はり治療の事故? | 春月の『ちょこっと健康術』

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「いいかも?」というものをお持ち帰りくださいませ。

おはようございます。

先週末のニュースですが、鍼灸師として見過ごせない非常に残念な記事がありました。8日から9日にかけて、配信されたもので、そのうちのひとつを引用します。

「大阪府池田市の鍼灸(しんきゅう)院で昨年12月、肩こりの治療に訪れた女性(当時54)が、はり治療を受けた直後に体調が悪化し、死亡していたことが大阪府警への取材で分かった。府警は治療ミスが原因になった疑いがあるとして、業務上過失致死容疑でこの鍼灸院を家宅捜索し、関係者から事情を聴いている。
 捜査関係者によると、女性は昨年12月15日、同院ではり治療を受けた直後に気分が悪くなって院内のトイレで倒れ、同市内の病院に搬送された。翌16日午前に死亡したという。
 司法解剖の結果、死因は低酸素脳症。肺が傷つき、酸素を取り込めない状態になる気胸も確認された。府警は治療の際、はりが深く刺さって肺を傷つけたのではないかとみて、だれが治療を施したかなど当時の状況を調べる。同院は取材に対し、「応対できる人がいないので何も話せない」としている。」
「はりが肺傷つける?治療直後に女性死亡 大阪」

この記事では鍼灸院となっていますが、他のニュース映像から判断すると、かなり大きな鍼灸接骨院のようです。死因となった低酸素脳症が、本当に鍼(はり)治療の過誤による気胸のせいで起きたのだとすれば、これは業務上過失致死容疑とされてもやむをえないことかもしれません。どういう判断になるのでしょうか。亡くなられた方のご冥福を心よりお祈りいたします。

気胸というのは、肺を包んでいる胸膜に何らかの原因で穴があいて、胸の痛みと呼吸困難を生じるもの。胸膜は二重になっていて、その間に通常空気はありませんが、そこへ空気が流入した状態が気胸です。骨折や何かが深く刺さったことによって生じる外傷性気胸と、そうした明確な理由なしに起こる自然気胸があります(→Wikipedia )。

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鍼施術に、ふだんもっともよく使われる鍼の長さは、3~5cmです。体表面から胸膜までの深さ、すなわち胸壁の厚さは、個人差も大きいですが、日本人の平均は約2~2.5cmといわれます。ということは、いずれの鍼も垂直に深く刺してしまえば、鍼先が胸膜に届いてしまうことになります。(左図は鍼灸学校の解剖学教科書より)

ですから、鍼灸学校の授業では、胸部への施術の際には、ぜったいにまっすぐ刺してはいけない、深く刺してはいけないと、何度も繰り返し指導を受けます。鍼灸師の中には、リスク回避の意味も含めて、2cm程度の短い鍼を使う方もいます。

背中は、背骨の両側の脊柱起立筋へ刺すことが多く、脊柱起立筋にはそれなりの厚みがありますが、それでも必ず背骨の方向へ、しかも斜め下へ鍼先を向けるよう指導されます。脇や胸の場合は、肋骨の上で、切皮と言って鍼先だけを刺すか、皮下へ横向きに入れるようにします。

肩にも注意を払います。肩井という肩こり治療にとても有効なツボがあるのですが、ここがちょうど肺の突端が真下に来ている場所なんです。したがって、ここへ刺す場合は、筋肉をつまみあげて前から後ろへ横向きに刺すか、上から斜めに刺すとしても1.5cm以内にとどめるように、短い鍼を使うか、刺しすぎないよう鍼先が短くなるように持ちます。

実は2003年にも気胸による死亡事故のニュースはありました。その時は70歳の女性で、その後すぐに各地の鍼灸師会や全日本鍼灸学会で、医師を招いた研修会や事例をまとめた論文発表が行われて、事故予防の対応が確認されたものです。

どの鍼灸師も、このような指導や研修を受けて、施術には細心の注意を払っているはずです。それなのに起きてしまった事故だとすれば、本当に残念です。

疑問な点はいくつかあります。どこへ刺したのか、どんな刺し方をしたのか、その鍼灸接骨院での指導はどうだったのか、亡くなった方の体型はどうだったのか、症状を悪化させるような基礎疾患はなかったのかどうかなど、いずれ明らかにされて、さらなる予防策へと結びつけてほしいものです。

私の働く鍼灸学校では、今週の実技の時間に専任講師があらためて指導すると言っていました。私自身も、鍼灸師として、自分の施術をチェックし直そうと思います。施術者がきちんとリスク管理していれば、このような事故は未然に防ぐことができるのですから。

一天一笑、今日もいい1日にしましょう。

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