国際結婚 こんなところまで来てしまった・・・

これは、私の過去の記録(日記)です。
このことに批判は一切受ける気がないので
その点ご了承の上、お読みください。
イギリス人の夫と国際結婚 
中東で海外生活中。
何故かいつも微妙に波乱万丈をしている
2児の母です。


テーマ:

子供達が

ばーちゃん家には煙突がないから

サンタクロースが来ないかもしれないと

今朝になって騒いでいた・・・

 

 

いやいやいや

バーレーンの家も

煙突ないから。。。

 

って突っ込みながら

朝起きたヒロでございます。

 

さて続きを。。

 

父が出発直前に

退院してしまうという

ハプニングがあったが

そのことは義父母には伝えず

そのままぶっちぎって

日本に行くことにした。

 

出発当日。。

夫と子供達は

涙のお別れをした。。

娘は特に日本に行くことに

一番難色を示していた。

 

娘は

日本いいるじーちゃんが危ないということが

よくわかってないことに加え

ダディーがいないことへの不安を

いつも言っていた。。

 

私の都合とはいえ

子供たちや

夫に寂しい思いをさせてしまうことには

ものすごい罪悪感を感じた。

 

涙をためている子供達を

「すぐに会いに行くからね。

寂しくないよ。

じーちゃんのお世話をして

マミーを沢山助けるんだよ。」

そう言って夫は抱きしめていた。

 

悲しげな夫を

私も力一杯抱きしめた。

「ごめん。

ありがとう。。。

絶対に帰ってくるからね。

毎日電話するよ。」

 

夫婦になって始めて

こんなに離れる。

今までは1ヶ月が最長。

今回は一気に4ヶ月。

 

「すぐに会えるよ。

ヒロが気がすむまで

やっておいで!」

そう言って夫も抱きしめてくれた。

 

ううう、ありがとう。

ごめんね・・・。

 

こうして、お別れをし

出発ゲートをくぐる。。

 

今回のフライトは

途中まで友人と一緒。。

たまたま一緒のフライトだった。。

 

子供達は薄情にも

夫のことはすぐに忘れ

お友達と一緒に空港で楽しくお話ししてる。。

 

今回、片道しかチケットを取ってない。

 

理由は2つ。

1つは父の容態を見て

延長または短縮できるように。。

 

2つ目は夫が我慢できなくなったら

すぐに帰れるように。。。

 

片道ずつの方が

料金は高い。

オープンチケットも料金は高い。

今回、いい感じのオープンチケットが

見つからなかったので

片道にした。

 

どっちか片方がメジャーなハブ空港なら・・

安いチケットはあるのだろうが

バーレーンも福岡もかなりマイナーな

国際空港。。。

 

そんな2つを行き来するのに

いい条件のチケットは存在しない。

 

どんなに高いチケットでも

最低でも二回は乗り継ぎがいる。

二回ならまだいい。。

乗り継ぎ四回とか

60時間かかるフライトとか

よくある。。。

 

さて、今回は

バーレーン→アブダビ→香港→福岡

というルート。

三回乗り継ぎだが

待ち時間がどちらもそんなに長くないため

これにした。。。

 

バーレーンから香港まではエティハドでいく。。

そのあとは乗り継ぎで違う飛行機を使うのだが

聞いたことがない会社。。

 

空港で確認したら

荷物は載せ替えてくれるということだったので

安心していた。。

 

つまり、今回は楽チンな工程のはずだった。

 

思った通り、香港まで

なんの問題もなくついた。

乗ってる時間もそんなに長くなくて

まあ、良かった。。

 

が・・・問題は香港の空港だった。

 

香港の空港に着いた時

びっくりした。。

あまりに大きいので。。

大きすぎるのか、

空港内に地下鉄が通っている。。

 

すごいな。。。

 

さて、乗り継ぎしたいのだが

大きすぎて

どこに何があるのかわからない。。

 

とりあえず乗り継ぎと書いてある矢印に進む。

 

すると幾つかの航空会社の乗り継ぎデスクがあった。

 

しかし、ここには私たちのフライトを扱う会社はない。

 

ムムム。。。

 

そう思っていると

掲示板に

私の探している会社を発見!

が・・

地下鉄で終点の場所にあるらしい。。

 

ここでの乗り継ぎは3時間。

長くも短くもない。

香港の免税品店には

ZARAがあったりと

面白いのを覚えている。

だから、早く終わらせて

免税品店で

ぶらぶらしたかった。。。

 

私たちは急いで地下鉄に乗り

指定された場所に行った。。

 

空港内にある地下鉄の乗り換えをして

最終地点までたどり着く。

 

やっと私たちの航空会社のトランジットデスクが見えた。

長蛇の列。。。

なんだか様子がおかしいな。。

そんなことを思っていたが

みんな何事もなかったように

デスクを離れたので

「な〜んだ!取り越し苦労か!」

と思いつつ

デスクの係りの人に

エアーチケットと荷物のチケットを渡す。

 

すると・・

私のチケットを見て

動きが止まる。

 

その男性は

右往左往している。

 

 

やばい。。。

この感じ。。。

絶対何かおかしいんだ。

 

血の気が一気に引いた。

このデスクを探して

空港の中をウロウロしてるうちに

1時間は絶対に使った。

つまり残りは2時間。。。

 

2時間で、もし、一旦外に出て

荷物を取って、もう一度チェックインして・・・

って言われたら。。。

どうしよう。。。

 

いや、もしかして

荷物がないのか?

 

どっちもだったりして。。

 

もしかして・・

 

 

 

ナミビア

アゲイン??滝汗

(ヨハネスブルグ)

 

南アフリカエアーが引き起こした

史上最悪の荷物迷走。。。

また、あれに似たことが

起こるというのか?

 

そんな嫌なことが脳裏に浮かぶ。。。

 

そしてデスクの男性は帰ってきた。

そして私の予想は

恐ろしいほどに当たっていた。。。

 

「あなたは外に一旦出ないといけない。

このチケットはここで乗り継ぎできない。

ここの会社とエティハドは提携してないので

荷物の引き継ぎができない。

だから、一旦荷物を取って

外にでなければいけない。」とな。。

 

香港訛りの英語がもすごく聞きづらく

私は何度も聞き直した。

 

そして

「いや、それはおかしい。

バーレーンで、メインのバックは

乗り継ぎを完了してるのだ。

そのまま福岡に行くはず。

もし、あなたの話が本当なら

私の荷物は今、どこにあるのか?」

と尋ねると

 

「荷物の場所は

こちらでは把握できてない。」

と、これまた最悪の答え。。。

 

時間がないのに

一旦外に出ないといけないは

荷物が香港空港内で迷子になってるという

最悪の事態。。。

 

一瞬で頭が真っ白になった。

 

「とにかく、一旦、出国手続きをして外にでて

荷物を撮る場所に行ってください。

そこに、あなたの荷物を探してくれる

デスクがあります。

そこで、詳しい話を聞いてください。」

と係りの人は言う・・。

 

ここで食い下がっても仕方がない。

時間がないから、ここは早く行動しないと。。。

眠くて寝ぼけている子供達を引き連れて

ひとまず出国手続きをする。

 

出国手続きに行くと。。

長蛇の列。。

 

出国手続き用の書類に何も書いていないため

3人分記入する。。

そこでまた時間が取られる。。

 

長蛇の列にじーっと並ぶ。。。

待ってる間イライラが止まらない。

 

ここを出たとしても

荷物があるかわからない。

荷物は自分で運ばなければいけないのに

荷物がなくて

出発時間になったら

どうすればいいんだろう。。。

 

そんな不安を抱えつつ

私は言われたデスクに行くのであります。。

 

 

 

 

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たくさんのメッセージありがとうございます。

ううう。ここに吐き出して

少しスッキリしました。

本当にありがとうございます。。

 

今回のことは忘れないけれど(笑)

ここに来ることを許してくれた

愛する夫のために

また、このことは飲み込もうと思います。

 

まあ、義父母の場合は

実際お金が絡んでるし

起こるのは仕方ないといえば仕方ない。。

キェンセルさせてしまったしですね。。

私のせいといえば

私のせいだし。。。

 

みなさんに吐き出して

スッキリしたし

みなさんが自分のことのように怒ってくださったので

なんだか私もうまく気持ちが整理できました。

また笑ってやっていけそうです。

いつもありがとうございます!!

 

まあ、まったく関係ない義弟は

絶対許さないけれどもね。爆

 

さて、ここは落ち着いたので置いておいて。。

本題に入ります。。

 

 

 

出発前。。。

ある一つのことが

私の中でかなり心配だった。

 

それは・・・私が日本に帰る前に

父が退院させられること。。。

 

私の計画はこうだ。

私が父が退院するより前に帰国して

家の中の環境を整える。

2階にあった父のベットを1階の座敷に運び

そこに父の部屋を完成させる。

 

トイレが近いし全てにアクセスが良いので

この部屋を選んだ。

 

介護するには

水場が近い方が良い。

 

もし、父が歩けなかったら

父を運びやすい位置に

いて欲しかった。。

 

が・・・

事態は急変する。

どうも、私より若干先に

退院させられるようなのだ。

 

父が倒れてすぐ

父は痙攣を起こしていた。

意識は朦朧としていて

引きつけも起こっていたので

医師の判断は

脳梗塞が原因の

「てんかん」

というものであった。

 

すぐに処置されたので

命には別状はなかったものの

父は錯乱状態にあった。

 

病院の隅に「小人が見える」と

看護婦さんたちに訴え

「あそこに落ちている金魚を助けねば」と

訳のわからないことを連発。

金魚つながりで

「この病院の水は汚れている」と

妙なことを口走り

何もない壁に向かって

リモコンを向け

「テレビがつかない」という。。。

まさに混乱。

もちろん、家族の顔もいまいちわかってない。

 

さらに

常に声がするようで

いつも後ろを振り返っていたよう。。

 

脳梗塞などの後にある代表的な症状

幻覚や幻聴が

続いていた様子。。。

この症状はだいたいは

どこかの時点で落ち着くのだとか。

しかし、100%ではないという

医者からの話だった。。

 

つまり、このままの可能性も

あり得るという・・・。

 

倒れてから数日後、

少しずつ家族のことも

思い出してくるのだが

幻聴や幻覚はまだ続いていて

「帰りたい」と暴れるようになる。

幻覚や幻聴のせいで本人は怖かった様子。

 

夜中に騒いで

看護婦さんたちに迷惑をかけたよう。

あまりに暴れるので

いっときベットに拘束されていた父。

つまり、帰りたいあまり

リハビリをすっ飛ばして

歩けていた様子。。。

ちなみに倒れた当初は

左半身が麻痺して動いてなかった。

 

しかし

歩けているとはいえ、

きちんと歩けていたのではなく

ヨタヨタしていた様子。

錯乱してる状態で多少歩けて暴れるとなると

本人もだが他の人も危ないので

私たちは病院に同意し

父をベットに拘束してもらった。

 

夜に特にこの状態が続いたらしい。

 

私たちの脳裏によぎったのは

一番初めの脳梗塞。。

 

実はこの時も

父は病院の指示に従わず

最後は追い出されるような形で

病院を退院した。

 

で・・案の定

この病院も

父を持て余してしまい。。。

強制退院。。。失笑

 

この時点で

・歩ける(かなりヨタヨタでマージー程度しか歩けないけど)

・トイレは自分で行ける(たま〜に失敗する)

・食事も自分で食べれる(文句は言うけれど)

 

この3つは完全じゃないけどできていた。

しかし、記憶の方の錯乱は

多少良くなったとはいえ

まだまだ。。。

 

この3つが出来るようになっただけでも

介助が必要かもしれないと

覚悟した私からしたらボーナスだ。

 

しかし、まだ、不安が残る要素を抱えたまま

てんかんの恐れがある父を

支えられるかどうか自信のない母は

血圧が上昇。。。

上が190まで上がる。。

完全に父のことに対するストレスによるもの。。。

 

父のことは思ったよりマシになっていたが

母が今度は心配に。。。

 

この状況から

遠くに住んでいる妹が有休を取って

帰ってきてくれていたため

私が帰るまで父の世話をすることになった。

 

私の計画を妹に話し

実際に動いてもらう。。

父がおとなしくその部屋に寝てくれるよう

必死にいろんなものを揃え

快適に過ごせるようにした。

 

あとは手続き。。。

母は血圧も高く気が動転してるので

これも妹に行ってもらった。

 

介護の保険が

効くのかどうか・・・

その手続きをして

実際に実施されるまで

1ヶ月以上待つ必要があるのだとか。

 

なんともゆっくりなシステム。

我が家は私が帰ってきたから

そこまで急いでないにしても

そうじゃなくてすぐに助けがいる人は

沢山いるだろうに・・・

 

なんだか介護の制度って

実際にサービスが受けれるまで

かなり遅いんだな。。って

思ってしまった。。。

 

さて・・追い出されて退院して家に帰った父は

ずいぶん気持ちが落ち着いたようで

穏やかになった。。

 

やっぱり病院が嫌だったよう。

病院にとっても

父にとっても

この早めの退院が最善だったのだろう。

 

妹と私が作った部屋も

気に入って

そこにおとなしく寝てくれた。

 

父は私たちが来るのを

「あいつはいつくるんだ?」

と毎日

毎時間聞いたよう。。。

「私たちが来る」そこは覚えているようだが

自分がそのことをきいたことは

忘れてしまっているよう。

 

色々な話を妹から聞くも

全く全体像がつかめず。。。

どの程度父がおかしくなってしまったのか

想像するしかないもどかしさ。

何をどうしてやったら

いいんだろう。。。

 

気が焦る私。

早く行ってやらないと。

母が倒れる前に

父がおかしくなる前に。。

 

そんなはやる思いで

(義父母にプレッシャーかけられつつ)

日本帰国の準備をしていたのであります。。

 

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一般公開したいんですが。。

なぜかアメーバーしか公開できないので

とりあえず、お先に、ここで公開します。

何か不具合があるんでしょうね。。

アメーバーさんで。。。

 

さて、

色々悩んだが

日本行きを決めた私。

 

日本行きを決めたここからが

問題だった。

実は。。。

イギリスにいる義父母が

毎年バーレーンにやってくる。

 

孫に会いに来るのだ。

1ヶ月ほど・・・。

もちろん、これは義父母の計画で

私の計画ではない。

 

毎年じゃなくてもいいんじゃないかと

嫁の私は思っている。

しかも1ヶ月という長期間。

実際前回は

色々あった。。。

いや、来れば毎年絶対に色々ある。。。

 

前回の滞在のときは

義父がアラブの女子に暴言吐いたりして

いろんなことで気を揉んだ。

 

正直に、義父にアラブ世界は向いてない。

ヨーロッパが楽しくて仕方ないようだから

そこにいればいいのだ。

わざわざ、嫌いなアラブに

高い金を払ってくる必要はないと

大きな声で言いたい。

 

しかし、孫に会いたいだろうから

嫌々ながら来てるのだろう。

 

私たちはわざわざ高い金を払って

イギリスに行きたいとは

思っていない。

義父母のフランスの家にも

。。。。と思っているのが本音。

 

それでも

義父母が毎年バーレーンに来なければ

私も考えはする。

何年かに一回帰るということは

もちろん検討するのだろう。

しかし、

毎年1ヶ月も来るので

さらに大金をはたいて

義父母にわざわざ会いに行く気には

ならないのが現実なのだ。

 

さて、その義父母の滞在を

言われていたのは来年の一月。

 

日本の滞在と重なる。

 

半年ほど前に

「来年の1月に来てもいいか?」

と、聞かれたので

「いいよ」と答えていた。

 

この時は

何もないと思っていた。

実際に何も予定はなかったし

全て空けていた。

しかし・・・

まさか父が倒れるなどとは思ってもいない。

誰だって半年後の正確な予定など

言えない。

そして、緊急事態ならなおさらだ。

だからこのことを

わかってもらうしかないのだ。

 

毎年来てる義父母の滞在より

倒れた父の方が心配なのは普通のはずだし

わかってもらえると

思っていた。。。

 

が・・・

実際にチケットを買っていた義父母からしたら

あまり納得のいく話ではなかった様子。

最初の反応でなんとなく気づいた。

 

「父が倒れたので

来る予定の日の予定が

変えられるのなら

変えて欲しい。。。」と私が言うと・・・

 

最初の反応は

「なんでそんなに長くいくのか?」

だった。。。

 

「父が脳梗塞で倒れ

母も調子が良くないので

長く滞在して

生活の基盤を作ってあげたい。」

そう説明したが

次に気になったのは自分の息子だった。

 

「息子をそんなに長くほったらかして

大丈夫なのか?」

と・・・・。

 

この当時、まだ父は入院していて

これからどうなるのか

わからない時だったのに

健康で、なんでも自分でできる息子の夫が

一番気になる。

予想はしてたけどカチンときた。

 

私の一存じゃない。

夫とも話し合っての結果を伝えているのに

まるで私が全てを押し切って帰るかのような

そんな発言に「イラっ」としつつ

わかりやすく話した。

 

「夫とも話し合ってます」と。。。

すると

「それは本音じゃないよ。

寂しいに決まってる。」

とな。。。

 

いやいやいや。

そりゃそうでしょう。

そんなの百も承知ですよ。

 

この話を聞きながら

真剣に

義父母の時は

こういう状況でも行かないでいいんだな。

と思った。

 

夫が寂しくなるので

危篤でも

夫のそばにいて

手遅れになってやっといけばいいのか?

まあ、本人たちがそう言うなら

あなたたちの時は

そうするけども、

私の親は違うんで。。。

 

私の父のなけなしの記憶の中に

私や私の子供達がいるのなら

意地でも日本に行って

記憶の整理を助けてあげたいと

思うのは当たり前じゃないのか?

 

確かに来る日にちを変えさせたのは

悪かったと思ってる。。。

こっちの都合だ。

でも、遊びに行くための都合じゃない。

倒れたと言ってるのに

なぜ、こういう状況で

そう言うことを言えるのか・・・

 

昔から義父母が冷たいと感じるポイントはここ。

肝心な時に

こういう自分本位な言葉が

ポロポロ出る。

 

昔、イギリスにいた時もそうだった。

母が腰が痛くて動けなくなった時。。

私がイギリスで、メイドのように働いていた時

私が「帰って母の世話をしたい」と漏らしたら

「他の姉妹にさせればいい。

わざわざ日本に帰る必要はない」

そんな冷たい言葉を

私の肩を抱いて

温かく言った義父母・・・。

チグハグするその行動に

違和感を覚えた。

そのことを思い出す。。。

 

そんな経験から

多分、いい顔はされないだろうと思っていたが

やっぱりの反応。。。

 

しかし、どんな反応をされようとも

私は私のやるべきことをする。

もし、我慢して義父母を迎えていた最中に

何かあって日本に帰る必要ができたら、

それこそ身動きが取れなくなる。

 

今回、この時期は無理。

 

何を言われても

帰ることを変える気は無かった。

 

その後も逐一私の父の様子を聞く義父母。

私の父を心配してるのとは別に

行ける可能性をなんとなく探ってる気がした。。

 

そして・・・

出発数日前

夫と微妙なことで喧嘩をした。

夫が勝手に勘違いをして

怒っていたのだが。。。

その間に運悪く義父母から連絡があって。。

その時も

「あなたがいなくなる寂しさで

おかしくなったよの・・・

それくらい、あなたが必要なのよ。」

と、父が不安定な状態でなおかつ

夫の勘違いで喧嘩になり

ストレスマックスの時に

一番聞きたくない言葉をもらい・・・

イライラのピークに。。

 

私は泣きながら

「普段なら我慢するけど

こういう時に

支えてもらえないのは辛い。」

と、本音を漏らして

相手の罪悪感を引き出そうとしたが

まあ、不発に終わる。。

 

きわめつけは出発前。

この直前のめちゃくちゃ忙しい時に

長々と電話をしてきた。。。

 

時間は沢山あった。。。

なのに、なぜ今??

 

と思いつつも

父が倒れたとはいえ

買ったチケットの日程を

変えさせてしまった罪悪感はあったので

精一杯の笑顔で対応。。涙

 

しかし・・・

今回は義父が突っかかる。。。

 

「いつ帰ってくるのか?」

と前にも話したことを

聞いてくる。。。

 

私は

「3月終わりか4月までは最低でもいる。。

でも、予定は未定なので、これは予定なので

確定ではない。でも、何もなければ

この時期に帰る。」

という・・・。

 

すると義父が

「それは本当なのか?

もう、お金を損したくない。

このお金で他の国に行けるんだ。」

という。。。

 

いやいやいや。。

バカンスで帰るんじゃないから

100%この時期とか言えないし。。。

かなりカチンときて

「もし、このチケットの行き先を

バーレーンではないところに変えられるなら

そうした方がいいと思います。」

と素直に思ったことを言った。

 

すると義父は慌てて

「そういう意味じゃないんだよ・・。」

と自分が言った意味に

やっと気づいたっぽい。。。

KYなんでね、、、

自分で墓穴掘って気付かないと

気づけないんだよね。。

 

 

「じゃあ、4月の頭なんてどう?」

と義母。。

 

・・・またかよ。汗

 

去年も、私たちが日本から帰ってきて

すぐにやってきた。。。

かなりしんどかった。。。

時差ぼけ&長旅の疲れが癒えぬまま

義父母の世話に突入。。。

 

なんなんだ?

この過密なスケジュールは・・

という感じだった。。

 

で・・今回もそれを提案していた義母は

「ああ!でも、その時期はきっと

息子が家族との団欒を楽しむわね。

だから、時間ずらさないと。。。

5月にしようか?」

とな・・・・。

やっぱり自分の息子のことは

そこまで気が廻るのね。。

私じゃないんだ。。

夫は何もしないんだけどね。

親来てても普通に仕事行って帰ってくるだけで。

どっちかっていうと

私が用意も送迎も料理も全部するんだけどな。。

私疲れてるのは気にならないんだな。。。失笑

まあ、いつもだけども。。

 

若干失笑しつつその話を聞いていると

今度は義父が

「いや、5月は暑いだろ。

暑いのは嫌だ。

4月がいい。」とな。。。

 

5月。。。そこまで暑くないけども

暑いかどうかじゃなくて

こっちの都合は考えないのかな?

 

この時は特に自分に余裕がなかったため

この二人の会話に

若干イライラしているのが

自分でもわかった。

 

「とりあえず、5月なら

帰ってきてるはずだと思います。」

そう言ってみた。。。

 

結局、その後もウダウダと言い日にちは決められず。。

終いには

「息子に聞いてみないと決定できない」とか・・。

だ〜か〜ら〜

おたくの息子は

何もしないんだって。

するのは私なの。

何度ここに来て

何度あなたの面倒を息子が見たの?

一回あったらいい方でしょうも?

99%私が見るから

私の都合が一番なんだってば。。。

 

なんでわかんないかな。。。💢

 

そんなことを思ってる顔を

必死に隠しつつ

失笑する私。。。

(この時は、父のことで特に余裕ない時なので

こんな感情でした。)

 

とりあえず、変更可能なギリギリまで

チケットの日程は変えないということで

話は終えた。。。

 

そして。。。日本に来てから

またチケットの件で連絡があった。。

今度は日程変更は

無料でできると言っていたのに

変更にはお金がかかると言い出した。

10万円ほど。。

 

頭を抱える私。。。

お金がかかるんじゃ。。

こりゃ、義父が特に

切れてるはず。。。

 

案の定、義父は怒ってる様子で

「100%帰ってくるんだろうな?」

というようなメールがやってきた。

 

もう嫌だ。。。

そもそも、

私は来て欲しいとは思ってないし

誘ってもない。

父が倒れてて

日本に帰ってきてるのに

100%なんてプレッシャーかけられても

死んだり、危篤な状態になったら

絶対に帰るなんて約束できるはずがない。

 

私は夫にメールで

「今、私の父のことで

プレッシャーはいっぱいいっぱいなのに

こういうことでプレッシャーかけられたくない。

100%なんて約束できないし

そういう約束をさせたいのなら

もう、来てもらわない方向で話そう。

キャンセルすれば

お金戻ってこないかな?

チケット今払ってるのに

10万円も追加するなんて大金すぎるし

危険すぎる掛け。

これで、葬式で来れないとかなって

恨まれても困る。。。」

と、説明。。。

 

すると夫は

「僕に任せて。

気にしないでいい。

メールは無視して。

チケットはキャンセルさせよう。

もし、お金が返ってこなければ

こっちで負担しよう。」

とな。。

 

夫よ。すまん。。

でも、もう限界なんだ。

 

今まで、若干義父母の滞在は

頭が痛かったが

今回のことで更に考え直した。

 

もう、断った方がいいんじゃないか。。

 

そういうのが脳裏に浮かぶ、、

でも、夫のことを考えると

そんな風に切り捨てられない。

これまで私のことを考えてくれて

私の親のことを考えてくれているのに

私が考えないなんて・・・

そんなのおかしい。。

でも、でも・・

今は勘弁して欲しい。。

 

私ってきっと冷たいんだろう。

こんな風に考えてしまうのは。。

でも、こんな余裕ない時に

こうやって攻められると

いっぱいいっぱいになって

「もう無理!」って

言ってしまいそうになる。

 

ちょっと反省しつつも

(私の嫌いな)家族のWhatsappを

開くと

義弟の一言

「そんな長く日本に兄さんを(夫)を

本気で置いていくの?信じられん!」

とな。。。

 

 

っつーか

うるせえ!

お前は特に

黙ってろ!💢

 

義弟は家族の近くにいたい嫁(ノルウェー人)に押し切られて

ノルウェー住んでる。

私はここに住ませてない。

一時帰国してるだけ。

なのに、お前らだけには

こういうことを言われたくない。

 

つーか誰の肩もってるつもりなんだか。。

何が言いたいの?

私が悪いってか?

本当にムカつくんだけど。。

夫婦のことだし

お前には特に関係ないだろ?

マジ、ムカつくわ〜💢

 

やっぱ、あのwhatsappだけは

嫌いだわ。

思っててもいいけど

私の目の届くところに

かくなよ。

見えてんだから。

こんなどうでもいい悪口は影で言え。

このすっとこどっこい!

 

やっぱ、アイツらとは合わねえな。

仲良くしようと頑張るつもりだったけど

バカらしいからやめたわ。

 

とまあ、こんな感じで

未だに

イライラばかりの

私なのであります。。。

 

結局義父母のチケット・・・

ギリギリまで決定しないそうで。。

私としては

もう、来て欲しいという感情は

1%もなくなったけども。

チケットの出発予定2ヶ月以上も前に

このことを言っていたのに

今まで引き延ばして今になって騒いでる理由が

イマイチ分からないしね。。

 

とりあえず

人は、追い詰められたこういう時に

誰が何をしてくれてか

よく覚えてる。。

 

特に根に持つ私は

しっかり覚えてる。

 

今回のことは一生忘れないでおこうと思った。。

なので、読み苦しい文章だけど

本当に思ったことを偽りなく

ここに書き記そうと思う。

 

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いろいろあって

溜まってるので

ちょっと気合入れて書きます。

 

 

 

今回、私が日本に帰る理由は

父が脳梗塞で倒れたからだ。

その父と年老いた母が

これからうまく暮らしていけるまで

私が両親と共にその基盤を作ることが一つ。

もう一つは

父の記憶のあるうちに

子供達と一緒にいる時間を作りたいのが一つ。

これらをするために

日本に帰ることを決めたのだ。

 

 

(父の病気のことを

アメーバーでは報告していたけれど

ここでも報告しようと思ったのは

これからの私の体験が

誰かの何かのヒントになったり

したらいいかな。。。

と思い書くことにしました。

でも、センシティブなことなので

変な人きたら

またここもアメーバにしますね。。笑)

 

実は父が脳梗塞になるのは

これで二回目。

 

1度目は

もう、ずいぶん前になる。

 

十数年ほど前。

父が脳梗塞で倒れた時は

医者に「明日が山場です」と言われた。

 

この言葉を医者が本当に言うのだと

当時は絶望したものだった。。。

 

しかし、父は死なず。。。笑

 

次の医者の宣告は

「助かっても半身が不随になるでしょう。」

だった。。。

 

倒れた当時は

本当に右半身が動かなかった。

 

家族全員

命が助かった喜びとは別に

ものすごい不安を抱えた。

 

父が半身麻痺になる。

誰がどうやって

介護すればいいのか。

これからどんな生活が待っているのか。

 

助かって嬉しいはずの私たち家族だったが

正直、困惑の方が大きかった。

 

父は難しい性格だ。

誰とでも合わせることができない。

病院でも看護婦さんと合う合わないが

はっきりしていて

喧嘩するようなこともある。

 

仕事でも上司とは常にぶつかっていた。

しかし、弱者には優しいタイプなので

部下には好かれていたよう。。。

まあ、簡単に言えば

他人にあれこれ指示されるのが

嫌いなタイプ。

私も、多少そうなのだが

父はその100倍そういうのに敏感。

だから、自分が心を許した人や

いい人と認定した人の話以外は

聞かないタイプ。

 

全く扱いやす人ではないし

他人に胸張って

いい人とは言いがたい人。。。

特に病院では

迷惑をかけるタイプ・・・。

(申し訳ない。。涙)

 

さて、そんな困ったちゃんの父、

当然家でもわがまま放題だった。

私たちは「わがまま言ってもいい人」に

分類されてるため

言われたい&やりたい放題。。。失笑

 

そんな感じだった父が

半身不随でイライラしないはずがない。

彼の癇癪に誰も耐えられないのは

初めから分かっていた。

 

だから、私たちは必要以上に

心配していた。。

私たちで父を介護できるのだろうか?

と・・

 

しかし、私たちの心配をよそに

父はリハビリをし

予想以上に回復していった。

 

まあ、かなり病院では問題を

起こしたのだけれども。。失笑

 

当時、父の半身不随を

覚悟していた私達だったが

実際は完治。

 

身体が不自由な場所はなく

後遺症はなかった。

 

奇跡だった。

今でもそう思う。

死ぬと言われて死なず

不随になると言われて

ならず。。。

 

強運の持ち主だ。

しかし、この脳梗塞の後

父の性格は激変した。

今まで以上に難しい性格になってしまった。。。

アグレッジブな性格。。

 

すぐに怒る

我慢が短い。。

そんな性格。。

 

実は脳梗塞の後

性格が変わるというのは

よくあるのだとか・・・

だから、後遺症といえば

これだったのかもしれない。

 

ここまでが一回目の脳梗塞。

ここからが今回の

二回目の脳梗塞。

 

さて・・結論から言うと

今回の脳梗塞も同じように

運が良かった。

日頃の行いが悪いくせに

こういうのの運がいい。。。

 

父が脳梗塞を起こした当時

母が父の異変にいち早く気づき

病院に連絡

一命は取り留めた。。。

 

しかし、意識は朦朧としていた。

 

一回目の脳梗塞の時は

数日間うまく話せなかったものの

物事は、最初からある程度はっきりと分かっていた。

 

しかし、今回はそうではなかったよう。

まずは家族の名前がわからない。

幻聴を聞き

幻覚を見る。

自分がわからなくなる。

 

意識がかなり混乱している様子だった。

 

当時、私はバーレーンで

家族の報告を毎日聞いていただけなので

目で見たわけではない。

しかし、状況があまりいいわけではないのは

分かった。。。

 

夫にも父の状況を話していた。

 

私はもどかしかった。。

こんな時に自分たちが

父から一番遠くにいること。

何もしてあげられないこと。

毎日イライラしていて

とても平常心ではなかったと思う。

 

私と父は仲がいいわけではない。

ケンカもよくするし

意見もよくぶつかる。

政治のことなんかで

討論になって何度ヒートアップしたか。。

小さい時から

父のような人とは

絶対に結婚しないと

思っていたほど理想からは

程遠い場所にいる。

 

しかし父親だ。

どんなに喧嘩しても

死んでも仕方ないと普段から思っていても

何かあれば

助けたいと思う。

喜ぶ顔を見ると

嬉しくなる。

嫌いだと思っていても

本当は好きなのかもしれない。

そんな複雑な位置にいるのが父。

 

そして

一番心配なのは母。

今のこの重圧に耐えれるのか

または

これから父を面倒みきれるのか?

これが気になって仕方がない。

 

もし、今回のことで2人して倒れたら。。。

そう思うと落ち着かない。

 

私には妹が2人いるのだが

一人は責任のある仕事をしていて遠くに住んでいる。

一人はパートだし近くに住んでても病気持ち。

子供もいるので

あまり頼ることもできない。

 

だから

もし、できるとしたら

私なのだが。。

私も海外。。。

 

海外に住めば悩むこと。。。

家族の危機の時

いつ、どれくらい日本に帰るのか?

または帰れないこともある。

 

しかし、私の歳になれば

親の年齢もそこそこ高くなり

介護や病気など

いろいろなことが

問題に上がりやすくなる。

 

なのに、すぐにそこに行ってあげられない

もどかしさ。。。

 

 

私は思うようにいかない状況にイライラしていたが

夫の

「ヒロは自由なんだよ。

帰りたいと思ったら

いつでも帰っていい。

特に今は帰るべきだよ。」

という言葉で背中を押されて

今回の帰国を決めた。

 

夫は頼りになる。

普段はケンカもするし

腹も立つことはたくさんある。

でも、いざとなった時

いつもしっかりしてくれて

優しい・・・。

 

今回もそうだった。

 

でも、夫は本当は違うことを思っているのに

「正しいこと」を言う癖はある。

 

今回もその可能性が高かった。

本当は一緒にいてほしい。

日本に行ってほしくない。

でも、私が悲しんでるから

行かせたくないけど

行かせないといけない。。。と

思ってる可能性が高い。

 

私は決断をするまで

何度か話し合った。

 

何度も話し合い

結局夫は

「確かに日本に行ってほしいとは思ってない。

側にいてほしいと思ってはいる。

でも、今はお父さんのために

日本に行かなければ

きっとヒロは後悔する。

お父さんのためにも

ヒロのためにも行っておいで。

子供達にもいい経験だよ。

僕は大人なんだから

大丈夫だよ!」

と言ってくれた。。

 

最後まで引っかかったのは

夫のこと。。。

 

一緒にいて

大したことはしてないんだけど

私たちが

夫の力の源なのは知っている。

夫は単身赴任に向かないタイプの人だ。

だから、心配だけど

1月に1週間ほど学校が休みの時がある。

その時に日本に来るということで

少し、夫も子供達も納得していた。

 

どんなに背中を押してくれていた夫でも

いや、だからこそ

夫に対して後ろめたい気持ちはあった。

でも、それ以上に父がもう長くないかもしれない

その方が私の気持ちの上で

一番大きかった。

 

だから

苦渋の決断だったが

日本行きを決めた。

父の記憶がある間に

最後になるかもしれないけど

子供達との時間を作りつつ

世話をしていこう。。。

 

そう思っていた矢先

ある問題が浮上するのであります。

 

 

 

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テーマ:

いや〜、日本は寒いですね。。

お久しぶりです。

日本に帰ってきたヒロです!

あまりの寒さに

帰ってすぐにダウンジャケット買いに

ユニクロに直行しましたよ。

とりあえず

温めてくれる上着。。。笑

 

今回の帰国は

長くなる予定です。

 

ここ日本での戸惑いや

親の介護のこと

子供達のこと

海外から帰ってきたことのギャップなど

いろいろと書いていきたいと思います。

 

もうすぐ年の瀬ということと

父の不調で

なかなか時間が取れないので

更新は毎日できないとは思います。

吐き出したり

つぶやいたりがメインになりそうです!

もうすでに吐き出したいことばかりですがね。。

私の家族というより

あっちの家族がね。。。失笑

 

とにかく

ヒロ、日本版

復活です!

今回はリアルタイムで書いていきますよ〜!

 

 

 

 

 

 

また

ジュエリーのオーダーメイドについて

ご連絡いたします。

 

夫が1月の終わりに来る予定になっています。

それまでの間

またオーダメイドを受け付けたいと思います。

 

仕上がりを考えると

1月の10日が

受付終了です。

ここがギリギリ間に合う仕上がりになると思います。

 

この期間のオーダー・既製品(アクセサリーも含む)のものは

全て送料無料といたしますので

もし、ご興味のある方は

ご検討くださいね!

(ただし、発送は1月の終わりになります)

 

気になる方は

メールにてご連絡ください!

(携帯のアドレスdocomoは返信できませんので

その他のメールアドレスでご連絡くださいね。)

sales@goldsoukgems.com

 

ではでは

今後ともまた

よろしくお願いいたします!

 

ヒロ

 

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