫をとても優秀な少年として扱っていた。

一時して、義父の仕事の関係で引越しをした。
このことがきっかけで彼の環境は激変することになる。
夫13歳であった。

引っ越した先の学校で
夫はなぜか、成績が一番下のクラスに入れられた。
(イギリスは成績別でクラス分け)
後でわかったことらしいが、
前の学校と、転校先の学校との間で
コミュニケーションがうまくできていなかったとか。

夫が入れられたクラスは
一番成績が悪く、ひどく荒れていたようだ。
クラスの中には殺人未遂を犯したものや
ドラックディーラーの息子
理科の実験室でガスを鼻に当てて吸い込む頭のおかしな生徒
無気力でやる気のない生徒
ほかの学校から手がつけられないので送られた生徒
ほとんどの生徒が
学校に来ているのは警察がうるさいから・・という理由

今まで、優秀でこんな世界があることを知らずに育った夫は
ショック半分興味半分だったそうである。
当時の先生達に、
自分がいるクラスは何かの間違いであることを
何度も訴えたそうだが、
「今は変えられない」
と聞く耳をもたなかったそう。
先生達はシステムを変えるのが
面倒だったようでそのままにしていたのだ。

しかたなくそのクラスに留まる。
夫はクラスの中に溶け込み、
みんなの相談役になっていったそうだ。
そして色々なことを知ることとなった。

一番下のクラスの生徒が
みな頭が悪かったのではないという夫。
みんなどうしようもない家庭環境から抜け出せず、
苦しんでいたそう。
それぞれの生徒が当然グレるべき理由があったのだと・・
皆、それぞれに大きな問題を抱え、生活するのにいっぱいいっぱい・・・
「勉強なんて無意味なこと」
そういって、勉強を拒否しているのであった。

日本でも同じはず。
家庭環境がすさんでいる子供は
未来に希望を持つことができないのだと思う。
そんな余裕などないに違いない。
このような子供は決して頭が悪いわけでわなく、
ただ勉強ができる環境にないのだ。
そんな子供こそ学校を必要としているのに、
大体の学校は切り捨て隅に追いやる。
そして、家でも学校でも居場所のないこのような子供は
簡単に犯罪に手を染めてしまう。
そして深みにはまっていく・・・

13歳で多感だった少年の夫は
共感したようだ。
そしてみんなと仲良くなったようであった。
だから、転校先の先生たちも
夫をワルの仲間としてあつかった。

しかし、学校の期末テストで
トップのクラスの生徒を抜いて最高点を取った夫。
これで、初めて先生たちは自分たちが誤って
夫を最下位のクラスに入れたことに気づく。
が、半年近くもの時間がすでに流れていて、
時すでに遅し。
裏の世界を知ってしまった夫は
世の中や学校に反感を持つ
グレた少年になっていたのである。

義父母は夫がグレていくことに戸惑い、
親の権力で押さえつけようとした。
もともと潔癖なくらいに
正しいことしか教えてこなかった義父母。
この状態は義父母にとって耐えがたかったに違いない。
想像がつく。
そして、夫はこのような裏の世界に理解を示さない
両親に対して特に反抗するようになっていった。
こうして完璧なまでにグレあがった夫と義父母との間に
大きな溝ができた。
特に、当時から全てが思い通りにならないと
すぐに心理作戦で夫をコントロールしようとする母親との関係は
最悪となっていった。
そしてこの後、夫は多くの問題を起こしていくのである。

グレるのに忙しかった夫は少しずつ成績が下がり始める。
しかし、何とか上位クラスで持ちこたえた少年の夫。
だけど、どうしてもこの学校の先生が好きになれなかった。
大事な進路を決める時期に
教師の都合で半年もの間
最下位のクラスへ送られた
学校への不信感
先生の指導方針についていく気がなくなった少年の夫。
この頃にはすでに
手が付けられないほどのワルだったらしい。(義父談)
そして、違う学校へと転校することを決意する。
夫、16歳、思春期真っ盛りであった。 

まるで階段を転げ落ちるように変わっていった少年の夫。
怒涛の3年だ。
こんな3年だったら、人相も変わると納得。
夫が不憫でならなかった。
この転校先の学校は、新しい生徒を受け入れるなら、慎重に対応すべきである。
実力を測るためのテストも行わず、
本人から情報を集めるでもなく、
前の学校に連絡を入れるでもなく、
なんの対応もせずに 安易に生徒を扱うなんて言語道断。
全くプロ意識に欠ける教師達だ。
教師というのは生徒の人生の中で大きな役割をになう。
まして、生徒を評価し、将来を左右する権限をもっているのなら、
せめてその自覚と責任の重さを認識するべきだ~!
・・・と大きな声で言いたかったが、夫の家族はみんな教師(義父以外)。
どのタイプの教師かわからないので
下手なこと言わなかった。
しかし、なんとイギリスのいい加減な学校のシステム。
こんなこと日本ではありえない!
過去のことなのに腹が立って仕方ない私。
本当にイライラする!!
しかし、夫はこんな状態でいったいどうやって立ち直ったのだろうか?

義父の話は、まだ続くのであった・・・


ラクダ??


国際恋愛・結婚 ブログランキングへ

にほんブログ村<








FC2 Blog Ranking