スマイル東京


『テンロクの恋人』(監督:渡辺シン)繋がりで知り合った岡田監督と、『死にたすぎるハダカ』(監督:アベラヒデノブ)の照明助手だった角田航君とが、私の知らないところで出会って、ひとつのドキュメンタリー映画が誕生していました。

岡田有甲監督は、大阪府羽曳野市出身の60歳。ATGや松竹大船撮影所を始め数多くの作品に関わる一方、多くの映画人を育ててきた指導者でもあります。


岡田有甲


角田航君は、岡山県倉敷市出身の24歳。大阪芸術大学芸術計画学科卒。大学時代は羽曳野市古市在住。

角田航


映画『スマイル』いよいよ東京で公開!!お楽しみに!!
■10月25日(土曜)13時30分開場
14時開演
場所 本所地域プラザBIG SHIP
■10月31日(金曜)18時30分開場
19時開演
場所 根津ふれあい館



 37.大阪富田林、寺内町の外れにて。中年の娘と老母の会話より。

 娘「そら、ちらし寿司ちゃうん?」

 母「う~ん・・・・・・」


 丁度この界隈は、先週末、秋祭りが催されていた。
 恐らく、お祭り特有のご馳走の話だったのではないかと思う。お祭りには、地方や地域それぞれに特有の献立があって、中でもお寿司は欠かせないメニューのひとつであったりする。

 私が子供の頃にいた京都の山科では、秋祭りのご馳走と言えば「鯖寿司」。昔私は魚が嫌いで、上に載った鯖の身は食べずに、下の酢飯だけを食べていたが、今では全て美味しくいただけるようになった。
 昔から鯖寿司が大好物と言う母も、間もなく95歳になる。今年も誕生日には、どこかで鯖寿司を調達できればと思っている。


 さて、富田林のお祭りのご馳走って、何なのであろう? それを知ることもなく、間もなくこの地を離れることになる、私である。


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 その昔、羽曳野に映画の撮影所があったことは、あまり知られていません。「極東キネマ古市白鳥園撮影所」は、1936(昭和11)年に設立。その後の約5年間で、実に200本近い剣戟、俗に言うチャンバラ映画を中心に撮影、製作されていたようです。撮影所があったのは、大阪府羽曳野市翠鳥園、現在はイズミヤ古市店が建つ辺りとか。

 そのイズミヤ古市店にほど近い、羽曳野市立生活文化情報センター(LICはびきの)で、今月開催されるのが「LICはびきのシネマパラダイス」。
 話題作からドキュメンタリー、そしてモノクロの無声映画(弁士付き)まで、ジャンルを越えた粒ぞろいの作品9本が、一挙に上映されます。

 
 古き良き昭和の昔から、映画に縁の深い大阪羽曳野市で、また映画が躍り始めます!



シネパラ表


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シネパラ裏



【LICはびきの・シネマパラダイス】
https://www.lic-habikino.jp/?page_id=694&ymd=20140920&pi=2982

≪日程≫
2014年9月20日(土) ~ 2014年9月23日(火・祝)

≪会場≫
羽曳野市立生活文化情報センター(LICはびきの)

≪入場料≫
9/20~9/22各日の一日券:一般自由席 800円
9/23の一日券:一般前売自由席 2,000円(当日500円増)
イベント期間通し券:一般前売自由席 2,500円
チケット等・問合せ先=LICはびきの 072-950-5504

■9/20(土)上映作品
『原発事故、福島の幼稚園は』 10時00分~ パソコン教室
『オ~ス!バタヤン』 13時00分~ パソコン教室
『こどもこそミライ』 15時00分~ パソコン教室
『スマイル』  19時00分~ パソコン教室

■9/21(日)上映作品
『テンロクの恋人』 10時00分~ 映像セミナー室
『傘の下』 13時00分~ 映像セミナー室
『マリアのへそ』  15時00分~ 映像セミナー室

■9/22(月)上映作品
『スマイル』 10時00分~ 映像セミナー室
『テンロクの恋人』 13時00分~ 映像セミナー室
『傘の下』 15時00分~ 映像セミナー室
『オ~ス!バタヤン』  19時00分~ 映像セミナー室

■9/23(火)上映作品
『滝の白糸』(澤登 翠さんによる活弁) 13時00分~ ホールM
『ペコロスの母に会いに行く』 15時00分~ ホールM
JR伯備線「倉敷(くらしき)」駅。


JR伯備線倉敷駅



 私がこの駅に初めて降りたのは、1985(昭和60)年8月のことであった。
 ある知人から、某レジャー施設のイベント期間中、MCを務めてくれる人を探しているとの依頼を受け、やって来たのがこの駅。

 大学を卒業して数ヶ月、まだ碌に仕事もしていない研究生タレントだった私は、願ってもない話だと思い込み、喜び勇んで取るものも取りあえず倉敷へ飛んでいったのだが……。結局仕事らしい仕事はほとんどすることもなく、毎日あちらこちらのホテルや旅館を転々とさせられたあげく、当初2ヶ月近く予定していた滞在期間を大幅に切り上げ、1週間余りでの帰阪となった。

 帰阪後もその知人からは何度か電話が入り、出演料を振り込むための口座番号を確認してきたりもしていたのだが、やがて連絡もとれなくなり、私の口座に出演料が振り込まれることもなく終った。
 つまり……、騙された。

 そんな思い出のある駅に、先日29年ぶりに降りた。岡山SP研究会の模擬患者養成講座を受けに行ったついでに、倉敷独自のの「ぶっかけうどん」を食べに寄ってみたのだ。


 若かりし頃の思い出の苦さが、うどんの出汁の甘みと山葵のつんとした辛味をよりいっそう引き立たせ、その美味さに大満足した瞬間であった。

 
 余談だが、あの日倉敷に降り立った時、改札口で偶然学生時代のサークル仲間と再会した。地元の新聞社に勤めているとかで、甲子園を戦って帰ってきた地元高校の野球部を取材に来ていた。
 今秋、そのサークルのOB会が開催される。彼とまた会えるだろうか……?
 つい今し方、歯医者へ行くと言って家を出ていった妻が、戻ってきた。

「駐輪場でセミが死んでる」

 妻がそう言うので見にいくと、コンクリート地面に仰向けになって転がっているセミがいた。羽根の茶色いアブラゼミだった。
 私が手で触れようとすると、ジジッジジジジッと暴れてちょっと羽ばたき、またすぐ地面に倒れた。死んでいない。まだ生きていた。

 さてこのままにしておいたところで、どうせ人や自転車に踏み潰されてしまうのがオチだろうし、それも可哀想に思ったので、今度は手で摘まんで、横の植え込みにある低い木の上に置くように軽く放ると、アブラゼミはまたジジジッと鳴いて羽ばたいて、どこかへ飛び去っていった。

「生き返った! 恩返しに来るよ…」

 生き返ったというより、まさしく虫の息で死にかけていたアブラゼミの寿命を、ほんの少しだけ延ばしてやれたであろうに過ぎないとは思うのだが、それでも妻の言葉を聞いて、思わずセミ君からのプレゼントを僅かながらも期待してしまった、私であった。
 妻が読んでいます その65。

 『うつの症状を飲んで食べて改善、元気いっぱいにする食事162』

 監修=渡部芳徳(ひもろぎ心のクリニック理事長)
    野口律奈(帝京平成大学健康メディカル学部講師)

 主婦の友社



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 この本を図書館の新刊コーナーで見付けた妻は、思わず笑ったと言う。新刊コーナーでは「これ読みなさい」と、まるで妻に呼びかけるように並んでいる本に、よく出会うのだそうだ。そう言えばついこの間も、やはり新刊コーナーにあったという「学んでおきたい!グラウンド・ゴルフ 上達編」てのを借りてきていたっけ。

 笑いながら借りてきた妻であるが、真剣に読んでいる。私の為に……。


 色々あって、我ながら少し頑張り過ぎたかもしれません。けどこの世の中、全く頑張らずには生きていけないので、今後はちょっと頑張る度合いを抑えていこうかと思います。
 しばらく、静かに、穏やかに、ゆっくり、ゆっくり……

 妻が読んでいます その64。

 『らくうぇる。』2014年3月号

 有限会社 ステラ



「らくうぇる。」



 「読み魔」である妻は、面白そうなものは何だって読む。片っ端から読む。
 本屋や図書館に行けば何時間も帰ってこないし、勿論の如く新聞は隅々まで目を通し、駅や街角に置いてあるフリーペーパーや、、折込広告だって一枚一枚丁寧にチェックして読んでいる。

 この「南河内のいきいき情報紙!!」『らくうぇる。』もまたそう。
 南河内一帯に配達される、讀賣新聞と産経新聞が奇数月、朝日新聞と毎日新聞が偶数月に、それぞれスーパーや不動産関係の広告チラシ等に混じって、折り込まれているフリーペーパー。
 正直なところ、私はあまり読んだことはなかったのだが、妻は結婚当初からしっかりと読んでいて、懸賞にも応募して商品券クーポン券の類を貰ったりもしていたようだ。

 そしてこの度、『らくうぇる。』の名物コーナー「CLUBらくうぇるモニター体験」に私の提案で応募し採用され、近鉄「川西」駅前にある創作居食屋「彦兵衛」さんに訪問。ランチのレポートをさせていただいた。

 私たち夫婦のグルメレポートが掲載されている『らくうぇる。』3月号は、今日発行!
 南河内の公共施設の他、協賛協力各店舗にも設置されているとか。


 お手にとってご覧いただければ幸いです。


 http://www.rakwell.com/~rakwell/monitor/
神保慶政、初長編監督作品。
濱田響己、初出演初主演作品。

『僕はもうすぐ十一歳になる。』

「生きる」って何だろう?
「死ぬ」ってどういうことなのかな?

長編に初挑戦の神保慶政監督(27歳)が、映画初挑戦の濱田響己くん(11歳=撮影当時)と一緒に、真剣に真剣に考えました。
是非ご家族皆さんで観て、そして一緒に考えてほしい、そんな作品です。


『僕はもうすぐ十一歳になる。』(I’m ten, then I’ll catch eleven.) 75分
◆3/12(水)17:00~九条 シネ・ヌーヴォにて
◆3/14(金)16:30~中崎町 プラネットプラスワンにて
◆3/15(土)16:30~中崎町 プラネットプラスワンにて
◆3/16(日)19:00~中崎町 プラネットプラスワンにて






ブータン王室はなぜこんなに愛されるのか [ 田中敏恵 ]

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 36.大阪府下の、とあるスーパーマーケットにて。

 地下食品売り場から、昇りエスカレーターに乗る、若い男女の会話。


男性「あ、お腹痛い。トイレ行ってこうかな……?」

女性「アカン! 我慢することも覚えなあかん」


 確かに一理あるとは思うが、我慢も時と場合によるであろうに……。
 世の中には、色々な考え方をする人がいるものだなあ。

 ふと我に返って、同じような場合に、こういうことを言わない妻であって良かったと、胸を撫で下ろした。


 その後の彼に、思わぬ不幸が訪れることがないよう、そっと天に祈った。
 1976(昭和51)年、私は中学4年生であった。

 前年、原因不明の胸の苦しさに悩まされ、2学期の大半を欠席。今から思えば、学校嫌いを発端とした身体的症状による、一種の不登校の形だったと言えるかもしれないが、とにもかくにも、卒業は出来たとしても進学は無理ということで結局希望留年し、改めて中学3年生を仕切り直していた。

 しかし留年したからと言って、学校嫌いが治る訳ではない。むしろあまりにも環境が変わってしまったことで、かえって教室の雰囲気に馴染めず、翌年は1学期から欠席日数を増やすばかりとなっていた。それでは進学する為の留年が、意味のないものとなってしまう。何としても、無理やりにでも気力を振り絞って学校へ行く努力をしなければいけなかった。

 そして、私が学校へ行くきっかけのひとつとなったのが、友達を作ること。
 朝教室に一番乗りをした私は、兄に借りて家から持参したモータースポーツ専門誌「AUTOSPORT」の臨時増刊号を開いた。
 私は小学生の頃から自動車レースが大好きで、模型自動車やミニカーをたくさん持っていて、兄や友人たちとレースをしたり、テレビや雑誌などから得られるモータースポーツ情報を細かくチェックしたりしていた。
 その年、そんな私の胸を熱くさせるニュースがあった。自動車レースの最高峰とも位置づけられるF1(フォーミュラ・ワン)レースが、日本で初めて、富士スピードウェイで開催されることになっていた。しかも世界選手権の最終戦として行われ、マクラーレンのジェームス・ハントとフェラーリのニキ・ラウダによるチャンピオンシップポイント争いの決着が見られるということで、ファンの間ではこの上ない盛り上がりを見せていた。
 私が学校へ持っていった「AUTOSPORT」は、丁度日本初となるF1開催の特集号。折からのスーパーカーブームも手伝って、私の周りに一人また一人と同級生らが集まってきてクルマ談議に花を咲かせる毎日が始まり、それをきっかけとして多くの友人を持つことが出来、いつの間にか通学が楽しくなり、結果的に晴れて中学を卒業、高校進学を果たすことに繋がっていった。


 あれから38年……、あの年のF1のハントvs.ラウダがハリウッドの実写映画『ラッシュ/プライドと友情』となって、明日待ちに待った日本公開の日を迎える!
 私の人生に少なからず影響を与えてくれたと言っても過言ではない、あの日、あの時が、今、甦る。様々な思いを胸に、映画館へ足を運びたいと思う。






(写真は1992年に発売されたCD)


1976年F1CD