わが命つきるとも [DVD]/ポール・スコフィールド,ウェンディ・ヒラー,ナイジェル・ダベンポート
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1528年、英国。当時の国王、ヘンリー8世は宮廷の女官だったアン・ブーリンに恋をし、王妃、キャサリンとの離婚を望んでいました。けれど、当時はカトリックが国教で、離婚は認められていません。キャサリンとの婚姻を解消する唯一の方法は、ローマ法王にキャサリンとの婚姻が無効だったと認めてもらうこと。ユートピアを夢見た偉大な文学者としても有名で、深い教養と厚い信仰心ゆえにヨーロッパの人々から尊敬と信頼を寄せられており、法王に対して国王の婚姻無効を認めさせることができる唯一の人物と目されたトマス・モアは、王の婚姻無効を法王が承認するよう協力を求められますが、拒絶します。結局、国王は法王から離脱、強引に離婚を成立させてアンと結婚。一方、モアは大法官の地位に就き、王に忠誠こそ誓いましたが離婚には賛成せず...。

以前、ここに感想を書いた「ブーリン家の姉妹」は、本作でトマス・モアが裁かれる原因となったヘンリー8世の愛人、アンとその妹について描かれた作品でしたが、本作はヘンリー8世の離婚を認めるかどうかについて命を賭けて信念を貫いたトマス・モアの物語となっています。

信仰に殉じて国王に反する者、国王に従い信仰を変える者、その間で逡巡し苦悩する者、巧く立ち回って利益を得る者。まあ、大きなこと、小さなこと、いろいろな場面で、こうしたことは起こるワケですが、そこに関わる人々の心情が丁寧に描かれています。

命を賭けても信念を曲げないということの美しさが感じられる一方で、その陰で苦悩を背負わされる家族にも視点が当てられています。こうした場合、家族の意向を汲んで信念を曲げるべきなのか、信念を貫いた姿を示すことこそが家族にとっての誇りとなり得るのか、どちらが、本当に"家族のため"になるのかというのも難しい問題ではあります。

いずれにしても、モアは、誰にどのように説得されようとも、その後に死刑が言い渡されることを知りながらも、信念を曲げず、自身の正義を貫きます。ただ、このモア=正義、モアを陥れたもの=権力にすり寄った自己中心的な者という図式には疑問が残ります。

法王は婚姻無効を認めなかったのですが、その背景には、宗教的な理由だけでなく、キャサリンの実家であるスペイン王家との関係悪化を避ける狙いもありました。また、本作でも触れられていますが、チューダー朝は歴史が浅くて基盤が弱く、ヘンリー8世が結婚を繰り返したのも、チューダー朝基盤強化のために男子の王位継承者を得たいと願ったことも一因となっていることを考えれば、王家に仕える立場にある者としては、そのために協力するのは、ある意味、正義だと言えるでしょう。

ヘンリー8世とモアの確執の背景には、この離婚問題もあったのかもしれませんが、法にも神の意志を反映させるべきと考えたモアと伝統や宗教とは離れたところに新たな法体系を作ろうとしたヘンリー8世の法に対する意識の違いが大きかったようにも考えられます。"政治を宗教の束縛から解き放つ"という面を考えると、それまで、各国の王たちが逆らえなかったローマ法王に反旗を上げたという点で、ヘンリー8世の功績は大きいとも言えるでしょう。

ヘンリー8世とアン・ブーリンは、モアの処刑後、1年もしないうちに離婚、アン・ブーリンも処刑されます。ヘンリー8世とアン・ブーリンの結婚の成立後すぐに生まれ、後に女王となるのがエリザベス1世で、その統治下で大英帝国の黄金期が築かれます。もし、エリザベス1世出生時に結婚が成立していなければエリザベス1世に王位継承権が与えられることもなかったでしょう。勿論、それはモアにも他の人々にとっても与り知らぬことですが、その後の歴史を見ると、モアの信念が通らなかったことの是非について、また、違った視点から考えさせられます。

物語自体は地味ですし、物語の描き方は起伏に乏しく、映画作品としての面白さは薄いのですが、衣装や装飾など、その時代を彷彿とさせ、力のある演技陣に支えられて、重厚な作品となっています。