「かもめ食堂」 のスタッフによる作品です。「かもめ食堂」の世界をより突き抜けたものにしたらこうなったといったところでしょうか。


春の浅い頃、タエコはとある海辺の町の空港に降り立ちます。大きなトランクを引き摺って、民宿「ハマダ」へとやってきます。観光するところもないような田舎町ですが、ハマダの近くには、不思議な人々が集まっていました。春になるとやってくるサクラ、ハマダに入り浸る高校教師のハルナ。サクラは、毎朝、浜辺で「メルシー体操」という不思議な体操を主宰し、日中は、浜辺でカキ氷を振舞っています。そんなマイペースに「黄昏ている」人々に耐え切れなくなったタエコは、ハマダを出て、その町にあるもう一つの宿、「マリン・パレス」に移ろうとするのですが...。


「かもめ食堂」の世界から、あまりに突き抜けすぎたかもしれません。舞台になっているのは、観光名所など何もない場所。携帯電話も通じない。貨幣経済からも外れてしまっているような、世間とは隔絶しているような純化された世界。


あまりに説明がなさ過ぎました。結局、タエコが何者かも、彼女を追って現れた青年とタエコの関係も、サクラの正体も...。そして、登場人物たちも、お互いの正体について何も気にしていません。他人の背景も出自も詮索することなく、ただ、そこにいる共に時間を共有し大切にする...、ということなのかもしれません。携帯電話も通じない、現代社会から取り残されたような場所。そこにあるのは、どこまでも澄んだ海と白い砂浜、青い空。そして、どこまでもゆったりとしたスローライフな人々。ただ、説明がなさ過ぎる割には、冷たく突き放された感じはなく、暖かく包み込まれるような印象を受けるのは、あえて説明を控えたことが成功しているということなのかもしれませんが...。


そして、そこにあるものこそが、本当に豊かな人間らしい生活...なのかもしれませんし、


けれど、逆に、何だか、底知れない沼に引き込まれていくような恐ろしさも感じられます。ハルナも、かつて、そうやってここに絡めとられました。そして、タエコも...。都会で疲れた女たちが、ここの雰囲気に飲み込まれていく...。


などと感じてしまう私は、相当、都会の空気に毒されているのかもしれませんが...。


けれど、やはり、若者が黄昏れてしまうというのは、どうなのでしょう?サクラは良いとしましょう。百歩譲って、タエコも良いとしましょう。でも、ハルナとタエコを先生と呼ぶ青年。君たちは、黄昏れるには、若過ぎる!若者には、黄昏る前にすべきことがあるはず。社会に対してもっと突っ張って戦うべきではないのか?それとも、今の社会は、若者でさえ黄昏ずにはいられないほど、若者たちを枠に嵌め込み、若者らしい逸脱を許さず、そのエネルギーを奪ってきたということなのでしょうか?...などということを言い出すのは、私がオバサンになったからなのかもしれませんが...。


ハルナとタエコ、最初はソリが合わず、最後には良い関係になるのですが、もうちょっと、きちんとケンかをしても良かったのではないかとも思いました。そのあたりも、まったりということなのかもしれませんが、中途半端な印象が残ります。


本作で、出色なのは、何と言っても、風景。見事に美しい海と砂浜の映像が目に焼き付けられます。この場所を選んだことが、本作の大きな魅力となっていることは間違いありません。そして、その風景に同化しているようでありながら、独特な存在感を示しているもたいまさこと好き勝手やっている犬。


そこにあるのは、「あの世界の中に入りたい!」と思いたくなる世界ではあります。けれど、その中に引き込まれてしまって良いのだろうか?日常の中に、たまに、そんな時間を持てることは悪いことではないとは思うのですが、まだ、こちらの世界に踏みとどまっていたい自分を感じもしました。


自分が、都会でアクセクしているしか能のない貧乏性の人間であることを実感させられた作品でもありました。


全てを謎のままに置いたこと自体はそれで良しとしても、タエコを追ってきた青年が浜辺で詠んだドイツ語の詩が何だったのか、気になります。



公式HP

http://www.megane-movie.com/



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