<艶が~る、二次小説>
今回は、俊太郎さまの怪談話どす今回は、怖いゆうより…切ないお話に
相変わらずの拙い文ではありますが…良かったらお付き合い下さい
【艶百物語】第6話
「円山応挙(まるやまおうきょ)の幽霊図は有名どすが、足が無い絵を描き始めた最初のお人ゆう話は知ってはりますか?」
「幽霊図?」
俊太郎さまの問いかけに、翔太くんが首を傾げた。
「なんじゃ、翔太。知らんがか?」
「幽霊図は知っていますけど…円山応挙という方のことは知りませんでした」
龍馬さんがにこにことする隣で、翔太くんが苦笑しながら答える。
(幽霊図って、見たことある…とても険しい表情や、骨ばった輪郭が特徴のある…とても恐ろしい絵のことだよね?)
俊太郎さまは、そんな翔太くんを見てくすっと笑みを浮かべると静かに口を開いた。
「幽霊には足が無い、ゆう説が生まれたんは江戸時代の頃。絵としてそれを広めたんが、円山応挙ゆう、有名な絵師やったそうや…」
俊太郎さまの話では、その円山応挙という絵師が書く幽霊画はどれも綺麗で、淑やかな女性の幽霊が描かれていたらしく、その絵を見ているうちに誰もが“幽霊には足が無いほうが色っぽい”と、思うようになり、それが定着して行ったからではないか…ということだった。
(そんな理由があったなんて…知らなかった…)
「なお、“幽霊の裾、牡丹餅をちぎるよう”などともゆわれとりました」
「それは、どういう意味ですか?」
「それはね、牡丹餅を手でちぎるとお餅がす~っと伸びて、まるで幽霊の足元のように見えたことから、そう言われるようになったんだよ」
俊太郎さまの言葉に首を傾げる私に、慶喜さんがにこにこしながら答えてくれた。
それを聞いた私と翔太くんは、顔を見合わせながら、「なるほど…」と、声を合わせるように呟く。
「もしも、円山応挙の図に描かれた女がもっとみすぼらしかったら、ここまで定着せんかったやもしれへん」
さらに、このような幽霊が定着したもう一つの理由が挙げられた。
「絵師の中には、他界した女房を恋しく想うあまり…返魂香(はんごんこう)ゆう、薬を使うてその魂を呼び出したゆわれとるんやけど、応挙がその一人ではないかとも伝えられとる」
「…何だ、その“返魂香”とは」
「土方さん、知らなかったのですか?江戸で流行っていたお香のことですよ…」
俊太郎さまの言葉に、今度は土方さんが眉を顰めると、その隣で爽やかな笑顔を見せながら沖田さんが言った。
「……知らなかった」
「返魂香って、焚くとその煙の中に死者の姿が現れるという伝説のお香のことですよね?返魂香を焚いて、その煙の中に死者が現れた際、その足元までは見えにくかった為、幽霊には足が無いという説が完全に定着していった…とも、言われています」
「沖田はん、意外と博識やね」
仏頂面の土方さんの横顔を見ながら楽しそうに話す沖田さんに、今度は秋斉さんが話しかけた。
「し、死者に会える薬なんて物があったんですね…」
ぎこちない笑顔を浮かべながら翔太くんが呟くと、次いで、高杉さんが眠そうな目をしながら、「百鬼夜行(ひゃっきやぎょう)でも有名な話だぞ…」と、言って大きな欠伸をした。
「百鬼夜行?」
「有名な話なんだがな…」
また首を傾げる私に高杉さんは、“本当に知らないのか?”とでも言いたげに話し出す。
「説話(昔話)などに登場する妖怪や鬼が町を行脚することを、百鬼夜行という。昔は、夜々中(よるよなか)の町を奴らが歩き回ると信じていた奴も多かった」
高杉さんが言うには、読経することにより難を逃れた話や、読経しているうちに朝日が昇ったところで鬼たちが逃げたり、いなくなったりする話が一般的で、仏の功徳(くどく)を説く話でもあったそうだ。
(百鬼夜行ってそういう意味がだったんだぁ…昔の怪談は、現代の怪談と比べると異様な怖さがあるなぁ…)
そんな風に思っていた時だった。
「話は逸れてしもうたが、今から話す怪談はその返魂香による話なんどす…」
また切なげに伏せられた俊太郎さまの瞳が、蝋燭の明かりに照らされてゆらゆらと揺れる。
囁くように語りだす俊太郎さまの息遣いが、もうすでに何かを訴えたいという切なさを感じた。
「これは、わてがまだ物心ついた頃に聞いた話なんどすが、昔江戸の町に、茂吉ゆう性根の真っ直ぐな男がおったそうや…」
その男性は、江戸で人気の植木職人を目指す為、単身、京で有名な植木職人の元に修業に訪れ、見習いとして毎日真面目に働いていたそうだ。
そんなある日の午後。
頼まれていた盆栽を届ける為に、とある旅籠屋へ出向いた時のこと。
旅籠屋の一人娘である、凛という娘さんとの出会いがあった。
「茂吉は、可憐なお凛に一目で惚れてしもうてな。それからとゆうもの、旅籠屋からの注文があった際には必ず出向くようになり、会えん日もお凛の笑顔を思い出してはその想いを馳せとった…」
何度も彼女の元を訪れては想いを告げたい衝動に駆られる反面、自分は江戸の人間であり、見習いの身であるという現実が圧し掛かる。
こんな自分では、彼女を迎えることなど出来る訳が無い。
そんな想いを抱き続けていたのだけれど、お凛さんも同じように茂吉さんに想いを寄せていたそうで、お互いの想いを確かめ合うのは容易かったそうだ。
それから、茂吉さんは一日も早く職人になってお凛さんを迎え入れる為に、今まで以上に精を出すようになり、お互いを支え合いながら二年の歳月を費やした結果、やっとの思いで念願の祝言を上げることが出来たのだった。
「ほぉぉ、そりゃあえいのう!」
「何だか、自分のことのように嬉しいですね」
同じ気持ちでいた私は、龍馬さんの言葉に笑顔で頷いた。
二人が結ばれて良かった…なんて、思っていたのだけれど…。見る見る俊太郎さまの瞳が哀しげに歪んでいくのを感じ、私と龍馬さんはお互いに顔を見合わせ、また俊太郎さまに視線を戻す。
「…………」
「こん頃の二人は、ほんまに幸せやった」
一つ屋根の下で暮らすようになってすぐに子供を授かったり、お得意さんが増えたりと、とても幸せな毎日を過ごしていた。
そんなある日の午後。
臨月を迎えていたお凛さんが突然、産気づいた。
丁度、お昼を食べに戻って来た茂吉さんは、苦しがるお凛さんを見るや否や、急いでお世話になっている助産師さんを連れて来ると、すぐに出産する為の準備を終えた後……
「数刻の後、意識を失いそうになりながらも…お凛は息み続けたんやそうや」
薄暗い部屋の中。ただ赤ちゃんのことだけを考えて必死に頑張ったお凛さんは、元気な男の子を誕生させたのだった。
「おお!ほりゃあ目出度いぜよ!」
嬉しそうな微笑みを浮かべる龍馬さんのように、それぞれがこれからの二人の幸せを思い描いているかのような表情を浮かべる中、俊太郎さまだけは一人瞳を曇らせたままでいる。
「……赤子は元気に産まれたんやけど、母親のほうが…」
伏し目がちに呟く俊太郎さまの言葉を受けて、全員が不安の色を浮かべ始めた。
「もしかして…」
「ああ、お凛は赤子を抱くことも叶わんかった…」
慶喜さんの言葉に、俊太郎さまの瞳はよりいっそう細められると同時に、悲痛な溜息が誰からともなく漏れ始める…。
「どうしてそんなことに…」
眉を顰めたままの翔太くんに、龍馬さんは、「子を産むゆうことは、時に命がけっちゅうことじゃ」と、切なげに呟いた。
「…ほんまに切ない話どすな」
秋斉さんが溜息をつきながら言う傍で、慶喜さんもいつにない真剣な眼差しで俊太郎さまに問いかける。
「ということは…茂吉がお凛を?」
「その通りどす…」
……お凛さんの死後。
残された茂吉さんは、生まれたばかりの赤ちゃんを男手ひとつで育てることになり、お凛さんの死を悲しむ暇も無いまま慌しい毎日を送っていた。
植木職人として弟子を迎えていた茂吉さんはお店を彼らに任せ、赤ちゃんにかかりきりになっていたそんなある日のこと…。
職人仲間から返魂香の噂を耳にした茂吉さんは、一目お凛さんに会いたくて早速、返魂香を手に入れた。
そして、その晩。
茂吉さんは赤ちゃんが寝ている時を見計らい、お香を焚いてお凛さんを出現させたのだった。
「せやけど、現れたお凛を見て茂吉は思わず目を見開いたそうや…」
「どういうことだ?」
高杉さんの問いかけに、俊太郎さまは薄らと微笑む。
煙と共に姿を現したお凛さんは、とても妖艶な表情を浮かべていたそうだ。生前の頃の優しい表情はどこにも無く、確かにお凛さんに見えるその姿は全くの別人のようだった。
「やはり、生前のようにはいかへんかったようやね」
「死者の顔は無表情ゆうが、そん通りなんや思いました」
ふぅ~と溜息をついた秋斉さんの言葉を受け、俊太郎さまも溜息交じりに呟いた。
茂吉さんが、半ばその想いを胸の中にしまい込もうとした次の瞬間、寝ていた子供が大声で泣き始めると同時に、その声が部屋中に響き渡ると、今まで無表情だったお凛さんの目から涙が零れ始める。
「わてにこの話をしてくれはったお人は、お凛の魂が涙を流したんやないか…と、言っとったが、わてもそう思います」
その涙に気付いた茂吉さんは、泣き続ける赤ちゃんを胸に抱いたままお凛さんにゆっくりと近づき、『一度でいいから、抱いてやってくれ』と、言って彼女の前に差し出すと、お凛さんは生前のような柔和な微笑みを浮かべながら、我が子を茂吉さんごと優しく抱きしめた…。
その途端、火のついたように泣いていた赤ちゃんは次第に泣き止み、またすやすやと眠り始めると、お凛さんは微笑みを残したまま名残惜しげにその姿を消したのだそうだ。
「子を想う母の気持ちは、いつまでも変わらぬもの。死してなお、想い果てなく…か」
ゆらゆらと揺れる蝋燭を見つめながら慶喜さんが呟いた。
「こんなに切ない話は初めて聞きました…」
「その、返魂香は今でも手に入れられるのか?」
寂しげに言う沖田さんを横目に、土方さんが俊太郎さまに問いかける。
「どないやろう?京では見かけへんが、江戸で流行った話やから…江戸へ出向けば手に入るやもしれへん」
俊太郎さまの返答に、今度は慶喜さんが口を開く。
「誰か呼び出したい相手でもいるのかい?」
「……いえ」
土方さんは、慶喜さんの問いかけに即答してまた黙り込んだ。
(もしかして、慶喜さんの言うとおり…会いたい人がいるのかな?)
腕組みをしたままの土方さんをチラチラ見つめながらそんなことを考えていると、今度は秋斉さんが口を開いた。
「誰でも一人はおるやろ?会いたいお人が…」
その言葉に、それぞれの想いが誰かに向けられた気がする…。
「人の命は儚くも美しい…この話を聞いた時、わてはそう思いました」
「寿命が長い短いゆうんは関係ないちや。己の信条と共に、何かをやり遂げることが大切やと思うき…」
俊太郎さまに賛同するかのように龍馬さんが口を開いた。
亡くなった人に会えると言われていた、返魂香。
もしも、手に入れられるとしたら…私は誰に会いたいだろう?
「今の話、他人事とは思えないねぇ。今のところは妻を娶(めと)ることは出来ないが…いつか、茂吉のように愛する女を想い、返魂香を手にする時が来ないとも限らない」
そう言って、少し寂しそうに微笑む慶喜さんの周りを、ふうわりとした煙が漂っていた。
「同じく…私も慶喜さんと同じように思いました」
「それは奇遇だね」
その煙の隙間から覗かせる慶喜さんの柔和な微笑みと目が合う。
そして、返魂香に頼らなくても強く生きていけるくらいの強さを身につけたいと告げると、俊太郎さまもいつもの優しい微笑みをくれた。
「確かに、怖いゆうより切ない話どしたな…」
そう、秋斉さんが呟いた瞬間、今度は全部の蝋燭の火がいっぺんに消えた…。
「今度は、消す前に消されましたね…」
「…せやな」
秋斉さんはまた溜息をつくと、顔を引き攣らせながら言う翔太くんを見やりながら、また蝋燭に火を灯し出す。
「さて、次は俺の番かな…」
夜も更け始める中、次の話し手が落ちてきた後ろ髪を結い直しながら低く囁いた。
「今夜一人で眠れなくなってしまうかもしれないけど…それでもいいかい?」
「そ、そんなに怖いんですか?」
声を上ずらせながら尋ねると、慶喜さんはにこっと微笑んで…
「たぶんね」と、言って私の顔を覗き込む。
(これまでのお話も、怖くて不思議な話が満載だったけれど…慶喜さんの話もとても怖そうだなぁ)
無邪気な笑顔が、余計にその怖さを増していくような気がした。
~あとがき~
返魂香は、江戸時代の頃から本当に売られていたそうどす中国から伝わる話らしいのですが、本当に死者と会えたかどうかは不明どす
幽霊には足が無い…という説が生まれた理由がこげなところからきていたとは…
人は、美しいものには目が無いもので、もしも、最初に広めた絵師の絵が美しい女性の幽霊でなければ…ここまで流行っていなかった…なんてこともあったかも?なんて考えると、これまた面白い
もしも、返魂香を手に入れることが出来たなら、沖田さんと龍馬さんに会いたいです(笑)
さて、次は慶喜さんの怪談話。どげな話なのか!?そして、あとは慶喜さんと秋斉さんとみんなで花火大会を書き上げたら、慶喜さんとの一夜をUPしたいと思っています
皆さまからのコメントやメッセージ、とても参考になりました本当に、貴重なご意見をありがとうございました
慶喜さんへの想い…再確認出来ました
また良かったらお暇な時にでも遊びにきてやってくださいませ
今日も遊びに来て下さってありがとうございました